5 幼馴染の面倒を見る
「はっきり言って、合コンに誘われたりとか、何度もあったよ。そのたびに断ってたけど数合わせだからって頭下げられて行ったこともあって……高校の先輩にも、大学生にも告られたけど、事情を説明してごめんなさいしてきたよ」
「陽キャだけど、そこは徹底してるのか……」
てっきり、陽キャって、どんどん付き合う奴をとっかえひっかえしてるイメージがあったが、あれは偏見だったのだろうか。
ていうか、偏見だよな……。真面目な陽キャがいたらダメな理由なんてないしな……。
それとも、目の前の観鈴が特殊なんだろうか。
あと、観鈴の手がすごく熱い。
そういえば、観鈴の手って温かかったな。手をつないで、田舎を歩いた記憶がよみがえってきた。
「また、同じ高校になっちゃったのも、何かの縁だよ、りゅー君。昔みたいに私を守ってて」
「まあ、守るっていうのはいいんだけど、それって『誰とも付き合うな』って条件が付くだろ?」
「でないと、誰かと付き合ったらその女子を守るのが最優先事項になっちゃうじゃん。私か彼女かのどっちかしか助けられない二択になったら、私のほうが捨てられるかもしれない」
「どういう二択だよ! そんな究極の選択肢なんて発生しねえよ!」
二人同時に崖から転落しそうになるって時ぐらいしか想像できん。
あと、フィクションだと手を伸ばして、腕をつかんで引き上げたりできるが、現実だと、体重が何十キロある人間が落下していったら、とっさにつかんで引き上げるとか絶対に無理である。普通に一緒に転落して死ぬ。
「それと、私が陰キャだったってことはバレないように、裏方に徹してね。クラスでばしばし話しかけてくるとかはやめて」
「現時点でもまだ同意してないのに、さらに条件を追加するな」
俺に同意させる気ないだろ、こいつ。
しかし、観鈴の奴、こんなに自分の意見をはっきり言うようになったんだな。
その点はちょっとうれしい。小学校の時は、やけに小声だったしな。
ある種、これも成長の一つと言えるのではないだろうか。
たんに、わがままになっただけかもしれないが、権力で何かを強制してるわけではないのだし、わがままなぐらいならいいと思う。
気が小さくて、嫌なことを拒否できなくて辛い思いをするよりはよっぽどいい。
しかし、ここまでわがままなこと言ってくるのを受け入れるかは別問題だ。
兄役として、非常識なことはダメだとはっきり言ってやらないとな。
「なあ、観鈴、お前、少しは頭冷やして――」
「私、昨日、りゅー君が自己紹介した時から気付いてたよ……。本当はすぐにでもこうやって話したかった……」
俺の言葉は観鈴の涙声でかき消された。
「でも、すぐにはできなかった……。私が作ってきた鎧が邪魔で……。今更、渋谷出身じゃなくて、鹿石町出身ですなんて言えない……。高校に居場所がなくなっちゃうし、りゅー君がそんな私を守ってくれても、今度は私がりゅー君から自立できなくなって、ずっと迷惑かけちゃう……」
その言葉は聞いていて、苦しかった。
そうだ。人には立場というものがある。高校生にだってある。
TPOを無視した言動は許されないのだ。
失うものがない奴が、失うことを恐れるなと言うのは卑怯だ。何かを失う怖さは、その地位にいなければわからない。
「私も……誰かと付き合ったりしないようにするから……。だから、その間は……私のこと、観鈴のこと、守っていてください……」
「観鈴、昔みたいなしゃべり方に戻りかけてるぞ」
観鈴はお願いする時、だんだんと丁寧語になっていく。それと、小学校の途中まで一人称が「観鈴」だった。
そうっと、観鈴の背中に手を伸ばして、ぽんぽん優しく叩いた。
昔は、観鈴が泣きそうになったら、よくこうしてやっていたな。
この姿を誰かに見られたら大問題だけど。なにせ、観鈴が特別な地位になってしまった。
俺もしょうがないかと思い始めていた。
やっぱり、観鈴は観鈴だ。雰囲気がまったく変わって、表面上は陽キャになったとしても中身までは変わりきってない。
「わかった。お前のことをひっそりと守る。それでいいか?」
「……うん、ありがとう、りゅー君」
昔のように、「ありがとう」と言うと、ゆっくりと観鈴は俺から体を離した。
それから、ハンカチを出して、さっと目にたまっていた涙をぬぐう。
次の瞬間、いかにもスクールカーストのトップですという、あの自信に満ちた顔に変わっていた。
「どんなマジックだよ!」
「こういうのは舐められたら負けだから。目、赤くなってないかな~?」
さっと、手鏡みたいなのを出して、状況を確認しだした。こいつの体の中に二つの魂が同居してたりはしないよな?
「じゃあ、今日はこれでね。一緒に帰ると噂になっちゃうから、ごめん。きっと、りゅー君、怒った男子に目つけられると思うし」
「理由が生々しいんだよ……」
たしかに、今の観鈴はクラスのカースト最上位にいる。俺が馴れ馴れしくすると、調子に乗っている転入生と認識されるはずである。
自分の護身のためにも、ここは距離を置くべきだ。
まあ、通学路はアクションゲームのステージではないのだ。別々に帰ったら命にかかわるだなんてこともないし、ここは観鈴のいいようにやらせよう。
「あっ、そうだ。帰る前に――」
そこで観鈴はスマホを出した。
「これから何かあった時、呼び出す用にね」
本当に呼び出してくるのかわからないが、LINE交換はしておいたほうがいろいろ便利なので、俺もスマホを出した。
『よろしく』と何かのクマのキャラがあいさつしているスタンプが送られてきた。
「ああ、よろしくな」
「そこは口で言わずにLINEを使ってよ~」
「別にいいだろ……。しゃべってる間は口頭のほうが楽だし……」
そう言いつつ、一応『よろしくな』とスマホでも打ち込んだ。こんなことで観鈴の気が済むなら、まあいいだろう。
「じゃあね、りゅー君♪」
小さい声で、手を振る時、また一瞬だけ昔のような、童顔っぽい観鈴の表情が戻った。
「ああ、またな」
観鈴はすたすたと学食の裏から去っていった。
状況は違いすぎるけど、観鈴のために苦労するってことでは案外小学校までの時と変わらないのかもしれない。
だが、ふと思った。
これから俺はどうやって観鈴をサポートしていけばいいんだ……?