第86話 王国暗部『影色』
時は少しさかのぼり、クエイフがアルデリオンと戦おうとしているさなか
「……痛い」
「…うッ‼」
部屋から追い出され、兵士達にダメ押しのように突き飛ばされながら床に蹲る。
彼らを睨み付けるも、全く意に介さずお喋りを始めた。
「アイツも馬鹿だよな、女王様の前で呪われた魔女の子を庇うなんて」
「全くだよ。テレシスの一件といい、魔女が一因で滅んだ町村は沢山あるってのによ。」
2人の存在が居ないかのように話す兵士たちは呪われた血に対する恐怖を隠そうともしない。
「上手くやりゃ、多少不自由でも国には住めただろうに」
「ああ、『巨体』の魔女みたいにな。確か、元・宮廷鍛冶師の息子のところで監視されてるんだったか?」
「そうそう、優男みたいな話し方だが、その気になればあの辺り一帯をペチャンコにできるからな」
それは彼女たちも良く世話になっているキュロクスのことであり、性別とは関係なしに魔女と呼ばれるこの国では殆どの人々が知っている魔女だった。
祝福は『巨人化』呪いは片目の眼球。
今でこそ義眼を使って存在しているように見せかけているが、本来は空洞が広がるのみである。
もちろん、視力は失ったままであるが。
兵士たちが雑談を続けていると、倒れた姿勢のままでレイがアイコンタクトを飛ばす。
(イヴ姉、向こうの部屋戦ってるみたい。こっちもやる?)
(え?でも私魔法使えないわよ?首輪あるから)
本職の生物学者が製作したものからすれば奴隷用の簡易的なものではあるが、魔法への変換能力はせき止められている。
(髭の奴と隣にいる奴はいける。イヴ姉は向こうの奴まで走れる?)
魔力封じの首輪により、肉体変形すら使えなくなっているが、目の前の二人程度なら気絶させられると相手の力量から読み取って、少し離れたところにたたずむ伝令兵には届かないことをイヴに伝えると、妹の意図を把握して頷く。
重苦しい首輪こそあれど、手錠まではかけられておらず、普通に起き上がり楽な姿勢で座りなおすと、小さな悲鳴を上げながら、二人に槍が向けられる。
「別に何もしませんよ。胸がつぶれて苦しかっただけです。」
イヴはなんでもなさげに言うが、男たちの視線は当然のごとくそこへと向けられていた。
「……その娘は私のだよ。」
連続で鈍い音が響き、伝令兵は倒れた同僚から背を向けて、声を上げる。しかし、それを咎めるように細い指で喉を絞めると、でかかった声が醜くつぶれる。
「声を出さないでください、呪いますよ?」
というささやきに対して、悲鳴を上げようとしなかった彼は、ある意味運が良かっただろう。
もし叫んでしまえば、死神が猛威を振るうことになる。
「……鍵は?」
「持ってない!本当だ。おそらく倉庫番が持ってる。謁見の間か、もう戻って地下の倉庫に行ってるかもしれない。」
それを聞くや否や、鳩尾に短い一撃を叩き込み意識を刈り取る。
「行こう……」
「ええ」
だがここはEndではない。クエイフにマップのすべてを教えられているわけでもない彼女たちは、どこに行こうか決めあぐねていると、レイの過敏な聴覚が殺したような足音を拾う。
イヴを手で制し誰かが来ると目で訴えると、自分の音がばれていると感づいたのか、むしろ響かせるように、歩いてくる。
日頃から音をたてずに歩くことに慣れている足取り、むせかえるような色濃い血の臭いは、同族だという直感を告げる。
「なるほど、魔女の力がなくとも、それなりにはやるようだな。」
明るい王宮の中でひどく浮いたような真っ黒の服装。
顔を隠すような黒衣の頭巾は、さきほど謁見の間で兵士を処刑した者たちと同じいでたちだった。
相手が一人だけなら、まだ戦えるか?自分よりも強い可能性がある?服の下に通信手段を隠している可能性は?私ひとりでイヴまで守れるか?
彼女の頭の中で様々な思考が渦巻き、立ち尽くしていると、黒い影色の姿が増えたようにぼやける。
驚いたように目を見開くと、すでに黒装束たちがあたりを取り囲んでいた。
すでに人数差で相当な差をつけられており、実質戦えないイヴを差し引かずとも勝ち目はない。
少しでも無茶な突破を試みれば、どこかに隠れている一番強い奴に殺されるだろう。
気配のみを漂わせ、二人の動きを封じるように殺気を浴びせてくる正体不明の影におびえながら、逃げ道、勝ち筋、ちゃぶ台返しを心待ちにする。
「さて、今度は手錠もかけておかねばな」
その思考を邪魔するかのようにリーダーと思しき男声が、二人に近づいていく。
「…待って!」
「……!?」
レイの短い一言は、隣にいるイヴでさえ驚いたように目を丸くしていた。
その先と、真意を探るかのようにどこかの気配が揺らぐ。
「…………隠れてるやつ、アンタらの中で一番強いでしょ?捕まる前にサシでやり合いたい。ダメ?」
「……まあいい。チヨメ、出てこい。女王様の命があるまで、俺たちも動けん。あと、一応殺すな」
マードレ王国から見て極東に存在するとされている伝承上の小国『金陸』
曰く太陽を作り出した神の住まう土地。
曰く地面が黄金で出来ている。
曰く刀をはじめとした数々の暗器を世界で最初に作り出した人々。
曰く誰も彼もが超人的な肉体を得ている。
曰く『隠』という、一流の暗殺者を育てている。
曰くその土地に入れるのは、その土地の者のみとされている。
生ける伝説とも言われたその少女は、自身を『隠』の生き残りと称し、国一番の暗部となっている。
屍と契りを結び、血の伴侶となったがゆえに血嫁。
「殺さないようにするのは大変。武器を持ってきてあげてください。」
完全に掻き消えた気配とは裏腹に、どこからともなく声のみが聞こえる。
レイを舐めきったような不遜な態度であるが、それも当然と言えるだろう。
一分と経たぬ間に、黒装束の一人が、大量の武器を持ってきた。それらを観察されるように見つめられながら、すべての武器を服の中や、様々なところに隠すと、短刀を一本構える。
「準備できましたか?では参ります。」
そう聞こえた瞬間、一人の黒衣の背後から新たな影が現れ、レイのもとへと切迫する。
重くのしかかるような攻撃。
不思議な形をした武器の先端がレイの短刀と激しくぶつかり合い、大きな音をたてる。
「……隠特有の暗器?おかしな形。けど、強い!」
「クナイというものです。向こうの物よりも強いですよ」
チヨメが武器を引いて距離を取ると、レイの胸元に向けて上段蹴りを放つ。
とっさに防御姿勢を取るも、鋭い一撃はガードを崩して、逆に隙を生み出してしまう。
薄く開いた正面に素早く掌底を叩き込むと、前かがみになった紅髪の頭に回し蹴りを炸裂させ、ダメ押しのように一回転した後、顔に向けての膝蹴り。
「恐ろしく弱い。これがEndの攻略者?それとも、首輪が邪魔かしら」
問いかける口調でありながら、無骨な金属輪を指圧のみで力任せに握りつぶした。
バキリという冗談のような音が彼女の耳元で響いた後、壊れた金具が地面に落ちていく。
「……さすがに馬鹿にしすぎ!!」
苛立ったように語気を荒げて、黒い短刀を振りかぶる。しかし、そんな攻撃に対して、頭巾の奥底では冷めた目をしながら、子供の攻撃を避けるかのように、小さく体を動かすのみであった。
「やっぱり弱いです……。!?」
一瞬。
ほんの刹那の時間ではあるが、体の自由が利かず、その隙間を短刀が走り黒い衣装がはらりと切れる。
全力の跳躍により、ざっと2mほどの距離があく。
周囲の怪訝な顔を無視しながら自分の体内を血液の循環によって調査を始めた。
当然これといって異常は見受けられずに、首をかしげながらまたも距離を詰める。
今度は振りかぶったクナイを持つ左手がかすかに動きを止め、気を取られるうちに懐に潜られ驚きのあまり過剰な回避行動をとってしまう。
不自然なほど後ろに跳躍すると、足がもつれて派手に転ぶ。
仕返しといわんばかりに、クロスボウが三連射され、ボルトの一本が足に突き刺さる。
筋肉を動かし金属を引き抜くが、足は真っ赤に濡れていた。
「何かに引っ張られる感覚。そちらの女性…ではなさそうですね。なるほど、魔女の呪いですか」
一瞬で見破られるが、とくに動じた様子もなく不敵な笑みを浮かべる。
知ってしまえばなんていうこともないと言わんばかりに、クナイを何度か振り回し糸を断ち切る。
「隠術【火纏】」
突然チヨメの指先が発火し、瞬く間に体中が燃え上がった。
しかし、炎に全身を包まれながらも、先ほどまでの機敏さを失わずに突進する。
こうも体を燃やされてしまえば、糸を伸ばそうとも燃え尽きてしまう。
かといって耐火のために糸を補強すれば、あっさりと見破られ引きちぎられるだろう。
「隠術【針落】」
レイの周囲に針がまき散らされ、重力に従って落ちてくる。
落下してはねた針が、落ちる針をはじいてさらに針を押し上げ、彼女の足元へと突き刺さる。
針同士のぶつかる音に紛れて、チヨメは音もなく背後に回ると頭を穿つような肘打ち。
小さなうめき声をあげ、意識が薄れそうになるのを必死にこらえて、振り返りざまに短刀を突き刺す。
木片に突きたてられた己の武器を見て、歯噛みする隙さえ与えられずに、背中を蹴り飛ばされ倒れ込む。
「まだまだ足りないですね。」
「…知ってるよ!何もかも足りてないってわかってる!それでも、イヴには手を出させない。たとえ無意味な時間稼ぎでも!」
落とした短刀を這いつくばったまま握りしめる。
だが、激情に駆られた考えのない行動に対して、つまらなそうに、虫けらを踏み潰すかのように、その手を砕く。
「ぐッ!ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
思わず漏れた叫び声に対しても、無感情のまま。
「チヨメ、あまり遊ぶな。自害されても困る」
「冗談……!今の私は殺されても死なない自信があるよ!それもこれも全部、イヴ姉の為!」
「……もうやめてください!大人しく捕まります。だから…」
腫れ上がった腕を見て痛ましそうに懇願する。
許してくれと。治してくれと。
チヨメが懐から取り出した手錠をかけようとすると、それを躱して、イヴの元へ駆け寄り、まだ無事な右手で彼女の手を握る。
「……ひとつ聞いていいイヴ姉。イヴ姉は私の事好き?」
苦痛にゆがみながらも、真っ直ぐと姉を見つめて、隠そうともせず話し始めた。
小さな体を抱きしめながら、「当たり前じゃない」と答える。
「…世界で何番目?」
「貴女が1番大切よ。2番目すらいないほどに」
「ありがとう。私も愛してる…。だから、いいよね?」
折れた腕を酷使してまで、イヴの両頬を抑えて潤んだ瞳同士を絡ませる。
鼻先がくっついてしまうほどに近づくと、彼女が「何の話?」と問いかける前に唇を塞ぐ。
突如として行われた接吻に対して、チヨメも、黒装束たちも、イヴでさえ驚いていた。
薄く開かれた口元に、ねじ込むように舌を入れると、大量の唾液を絡ませる。
いやらしい水音とは裏腹に、静謐な時間が過ぎていく。
口内で温まったレイの唾液を半ば強引なほど飲まされると、コクリという喉を鳴らす綺麗な音が響いた。
恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、ゆっくりと名残惜しそうに唇を離すと、先程までの余韻のように唾液の糸が薄く消えていく。
「イヴ姉、愛してる。」
「フフ、ありがとう。」
途端にイヴの魔力が膨れ上がり、周りの黒衣達もどよめく。
「我が魔力は炎炎なり、我が魔力は氷氷とし、我が魔力は風風であり、我が魔力は光光しく、我が魔力は闇闇たる。」
超長文詠唱。
誰も止めることのできない、辺りを吹き飛ばすかのような魔力の渦。
レイと繋いだままの腕は痣と呼ぶには余りにも暗すぎる物が浮かび上がっていた。
「それは魔力の翻弄。曰く怪物たちのやりきれぬ思い。祝福というのなら世界を呪わずには居られない。愛おしく狂おしく、とても悲しい物語。夢を夢とも思えぬ獣達よ、我が妹の魔力を持って解き放たれよ!!!!」
「【奴隷解放】」
彼女の中で渦巻く魔力が暴走し、複数の魔法が同時に発動する。
膨大なほどの魔力に抗えるはずもなく、魔法達のされるがままに蹂躙されていく。
「…やっぱりあってた。その首輪、安物だからイヴ姉の魔力にしか反応しないんじゃないかと思って。」
「き、急にキスなんてするからびっくりしたわよ…。」
肉体変形により、血ではなく唾液に魔力を宿し、それらを直接体内に入れることで、魔法への変換の際に、イヴの魔力ではなくレイの作った魔力を使用することで、 首輪の制約を回避する。
繋いだ手を離すことなく、死屍累々となった黒衣達を乗り越えて、謁見の間に繋がる扉の前に立つ。
奴隷達は乗り越える。
どんな試練も困難も祝福も呪いも、2人で。
……To be continued




