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End  作者: 平光翠
第5.5階層 小さな世界の幕間
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第88話 アルデルーマという男

彼は孤独だった。


軍人の父は、彼が生まれる直前に『夢見』と名付けられた魔女の討伐に行くことになり、そこで戦死する。


女手一つでアルデルーマを育てあげるも、学こそあれど秀でた技術のない女性では、稼ぎが少なく栄養失調により体を崩し、満足な治療も受けられぬまま死亡。


既に父方の祖父母は他界しており、残った家族は母の両親だけだった。


若干ささくれだった子ども心は、娘の苦しみに気づかなかった代償のように孫を甘やかした祖母と、それを諌めるような厳格な祖父のおかげでかなり矯正された。


しかし優しい祖母は、またも彼の前に現れた『夢見』の魔女によって、殺されてしまう。

そして、アルデルーマを抱きしめて庇う祖父に対して、こう耳打ちをした。


「その子の父とこの女は眠っているだけ。夢から目覚めるには()()()が必要なんだよ。もちろん、取りに行くだろう?」


そして祖父は、魔女に誘われるがまま危険区域に入ったきり、彼の前に姿を現すことは無かった。


完全に孤児となった彼は、薄汚いスラム街で泥を啜って生きていた。そんなある時、異国から女王親子がやってくると噂が流れる。


「おい、アル聞いたか?」

「あ?ああ、マードレ王国のお偉いさんが来るんだっけ?こんな汚ぇ国になんの用だろうな」

「ハハッ、それもそうだ。違ぇねぇ」


硝子の国シャデルは、その名の通り大小様々なガラス製品で栄えた綺麗な国であるが、世界で最もスラムの多い国でもある。


ガラスの原料を掘り起こすために様々な大型魔道具が乱立するため大地は歪んでしまい、農業が出来ない。そのため、食料品のほとんどを輸入に頼るがゆえ、大量のガラスを他国に売る必要がある。

さらに多くのガラス関連魔道具を建設するため、他の魔道具の生産が出来なくなる。

排気ガスから逃れようとすると必然的に居住にかかる金はかさんでいく。

ガラスの破片が衣類につくため頻繁に洗ってボロボロになってしまう。


この国は衣食住の全てが高額になる。

どれだけ学があろうと、技術が優れていようとも、誰も金持ちになれない。

王族でさえ服を着回す始末。


そんな小国は王国によって吸収される。

その事前準備のための会談が企画されていたのだ。


当然、貧民以下の彼等はそんなことをつゆ知らず、女王の子供──今の女王である──の誘拐を企む。


そして迎えた会談当日


高そうな服に身を包み、にこやかに手を振りながら歩く女王と、その背中で怯えながらも毅然と母についてまわるリオンの姿があった。


「狙うのはあのガキだ。アル、お前が連れ去ってこい」


そう命令するのは、当時10歳のアルデルーマから見ると、大人と呼んで差し支えないほどのガタイの少年だった。


事実最も年齢の高い彼は、こういった犯罪行為を幾度となく繰り返していた。

アルデルーマも何度か手伝うように言われたことがある。


「キート、俺はそういうのはやりたくないって言ってるだろ。」

「うるせぇな!てめぇは毎回毎回断りやがってよォ!舐めてんじゃねぇぞ!!」


どこが焦ったように怒鳴る彼は、何かに追い詰められているようであるが、彼を含めて他の二人は気付かない。


「とにかく!アルデルーマがガキをさらってくる。ルダレオは金の要求。俺はガキを置いておく場所を抑えておく。連絡手段はいつものやつでやるから、すぐ見れるようにしておけ!」

「了解」

「……わかったよ」


嫌々ながらも頷く。どうやらルダレオと呼ばれた少年の方は金が貰えるならということで乗り気のようだった。


彼らと別れ女王たちの国勢調査の後をつけていく。

女王は、様々な所で話を聞いては部下にメモを取らせているが、姫の方は退屈そうによそ見をしている。


「攫ってこいって言われても、無理に決まってるだろ…」


当然ながら厳重に守られているため、ある程度の距離を保ったまま、行動を起こせない。


しかし、幸か不幸かチャンスが訪れてしまう。


「それでは、いい時間ですし、お昼に致しましょう。リオン、行きますよ。」

「はい、お母様!」


女王一行は小高い丘のレストランに足を運び、それを民衆に紛れてコソコソ付け回る。

どうやら、有名なお店のようで、自分のような小汚いガキが入れないことは明白だ。


だが、彼女達は街を一望できるテラス席に座っており、隣にある別な店の裏手に回れば、そこから声も聞こえそうだった。

急いでゴミ箱の影に潜み、じっと息を殺す。


隣で美味そうに美食を楽しむ少女と、ゴミ箱に隠れて残飯を漁る自分とで、何が違うのかなんてことを考えていると、乗り気ではなかった誘拐も俄然やる気が湧いてきた。


「リオン、どうです?」

「ええ、とっても美味しいですわ。」

「それはそれは、口にあって良かったです。」


向こうの声が聞こえるということは、こちらの音も聞かれてしまうということ、さすがにあの鈍そうな女王達は勘づかなくとも、周りに着いている男たち──当時女王の直兵──には見つかるだろう。


腹が鳴るのを我慢して、腐りかけのパンをゆっくり咀嚼する。舌に載せると虫の味がするため、噛んだらそのまま飲み込んでしまう。


「お母様、私少し衣装直しに行ってまいります。」

「そうですか。キャネル…」

「もう1人で行けますよ!」


傍らの女性に声をかけるが、それを無視して1人でトイレへと走っていく。

アルデルーマは最初はなんのことか分からなかったが、走りゆく方向をみて、好機が来たとワクワクする。


他国の王族が入るということで、店はほぼ貸切となっていたが、トイレは若干離れたところにあるため彼女1人だけだった。


手を洗い外に出てきた瞬間、落ちていたガラス片を首元に当て、「声を出すな!」と叫ぶ。


「よし、大人しくしていればちょっとお金を貰うだけで、直ぐに解放する。可愛いお姫様の顔に傷はつけたくない。着いてきてくれるな?」


予めキートに渡されていたマントを使って顔と服装を隠し、兄妹のように振舞って彼女を連れ去る。


「キート!!連れてきたぞ!」

「アル、早かったね?」

「ルダレオ!あれ?キートは?」


数ヶ月前にルダレオがくすねてきたという魔道具により、リオンの監禁場所を教えて貰い、すぐに方向を変えてアジトに向かうと、そこにはルダレオしかいなかった。


「もう二、三人呼んで金とその子の交換場所と僕達が逃げるための逃走経路(みち)逃走手段(あし)を用意してるみたいだ。」


マントを翻し、顔を確認すると手足を椅子に括りつけておくように指示する。

言われるがまま紐を結いで動けないことを確認すると、キートからの連絡を待つ。


「……遅いな。」

「女王の方からの連絡を待ってるんじゃないか?少し様子を見てくる。その子を見張っててくれ。」


「俺も行く!」と言いかけたが、どうせまた除け者にされることは分かりきっていた。

こういう地味な役割しかやらせて貰えない。いつまでも下っ端扱いが酷く嫌だったが、自分に誇れる技術が無い以上仕方がなかった。


「はぁ、見張ってろって言われても、動けない女の子の何を見張ればいいんだよ。」

「……。ねぇ、あなた名前は?」

「は、話すなよ!」


唐突に横から話しかけられ、驚いて座っていた木箱から転げ落ちるがそれを可笑しそうに綺麗な声で笑う。


「私はリオン·E·マードレ。貴方は?」

「……アルデルーマ。アルとか、ルーとか呼ばれてる。」


いい名前ね。と彼女から言われるが、その名の由来を知らない彼はぶっきらぼうに返事をする。


「貴方たちは、どのくらいのお金が必要なの?」

「なんでそんなこと聞くんだよ、関係ないだろ!」

「あるわよ!もうすぐこの国はマードレ王国のものになるのよ?それに私はいつか必ず女王になるのよ?自分の国のことや、国民のことはちゃんと知っておかないといけないもの!」


もちろん、ニュースなんてものを見ない彼にとってみれば初めて聞いたことだった。

だが、そんな彼でもマードレ王国の領地になればこの国は今よりマシになるということは理解出来る。


「じゃあ、こんなことをしなくても俺たちは金持ちになれるかもしれないってことか?」

「うーん、それはあなた達次第だけれど、少なくともこんなスラムに暮らすことにはならないと思うわ。」

「……なら、キートを止めないと!」


マードレ王国は世界的に見ても幸福度の高い国であり、軍国辺りからの亡命者が後を絶たない。

かくいう彼の母も元々はマードレ出身であり、あの国はいい国だといつも言っていた。


即座に縄を外して、彼女の手を引いてどこかへ走り出す。

キートが何処にいるかは分からないが、彼のナワバリに行けば何かが分かるかもしれないと思い、そこへ向かう。


「軍国は馬鹿、聖都はアホ、この国なんてクソ喰らえ!」

乱暴なノックと早口の合言葉により扉が開けられるのを待つが、動かないままだった。


もう一度合言葉を言おうか思案しながら扉を押すと、あっさりと開いた為に鍵がかかっていない事を不審に思う。


「キート?鍵閉めてないぞー?」


お調子者で適当なキートだが、このスラムでの戸締りにはうるさい男だった。

仲間達には必ず合言葉を言うように強制してたし、何度も遊びに来たが、鍵が空いていたことなんて1度もなかった。


ゆっくりと中に入ると、ベッドを見下ろすようにルダレオが立っている。


「ルダレオ?なにしてんだ?」

「…………」

「聞いてくれよ!この子が俺たちでも金持ちになれるかもしれないって言うんだ。こんなことやめよう。他の方法が…………!キート!!?」


両目を上げたままの状態で眠ったように動かないキート。

少年はその姿に見覚えがあった。


自分の父の死体と祖母の死体。

そしてキート。


「魔女!!!!」

その怒鳴り声にリオンがビクリと身を震わせる。


怒鳴ったことに対してか、発言の内容に対してか、それは定かではないが。


「ルダレオ!『夢見』の魔女だ!知ってるんだ。キートはもう死んでるぞ!逃げよう!!リオン立って!行こう!」

「アル……」

「ルダレオ、早く!リオン大丈夫か?俺が何とかするから。泣くな!」

「アルデルーマ!!」


立ち尽くしたまま動かないルダレオと腰が抜けて泣き出したリオンに声をかけるが両者ともに反応がない。


リオンを背負って、逃げようとすると突然ルダレオが自分の名前を叫ぶ。


「アルデルーマ、よく聞いて。私が『夢見』なんだよ」

「は……?」

「この子を殺したのは私。『夢見』の呪いが殺したのよ」


振り返ったルダレオは急に口調が変わり顔面が変形していく。

膨れ上がるように伸びていった身長は、次第にキートのような姿に変貌し始める。おもわずベットに横たわっていた死体を見ると、そこに死体はなかった。


「え?き、キート?」


驚愕に目を震わせながら、見慣れた顔に若干の安心を覚えてしまう。

「その子をこちらに渡しなさい。さあ、早く!」

「なんで……!?お前誰だよ!」


『夢見』の魔女。それは眠っている任意の対象が見る夢に侵入し、その中で殺すことができる。

しかし、あくまで夢の中にとらわれているだけの死体は、彼女が()()()()で元に戻ってしまう。


代償となる呪いは『()()


眠れないだけで、眠らなくていいというわけではない彼女は、おぞましいほど目の下に隈が浮かんでいる。それを隠すために直前で殺した人物に成り代わる。


しかし、その不眠を解消し元の顔に戻るには、今の自分の顔にとって一番大切な人の血を飲む必要がある。だが、魔女の呪いを除けば普通の女性と変わらない彼女が、魔女の力を使わずに殺せる人物というのは、そう多くはなかった。


最初に殺した人物のはもう忘れてしまった。

次に殺したのは、どこかの兵士だった気がする。


自分を追いかけて来る者たちから、必死に逃げて逃げて、彼らが眠った隙に殺していく。

そうすると、殺すべき対象が変わっていくため、それを成すためにまた、追いかけられる。


せっかくチャンスを見つけても、その前に殺すべき大切な人が変わってしまう。


「だから、今ここでその子に成り代われれば、一生眠れなくとも、追われる身ではなくなる。だから姫を渡せ。はやく、こっちにこい!!」


偶然にも、その魔女は王女たちの存在とそれによる妙案が浮かび、適当な浮浪者の子供を殺した。

たとえ、誘拐が失敗しても、処刑が執行されるまで、何度の夜が迎えられるだろうか。少しずつ、姫君に近しい人物に成り代わり、いつかは……。


もちろん、首謀者や誘拐の実行犯になれば誰かに成り代わる前に、その場で殺される可能性もある。

そのリスクを避けるためにあえて計画を持ち掛ける参謀に徹し、目の前で少年を殺すことでキートを脅して、あたかも彼が計画したものだと思わせた。


「だが、お前はまんまと誘拐を成功させた、その上お姫様は今にも()()()()()()()()()()()!!こんなチャンスはめったにない。さあ、ガキをよこせ!!!」

「リオン起きろ!!」


彼女を背負ったまま、部屋を出て街を走り抜ける。

ある程度距離が近くないと夢の中に入れない魔女は、仕方なさそうに追いかけ始める。


「アルデルーマ、聞いてください。貴方を私のマードレ王国王家直属政民私兵としたいと思います」

「は、急になんだよ。それどころじゃないだろ!!」

「なって、くれますね?」

「その、何とかってのになったら、あんた、俺と結婚でもしてくれんのか?」


焦りからの軽口。

このスラムで誰かが追い回されるというのは日常的なことであり、すでに顔や服装を隠すためのマントをかぶっていない、金持ちそうな女の子ともなれば、その嫉妬心や僻みからで助けようとする人物はいるはずもなかった。


「け、結婚ですか?えと、やぶさかではないですが……」

満更でもなさそうに頬を赤らめながら、小声で何かを呟いている。

それを心底馬鹿にした様子で商談だと告げるが、

「わかったよ、その王国なんとかになってやるよ。俺が金持ちになれて、あの魔女をぶっ殺せるならそれでいい。」

「もちろん、私の誘拐の罪も問われないでしょう。それに、私のことを家族だと思っていいですよ。貴方の名前も変えましょう。アルデリオン。それがあなたの新しい名前です。」


背中からの声を聴いて、彼は思い出す。

母に抱かれて、自分の名前の由来を聞いたことを。


アルデルーマ(誰かを守る者)


「リオン、思い出したんだ。アルデっていうのは、守り人って意味なんだ。」

「……なるほど。やはりぴったりですね。アルデリオン(女王を守る者)


がむしゃらに走り回ると、袋小路に追い詰められてしまう。


息を切らしながらも、普段から用意している眠り薬をしみこませた布切れを手に構えている。


一度は守るべき姫に向けたガラス片、そこには彼女の髪が引っかかっており、どこかを傷つけてしまったことがうかがえる。


「リオン、いや、俺の大切なお姫様。もう二度と、君を傷つけない。傷つけさせない。誰にも」

「ガキを!!!よこせ!!!」


血が滴るほど強く握ったガラス片をまっすぐに魔女の喉元へと尽きたてる。

相手を子供だからと油断した魔女は、はらりとハンカチを落として永遠の眠りにつく。深い深い眠りへと。


約束しよう(アルデリオン)。この名に懸けて」


……To be continued?








後日談――――という名の蛇足


すぐにリオンの行方不明は国民全員に知られるところとなり、すぐさまアルデルーマは身柄を拘束されたが、彼女の王命により、無罪放免。

正式に直兵となり、いずれ国最強を名乗ることになるが、それはまた別のお話。



……To be continued

一度でいいから、それはまた別のお話って書いてみたかったんです。

そして、実際に書くかどうかはわかんないです。

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