11 あくまでも、たとえばのケース
そのあとも観鈴はすごく快活に高校生活を送っていた。
俺が教室の前のほうで自分たちのグループの男子と話していると、後ろの席のほうから観鈴たちのグループの声が聞こえてくる。
先日、体育の授業中に観鈴が隣のクラスの女子に見せた気遣いを目にしてから、自分の中の陽キャのイメージが少し変わった。
陽キャの中にも優しい奴はいるんだ。
そんな当たり前のことを観鈴を見て思った。
それまでは陽キャみたいな奴は裏では冷たい奴だとか、ひどい奴だとか、決めつけていた。
今でもその全部が間違いってこともないと俺は思ってるのだが……偏見が入っていることは認める。
少なくとも観鈴は人の痛みがわかる。
ある種、完璧な陽キャかもしれない。
――で、観鈴が言うことには、そんな観鈴を支えているのが俺ということになるらしい。
「はあ~あ、今週も疲れた~」
金曜の放課後、その日も駅の向こう側にある古めかしい喫茶店に、観鈴に呼びつけられた。
どうやら週末にここでリセットするというのが観鈴の生活パターンであるらしい。
「疲れたって、お前、別に運動部に入っているわけでもないだろ」
「りゅー君、わかってるくせに、いちいちそういうこと言うのはよくないよ」
観鈴は頬をふくらませた。
「精神的な疲労だよ。もともと陽キャ向きじゃない人間が陽キャとして生きてるんだから、気苦労も多いんだから」
たしかに今、俺の目の前の席に座っている女子は、クラスでカーストのトップに立っているあの竹原観鈴と同一人物とは思えない。カーストトップのボスキャラじみた空気がない。
そういう意味ではここだけが観鈴が素を出せる唯一の場所なんだろう。
「わかった、わかった。でもさ、観鈴が陽キャやって中一からでも、もう五年目だろ。いいかげん慣れきってるんじゃないのか?」
「中一の時からここまで完成してたら、かえって引かれるって。中学の時はカーストの幅ももっと狭いから、そこまで気にしなくてよかったっていうのもあるし。けど、高校生になってから、気づいたらこんな感じになってたな~」
「お疲れ様としか言えんな」
俺なら絶対に無理だ。実際、全然陽キャになれていない。
「だから、まさに疲れてるって言ってるじゃん」
メニューの注文前に出された水を飲んで、「ふあ~」と観鈴はとろけたような声を出した。表情もゆるい。
高校でのはきはきしてる、どこか攻撃的な雰囲気とは似ても似つかない。
まあ、今も観鈴が昔の部分を残しているということで、少し安心する。
今なら、「あのこと」を聞けるかな。
LINEでは不都合で、面と向かってでないと聞けないことも世の中にはある。
もっとも、すぐに口に出したりはしない。
ここで尋ねていいことかどうか、頭の中で確認する。
……うん。はっきり言って、あんまり言うべきことじゃない。
それに形式的とはいえ、俺が観鈴を見守っているということになっているのだから、知らないままというのも変だろう。
「なあ、観鈴、お前、陽キャとして生きてきたんだろ」
「うん、夏休み中は後ろでしゃべってる友達グループと海にも行ったよ。インドア派だから疲れた~。不幸中の幸いなのは、海が近いことだね~」
この海ノ塚市は市内に海水浴場もあるし、行くだけならすぐだ。移動でくたくたになるということはない。
しかし、そうか……。海にも行ったのか。
懸念が増えたが、ここで引き下がったら、何も聞いていないのと同じになる。
「あのさ……俺は夏に海に行ったりした経験とかもないから、よくわからないんだけど……それってナンパされたりとかしないか……? ていうか、学校でも告られたりしないか……?」
どうにか質問を口にしたものの、意図を伝えないと、ただのプライバシーに関するモラルがない奴になるな。追加の説明をしないと。
「ほら……俺は昔の観鈴のイメージがあるから。あの観鈴がナンパされたりだとか、告られたりだとかしたら、それだけでくたくたになるんじゃないかなって……。あっ、楽しくやってて、余計なお世話だっていうなら、今のことは忘れてくれ……」
俺は俺で陽キャじゃないから、そういうのが大変そうだとしか思えないのだ。
陽キャたちは案外、そういう生活をエンジョイしているのかもしれんし。
「……りゅー君」
ぼそりと観鈴がうつむきながら言った。
「うん、何だ……?」
もしかして、的外れなことを言ってしまっただろうか。
こいつ、久しぶりに再会したらどんだけ陰キャなんだと失望でもされただろうか。
勢いよく、観鈴は顔を上げた。
「そう! そうなんだよ! くったくたになるの!」
その顔は同志を得たというような信頼感に満ちたものになっていた。ひとまず、地雷を踏んだわけではなかったらしい。
「断るだけでもすごく大変だし、やめてほしいよね。告られたりしなくても、友達に呼ばれて合コンに行ったりしたら、LINEがやたらと来るし……フェードアウトしていって、どうにか逃げてるの……」
「ああ、そこは昔の観鈴みたいなままなんだな」
なぜか、ほっとした自分がいた。
「だ・か・ら」
その時、突然、観鈴の雰囲気が変わった。
あっ、これはクラスで陽キャの時のものだ。
表情がいかにも世慣れたJKですというものになっている。
「りゅー君、これからも観鈴のこと、見守っててね。変な男がつかないようにしてね♪」
俺は生唾を飲んだ。
こんな観鈴は、それはそれでかわいいというか……艶めかしい……。
「わ、わかった……」
そう答えた途端、また観鈴の顔がゆるんだものに戻る。
「うん、本当にお願いするよ~、りゅー君」
ああ、あくまでも演技なんだな。うん、今の観鈴のほうが本当の観鈴だ。
「でもさ、変な男がつかないようにするって、具体的にどうしたらいいんだ? 俺が代わりに告白を断るわけにもいかんだろうし……」
それじゃ俺が告った男の立場でも「お前は観鈴の何なんだよ?」って思うだろう。小学校の時なら、兄みたいなものだとか言えたけど、今だと出身も違うことになってるし。
と、やけに観鈴の顔が赤くなった。
「え、ええと……あくまでたとえばのケースだけど……観鈴の彼氏ですということにするとか……」
ああ、なるほど、なるほど。それなら問題ない――ってなるか!
「ダメだ、ダメだ! それじゃ、陽キャの彼氏が陰キャ寄りの奴ってことになって、いろいろまずいんじゃないか? ていうか、ほかにも課題が多すぎる!」
「だから、あくまでもたとえばのケースだって! あと、そんな全力で否定するのもひどくない、りゅー君!?」
顔を赤くした観鈴に逆ギレされた。納得がいかん!
まあ、今後とも、観鈴の秘密をたった一人知ってる男子として、俺はこっちの高校でやっていくことになりそうだ。
本作はこれで完結します。短い間でしたが、ありがとうございました!




