第97話 魔王の戦闘
首のない女の体が、自身の頭を持ち上げるとゆっくり元あったように宛てがい、餌を求め水面に顔を突き出す魚のように首の皮が繋がっていく。
「魔王様、見ての通り。コイツは生き物を侮辱している。命に対してあまりにも……有害だ。」
「ヒヒッ!冗談じゃない。これを相手にしろってのか、この塔は?」
ニコニコとした笑みを崩すことなく、まるで何も無かったかのように魔王たちへと詰め寄っていく。
黒い剣先へ手のひらを向けると、皮膚が破けて血が垂れ始めた。それでも、スクラップにするぬいぐるみを押し付けるような手軽さで、自身の手を剣へと突き刺していく。
「シャド!そいつやばい!」
「分かってる!!だが、抜けねぇ。クソアマ!何をしやがった。」
影を取り込む。
シャドモルスというのは邪神とはいえ神だ。破壊神が自身の破壊衝動を満たすために作った純粋な神。
神へと至ったとはいえ元人間の彼女がそれを吸収することは、極めて異常であった。
「そいつを離しなさい!【魅了】」
珍しく焦ったように、アスモデウスは横から強引に顔を掴んで唇にキスをする。
悪魔による絶対的な洗脳魔法は、いくら人智を超えているとはいえ彼女にも有効だったようで、瞳孔がフラフラとしていき意識が朦朧とし始めた。
「ああ!!!!好き!愛してるわ。アスモデウス。」
唇を離そうとすると、後頭部を捕まれさらに熱烈なキス。
目をトロンとさせたままに、ショフィークは見た目の年齢通りの綺麗で淫猥で濃厚なキスを続ける。
チャームがかかっていない訳では無い。
むしろかかり過ぎている。恐ろしいほどにショフィークの性格と魅了魔法との相性が良かったのだ。
最も使用者であるアスモデウスにとっては最悪の結末だった訳だが。
「ああ、愛おしい。その綺麗な髪も。誰よりも愛情を追いかけようとする目も。自分の異常性を否定したくないがために男を毛嫌いする性格も。でも、少し不満があるとすれば、貴女を認めないにも関わらず、それでも愛してくれる奈落の王を気にし始めているというのは、気に食わないわ。私だけを見てほしいの。ね、お願い。」
息継ぎの為にと一瞬離した隙に、痛烈にまくしたて始める。
チャームはかかったまま。彼女の不死性は状態異常を回復させる効果はないようだった。
「気味の悪い女だ。ヒヒッ!アスモデウス、魅了を解け。」
「チッ!わかったわよ」
女の体を突き飛ばしアスモデウスから離れた瞬間、後方から飛んできたアバドンのげんこつが鳩尾へとめり込んでいく。
大きな音をたててショフィークは倒れこむが、魔王はそれらを意に介さず科学者へと向きなおる。
「もう一つだけ聞かせろ。お前がやろうとしている『アヴ・ホース』とはなんだ。お前は何が目的だ?」
「ククク、ここで答えてしまってもつまらないだろう。それに、教えたところで理解できまい。」
意地悪く笑ったところで、魔力電池製の腕時計を一瞥し、戦うが失せたと言わんばかりに魔王たちに背中を向ける。
わざとらしく死んだふりを続けるショフィークに対して、遊びは終わりだと告げると無理やり立たせてどこかへ立ち去ろうし始めた。
「まて、ゴホッ!アザピース。イヴを狙う理由はなんだ。どうして一度死んだのに復活した。お前に何がある!ガハッ!」
奈落の王は辛そうに血を吐き出しながら、科学者の跡を追いかけるが気障っぽく手を振るだけで答えない。
「ヒヒッ!【影槍シャドモルス】そうやすやすと逃がしてたまるか。クソ科学者!」
その背後から心臓へと一突き。
「残念だなぁ、魔王ちゃん。特別サービスに私たちの不老不死の秘密を教えてあげよう。それはね、魔石のみを別の場所に置いておいて、絶えず魔力供給をすることさ。まあ、それ以外にもタネはあるけれどね。えーと、ヒヒッ!だったかな?」
アザピースの体は生気の抜けた人形のようにぐったりし始め、ショフィークがそれを支える形になるが二人は何ら慌てた様子がないどころか、魔王を煽る余力さえ見せる。
「遊んでいたのは、私もか……。ショフィーク、ソイツは捨てておけ。少しここをいじるぞ」
部屋の向こう側から現れたのは、もう一人のアザピースだった。
ショフィークは彼が言う通りに、アザピースの死体を放り投げると、生きたアザピースの元へと駆け出していく。
「もうすぐにでもクリスティアンは神の領域へと達する。さすがに足止めはいらないと思うが念のためにしておくぞ。」
「わかったわ。楽しみね。」
二人が部屋から消えると鍵盤の隙間や壁面の楽器が動き出し狂宴が始まる。
「クリスティアン……?どこかで聞いた覚えがある……。だれだ、つい最近なんだよな」
「シャド!ぶつぶつ言ってないで戦うぞ。なんせ数が多い。少し本気を出すからな!」
アイアンスライムを叩き潰しながらいくつかの魔法を同時展開する。
アバドンやアスモデウスも普段とは違い真剣そうに戦っていた。
「魔王。力。」
「ああ、使っていいが三割程度に抑えろよ。」
魔王から許可をもらうと、アバドンの体が少しずつ変形していく。
顔面がカエルのようになっていき、手足に水かきのようなものが生え始めた。さらに、ぬめりとした背中からは、羽をもったバッタが大量に飛び出してくる。
「魔王、どいて!【プレス】」
魔王に群がるアイアンスライムはアスモデウスの重力魔法によって押しつぶされ、鉄の液体をバッタたちが食べ始める。
「ハープの音!アバドン、いけるか?」
「了解。【奈落・音地獄】」
アバドンの足元から口を大きく開けたカエルのようなナニカがあらわれる。
真っ黒で奥の見えないカエルの口は辺りの音を吸収し始め、ハープの音さえも口の中に吸い込まれていく。
「End流奥義【魔王の目】」
「影式抜刀術【影閃】」
魔王と影の合わせ技。
ハープドラゴンの両翼が黒い刀に塗りつぶされ糸がはらりと崩れ落ちる。
「音の罪は音で償え【極楽・音天国】」
龍の頭にアバドンの手がかけられて、音が炸裂する。
いくら自分の音が効かないとはいえ、この至近距離での地獄のような音は、耐えきれるはずもない。
「おいおい、どんだけいるんだよ」
「踊る骸骨に、ハウルドッグ、アントオーケストラ。面倒なやつが多いな」
しかし、悪魔は笑う。奈落は叫ぶ。影は動じず。魔王は……
「これが、これが!これが!!これこそが!!!Endだ!!!!」
喜ぶ。
「ワオォォォーン!!!」
ハウルドッグの叫び声が開始の合図となり、魔王は発走する。
勇者を待つだけの魔王では足りない。
自ら渇望しなくては。相まみえる日を願わなくては。
「【影太刀シャドモルス】」
「【奈落・無間地獄】」
「【堕ちた智天使】」
三体のハウルドッグを再起不能にすると、魔王は影をぶん投げ、空中で元の人型に戻ったシャドモルスとアスモデウスは骸骨へと向かっていく。
しかし二人は道半ばで膝をつかされることとなった。
「……!?」
「魔法?」
奇妙な踊りを続けているだけの骸骨は、吐き気を催す二人を小馬鹿にするように一層踊り狂った。
「アバドン、あいつらを回収しろ。」
少し焦ったようにアバドンの両手は無数のバッタへと変化していき、二人の姿をとらえてひっつかんでいく。
「めまいがする。あと吐き気も……」
「ねえねえ、アバドン吐きそう。」
「もしかしてだが、あの踊りに酔ったのか?」
魔王と奈落の王からの視線を向けられ、尚も踊り続ける骸骨はリズムの狂った踊りを続けるだけだった。
「なら、なぜ私たちは効かないんだ?」
深く考え込む魔王に対し、三人を守るために牽制を続けるアバドンがポツリと漏らす。
「アイツ、最近流行ってる踊り子と同じ踊り?」
「「「は?」」」
驚いて骸骨の踊りを観察してみると、器用に奇妙に気色悪く改変されているが、確かにどことなく雰囲気が似ていた。
「ねえねえ、アレってジーニアス商会がプロデュースしてるMID40って踊り子グループの奴よね?」
「ああ、作曲者が世界的に有名な音楽家だって話題になったやつだな」
しかし、残念なことに全く興味がなかった魔王はその踊りを知らない。
アバドンの方もアスモデウスが見ていたり、MIDの雑誌を買ってくるから知っている程度だった。
なにより二人は、踊りが苦手だ。
「なるほどね、良し悪しがわからなければ、悪いものを見ても不快感を覚えない。」
「俺。アイツ。強い。」
「戻ってるぞ」
シャドモルスをポイと放り投げ、アスモデウスをゆっくりと地面に座らせる。
一気に骸骨へと駆け出すと踊っている隙間から肋骨をへし折り、無理やりにでも魔石を破壊する。
「あの世で踊るといい。きっと、ここよりはうまく踊れるはずだ」
魔石から発せられる奇妙な踊りの魔力から解放されると、悪魔は立ち上がる。
それに対して、数々の楽器を武器として携えたオーケストラのようなアリたちは、手に持ったそれらを奏で始める。
「あなたたちの曲で歌ってあげるわ。【魅惑の歌声】」
先ほどのハープドラゴンよりもハープのような歌声はアントル達の腰をがくがくと震わせ発情し始める。
「フフ、虫にしては綺麗な顔立ちだけれども、いまいちそそらないわね。」
愉悦と興奮と不安の残る表情をするアリ達全員のひたいにキスをすると、魔石がなくなったかのように唐突に動きを止める。
彼女の小さく淫らな舌には飴玉のように魔石が転がっている。
「【卑猥で強欲な接吻】」
酸の海に溶け込むかのように魔石は消えてなくなっていく。
……To be continued
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