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End  作者: 平光翠
第5.5階層 小さな世界の幕間
85/200

第85話 転生者ユーリ·アズマー

日本人らしい黒瞳黒髪、それらを覆い隠すような灰色のローブを身にまとい、胸元に付けられたハートの刺繍が、その男の存在をゲームのキャラクターと紐付けさせる。


絶望的にセンスのない、あまりにもそれらしい魔術師の格好は、『()()最強の魔術師』ユーリ·アズマーであることを表していた。


久しぶりにゲーム時代の説明になるが、この男は名実共に世界最強であり、シリーズによっては1階層を攻略しているという設定の時もある。


だが、それ以上に有名な設定としては『負けイベント』だ。

End唯一の『負けゲー』

コイツと敵対することになる戦いは総じて負ける。

それは、チートや改造ツールを用いても勝てないという異常な強さ。

戦わなくなるというチートやゲームそのものが進められなくなる程の改造でも無ければ勝てないとEnd販売会社が言っている程だ。いや、なんだよそれ。


なお、他の戦いでは理不尽なほど強い敵はいても、どうやっても勝てないという敵は居ない。もちろん、チートは無しで。


話を戻して、とにかく恐ろしく強いこいつは、今まで誰も勝てたことがない。

あまりにも強すぎるために、この世界ではEndに登ることを禁止されている程だ。

なにせ、コイツが万が一にでも死んでしまえば、End含めた世界の危機になりうる()()()が起きた時に対応が間に合わないと言われるほど、国や世界に全幅の信頼を寄せられている。


今でこそ、マードレ王国に住んでいるが、軍国魔術部隊総統、テレシア魔導学名誉博士、エンテル特別魔術資格、その他様々な各国の肩書きを持っており、魔術師と言いながら、Endに通用するほど強い。

それは、ただ単純に魔術師としてここまで上り詰めたわけではなく、総合的な技術として優れているということだろう。


「女王様、少し危険な場になりますので、退出を……」

「わかりました。ユーリ、くれぐれも負けない事。貴方が負ければ


彼女の言葉を遮るように魔導具である宝玉を空中に投げると、紫色に輝きだして、女王と周りに横たわる兵士たちの姿がどこかへ消え去ってしまう。


「転移魔術……じゃねえよな、今の?」

「まあ、そうですね。ちょっと応用を加えてまして。」


転移魔術は、自分一人しか転移させられない。それに対して今の魔術は、()()()()を転移させていた。これが天才。これこそが才能。


「いつまでも観察されてばかりなのは不公平じゃありませんか?どうです、先手はそちらにしてみるというのは?」


気持ち悪いほどの丁寧な言葉遣いと、不審な口調にのせられながら、黒い刀とスペア用の白刀を腰に構えて、手をかける。


「End流二振(ふたふり)抜刀術【双刃(そうじん)】」


わずかに空いた距離を縮めながら両方の刀を抜いての攻撃は、あまりにも容易く封じられた。

両手に白い手袋をつけ、手のひら全体で刀を包み込むように握っており、俺が力を籠めるのに合わせて薄く発光していた。


「魔導具か?」

「もちろん」


こちらを睨みつけながら、少ない魔力で長い間動かせるという利点をぶっ潰してまで、握りしめる力を強めると金属が耐え切れないと言わんばかりに震えだす。

その鼓動の幅がだんだん短くなり、とっさに離そうとした瞬間にはもう遅かった。


「嘘だろ……!!」


白状すると、スペアの方は握られた時点で壊されると予想していた、むしろそれを前提として考えていた()があったし、ヘーパイストスのところで買ったわけでもなく、あまり思い入れもなかった。


それに対して影蟻刀の方は、いくら影金属と混ぜているからと言って、蟻金属製の刀がへし折られるとは思わなかった。


「Endの中でも相当な硬さだぞ?」


現段階で最も硬く加工が難しいのが蟻金属だと、あの男も言っていたものを、目の前で砕かれたために隠しようのない驚きが口を突いて出る。


「それは安心しました。有事の際には私でも対応できそうです。おや、それはつまり、ここであなたを殺しても不都合がないということでは…?でしたら、手加減の必要はございませんね?」


こちらを馬鹿にするような笑みを浮かべながら、芝居がかった口調を続ける。

余裕を崩さず、さらに一歩踏み出してこちらに手を伸ばすのを、バックステップで回避すると相手も同じようにローブを翻しながら、後ろに下がる。


俺の半剣は先ほどの戦いで弾かれているので、どこに行ったか分からない。

あまり考えたくはないが女王たちと共に転移している可能性もある。


「短刀は普通のか…。ナイフ、短すぎるが…これしかないか。」


普通の金属で作られた刀を使う気にはなれず、仕方なくなく、ゲーム内でも苦手なため使うことのない武器を構えながら、彼の出方を伺う。


「自慢の刀を折られてもまだ武器を出す勇気があるのですね。結構なことです。でしたらこちらも小物を使わせてもらいましょうかね。」


そういいながら取り出したのは何かの爪なのだろうか、薄く黄ばんではいるが、どこか光沢のある丸まったそれは、俺のナイフに引けを取らないほどの大きさであった。


「おもいだした、【龍爪(りゅうそう)】か」

「……なぜ知ってるんです?いえ、いいです。自白剤でも飲ませればいい話ですから。」


ユーリが使う二本の()()であり、あの小さな姿からは想像もつかないほどの魔術が書き込まれており、魔力吸収、流血増大、速度上昇、数え始めるときりがない。


「もう一本はどうした、不意打ちでもかますつもりか?」

「それもお見通しですか……。貴方何者です?」


ローブの下からもう一本の剣を取り出すと、あえて逆手に持ちさらにもう一方をこちらに向ける。


「【龍爪(りゅうそう)穿(うがち)】」


順手に持った爪をまっすぐこちらに向け、突き技の三連撃。

躱しきれないほどではないが、受け止めるには重い一撃だった。


ナイフの腹をもう片方の腕で押さえつけなければ、爪先が体を貫くことだろう。


一瞬の間が空いたあと、逆手のナイフを振りかぶって来たため、一旦右手のナイフを弾いて、身構える。


「早い、けど、甘い!」

「……」


さすがに、剣士(ソードマン)魔術師(キャスター)ではこちらに分があるが、ユーリはなおも諦めずに爪をふるう。


お互いの武器がぶつかり合い、金属音と2人の息を切らす音だけが玉座に広がり、俺の頬に汗と血が滲み始める。


〔未熟な自分の技術では、全てをいなすことが出来ずに、じわじわと小さな傷が増え始める。〕


謎の声の思考も忠告の言葉をかけてくれるが、今はそれどころでは無いというのが本音だ。


流血増大がしっかり作用しており、かすり傷でも止まることの無い血が、さらに傷を増やす要因となる。


「いってぇ……」

「そろそろ、トドメといきますか。」


両手に持った爪の持ち手を合わせるようにL字に構える。

刹那の発走。


さしたる距離のある訳でもない俺たちの間は、即座に縮まり反射的に膝蹴りを繰り出す。


「ぐぅ…!」

「どんなもんだ!」


はじいた左腕を肘と膝で挟んで本気で潰しにかかると、ローブに隠された魔術が作動し、衝撃の殆どを緩和されてしまった。

それでも爪を1つ落とすことに成功した。


しかし、もう一方の爪を投げ捨て、手袋を輝かせながら、何らかの魔術を作動させる。


孔雀石穿(くじゃくせきせん)


チェンジをしている間に魔術が完成する。

今までの経験と、謎の声の直感が大きな警鐘を鳴らし、あえてソードマンのまま左足を伸ばして強制的に距離をとった。



俺の渾身の蹴りをローブの裾で受け止めながら、誰もいない空間にかまいたちが発生する。


「危ねぇ…。今の風魔術か?どんな式の組み方してんだよ!」


風圧により一時的な真空と、それによる空間裂傷。

風魔法でも再現できないあろう威力の魔術は、彼の切り札のひとつとも言われている。


知っていても驚かざるを得ない。


「驚きました。今のを躱されるだなんて想定外ですね。反射神経という訳ではなさそうですが…。」


当たり前だ。

魔術師というのは初見殺しのジョブとも言われるように、知られていないということに対して最も強みを発揮する。


自分がどれだけの魔術を組めるのか、どんな式の書き方をするのか、そういったありとあらゆることを相手が知らないという前提で戦う。


逆に言えば、その全てを知り尽くし、研究しつくし、勝ち筋を探し続けたのなら、戦うのは容易であるということだ。


〔だが、相手が本当にその程度であれば、End屈指の負けイベントなどと呼ばれないと思い直し、さらに思考を加速させる。すると、そこに微かな違和感を覚える〕


違和感…?


『謎の声』というある種の並列思考が何かしらを思いついたのか、思考の全権限を要求する。

即座に明け渡すと、脳への高負荷がいくらか軽減した。


「【龍爪·斬】」


再び爪を構えて特攻してくるが、思考の全てを謎の声に任せたため、先程よりも余裕を持って対応する。


経験と反射。

体の動きのみで龍を躱して、魔術をかき消す。


純粋な速さの中に技を用いた連撃は、魔術師であることを疑うほど鋭く、先ほどよりも重い。

躱しきれない一撃が、全身に小さな傷を増やし始める。


少し前の傷と合わせて、出血多量といってもいいほどの血が流れていく。


指先の力は抜けていき、段々と短剣以外の攻撃も食らい始めた。


「どうしました?この程度で疲れたとでも言う気ですか?」


煽りと同時に腹部への鋭い蹴り。

前かがみになったところへ続けざまに、顎を揺らすような掌底によりおかしな体勢になると、首根っこをつかまれ、思いきりぶん投げられる。


地面に背中から叩きつけられると、それを合図に魔術が作動し、背中を焼き焦がす。

さらに追い打ちをかけるように、ローブから取り出した魔術紙(スクロール)を取り出すと、複数枚を一気に破り捨てた。


魔術紙(スクロール)とは、あえて不完全な式を書き込んでおくことで、破壊した際に魔術暴走を強制的に引き起こす魔術形式である。


そもそも魔術というのは条件を満たし、魔力が流されたときにのみ発動する非任意(ノンアクティブ)が原則であるにも関わらず、この男は任意的(アクティブ)なオリジナル魔術を得意としている。


手袋の方は何とも言えないが、半分任意といったところだろう。


炎にまかれ身動きが取れない俺のもとに、大量の魔術が飛来する。

当然避けるなんて芸当は出来ず、そのほとんどが直撃した。


だが、その衝撃が、俺の思考を加速させ、勝てない理由と、その秘密に迫る。


「End流……最終奥義……」

「驚きました。ほぼ奥の手ともいえる多重魔術式を食らって死なないどころか立ち上がるなんて。いいでしょう。こちらも、最強の一撃で終わらせてあげます。」


手袋をはずした右手をこちらに向け、悠然とたたずむ。

それに対して、ちっぽけなナイフ一本を構えるのみ。


無言の空間が続き、発走。


距離が縮まるのに比例して、ユーリの魔力は一気に高まる。


「【チャージボムライド】!!!」

「我流ナイフ術【ダミーナイフ】」


ユーリの()()が完成すると同時に、全力の跳躍によって飛び越える。


火炎と衝撃により、彼の前に放ったナイフは木っ端微塵に吹き飛んだが、背後から狙い済ました一撃は、十数年間負け続けた男の、最後の意地だった。


「End流掌底術其の三【散弾翡翠】」


背中に執念を喰らわせると、ローブの防御魔術を通り、その内側まで衝撃が達して地面に伏す。


幾度となく負けて、歯がゆい思いをさせられてきた。

だからこそ、俺はこいつを知っている。


()()()()()()()()()()()()!ユーリ·アズマー。いや……『()()()()()()』」


声には出さない。

それでも、その魔力の塊は、煌々と照っていた。


「……そこまでお見通しというわけですか。」


彼が引き起こす魔術よりも大きな衝撃音。

爆裂手甲が出力オーバーで悲鳴を上げるのも無視して、その顔面へと叩きつける。


確実に鼻っ柱を捉えた一撃により、骨の砕ける音と手甲の割れる音が鳴り響く。


「お前、魔力霧散症なんだろ?」

「……ええ、そうです。いちおう国家機密のはずですがね…」


人間は通常、血液を体内にめぐらせている。

しかし、Endの世界では、血液と同時に魔力も巡らせ続けている。


龍や神を除いて、魔力の自己生成ができない種族は、彼ら彼女らの放出する魔力や、他生物の魔力を食うことで生命活動を維持するのだ。


しかし、ごく稀に魔力を持たない、もしくは、魔力が極端に少ない、食べたものを魔力に変換できないなど、魔力障害を持った生物が生まれる。


魔力霧散症は魔力障害のひとつで、生命活動に必要な最低限の魔力しか体内に保持できないという体質。


「魔術師ってのは、魔法の素質がない人間がなるジョブだ。だが、お前は魔法の才能もある、魔力量も申し分ない。にもかかわらず魔術師としてしか活動しない。だが、それにしては『龍爪』の扱いが異常に上手い。それに、過剰なまでに自分の身につけるものには『魔力吸収』の式が書かれてる。それは何故か?長い間魔力を保持できないから、誰かから奪うしかないんだよ。」


これが負けイベント呼ばれた理由。

Endは基本的に一部のデバフが表示されない。してくれない。


魔力のみを奪える都合のいい魔術はない。ということは、必然的に体内の血液も奪う必要がある。


「お前がその爪を使うのは、血を奪うため。そのローブは奪った魔力を少しでも長く保存するため、その手袋はより効率よく変換を行うため。だからお前は、たった一度しか魔法を使えない。かといって魔術は戦闘に向いていない。当たり前だ。入念な準備と必要以上の実験を繰り返して完成させる魔法とも言えるその力は、瞬間的な戦闘には使いにくい。違うか?」


砕けた顎がゴリゴリと音を立てながら回復し始め、元の骨格まで戻ると、深くため息を吐く。


「必殺のはずだったんですけどね…。あの魔法は」

「残念だったな。()()()()()()()()()()()。わかんねぇだろうけどよ。」


どれだけ追い詰めようとも、あの一撃だけは避けられなかった。何度やっても。どれだけ万全の状態でも。


きっと、もう一度避けられるかと聞かれれば無理だろう。

さっきのはただの偶然とも言える。


「それとお前、日本人だろ?」

「はぁ……。そうですよ。あなたは全てを知っているんですね。お察しの通り、私は100年前からここに住んでいます。」

「あー……。そこまではわかんなかったですね…。なんとなく、人造人間(ホムンクルス)ってのは気づいたけど。殴った時に。」


彼の話を纏めると、今で言う日露戦争の出兵に行く途中で爆撃にあい、気づいたらこちらの世界にいたという。

そこで面倒を見てもらった老夫婦が元魔道具職人だったため、魔術を教えてもらい彼らが亡くなった後、辺境の森に住まいを構えて、自分の体をこの世界に適応するように研究を重ねていたそうだ。


結果は言うまでもなく。

人間の体に限界を感じた彼は、自身に課せられた責務と、やりきれない思いを抱えたまま死を恐れてあらたな体を作り出した。皮肉にも、元の体よりも魔力の保持できる量が減少するのも厭わずに。


これが、愚かな魔術師、ユーリ·アズマーの物語。


……To be continued


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