2 幼馴染と同一人物?
とはいえ、どうやって確かめたものか。
竹原という女子の周囲には当然、スクールカースト上位の女子(および、たまに男子)がいる。本当に一人になると、孤独死するのかよというぐらい、始終誰かがいる。ちなみにウサギが一匹でいると寂しくて死ぬというのはデマらしい。
あんなところに、せいぜいカースト中位の俺が突っ込んでいくことはできない。
まあ、まだ俺の場合、転入してきたばかりでカーストのことわかってませんという言い訳ができなくもないが……圧がすごいのだ。
自分たちより低いカーストの奴は入ってくるなというオーラが張られている。
別にあいつらが意図して張っているわけではないのだろう。ただ、自然とああいうオーラというか、壁のようなものはできてしまう。
あそこに入っていく勇気は俺にはないし、もしも俺の勘違いでしかなくて、あの女子が本当に渋谷出身の女子だった場合、俺は無茶苦茶うさんくさくてキモい奴だと思われる……。
これは竹原という女のせいじゃない。逆の立場でも、いきなり「お前、小学校まで一緒じゃなかった?」と言われたら、なんだ、こいつと思うだろう。
そこで俺は一計を案じた。
昼の五時間目が終わった、その日最後の休み時間。
俺は自分が暫定で所属するコミュニティに行くと、スマホで写真を開いた。
「これさあ、俺がいた鹿石町の小学校なんだけどさ、ほら、背後がモロに山なんだよな」
できるだけ大きな声で、小学校の話をしていることをアピールした。
男子たちは「うわ、これがいわゆる学校の裏山ってやつか」「ネコ型のロボットの世界にしかないと思ってたけど、実在したんだ」みたいにしっかり反応してくれた。
ありがとう。だが、俺の真の目的はお前たちに聞かせるためじゃなくて――
俺の後ろにいる竹原に聞かせるためだ。
幸い、俺のコミュニティにいる男子の席の一つが竹原の席の斜め前だった。
だから、俺が真っ先にその男子の席に行けば、自然とその席がたまり場になる。
そこで大きな声を出せば、竹原にも聞こえるだろうという魂胆だ。
もしも俺の幼馴染の竹原観鈴なら「えっ、もしかして、近所に住んでた竜太郎なの?」って反応するかもしれない。
もっとも、それは非常に俺に都合のいい展開だ。いわゆる希望的観測というやつだ。
なにせ、このクラスの竹原は渋谷出身と名乗っているのだ。鹿石町の小学校にいたと名乗れば、ウソになる。
だから、仮に聞こえても動いてくるとは思ってない。
ちらっと竹原のほうを見たが、素知らぬ顔をして、友達の女子の話に相槌を打っていた。これは本当に聞いてなかった可能性もある。
まあ、いい。第二段階に進むか。
俺はまた、声を少し張り上げる。
「そういえば、小学校卒業の時にこっちのほうに引っ越した女子がいるんだよな。ある種、幼馴染と言えなくもない奴だったんだけど」
「えっ? 尾崎って幼馴染までいるの?」「超勝ち組じゃん」
よし、この話題にもこいつらはちゃんと食いついてきてくれる。お前らとは二学期も三学期も仲良くやれそうだ。
とにかく小学校の時の話題を出しまくれば、竹原が反応することはありうる。本当に人違いなら、何も問題にならんし。
「幼馴染って言っても、付き合ってたわけでもなんでもないしな。どっちかというと、俺が兄みたいな感じだったな」
「おっ、妹属性かよ」「田舎の学校っていうのが、伝奇系の作品っぽいよな」
こいつら、基本的にオタク寄りの話に持っていこうとするな……。それで別に間違いじゃないが。
「それでな、たんなる偶然なんだろうけど、その女子の名前が――」
俺がスマホをいじろうとした時――
さっと横からスマホが取り上げられた。
それは間違いなく竹原という女子だった。
「へ~! 私の通ってた小学校と全然違うし~。なんか、のどかで心が豊かになりそ~!」
俺の横にいた男子がちょっとビビった顔をしていた。
やはり、カーストというものは厳然として存在するのだ。
そればかりか、カースト上位の奴らも竹原がこっちにやってきたことにびっくりした顔をしていた。
カースト下位の側から話しかけづらい空気があるのは当然のことだが、その逆もある。カースト上位の奴が下位の奴に話しかけるのもあまり推奨されてない。
それは定まっているルールみたいなものを破壊することにつながるからだ。
カースト上位の奴といえども、ルールには縛られる。そのルールを気にせず、自在に振る舞うということはできん。どこにも明文化されてないが、だからこそ、スクールカーストというのは強固なのだ。
それを今、竹原は打ち破ってきた。
「尾崎君だっけ? せっかくだし、前にいた高校のこと聞かせてよ。田舎の高校のことなんて聞く機会なんてないしさ~」
俺のスマホを持ったまま、竹原は続けた。
少なくとも、スマホ返せよとは言いづらい空気だった。
「わかった。そんなことでよければいくらでも話すぞ」
俺は一人だけ、カースト上位の奴らのところに「連行」されて、そこで高校のことを語った。居心地はあまりよくないが、さすがに形式的には招待された側なので、竹原以外の奴からも表面上はなごやかに迎えられた。
「マジで! 運動場に鹿が来るとかギャグでしょ!」
竹原は俺が用意していた鉄板のネタにしっかり笑っていた。
だが、やっぱり俺の知ってる竹原観鈴とは何もかも違うんだよな……。
こいつ、明らかに化粧をしてる。薄くではあるが。むしろ、ナチュラルメイクに見えるような高度なメイクだ。
あの内気な観鈴がそのまま高校生になっても、ほぼ化粧なんてしないと思う。
やっぱり、他人の空似か。どこにも目の前の竹原という女子と、俺の知ってる竹原観鈴の共通点が見えない。
そして、三つ目のエピソードを話してる時にチャイムが鳴った。
竹原の席の周囲にいた連中はさっさと帰っていく。さばさばしてるが、俺は所詮ゲストだからな。
「じゃあ、竹原さん、俺も戻るな」
俺は竹原に呼ばれた以上、すぐには帰れない。竹原の席に置かれていた俺のスマホを取って、最後になって、自分の席に帰ろうとした。
その時だった。
竹原が俺の腕をさっと引っ張った。
そして、俺の耳に顔を近づけ、こう言った。
「放課後さ、学食の自販機前に来て」
たしかにそう竹原は言った。
だが、確認のしようはなかった。俺が竹原のほうに目をやった時には、もう、そいつは授業の用意を机に出して、休み時間は終わりましたという顔になっていたからだ。
ここでもう一度問い返してもシラを切られるだけだろう。
まあ、いい。放課後になればすべてがわかる。
3話目は明日投稿いたします。よろしくお願いいたします!