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スクールカーストトップの美少女である竹原さんの正体が陰キャだと俺だけが知っている  作者: 森田季節


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10 体育の授業と二人組

 それから先も、観鈴は高校では見事にスクールカーストの頂点の女として振る舞い続けた。



 そんな時には、俺が関わることはない。むしろ、関わったらまずいことになる。俺は俺で、気安く話せるようになった男友達と遊ぶ約束を取り付けたりしていた。



 毎日のように喫茶店に呼び出されたら、小遣いがなくなるぞと思ったりしたが、そんな高頻度ではないらしく、その週はそれ以上のこともなかった。



 せいぜい、LINEで『今日も疲れたよ~』なんて声が届くぐらいだ。



 なんか、お互いに働いてて遠距離恋愛になってるカップルみたいだなと思いかけて、その考えを振りほどいた。

 付き合ってるわけでもないのに、恋愛要素を持ち込むな。観鈴は観鈴だ。あくまでも幼馴染だ。



 当初は見守っていてくれと言われて、ずいぶん重いことを頼まれたなと感じたりもしたが、観鈴は器用に二つの仮面を使いこなしている。

 高校にいる間は、キャラが入れ替わる様子もまったくないから、俺も気楽だ。






 そんな折、体育の授業があった。



 その日の内容は体力測定だという。五十メートル走やら、握力やらの数字を記録するアレだ。


 二学期にやることかと思ったが、秋にある体育大会の時の出場枠を決めるのに参考にできるからだという。



 ちなみに体育は少しだけ苦手だ。

 隣の教室の奴と合同でやるからだ。


 同じ教室の奴とはだいぶ慣れてきたが、隣の教室の奴となると、接点がほぼない。


 どうしても、「あいつって誰?」という視線を浴びたり、単純に隣の教室の男子の中に紛れてしまうと、知り合いが皆無だから孤立したような気になったりする。


 ほんのちょっとしたことだが、楽しいことじゃないのは確かだしな。



 体操服に着替えてグラウンドに出た俺たちに向かって、ギャグみたいに角刈りにした体育教師がこう言った。

「二人組になって、そのうち一人は試験をする者の結果を記入するように」



 出た! 二人組になれというやつ!



 ぼっちが恐れるシチュエーションの代表例だ。どうしたって、仲のいい奴同士で組むから友達がいないと余ってしまうのだ。誰が友達がいないか可視化されてしまう恐ろしいイベントである。



 もっとも、別に俺は怯えてはいなかった。

 それなりに仲良くなった男子は何人かいる。孤立して途方に暮れるということはないだろう。


 最悪の場合でも、「転校してきたばかりなんで」という言い訳が通用する。

 ぼっちポジションなのではなくあくまでも、この高校に来たばかりだからという理由をつけられるのだ。



 一学期の間に、教室で孤立していた奴と比べれば、二学期から入ってきた俺のほうがはるかにハードルは低かった。なお、ハードルを跳んでいく種目もある。



 俺はあっさりと同じ教室の西田という男子とペアになった。



 で、悲しいことだけど余ってしまう奴がいた。

 隣のクラスの女子の一人がぽつんと立ち尽くしているのが目に入った。



 眼鏡で黒髪の三つ編みで……といういかにも内気で運動は苦手ですといったタイプの女子だった。これで図書委員でもやっていたらロイヤルストレートフラッシュだ。



 どんな集団にも浮いてしまう奴はいる。教室の奴が全員仲良くないといけないというほうが息苦しい気もするし、イジメのようなことがないのだったら、これはこれで仕方ないと考えるしかない。



「ああ、長瀬さんか。文芸部には友達もいるはずなんだけど、どっちのクラスにも文芸部いないんだよね」

 俺のペアである西田が説明してくれた。

「文芸部か……。たしかにそれっぽくはあるな……」



 不安そうに長瀬さんは立っていた。視線がそわそわしているのが露骨にわかる。



 かわいそうだが、俺では何もできない。

 なにせ、男子だからな。男子が女子に「組もう」と言うのは異常事態だ。


 小さな親切大きなお世話というやつで、俺が彼女に気があるだとかいう余計な噂を立てられかねない。そしたら、彼女がまた不快な思いをする。



 だが、その時、長瀬さんの前に意外な人物が立った。



 竹原観鈴だった。



「あなた、一人なんだったら、組まない?」

 さばさばした平板な表情で観鈴は言った。



 えっ、どういう意図だ……?



 そう感じたのは俺だけじゃない。すでに二人組になった連中はけっこうな割合でそこに目を向けている。



 それだけじゃない。長瀬さんも怯えたような表情で、観鈴のことを見ていた。なんで隣のクラスとはいえ、カーストのトップの奴がやってきたのかわからないという顔だ。



「嫌ならしょうがないけど。どうする?」

 念を押すように観鈴は言った。なんていうか、なれ合う気はないが、協力ぐらいはしてやるっていう態度だ。



「お、お願いします……」

 長瀬さんもやっと、そう答えた。



「わかった。じゃあ、一緒にやろっか」

 はじめて、観鈴の顔に少し笑みが浮かんだ。



 そこから先はとくに何の波乱もなかった。まあ、体力測定で波乱もクソもないのだ。授業時間をそれなりに残して体力測定は終わった。



 大半の奴が授業が解散と言われるまで運動場でだべっている間、観鈴も何か長瀬さんという女子に話していた。



 ただ、友達同士という感じではなく(友達じゃないから当然だが)、まるでコーチが選手を指導しているような雰囲気があった。




 体育の授業が終わったあと、俺は英語の授業の時にLINEを観鈴に飛ばした。



『あの長瀬って子と知り合いだったのか?』



『ううん』

 授業中だけど、すぐに返事が来た。

 それから、こんな言葉がやってきた。



『あの子、昔の私みたいだったから、放っておけなかった。友達からは、なんであの子のところに行ったのって聞かれたけど』



 ああ、観鈴は本当に強い奴なんだなと思った。



『陽キャだからって、陰キャに関わったらダメってのはおかしいと思うんだよね。別に一緒に行くカラオケに強引に誘ったとかじゃないしさ』



『観鈴、俺の見てない間に成長したな』



 感無量だ。こんな心の優しい陽キャばかりだったら世界はもっと生きやすくなるんじゃないだろうか。



『おおげさだよ。それに一種の同族嫌悪みたいなところもあるし』



 どんどんLINEに観鈴の言葉が流れてくる。



『だから、さっき授業終わった時にこう言ったの。一人でもいいけど、困ったような顔はしなくていいって。堂々としてたら、もっと好転するからって』



 俺は観鈴の幼馴染であることを誇りに思う。

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