表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

スローライフの模範囚

作者: 鵜川 龍史

 運動の時間だ。

 みんな鍬を持って、運動場に出る。看守の号令で五列に並び、合図に合わせて、鍬を振るう。 土が掘り返され、畝ができる。

「いいか。これが、生きるということだ」

 やがて、囚人たちの元に種が配られ、一人ひとり、しゃがんで土と向かい合う。

 俺も、手の中に置かれた種を大事に握りしめ、隣の囚人に倣う。人差し指を土に差し入れ、小さな穴を開けると、その上に握り拳を突き出し、握った指の間から、脇にこぼれないように種をまく。

 この刑務所は誰もが若い。

 一人だけいた中年の囚人は、痩せ衰えて、畑の隅に丸くなっている。来る日も来る日も、鍬を振るい、鋤を入れ、種をまく。中年の囚人は、いつの間にかいなくなっている。

 やがて、最初に作業した畝から双葉が顔を出す。いくつかの畝は土色のまま。発狂せんばかりに叫びだす囚人もいるが、そんなことをしても作物は育たない。無駄に体力を消耗して、生存確率を下げるだけだ。むしろ、これで一人当たりの農地が増えるなら、助ける理由など、どこにもない。

 刑期を全うしたいなら、ルールを理解しなくてはならない。

 双葉でも栄養になる。この極限状態の肉体であれば、なおさらだ。俺は双葉の一方をちぎり、舌の後ろに隠した。もちろん、他の奴の畝から掠め取ったものだ。幸い、俺の罪状は殺人でも詐欺でも恐喝でもない。窃盗だ。盗みの基本は、相手の注意をそらすこと。スリでも空き巣でも、その基本は変わらない。

 誰かが目立つ動きをしてくれるのは、これ以上ないタイミングだ。

 収穫を迎え、生き残った囚人は七割に満たない。

 自分の作物は、独房の中でゆっくり消費される。何人かは、豆をいくつか保存して、次の作付けに利用しようと考えている。ルールの過酷さを理解していない証拠だ。

 刑期満了まで生きる囚人は三年に一人。ほとんどの人間は、農閑期に死ぬ。貯めておける作物など、一つもない。

 そうして、十年が過ぎた頃には、俺も一人きりの中年になっていた。しかし、肉体は痩せ衰えてはいない。

「いいか。これが、生きるということだ」

 今日も看守が同じ言葉を繰り返す。

 そう。植物を育てるんじゃない。植物と生きるんだ。

 スローライフのスローの意味がみんなわかっていない。

 植物に学び、植物のように生きる。それがこの刑期を生き抜くための唯一のルールだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ