第82話 マードレ王国
5階層の攻略から1週間が経過した頃。
今回は節目ということもあり少し長めに休暇を作っている。
ただ、どちらかと言えば修行や鍛錬の意味合いが強いが…。
「遅いです!もっと早く。根本的な力が足りてません。」
「おう!」
「力任せに剣は振るわないでください。武器が可哀想です。」
「おう!」
「Endでは通用しないと分かっていても正しい姿勢は身につけてください。体の動きはその武器に最適な形で存在してます。土壇場の状況でそれが出来るか出来ないかは大きな違いになります。」
「おう!」
俺はといえば、絶賛カークスに剣術を教えて貰っている最中であった。
Endというイレギュラーまみれのフィールドでなければ、彼との模擬戦は全敗であり、師匠としてのプライドを地獄に叩きつける勢いで教えを乞うていた。
「ほら、剣が下がって来てます。きちんと上げて。姿勢は正しく。」
「はい!」
…ここまで来るとどちらが師匠か分からなくなってくる。
休憩がてらに水を飲んでいると、家の扉がゴンゴンと乱暴に叩かれた。
どうやら、来客のようで洗濯ものを干していたイヴが急いで玄関へと向かっていく。
しばらくすると、息を切らせた彼女が俺を呼び付ける。
「貴殿がクエイフ·ルートゥか?」
「あ、はい、そうですけど。」
サッと体を拭いて客間に向かうと、白を基調とした分厚い鎧を着ておじさんらしい口ひげを生やした男が、おそらくイヴに出されたであろう紅茶を飲み干していた。
「マードレ王国女王近衛兵2番隊警備隊長バルバザードというものだ。此度の5階層攻略誠にめでたいことであるが……。なぜ報告をしていない?既に攻略が完了しているということは調査隊の報告から既に分かっていることだが?」
「ああ、その事ですか…。ええ、5階層は確かに攻略出来ました。ですが、まだ調査不足が目立ちます。あくまでボスを倒したというだけですから。」
図々しくも、2杯目の紅茶に口をつけた。
「なるほど分かった。ではもう一つ。近々王宮にて民衆向けの5階層攻略発表が予定されている。節目の数字をということもあり、最前戦攻略者の貴殿らに出席を求めると共に、女王への謁見を許すという話をしに来た。ひいては、近く都合の良い日はあるか?」
女王制かつ絶対王政という、あまり馴染みのない文化であるが故に、多少の忌避感が無くはないのだが、あまり突っぱねるのも申し訳ない。
なにより、一般冒険者向けのEnd攻略本はマードレ王国の国庫から製本、配布していることを考えると、あまり邪険にすることも出来ないだろう。
「とりあえず、お話は分かりました。今は6階層への準備期間兼休息期間としてますので、時間はいつでも大丈夫です。」
「承った。一旦マードレ様の予定のご確認が必要になるため、別で使いの者を寄越すことにする。それでは邪魔したな。」
3杯目の紅茶を最後に一息で飲み干し、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら、腰に下げた剣をあちこちの家具にぶつけて、玄関へと戻っていく。
気づかなかったが、馬車で来ていたようで、バカバカと石畳を蹴る音が遠ざかって行った。
「図々しいオッサンだったな。」
「フフ、そうですね。お菓子も出そうかと思っていたのですが、あの様子だと全て食べられてしまいそうです。」
まだ、この時は、後々あんなことが起こるなんて思えるはずもなく、くだらない冗談なんかを言い合っていた。
2日ほど経ったお昼頃、そろそろ昼食の準備に取り掛かろうとイヴが動き始めると、いつかのものより、心ばかり優しく扉が叩かれる。
料理の下拵えを始めてしまったイヴに対して、俺が出るよと伝えて、玄関へと急ぐ。
ドアを開けると、白い鎧ではなく紺色の軍服、真っ黒の制帽に付けられた真っ赤な缶バッチのような徽章がついている。
それが意味するのはマードレ王国王家直属政民私兵。
つまり、現マードレ王国女王が国民から選んだ兵士であり、女王本人を除けば、貴族王族は勿論、女王の夫である殿下よりも位が高い。
これは、他の女王制を取る国から見ても異例であり、それほどまでにこの国の女王の決定が重要視されている。
「私はリオン·E·マードレ様の直兵、トーウェス·アルガリリムという者だ。陛下がお呼びである。馬車に乗れ。」
アルガリリム家といえば、代々マードレ王国に仕える有名な一族であり、この国最強の盾と呼ばれている。
初代アルガリリムは嘘か誠か、巨人族と見間違うほどの巨漢であり、それがゆえに私兵に選ばれた訳だが、俺の目の前の男はそれが嘘に思えるかのように細く色白な優男であった。
しかし、一瞬見えた細い指からは骨に直接筋肉が取り付いているのかと思うほど完璧な配置での筋力を蓄えているのがみてとれる。
女王の謁見式には攻略に携わる全員を呼ぶことになっているが、カークスとキュレーは既にパーティから外れており、別な依頼があるため家にはいない。
運良く起きていたレイはイヴから状況を説明されたのか、テキパキと準備を進めていた。
「チッ!奴隷風情が……。この馬車は本来女王様のうたた寝のための馬車だと言うのに……。」
イヴとレイが馬車に乗り込もうとした時に一瞬何かが聞こえた気もするが、いまいち聞き取れない。
馬車に揺られながら王国の街並みを観察する。
そもそも、マードレ王国はEndのおかげというのもあって大陸最大の王国である。
大陸の中心に悠然と佇むEndに面していながら、海を挟んだ向こう側の大陸までもが王国領地だ。
そのほとんどが軍国ガンガチアから奪った領地なんだとか。
と言っても、ガンガチアは軍国と呼ばれることからもわかる通り、国民のほとんどが戦闘狂じみた思考を持っている。
ただ、残念なことに脳筋蛮族過ぎてほぼ全ての戦争に敗北していたが……。
話を戻すが、マードレ王国は良くも悪くも平均的な国であり、広い領土にものを言わせた大規模農園、大型魔道具生産施設、乱立する村町、多種多様の人種、等など
語り出すと止まらなくなるが、特段引越しなどを考えていないのは、この国が平和でEnd攻略の障害になりそうな特筆すべき点がないからだ。
何処かの天才様のおかげで、利便性が向上したが静謐な造りの街並みは変わらず、行き交う人々も服装の色合いこそ変われど、あまり変化がないように思える。
End付近の辺境に住んでいるということもあり、王城まではかなり時間がかかったが、ようやく城壁が見えてきたところだった。
ただし、城壁が高く大きいため、見えてからもしばらく馬車を走らせる必要がある。
「ここからは一般区域の法律が適用されません。クエイフ殿は王国民ではありませんが王命に従っていただく形になります。」
マードレ王国は特有の法律システムが存在しており、国営施設の敷地内を国有区域、国が認めた商会の施設や敷地内を商業区域、一般人の居住区などの一般区域、モンスターが生まれる可能性が極めて高い魔物区域など、それぞれ分けられており、各大臣が好きに法律を増減できるのである。
しかし、それらをすべて無視することができるのが、王命。
ありとあらゆる決まり事や法律よりも優先される最高位の命令であり、貴族王族を除いた選挙権をもつ全国民の90%が反対及び拒否権を示さなければ、どんな命令も通ってしまう。
さらにいえば緊急性を要すると判断された場合、その国民投票も行われない。
もっとも、そんな暴君の生まれやすそうなシステムでもこの国は反乱一つ起こらないほどしっかりとした国なのだろう。
ちなみに、俺は出生記録を持っていないため、税金が払えなくなると不法侵入者扱いになり逮捕されてしまう。
いい加減住民権を獲得しようか悩むところだ。
滞在税より市民税のほうが安いし……。
しいて言うならEndに入るのに手続きが必要になることぐらいか。
イヴとレイについては、立場上奴隷であるので王国民という身分を持ってはいるが、俺に市民権がないため二人も滞在者扱いである。
「それでは、首輪をお願いします」
王命のみが適用される特別区域では、奴隷は必ず首輪をすることで身分を現すと同時に、所有者を明示しなければならない。
着脱式の首輪は、魔力を流すと遠隔で首を絞めることができる。普段は必要もないので外していた。
「武器をお預かりします」
身体検査の後、護身用の飾り剣をとられ、服の原料である魔力糸の魔法を解かれてしまう。
念のために少し緩い服やきつい服を着てこなくて正解だった。
魔力糸はあらかじめ伸縮の魔法がかけられており、どんな人でも着やすいようになっている。
その魔法ですら、女王との謁見の際には使うことが許されない。
陛下の前では許可されない魔法を使うことを禁ずる。
人命救助含めた緊急時はこの限りではなく、事後報告を赦す。
イヴは何も持ってきていないようだが、レイは数々の暗器を没収されていた。
「お前は女王の暗殺でも企んでんのか?」
「……え、一国の王程度なら何もなくても殺せると思うけど…」
「貴殿ら、たとえ冗談でもそんな発言はしないほうが身のためだ。我々直兵は王命により敷地内の危険人物を裁判なしに極刑を課す権利が与えられている。それに、特別区域での女王への不敬は、直兵でも首をはねられることがあるんだぞ」
首がはねられるとわかっていれば避けるのは簡単だ、と言いかけたがあまりつまらないことで騒ぐのもばかばかしいので口をつぐんでおく。
玉座の前に案内され、強制的に膝をつかされ頭を下げさせられる。
一瞬の静寂が訪れ、がシャリと大きな音が鳴る。どうやら室内の兵士全員が王国式最敬礼をしているらしい。
盛大なドラムロールを合図に、笑ってしまうような大量の楽器が鳴り響く。
まさしく一流であろう指揮者がタクトをふるうたびに、この国の繁栄と女王への忠誠を誓う曲がかき鳴らされる。
「マードレ王国143代女王リオン・E・マードレ陛下、謁見をッ!!」
「「「謁見を!!!」」」
直兵たちの最高責任者である、この国最強の男が声を上げると、周りの兵士たちもそれに倣う。
扉の開く音が音楽にかき消され、女王がゆっくりと玉座へ向けて歩を進める。
彼女が座り、ふと左手を上げた。
静寂。
一瞬にして音楽は鳴りやみ、何の音も聞こえなくなる。
「はじめまして、私はマードレ王国女王リオン・E・マードレと申します。此度は5階層の攻略誠におめでとうございます。今ここで王命により、クエイフ・ルートゥには王国民としての市民権を与えたいと思います。より一層のご活躍を心よりお祈り申し上げます。それではごきげんよう。」
ゆっくりとはっきりした口調でそれだけを告げると、にこやかな笑みのまま口を閉ざした。
人形のようにきれいな顔立ちは、今まで話していたのがウソのように固定されている。
「ありがとうございます…」
「ところで……」
それはひどく冷たい声。
さきほど鼓膜に響いた音は作りものかと疑うほど、真っ白な雪のような痛々しい冷たさをはらんだ声は、そこから続く言葉に対して警戒させるに十分だった。
「どうしてこの玉座に奴隷が、それも呪われた血が入っているのかしら?神聖なるマードレ王国王城に入れるだけにとどまらず、全ての女王が座った『尊大なる玉座』が存在するここにまで侵入を赦すだなんて!あまつさえ、私の前に忌まわしき魔女の息のかかった者を呼ぶとは、恥を知りなさい!」
冷たさを残したまま苛烈に痛烈に強烈に怒鳴り始めるが、それでも声音は気品を失わず、声は荒ぶることはない。ただしっとりと、その責を知らしめる。
それに対して一人の男が女王の前に立ち、きれいな角度を保ったまま頭を下げる。
記憶が確かなら、国の伝え屋と呼ばれる国営新聞の責任者にして、女王直属の伝令兵だった。
「大変申し訳ございませんでした。女王様の命を曲解し、攻略者、ひいてはそのパーティの属する全員を招いてしまいました。その責任はすべて私にあります!」
「あら、そうなの。わかりましたわ。では死になさい。」
どこからともなく、黒い衣装に身をつつんだ数名が彼を取り囲み何かの準備を始める。
代表格なのかより濃い黒子が女王に対して
「許可を……」
とだけ呟くと、彼女は高々と右手を上げた。
「許可します」
その声と同時に魔法の詠唱が始まりゆっくりと魔法の暗幕が作られていく。
「執行人、前に」
「かしこまりました。」
先ほどとは別の女性と思われる声音の黒子が、暗幕の中に入っていく。
首から上の身をのぞかせた伝令人は最後に同僚たちに向けて短く「今まで世話になった。ありがとう」とだけ言って軽く別れを済ませると。
「私、ディルマイヤー・ケーブは王命により命を返還させていただきます。わが祖国よ永遠なれ。マードレ王国万歳!」
笑顔のまま首が落ちた。
後ろで短い悲鳴が上がる。イヴかレイかなんてどうでもよかった。俺だって叫びたいぐらいだ。
暗幕が解かれ、魔法により丁寧に周囲の掃除がなされ、死体含めて何事もなかったかのように話が続けられる。
「それでは、あらためて、お二人にはこの部屋から出ていただきます。可能であれば城内からも出て行っていただきたいところですが、呪い子とはいえ攻略者ですからね。そこについては恩赦します。」
二人が周りの兵士に連行されそうになうが、その手を振り払って彼女たちが部屋を出ていく。
「……不敬や無礼を承知で聞くがよ、呪い子って何なんだ?そんなに悪いことしたのかよ。あの二人が奴隷に落とされてクソみたいな人生歩むほど最低なことをしたのかよ!」
「ああ、遠くの国から来たそうですね。三大禁忌を知らないほど遠い国だそうで?フフ、無知というのは楽でいいですね。それでは直々にあたしが教えて差し上げましょう」
……To be continued




