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8 幼馴染と喫茶店

「う~ん、私はやめたほうがいいと思う」

 観鈴はそう返答した。



「なんでかっていうと、こっちに引っ越してきたばかりでいろいろ慣れてない状態でしょ。猫かぶってるっていうか、正体隠してるっていうか、そういう可能性があるから。一か月して慣れてきた頃に案外、問題ある奴だったりってこともあるじゃん」



 観鈴の理由は俺の個人攻撃にならない範囲で、シュシュの奴が俺を恋愛対象に(雑に)加えるのを合理的に否定していた。


 この場合、ありがとうと言うべきかわからないが、観鈴のおかげで余計な波風が立つことは防げたと思う。



「なるほどね~。さすが観鈴。一理あるわ~」

 シュシュの奴も納得したらしい。しかし、こいつ、付き合うってことをカジュアルに考えすぎじゃないのか。いや、女子からしたらそんなものなのか。


 たしかに、こぎれいにしてるJKなんて恋愛市場ではそれだけで最強みたいなものだからな。


 ただ、そのあとのシュシュの奴の追加の一言でちょっと笑いだしそうになってしまった。

「やっぱり渋谷出身なだけあるよね、観鈴は」


 ぷぷっ……。いや、鹿石町だからな。よく「カエルの鳴き声で目が覚めちゃうんだよね」って言ってたの、覚えてるからな。納屋にデカい蛇がいて、びっくりしたって話も聞かされたからな。それが渋谷区とか――



 なんか、視線を感じたと思って、女子たちのほうを見たら、観鈴にジト目でにらまれていた。


 余計な反応を示すなと顔に書いてあった。


 そりゃ、そうか……。鹿石町出身とバレたら、これまで築いてきたものが崩壊するからな。



 俺は何食わぬ顔で、ドアの窓のほうに目をやった。

 もう地下区間に入ったせいで、何も景色は見えなかった。





 休み時間の間は、観鈴との接点は何もなかった。

 俺はある程度キャラの近い男子と話していた。こんな感じで、自分のポジションが確立されていくんだろう。


「地元民かどうかは列車乗る時にすぐわかるんだ。ドア横のボタン押さないと開いたり閉まったりしないからな。列車が来てもドアの前でじっとしてる奴がいたら、こいつ、普段使ってないなってことになる」


 こういう田舎ネタを混ぜつつ、自分のキャラを作る。それが一番無難だ。それ以上のとてつもない個性だとか特技だとかは俺にはないし。



「鉄道にもローカルルールあるんだな」「泣ける系の作品によくあるような、雰囲気ある田舎の駅ってないの?」



 ちゃんと男子たちも話に乗ってくれる。あと、一人確実にオタクの奴がいる。




 一方で、観鈴の周囲には昨日と同じような、スクールカーストの上位の人間が固まっていた。


 時折、話し声が聞こえてくるが、とくに話が面白いというわけではない。話としての情報量の多さなら、俺の田舎ネタのほうがマシだと思う。



 だが、言うまでもなく、カーストの地位は話の面白さで決まるわけではない。コミュニケーション能力が皆無だったりしたら話は違うが、やっぱり重要なのは容姿だ。



 単純な容姿の偏差値というよりも、高校生活を楽しく泳ぎきっていますという雰囲気を出していることが大事なのだ。



 これが意外と難しい。というか、おそらく努力でどうにかなるものじゃない。

 合わない奴はまったく合わないだろうし、無意識のうちにそのポジションに来てしまう奴もいる。



 そのポジションに観鈴は器用に入り込んでいる。


 今もBBQの話が聞こえてくる。最初、マジかよと思った。リア充ってマジでBBQの話をするのか? あれって一種のギャグじゃないのか?



 だが、世の中には週末にBBQをする人間もたくさん実在するはずなのだ。


 なぜ屋外で肉や野菜を焼いて楽しいのかさっぱりわからんが、多分、味のうまさよりもみんなで参加することのほうに意義があるのだろう。多人数でラーメンを食べにいくとかしても、そういうのは成立しないしな。



 女子の一人が、観鈴に合コンに来ないかと誘っていた。

 ちなみに盗み聞きしたんじゃないぞ。声が大きいから自然と聞こえてくるのだ。



 合コンという言葉もまだ慣れない。鹿石高校では存在しない概念だった。

「ごめ~ん。ちょっと今回はパスで~」

 手を合わせて、観鈴が断っているのが見えた。



 そして授業になって着席した時。

 観鈴からLINEが来た。



『放課後、駅前のこの店に来て』


 添付されているURLを開くと、駅を少し過ぎたところにある、古めかしい喫茶店の情報が出てきた。



『いや、これ、昨日教えてもらったチェーン店のどれとも違うんだが!?』


 そう、ツッコミというか困惑を返した。


 これは高度なギャグなのか? それともスクールカーストが上に行きすぎると、もはやチェーン店すら使わなくなるのか?



『だから、いいんじゃん。来てね。ちなみに所持金ナシってことはないよね? 五百円玉あればお釣りくるけど』

『それは大丈夫だ』



 結果的に大丈夫だと答えてしまったことで、店に行くことにも同意してしまったことになってしまった。








 駅を通り過ぎて、その先の広い道路を渡って、住宅と小さな町工場が混ざっているような通りにその喫茶店はあった。

<喫茶 オーク>



 一瞬、ファンタジーに出てくるあのオークかと思ったが、オーク材とかのオークのほうだな。たしかかしの木のことだったか。とにかく、ゴブリンやオークのオークではない。



 店のドアを開けると、ちゃらんちゃらんとドアについているベルが鳴った。

 このあたりもいかにも個人経営の喫茶店だ。



 少し薄暗い、がらがらの店の奥から声がかかった。

「りゅー君、こっち、こっち」



 観鈴が手を振っている。


 俺は観鈴のテーブルの向かいの席につく。



「来てくれてありがとう。入りづらい雰囲気だから来ないかもって、少し心配してた」



「ヤバい店じゃないから、怖気づいて逃げるなんてことはないけど、なんでこの店なんだ? 駅からは近いけど、高校からは遠いぞ」

 駅を過ぎた先にあるので、駅からさらに数分歩くことになる。



「だからだよ。ここなら、塚南ツカナンの生徒は誰も来ないから。シークレットスペースってところかな」

 そう言ってから、観鈴は溶けたようにテーブルに突っ伏した。



「あ~、今日も疲れた~。リア充を演じるの、肩がこるよ~」

 なんか、仕事から家に帰ったOLみたいな態度みたいだなと俺は思った。


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