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9 観鈴の二つの顔

ゆっくりと顔を上げた観鈴の表情は、昔に見慣れた小学校の頃の観鈴のものに似ていた。


 つまり、まだまだ性格が弱くて、すぐ泣いていた頃の観鈴のものだ。


「えっ……? 観鈴、お前のあのリア充JKっぷりはすべて演技なのか……?」

 信じられないといった気持ちで俺は尋ねた。


 当然、観鈴が記憶喪失になったわけではないから、昔のことは覚えているだろう。

 一方で観鈴の内面が小学校の弱々しい幼馴染のあの頃のままということも、さすがにないんじゃないかと思う。



「そりゃ、小学校の頃から変わってないなんてことはないよ~。だけどさ~、みんながみんな、あんなわかりやすいリア充みたいなノリについていけるわけじゃないからさ~。しんどいよね……」


 疲れきった顔というのともちょっと違うが、弱気な顔といったところか。

 そのあたりも、昔の観鈴っぽい。


「勘違いしないでね? 私はちゃんと立派にJKしてるし、それが楽しいと思ってるよ? まあ……どっちかっていうと、小学校の時の私が何もかも楽しくないような顔して過ごしてたのがおかしかった気もするけど……」


「まあな……。俺も、もっとポジティブに生きればいいのにって思ったことは五回や十回や百回はある」


「百回は多すぎだよ~!」

 文句を言う声もあまり怖くない。


「いや、多すぎない。だって、一日に数回はそう思ってたから。これが観鈴の個性なんだろうなって受け止めるようになっていったけどさ」



 はっきり言って小学校の時の観鈴は性格が弱かった。

 別に格闘家でも何でもないんだから、弱くてもいいんだが、それで本人が苦しんでいるような気もしたから、俺は観鈴のフォローをしながら「少しは強くなれよな」と声をかけた。



 それがここまで見事に別人になるとは思っていなかったが……。


「あっ、そうだ、注文しなきゃ。私はアメリカンね。りゅー君は何?」

 ブックスタンドみたいなメニューを見て、観鈴が言った。


「俺は紅茶のほうがいいな。コーヒーは苦手なんだ」

「りゅー君、子供っぽいな~」


 くすくすと観鈴は笑った。


「おい、大人でも紅茶飲むだろ。失礼なこと言うな」


 すぐにそう軽口で返したが、その時の観鈴の笑みは……すごく大人っぽくて、どきりとした。



 内面はわからないけれど、観鈴の見た目は全然変わったな。

 これ、言語化したら見た目しか見てないみたいだけど、小学校の時と高二の時で雰囲気がまったく変わらないほうがおかしいので許してほしい。



 注文してたいして時間もおかずにコーヒーと紅茶が運ばれてきた。

 どうやら観鈴は常連とは言わないまでも、何度かこの店に来たことがあるらしい。でなければ、この店を指定することもできないだろう。



「うん、落ち着く、落ち着く~。ここなら、私も素でいられるんだよね~」

 コーヒーのカップを両手で持ちながら、観鈴はとろけたような表情になる。



 本当に自分の家みたいに落ち着いている。こんな顔は観鈴の家で何度か見てきた。

 それでも、あの頃の年齢以上に幼さの残っていた観鈴とはとても思えない。この距離で見ると、観鈴は間違いのない美少女だと思う。



「あ、あのさ……観鈴」


「何、りゅー君?」

 自分の言葉が少しつっかえた。

 わざわざ聞くべきことじゃないかもしれない。でも、早めに聞いておかないと、今度どんどん尋ねづらくなる。



「今のお前だったら、友達からもたくさん誘いの声とかあるだろ……。俺と時間使ってて、いいのか?」

 このリア充全開の観鈴は確実に多忙のはずだ。

 放課後をまるまる使う余裕なんてあるのか?



 俺の言葉に観鈴はご機嫌ななめなのか、少しむすっとした顔になった。



「りゅー君、私のこと、守ってくれるって言ったよね。彼女も作らずに守ってくれるって言ったよね」

「後者まで約束した覚えはない!」

 それはお前が勝手に言い出しただけのことだ。



「だからさ、今みたいに私を守るのは普通でしょ~」

 絶対に、論理展開がおかしい。それともJKの間ではこれで自然なのか。



「おい、どういう理屈だ? これのどのへんがお前を守ってることになる?」



「りゅー君の前でなら、私、陽キャJKの殻を脱げてるよね」

 にっこりと観鈴は笑みを作る。陽キャの奴がするには、あどけなさすぎるような笑い方だった。



「たまにはこうやって息抜きしないと、窒息しちゃうからさ。結果的にりゅー君は私の回復を手伝ってくれてるの。だから、私を守ってくれてることになるんだよ」



「なるほど……。意味はわかった」



 この程度のことで守ってると解釈されると、簡単すぎてかえって申し訳なさすら感じるが、そこで卑屈になってもしょうがないか。



「ねえ、りゅー君、鹿石町はどんな感じだった? 私が転校してから何か変わったこととかあった?」



 俺が納得を示した途端、観鈴は甘えたような声で質問してきた。

 俺が女子に耐性がなさすぎて、甘えたように聞こえたというわけではないと思う。多分



 かといって、彼女が彼氏に甘えているとかいうのともトーンが違う。その程度のことは俺にもわかる。



 観鈴のやつ……昔の幼馴染のノリで俺に接している……。



 たしかに昔も何でもかんでも俺に質問してたよな。教科書でわからないことがあれば、それも俺に聞いてきてたし。同じ学年でも、立場としては完全に俺が兄で、観鈴が妹のそれだった。



 観鈴は、その関係性が変わらないままだという確信のもとにいる。


 うん、それはいい。むしろ、自分の過去を知る危険人物とみなされて警戒され続けるよりはずっといい。


 ただ――

 目の前の観鈴はいまや文句のつけようのない美少女なのだ。



 意識するなと言われても、意識してしまう。なにせ実際に美少女なのだから。これは、なかば不可抗力だ。



 しかも、俺の知ってる観鈴とは印象が違いすぎる。横で見ていて、変化を観察してきたのならともかく美少女が突然やってきたようなものだ。



 これ、地味に精神力を削ってくるな……。



 そのあとも、何度も観鈴に「りゅー君」と呼ばれることになった。



 そのたびに……腹の中がくすぐったいというか、かゆいというか、妙な気持ちになった。



 そうこうしてるうちに、一時間半が経った。



「そろそろ帰るね。また、よろしくね、りゅー君♪」



 これ、俺はこれからの高校生活を上手く乗り切っていけるのかな……。



 と、観鈴が立ち上がった途端、さっきまでの雰囲気が変わった。



 俺が見上げてた女子は、スクールカーストトップの美少女、竹原観鈴という女子で、鹿石町出身の泣き虫の要素はどこにもない。

 なんていうか、つけ入る隙のようなものがない。



「一緒に駅まで歩いていくのはまずいから、先に出るから。尾崎君、お金は置いていくね」



 俺のことを尾崎君と呼んで、竹原観鈴は去っていった。



 あいつ、見事にキャラを切り替えられるようになったんだな……。



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