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End  作者: 平光翠
第5.5階層 小さな世界の幕間
89/200

第89話 その女、魔王につき

ヘーパイストス武具店で一通りの武器を揃え直し、久しぶりに塔の前へと立つ。


ユーリはこういった状況でも王国を離れられないらしく、城から魔道具による通信を飛ばしてくる。


「クエイフさん、中で何が起こっているのかが全く分からない状況ですが大丈夫そうですか?」

「誰に聞いてんだよ。攻略者舐めんな。塔の中での俺は数段強いぜ。」


そう言って心に湧いた恐怖心をかき消しながら、地獄へと向かっていく。


〔一階層 アインス洞窟〕


薄暗い空気の中に、即座に()()を発見する。


「臭い…。血だな。」


半年前の俺なら吐いているであろう程の血の匂い。

壁にかかった松明が全て赤く濡れて火が消えてしまっていた。


少し先を見てみれば兵士たちや冒険者たちが倒れている。

傷の具合からすると俺の知らないモンスターがいるわけではなさそうで、今の装備でも十分通用するだろう。


「二人とも、いくぞ。」

「……待って、微かだけど呼吸が聞こえる。」


レイに呼び止められ、音のする方に駆け寄ると、一人の兵士がまだ生きているようだ。


残念ながら片腕を失っているものの運よくほかの死体に押しつぶされて、止血されていたらしい。

付近に彼のものと思われる腕がないのを見ると、アントルにでも持っていかれたのだろう。


「この先に…魔王を名乗るやつがいた…今は…アルデリオン様が…」

「もういいしゃべるな。」


イヴの回復魔法により体力を回復させると、すぐに気を失ってしまう。

すでにユーリに連絡を回しているため、すぐにでも彼や遺体を回収するのに迎えが来るだろうと思い、道の端で寝かせておく。


「魔王…」

先ほどかき消したはずの恐怖がじんわりと胸に広がる。

思い出されるのはあの凄惨な笑み。

すぐ背後(そば)まで這い寄ってくるようなおぞましい感覚を味わいながら、ゆっくりと歩を進めた。


そして階層の半分を過ぎたあたりで、ソイツは居た。


俺があれほどまでに追い詰められた最強の男(アルデリオン)を、影のように黒い大剣であしらっている。しかし、俺の姿を見つけるや否や最強を弾き飛ばして俺の方へ向き直る。


「クエイフ!!遅かったね。捕まったって聞いた時は驚いたよ。いっそ国をぶっ潰してやろうかと思ったけど、ここで暴れれば王国だってクエイフを頼らざるを得なくなるってこいつが言うから、そっちの方が楽だしそうさせてもらったよ。じゃ、ゲーム、やろうよ」


黒い大剣を指さし、貼り付けたような凄惨な笑みと、純真無垢な子供のような口調で言う。


「ふざけんな!そんなくだらないことのために、Endの均衡を崩したっていうのか?それでも、ゲーマーかよ!!」

「うるせぇ。クエイフこそEndプレイヤーの原則を忘れちゃいないかい?人のやり方(プレイング)に口出しすんなよ。」


一転、無表情。


どこを見ているかわからない目つき。瞳孔がゆらゆらと揺れてピントが合っていない。

口の端を釣り上げて、わざとらしく浮かべていた笑みは、一瞬で消失する。


「おい、どこを見ている小娘。俺はまだ死んじゃいないぞ?」


だが、最強はそんな恐怖さえもぶち壊す。


彼が扱う武器は面影のない『守るための武器(アルデルーマ)

スライムに溶かされたのだろうか、形が歪んでいながら血に濡れている。


「ばかだねぇ。お前らが壊せば壊すほど、私は強くなる。とっくに気づいてるだろ。」

そういいながら、自分の胸を突き破るように腕をねじ込むと、濁った青色の石をいくつか取り出す。


何とも内容に放り投げたそれらは、内部から液体が漏れ出し、見慣れたスライムとなる。

「モンスターを造った?」

「気をつけろ、攻略者!コイツはいろんなモンスターの魔石を作り上げちまう。何らかの制約はあるらしいが俺にはわからねぇ。お前なら何とかするはずだろう?」


半ば投げ出すようなセリフだが、それが信頼から来るものだということはすぐにわかった。


「なるほど、あの死体の山は物量作戦をされたってわけか……。二人とも行ける?」

「…任せて」

「わかりました。」


完全に修復された真っ黒の刀を持って走り出す。

押しつぶそうとしてくる液体を切り刻み、新たに生み出されたゴブリンの攻撃を避ける。


だが、ここはEnd。

魔王がモンスターを造っていようが、塔にとってみれば関係のないことだ。

ただでさえ手に余るほどのモンスター達にも関わらず、それを応援するように、不壊の壁から更なる異形を作り出す。


「まずいな、数が多い。」

「おい、金髪魔女。この辺一帯にどでかい()()()()はかけられねえか?」

「はい?たぶんできます。」


威勢よく「よしやれえら」と叫ぶアルデリオンに対し、彼女は俺の顔を伺ってくる。

返事をする余裕のない俺は、一瞬だけ目を配り軽く頷く。


「レイ、きて!」

「……了解。」


杖を構えるイヴの周りに筋線維で出来た糸が張り巡らされ、襲い掛かる液体を毛ほども通さない。

彼女を中心として暖かい風が吹き荒れると、体の疲労感が軽減する。


「よし、お前ら!!いつまで寝てやがる。てめえらが今まで振った剣は、ただの鉄くずか?俺を若造と呼んだジジイども、そんなにママのおっぱい(先代女王)が恋しいか?おい、ひょろくせぇガキども、俺の部隊に入ってすぐに、あんたを最強から引きずりおろしてやるなんて息巻いてたのは、ただの若気の至りか?違うだろ?国に命返す前に、このくそったれな魔女三人組に義理返してから死にやがれ!!!」


唐突に死体に向けて浴びせた罵声。

それに反応して死体たちはうごく。


「ああ、そうだ。死にかけた馬鹿どもを、呪いなんかで救われちまった。」

「あんなに綺麗な乙女の柔肌を、黒く染め上げてまで生き残る人生は、さぞかし楽しいんだろうな!!」

「王国万歳!これに勝って生きてたやつは、攻略者の金で、酒を飲みに行くぞ」

「おい、勝手に決めんなよ。だが、いくらでも飲め。あの世で一人寂しく血を啜るより、生きてかわいい魔女二人連れて酒を飲んだ方がいいに決まってる。そうだろ、兵共(つわものども)が!!!」

「「「「「おおおおおお!!!!」」」」」


泥のように死にかけていた兵士たちは起き上がり、使い物にならない鎧と武器で、大切な誰かのために戦う。


「よく生きてるってわかったな。レイだって死体が多すぎて気づけなかったのに。」

「バカ野郎。最強の男が鍛えた兵士が、そんな簡単にくたばってたまるかよ。」

「それもそうだな。」


豪快な笑い顔に、ニヤリと返すと、ゴブリンの魔石を一突き。


あえて静観を決め込んでいるのは、この危なげな状態がいつどうしようもない惨状に成り代わるかを楽しんでいるからだろうか。

魔王と、傍らにたたずむ影は動く気配がない。


ぽいぽいと、いくつもの魔石を投げ出しては複数階層のモンスターが生成される。

ボムマンやオークといった危険度の高い魔物は、レイが誘導することで被害を抑えてはいるが、劣勢に変わりはない。


「おい、あの女叩けるか?」

「そうしたいのはやまやまだが、俺が抜けて大丈夫か?」


そう聞くと、彼は苦い顔で唸った。


Endが攻略不能とされていた要因の一つに、モンスターの不死性というものがある。

塔外のモンスターは、龍を除いて魔石が非常に小さく、必要最低限の機能しか備わっていない。


例えば、魔石の主たる機能、魔力供給。

そして、外部からの魔石の蓄積。

この二つのみしか行っていないモンスター達に対して、塔で発生するモンスターは、魔石が巨大で複数の拡張機能が備わっている。


その中で最も厄介なのが、損傷個所に対して魔石内の魔力を消費して回復させるというもの。

魔石に対する直接攻撃や、回復が間に合わないほどの大ダメージでなければ、即座に回復されてしまう。

そして、このEnd内はモンスターを生み出すために、どんよりとした魔力が大気中に漂っている。


それらを際限なく吸収し続けることで、不死とも呼べる領域に達しているのだ。


俺やレイのように魔石を狙う技術もなければ、イヴのように大火力の魔法が扱えるわけでもない兵士たちは、あまりにも厳しい戦いだった。


「きけー!この男は、あれとの一騎打ちをお望みだ!こいつに呪われたくなかったら、絶対邪魔をさせるな!」


余裕たっぷりにクリムゾンスライムの灼熱弾を避けて、魔王と俺を指さす。

「いってこい、クエイフ・ルートゥ。『()()』の魔女!!!」


新たに与えられた名前を背にして、発走。


イヴの光の槍がゴブリンを貫き、俺に突進をしてくるスライムたちをレイの意図が阻む。

もう少しというところまで近づくと、焦ったように影が変化していくが、魔王は冷静に何かを呟く。


「シャドモルス。あの二人を今すぐもってこい。」


魔王の影に手を突っ込むと、驚いたような顔で()()()()()()が俺の前に立つ。


「クエイフ様の

「…クエイフの


邪魔をするな!!」」

しかしそれも、イヴとレイの攻撃により、それぞれを弾き飛ばして、たった1人であの凄惨な笑みの前に立つ。


「我流フェイク抜刀!!」

影刀(えいとう)【シャドモルス】!!」


突き出した空の右手が、どす黒い武器を真横に薙ぎ払い、左で逆手に持った刀が魔王の体を切り裂く。


そのまま横を通り抜け、振り向きざまに瞬間詠唱。


「【ダーク】」


Endプレイヤー通しでPVPをするの鉄則。

視界を奪え。視界から外れろ。お互いがバケモノみたいに強いなら、より多くの感覚を奪えた方が勝利につながる。


即座に槍に持ち替え、投擲。

魔王の腹を貫いた一撃は、煙を上げながら回復される。


目まぐるしく変わる状況に、影はついてこれていないながらも俺の攻撃を弾こうと必死だ。


一瞬でも攻撃をやめれば、その時点で殺される。

恐怖と緊張が入り混じったまま、掌底、手刀、膝蹴りを連続でかまし、さらに火炎の魔法を放つ。


ほんの一秒。

どうするべきかと迷った時点で反撃される。


Endのトラップを利用して矢の雨を振らせながら、頭が燃えるほどまで考える。


「魔王!!遊んでんじゃねぇ。」


傍らに立っている影は、俺の二本のナイフを体さばきでいなしながら、にやにやとした笑みを浮かべて動かない魔王に怒鳴る。


「ヒヒッ!少しは強くなったかな?End流奥義【魔王の目】」

「……!【神の目】」


影の差した目を血走らせながら、強引に目を合わせてくる。


お互いの目が赤く染まりながらも、捉えている景色は今までよりもくっきりと鮮明に映る。


ありとあらゆる情報が眼球を通して脳内に直に伝わり、ほか四つの感覚が視覚のみに塗りつぶされていく。


大剣へと変化した影と黒い刀身がぶつかり合い、火花が散る度に神の目を奪われかけていく。


横に薙ぎ払えば上に弾かれ、縦に振り下ろせば左右を叩かれ逸らされる。


「『白蟻の牙』!!」


腰から抜いた真っ白の短刀が、影色の剣を抑えて明後日の方向へと飛ばす。即座に繰り出した突き技をひらりとかわすと、顔面目掛けて裏拳が放たれた。


鼻に鋭い衝撃。

続いて心臓へと炸裂した中段蹴りが肋骨に振動を与えて、思わず仰け反りそうになると、逃がさないと言わんばかりに胸ぐらを掴まれる。


されるがままに引き寄せられると、鳩尾への殴打と同時に背中に黒い刃が突き立てられた。


先程弾いたはずの真っ黒の武器は、まるでそこに収まるのが正しいかのように魔王の手元にある。


「リベンジランス!!」


運良く拾った兵士の槍を構えて発走し、直前で放棄する。


「そいつはフェイク。魔王様は素直だね、騙されやすい。」


空中で捨てられた槍に目が釘付けになっている間に、別方向へと走り抜け本来の時分の槍を手に入れる。


「獣を穿ち、お前を砕く。『獣破砕槍(じゅうはさいそう)』」

「ヒヒッ、世界に空いた大きな穴は、悪が蔓延る影の穴『影槍(えいそう)シャドモルス』」


2つの槍の頂点がぶつかり合い、両者の腕に衝撃が伝わる。


幾度となく負けた愚鈍の英雄と、心の底から創造と破壊を楽しむ狂気の魔王の最後の一撃

無謀の英雄(ドン·キホーテ)!!!」

冒涜の魔王(サタン·グングニル)!!!」


お互いの槍が交差し、心臓へとぶつかり合う。


先に貫いたのは俺の方だった。


「Endを……ぶっ壊させてたまるかァァァ!!!」


余裕がなさそうに凍った笑みを浮かべる魔王の口からは、ゴボゴボと音がなるほど血が溢れている。


俺の方もとっくに限界を迎えており、ほんの少しでも槍がズレれば耐えきれないだろう。


「ヒヒッ!魔王を舐めるなよ?」


血を吐きながらも凄惨な笑みを作り直す。


「全ての魔を統べる者にして、いずれ必ずEndを支配する、この魔王を馬鹿にするな。心臓の一つや二つくれてやろうじゃないか。」


貫いた槍をそのままに、一歩近づいてくる。


それは、なんて事ないように。ただ歩いただけのように。

俺の体を槍が通った。



……To be continued


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