第91話 魔王幹部 アバドン
連続で短くてすみません!!
明日も短いかも…。
本当に申し訳ないです。
「イ…ヴ…」
「…人のお姉ちゃんをそんな物欲しそうに呼ばないでくれる?」
アスモデウスと戦い始めた魔法使いの背を追うように視線を巡らせると、心臓目掛けてナイフが突き立てられる。
「痛み。バッタ。」
「私が刺した所はバッタになるからなんのダメージもないって?わざわざ教えてくれてありがとう…。」
無感情のまま見下ろす男の顔面に、逆さ立ちをしたレイの蹴りが入る。
しかし、彼女の小さな足ではアバドンにダメージすら与えられない。
アバドンの首元から一体のバッタが飛んでいくと、即座にバックステップを踏んで距離が空く。しかし、バッタは兵士の死体へと向かっていき、レイのことなぞ一切かまう様子を見せない。
「……なんのつもり?」
「地獄。空気。現世。……。」
ブチリという、嫌な音が響く。
ふと目を向ければ、バッタが死体の首元から肉を食いちぎっている音だった。
肉を咥えて戻ってきた虫を、指でつまんで口元に運ぶ。
思わず目をそむけたくなる光景であるが、何をしてくるのかが読めない以上見続けるしかなかった。
「これで…。ちゃんと。話せる?」
先ほどよりも明瞭な口調。
レイはそんなことを気にした様子もなく「…それで、さっきの話の続きは?」と促す。
「俺は。奈落の王。あの世の空気を吸い続けてるから。こっちではしゃべりにくい。元の姿に戻れれば早いけど。魔王に怒られる。だから。こっちの死者の肉を借りた。」
そして、レイの自信や尊厳をぶっ壊すかのように一言。
「あとは。ハンデ。」
淡白な様子で言うが、明らかに嘲笑を含んだその言葉は、レイをイラつかせるのに十分だった。
小声でぶっ殺すと呟くと、アバドンに向けて走り出す。
片手に黒い短刀を構えて近づくと、寸前で跳躍し自分よりもはるかに高い位置にある頭を軽く飛び越えて、彼の大きな首元に向けて死神は構える。
「必ず殺すから必殺……」
「技が見え見え。それで殺せるのは格下だけ。」
振り向いたアバドンの筋肉質な腕が、彼女の柔らかい鳩尾へと深く入っていく。
急な衝撃に対して、血反吐と吐瀉物の混ざった液体が、アバドンの腕へと飛ばされるも、それを気にする余裕もなく壁際へと吹き飛んでいく。
殺しの才能は相手のほうがはるかに高い。
根本的な戦闘スキルで大敗を喫している。
ゆえに奈落の王。
「まだ……。終わりじゃない…。」
短刀を構えなおして無表情の男を睨みつける。
「もう。無理じゃないか?」
「無理じゃ…ない…」
必死に立ち上がろうとするも、顔面に向けて回し蹴り。
またも地面を転がる彼女に向けて首元をつかんで持ち上げると、ゆっくりと力を込めていく。
「あの世でまた会おう。【不条理な一撃】」
ボキリという骨の鳴る音。
力なく倒れた少女を一瞥すると、魔王と戦いを続けている男に目を向ける。
「きっと。あの男なら。あの時の蹴りの時点でうけとめるだろうにな。」
退屈しのぎに空を掛ける少女に思いをはせていると、死神は背後へと忍び寄る。
「…おい、奈落の王。誰の女を横取りしようとしてるんだ?」
彼でさえ足がすくむほどの殺気。
「…完全に首の骨を折ったはず、そんな風に考えてる?でも残念【偽音】でした」
あんなにも死の音を聞き続けている奈落の王でさえ騙す音。
一瞬おびえて距離を取っていたが、再び腹への一撃。しかしそれは受け止められる。
「Endの鉄則。一度受けた攻撃に次はない」
そして、つかんだ手を軸に、巨体が投げられる。
空中を舞いながら、自身に突き立てられる刃を冷静に見ていた。どうせこの体は仮の物。いくら傷がつこうと関係ない。
そんな風に高を括っていると、一匹のバッタが叫び声をあげる。
「お前。全部殺す気か?」
「……いったでしょ。必ず殺すから必殺って。」
さらに二匹のバッタを切り裂いてニヤリと微笑む。
「だが、遅い。」
そう言ってのけるも捕まえることは出来ない。一瞬隙を見出せば糸に体を引かれて逃してしまう。
殴りかかろうと左腕を上げれば、一瞬の抵抗。
細い糸を巻き付けられたような感覚で、すぐにちぎれてしまう。
刹那の時間稼ぎすらままならない、攻撃とも呼べないようなものであるが、塔に磨かれた死神にとってみれば十分な好機に繋がる。
重要な器官のバッタも、そうでないバッタも等しく殺されていくが、そこから逃れられない。
逃げてしまえば、奈落の王は務まらない。
純粋な腕力、膂力で勝っている以上、自分が繰り出す攻撃は致命的になっているはず。
事実彼女は先程から、何十発と殴打されている。
だが、必ず殴られる前か殴られて直ぐに、数匹の体を切り刻んでいく。
徐々に体が維持できなくなっており、かすかに動きが遅くなってくる。それがさらに多くのバッタを殺す要因になりうるが、それでも完全にはよけきれていなかった。
「激痛特攻」
肉体がえぐれて、剥き出しになった心臓に向けての一撃が、ついに中心をとらえる。
「やっと、近づいたな…」
しかし、それも彼の思惑通り。
目を赤く血走らせたバッタたちが、彼の心臓から離れていくと地獄の炎のような赤色の肉塊が完全に丸見えになる。
彼女の黒い刃先は、どくどくと鼓動を鳴らす赤い塊の先端に傷をつけて、じんわりと血が広がっていくにも関わらず、奈落の王は欠片ほどの動揺も見せずに虫達を差し向けた。
耳元でバタバタとうるさい羽音を鳴らしながら、レイの頬に着地したバッタは、唐突に肉を食いちぎる。
気づいた時にはもう遅かった。
彼女にまとわりついたちっぽけな命は、それこそ稲穂の畑に群がるように皮膚を破り肉を食む。
「邪魔だ。」
お返しと言わんばかりに腹を蹴り飛ばすと、針のように尖ったバッタがレイの手足を壁に固定する。
「呑まれろ。薄汚い獣風情が。」
彼女からちぎった肉を、虫ごと口に含んで噛み締める。
それを見ることすら満足に叶わず、群がる虫達から自身を守るように半ば自動で防衛本能が働き、大量のエネルギーを消耗して贅肉を作り出すも、全て貪り尽くされる。
地獄の刑罰のように、虫に集られた彼女は、叫び声すら羽音に呑まれて、ゆっくりと命が小さくなっていく。
……To be continued




