第87話 捕らえられた攻略者
完全に回復しきった魔術師を見下ろしながら、何を語るべきかを迷う。
「あー…難しいかもしれないが、俺たち3人を追わないで欲しい。」
「それは…無理ですね。この国は呪われた血を許しませんから」
「またそれか!襲ってきた盗賊を除けば殺人歴も無い、なんの罪も無い彼女達を責める理由があるのか!」
思わず怒鳴りつけると、ユーリが悲しそうに目を伏せて静かに話し始める。
「魔女は…魔女達は、何も無しに生まれる訳ではありません。原初の魔女が新たに祝福と呪いを授けるには、最低でも魔女種以外の種族10体の命が必要です。」
生まれてくることが悪と言われる魔女種。
ただの赤子に祝福が授けられようとも、国が総出で殺そうとするのは、既に10人を殺した大罪を背負っているから。
直接殺したのは、その子じゃないかもしれない。
それでも、捕まえられない魔女より、今目の前に居る赤子を恨んでしまうのが、人間というものだ。
「なら、あの二人も…」
「殺したのはモンスターかもしれない。10人の中に人間がいるかもしれない。それは分かりません。あなたの思いも理解してます。それでも、恨まざるを得ないのです。私のこちらの世界での両親を殺した魔女を…憎まずにはいられない!皆から愛されていた先々代女王も、魔女に殺されました。」
王国が魔女を殺す理由。
怖いからと言うだけでなく、国民全員の恨み。
この国は、この世界は必ず誰かを恨んでる。
教祖、魔女、殺人鬼。それらを禁忌としてまで。
だから今日も生きてられるのだ。いつか来ると信じている復讐の日の為に。
「100年後は、戦争もなくなったそうですね。私の祖父と父は戦争で死にました。それでも、私の母はお国のためにと私を笑顔で送り出してくれた。自分の父と夫を失って、息子まで居なくなったにも関わらず…。誰も失わない貴方が、酷く恨めしい!!」
初めて、激情を隠さずぶちまける。
「……なら、俺を逮捕すればいい。もう二度とEndには登らない。だから、そんな風に死なない自分を恨まないでくれ。ユーリ·アズマー。」
両手を前に突き出し、手首に輪状の魔道具が取り付けられる。
鎖を引きずられゆっくりと扉が開く。
『ユーリ!ああ、その者を捕らえたのですね。良かったです。こちらの方でアルデリオンも回復させています。そのまま連れて行って構いません。』
後ろから彼の魔道具だろうか、女王の声が聞こえユーリが小さく返事をする。
扉が完全に開き切ると、驚愕に目を見開いている2人の姿が見える。
「クエイフ様……?」
「…なん…で……!!」
失望しただろうか?何度敗北しても諦めることだけはしなかった俺が、こんな姿になっているのを見て、見捨てられてしまうだろうか?
「お前達を…守る為だ。」
「…意味わかんないよ!いつもいつも!自分ばっかり知ったような気になって!そうやってまた1人でやろうとするの!」
レイが俺へと掴みかかる。イヴも止めようとせず、足元を睨んでいるのみだった。
「……」
「…何も、言わないんだね。わかった。」
胸元を殴られ、それでも返す言葉のない俺に、完全に見限ってしまったのだろうか、小さな瞳を伏せて、イヴの元へと歩みゆく。
「…攻略パーティは終わりにしよう。さようならクエイフ·ルートゥ。」
ユーリによって二人も捕えられ、細い手首に手錠が掛けられる。カチャリという鍵のかかる音は、俺たちの関係が破綻する音だった。
三人まとめて鎖で繋がれ城内を出ると、既に女王が国民全員ヘ声明を発表しており、英雄の凱旋なんかよりも荒々しく騒がしい程に、人々が押しかけていた。
「どうして呪い子を庇う!」
「お前も魔女なのか、攻略者!」
「あの赤い髪を見ろ!きっと、返り血を吸って赤く染ったんだ!」
「あのエルフも、自然から数々の魔力を奪ったんだろうな!」
「その黒く呪われた目は、魔女そのものじゃないか!」
頭に響く罵声が、苦しくのしかかる。
期待の声は怨嗟へと変わり果て、積もった恨みを晴らすかのようだった。
「おい、攻略者!」
「ヘーパイストス……」
「俺の武器は、お前の自己満足のためにある物じゃない!二度と、俺の店に来るな!」
血走った目の鍛冶師は、持っていた布切れを投げつけどこかへ立ち去る。
隣にいたキュロクスも冷たく濁った目でこちらを見ていた。
「どうして、僕達を庇ったんですか?呪われた血が忌々しいものだと、なぜわかってくれないんですか?」
「……」
「何も話さないんですね。一つだけ聞かせてください。師匠の武器で、兵士達を何人殺しましたか?」
「殺してない!それだけは誓う!本当だ!誰も…殺してない!」
俺が駆け寄ろうとすると、兵士たちに抑えられて止められる。その言葉を受けて彼は、
「良かったです。師匠の武器が貴方のような愚か者に使われたというだけで反吐が出るのに、人殺しの道具に成り下がったなんて思いたくないですから。壊れた武器はうちでは修理できません。もう二度と顔を見せないでください!」
またも布切れを投げつけられ、兵士達に許可を取りそれを拾い上げる。
「少し早いが、罪人への差し入れだと思ってやる。しまうといい。」
証拠品として兵士が持つ壊れた刀に目を見遣り、短くため息をつく。
世界を救った英雄気取りの、愚かな末路だった。
〔マードレ王国中央拘置所〕
ピチョンという水音。
薄暗い檻の中で部屋の隅で踞る。
既に3日が経っており、どうしようもないままでいた。
殆ど食事にも手をつけず、この先の事すら考えない。
謎の声はあえて静観しているようだ。
コツコツという石畳を歩く足音が聞こえ、檻の前に看守が立ち扉を開ける。
「クエイフ、出ろ。」
「……?」
手錠もかけられぬままに檻から出され、着いてこいと言われて何処かに連れ去られる。
簡易的な取調室に連れていかれると、反対側の椅子にユーリが座っている。
「久しぶりですね。クエイフ·ルートゥ」
「座れ。」
言われるがままボロボロの椅子に座らされると、そのまま看守がどこかへ行ってしまう。
「……よし、大丈夫です。監視の目は誤魔化してきました。女王様にも聞かれていないはずです。話していいですよ」
「フゥーーーー。めっちゃくちゃ緊張したぞ!ホントに捕まったんじゃないかと疑ったわ!」
それは、3日前、ユーリとの戦闘中。
彼の短剣を弾く途中でもグッと顔を近づけられ耳打ちされたのだ。
「少し話を聞いて欲しい。私の勝ち負けに関わらず女王はあなたがたを殺しに掛かる、間違いなく断言できます。一時的に捕らえられたフリをしてください。処刑までは私が時間を稼ぎます。その間に処罰が変わるように手を回します。最悪の場合国を出るという選択肢もあります。ですが、どちらにせよ時間が必要です。お願いします捕まってください!」
「……信じよう。だが、それとは別にお前にだけは負けたくないんだ。だから、付き合ってくれよ!」
彼の言葉を疑うだなんて有り得ない。
俺が人生の殆どを費やしてきたゲームのキャラクターが、時分と本気で戦ってくれている。
それだけでも十分に嬉しいと言うのに。
だからこそ、あの時に捕まるという選択を取れた。
イヴとレイも無事に守れた。
パーティは解散させられたが、あの二人が死なないのならそれでいい。たとえEndに登れなくとも。それで…
「単刀直入に言います。Endで異常が起こっていまして、それの解決に協力してもらいたいのです。」
「異常……?それは、俺を出すための方便ではなくて?」
首を横に振って、否定を示す。
「昨日と今日、誰もEndから帰ってきていないんです。」
俺の逮捕を受け、各国が猛反発を示し王国の横暴とまで言われたが故に、女王マードレは、直兵による特別部隊を結成し、End攻略に足を運んだ。
偵察と殆どポージングの意味が強いため、一階層の様子を見てその日のうちに帰還する予定であった。
しかし、本日正午を過ぎても帰ってくる様子がなく、今日の早朝に向かわせた伝令からの通信も途絶えたらしい。詳しく調査をしてみると、その二日間帰ってきた者はいないという。
「いくら何でも、一人も帰ってこないというのは妙だな。」
1階層から4階層までは、トラップの位置や各種モンスターの弱点などを公開しているため、理不尽なほど死者が多いというわけではなくなった。
俺のような攻略者こそ珍しいものの、カークスたちを含めて冒険者が小銭稼ぎをすることも多くなったEndでは、毎日数百人ほどが登り、油断やイレギュラーがなければその殆どが帰還に成功している。
「一応、すぐに緊急手配をしてマードレ国民の入場は禁止しています。ほかの国も似たような対応を取っているようです。」
「なるほど、よし、すぐにでも行きたいところだが……。女王はなんていってる?」
「特別措置により、すぐにでも牢から出して塔に向かわせろと」
それは意外な判断だった。
だがどうやら、最強の男アルデリオンが部隊の中にいるらしく、本音を言えば彼らの救出だという。
「実際に登るのは明日ですが、特別措置として今すぐに釈放します。準備をしてください。」
「わかった。あの二人は……?」
「それは……何とも言えません。ご自身で話し合ってください。」
俺が軽く頷くと、ユーリが看守に声をかける。
王命により、俺の釈放が決まったことと、イヴとレイの檻まで案内するように伝えると、かしこまりましたと言って、俺が来たところとは別の扉に案内される。
どうやら女性用の拘置所は少し離れた位置にあるらしく、かなり歩いたのちにむせかえる香水の匂いが鼻を刺激する。
「使いますか?」
思わず顔をしかめると、ユーリが懐からマスクを取り出し差し出してくる。ありがたく受け取って、それをつけると、いくらかマシにはなった。
「イヴ、レイに面会だ。」
俺とユーリは応接室に案内されたが、俺たちを案内していた看守が、女性看守にそんなことを告げると、すぐに彼女たちがやってくる。
「私たちは席をはずしますね。看守さん、少しお話が……」
ユーリが気を利かせて、看守ともども部屋を出ていくがむしろ残っていてくれる方がありがたかった。
「……」
「……」
「……」
無言が続く。
「……クエイフ。何しに来たの?」
「いや…その…。ちょっと事情があってEndに登らなくちゃならなくなった。それで…」
「ついてきてほしいってこと……?」
レイが鋭い目で問いかけてくる。隣ではイヴが口を堅く結び、何も言わない。
「……また、何も教えてくれないの?」
「それは……」
またも無言が続く。
しかし、そんな空気をぶち壊すかのように、唐突にイヴが笑い出した。
「フフフ、アハハハハハ!!ねえレイ、もうやめましょう?あまりクエイフ様を困らせすぎても、私が可笑しくなっちゃうだけよ。」
「……ねえ!もう少し遊ぼうと思ってたのに!なんで笑っちゃうのさ!イヴ姉のバカ。」
「え…?は…?」
しばらく二人の笑い声と、俺の困惑した声だけが部屋中に響き、あの冷え切った空気がウソのように温まっていく。
「クエイフ様が、私たちを頼ってくれないなんて、いまさらのことですよ。王宮では、こんな時まで私たちを頼ろうとしないのかって思いましたけど、それもいつものことですから。すぐに慣れました。」
「……でも、今は頼ってくれた。あの塔を一人で登るのはやめたの?」
「ああ。俺はもう一人じゃない。お前たちがいないと、戦えない。だから、一緒に来てほしい。」
そして二人は、声をそろえて「もちろん」といった。
……To be continued?
〔ヘーパイストス武具店〕
「武器を作ってほしい。あと、これも直してくれ。」
「……ああ。」
あの時投げつけられた布切れをかぶって、いつもの武具店に来ていた。
この布切れを見た時、意味がわからなかった。俺に銀行強盗でもしろというのかとも思ったが、違うだろう。
きっと、大っぴらに歓迎する訳にも行かない。
それでも俺達を信じたい。
そんな相反する感情から、この覆面を投げることにしたのだろう。
「兵士たちはアレしてないんだな」
「殺してない。この武器に誓って!」
そんな俺たちの様子を、呪われた巨人は静かに見守っていた。
「また、塔に行くのか?」
「俺には、それしかできないからな」
金属たちの焼ける音が鳴り響く。
こんな布一枚に意味はない。それでも、お互いの意地のために。
「―――――――」
ひときわ大きな金属を叩く音。
聞こえなかったふりをして、言わなかったふりをして、見えないふりをして。
ただ時間が過ぎるを待つ。
小気味いい火の爆ぜる音は、ずっと、ずっと鳴り響いている。
……To be continued




