第77話 天才商会
綺麗に整えられたベットの上で彼は起き上がる。
元々は日本人らしい黒髪だったのだが、付き人のメイ·カーレンに合わせて茶色に染めた髪は、朝の日差しによって元の色へと輝く。
「おはようございます。お坊ちゃま」
「ああ、おはよう。メイ·カーレン」
ジースが起きるのを待っていたかのように、ベットの傍に佇んでいた少女は、白いメイド服にシワをつけながら一礼をする。
「さて、Endへ行こうか」
クエイフ達が4階層に入る前、彼の暗躍は始まった。
メイの道案内を頼りに宿屋からヘーパイストス武具店に向かうと、彼は自分のジョブがわからないことに気づく。
「メイ·カーレン、ステータスはどうやって見るんだ?」
「お坊ちゃま、ステータスは明確に視認できるものではありません。感覚的なイメージでございます。」
そう言われ、頭の中でイメージを浮かばせると自分のジョブが『天才』としか書かれていないことを理解する。
「僕が天才だと言うのは分かっている。戦うためのジョブを知りたいんだよ」
しかし、どれほど思案してもそれ以外の答えが無いため次第に焦り始める。
「坊っちゃま、鍛冶師等の専門知識を必要とするジョブは戦闘のジョブが表示されないと聞きます。事実私も『メイド』のみですから。ですが、武器の得手不得手は別にございますので、そちらを確認してみては?」
「…そうなのか。ゲームでは無かったな。まあいい、では武具店に急ぐとしよう」
完璧なナビゲートにより迷うことなく店に着くと、接客担当のキュロクスが店を案内する。
「どの武器が使えるのかわからない。一通り持ってきてくれ」
「なるほど、まずお好みの武器なんかありませんか?こういうものを使いたいとかは?」
特に考えていなかったが、今まで戦闘の経験をしたことが無いため、扱いやすく軽い武器を頼む。
しばらくすると、奥から打ち立てだと言うナイフが渡される。
1度持ってみるが、なかなかしっくりこないのか、持ち方を変えてみたり体勢を整えてみる。
「いや、ダメだな。扱えるイメージがわかない」
次にアイアンナックルを持ってくるが装着の段階で拒否反応が出る。
形容しがたいが、必要のない場所に腕がひとつ増えたような違和感が、彼の全身を支配する。
ハンマーに至っては持つことすら叶わず、剣も刀もサーベルもレイピアもロクに扱えない。
クロスボウや弓矢は辛うじて使えそうだが、いちいち動作が覚束無く塔の中で戦うには危なすぎる。
「うちで扱ってる武器は全然ダメですね。盾も……持てないですか。鎌は…危ないので持たないでください!!」
展示されている鎌を持ち上げようとして、フラフラと倒れ込み慌ててキュロクスが抑える。
「つまり、僕は武器が使えないのか?」
「そのようですね」
天才と呼ばれた彼は、今の所裁縫とヘンテコ装置の制作しかしていない。
ここ数日、Endへの準備費用を稼ぐために服を作り続けていたため、いつもの癖で布を買い集めると、天才である自分のミスに気づき、ヤケクソで気味に服を縫っていく。
「メイ·カーレン、君一人で塔に行ってくればいいさ。僕はもう服屋になる。」
街中で見かけた服のデザインを参考に新たなコーディネートを考えながら不貞腐れたように呟く。
「私はお坊ちゃまと共に致します。ご命令であれば塔に登りますが…?」
「いや、まて!やはり僕は天才だ!まだ試していない武器があったぞ!そうだ、あれなら使えるはずだ!メイ·カーレン近くに鉱山はないか?いや、その前に会社を起こす方が先だな!」
そう言って立ち上がった彼は、近くの不動産屋に向かうと1番手っ取り早く購入できる家を即決で買い、ローンを組まず一括で払う。
500万Gの小さな家を買うと、次の日には引っ越してしまいトントン拍子に服屋を営み始める。
革新的なデザインと様々な人に向けられた機能性溢れる服は次第に評判になり、五日後には服だけでなく下着や靴下、帽子、アクセサリーなども売り始める。
「メイ·カーレン、あたりのホームレスを全員集めろ、年齢は10から35、男も女もだ。病気を抱えた奴らや老人なんかもな!僕が産業革命を起こしてやるさ!!」
マードレ王国の失業者は年間数人まで減ることになり、歴史の教科書に載るほどの大きな革命として紹介されるのは、今の彼らには関係ないだろう。
近くの鉱山を買収すると、雇った元ホームレスに働かせ服を機械により自動生産させる。
魔力の変換の力は自然現象を引き起こせるほど強いものは無い。しかし、ジースの考えていたエネルギー理論によれば水一滴でファミコンを動かせる。
「魔石を買い集めろ、作れ作れ!どうせ全て売り切れるんだ!」
その活躍は国家に認められ、特例として商人ギルドを通さずに『商会』を名乗ることが許され彼らは『ジーニアス商会』を立ち上げたのだった。
僅か1ヶ月半で衣服業界、鉱山業界、工業製品業界のトップに立ち、エンテルに支社を作る予定でいる彼は、元々の目的である武器を作り出す。
ここで少し、彼の昔話をしよう。
生まれた時から天才である彼は危険な組織や国家に狙われることが多々あった。
彼が6歳の頃、日本だけでなく全ての国が手を出せないような秘密国家に攫われてしまった。
存在そのものが秘匿の国であり、彼の両親がいくら騒いでも日本は何もすることが出来ない。
しかし彼は実験の途中で警護をしていた男の銃を取り上げるとその場にいた研究者3人と警護の男を撃った。
本来拳銃は子供が扱えるような重さではないし、引き金も引くことは出来ない。
しかし、天才である彼は自分の筋肉を変化させたのだった。
拳銃を撃つのに適した骨格へと変形させ、無意識のうちに衝撃を逃がすような体勢を取っていた。
天から恵まれし才能。
彼はただ頭がいいのではない。人より運動ができるのではない。センスが優れているのでは無い。
対応するのだ。
適応するのだ。
順応するのだ。
彼が生きるのにふさわしいように、彼の頭脳と体は変化する。まるで、神が祝福するかのように。
「ニューナンブM60を模した武器だ。弾は火薬が高いので魔石を使っているがな。」
シンプルなリボルバー式の拳銃であり、日本のドラマなどで登場するメジャーなものだ。
魔石の威力に耐えられるように特殊な金属『モンスタンド合金』を用いている。
「さて、メイ・カーレン。Endへ行くぞ」
「かしこまりました」
丈の長い給仕服のスカートにジーニアス商会の特別製品、『戦うメイドのペティナイフ』をしまいこみ準備を整える。
「説明しよう!このペティナイフのコンセプトは主人を守るためなら道具の本懐なぞ知るものかということで作られた、彼女専用のナイフである。持ち手はもちろんすべて彼女に合せて作られているぞ。さらに、ほかにも食器や料理道具などなど体のあちこちに武器が隠されており、何が何でもジースさんを守る装備である。」
突如出現した解説の田中は解説のみ終えるとすぐさま消えてしまう。
「メイ・カーレン、そんなに守ってもらわなくとも、ある程度は戦えるさ。」
「ですが、万が一ということもあります」
衣服の胸ポケットにステーキナイフを仕込んでジースのジト目にこたえる。
まだナイフを忍ばせようとする彼女を全力で止め、塔へと向かう。
久々に登場したのはスライムであり、まだ経験の浅い彼らにとっては十分に危険な敵であった。
ジースは魔力糸で編まれた服の身であり、それは防具もまともに装備できなかったことを意味する。
それに対しメイはいつものメイド服ではなく戦闘モデルの物であり、余計な装飾のないシンプルかつスタイリッシュな逸品である。
「メイ、いくら僕が特別な理論で編んだ魔力糸でも鎧よりは固くないぞ?」
「いえ、私は出来る限りお坊ちゃまの作ったものしか使いたくないので、大丈夫です」
魔力糸は、見習魔術師が耐久性と伸縮性の魔術を組んで編まれているのに対し、この服はジースのオリジナル魔術で作られており、周りの環境全てが装着者の味方になる特性がある。
されど、要は布である。金属で作られた鎧や硬い甲殻と織り交ぜて作られた革装備に勝るはずもない。
それでも彼女は従者としてのプライドを優先し、この戦闘モデルに改造した服を着ているのである。
「まず僕の銃が通用するかを確かめるから待ってくれ」
ジーニアス商会で販売されているナイフを構えたメイを下がらせると、体当たりを仕掛けてくるスライムに発砲する。
「こいつは失敗作だな。次だ」
弾薬が発射された瞬間に引き金がはじけ飛びこわれてしまう。
即座に拳銃を投げつけ一瞬隙を作り、腰のホルスターからもう一つの銃を取り出す。
「こっちは純正品だから、研究用に残しておきたかったが…」
こちらに来る前に自作していた、モデル用の拳銃の引き金を引くと弾薬はスライムの中吸い込まれていき、音を立てて蒸発する。
スライムは伸縮性と融解性が特徴のモンスターであり、ほとんどの金属を溶かすことができる。
とくに魔力のない世界の魔力の含まれていない金属など簡単に蒸発してしまう。
「なるほど、この世界における最上位のエネルギーは魔力というわけか…。メイ・カーレン」
スライムに相当な至近距離まで近づかれこれ以上中による攻撃は不可能と判断し、即座に横に控えていた少女のパンチが繰り出される。
当然白い手袋をはめた状態の殴打であれば彼女の手が解けることはなく、魔石に衝撃を与え吹っ飛んでいく。
壁にぶつかった液体を器用に解体し魔石とゼリーに分裂させると、それらをジースに渡す。
「なるほど、薄い皮膜でおおわれているのか、ゼリーは甘いな。だが、お世辞にもうまいとは言えない…。屋敷に戻って調理してみるか」
商会を立ち上げたことにより、順調に利益を上げ続けたため末端ではあるが貴族としての権利を得た彼は、メイが働くにふさわしい屋敷を持っている。
その際に追加のメイドを雇うか検討したが、彼女の強い希望で無しとなった。
「次はこいつを試す。できればスライムがいいが…」
たとえ神に認められ商売がうまくいこうともこの塔には関係ない。
彼の思う通りには行かずゴブリンが三体現れた。
素早く拳銃をホルスターに収納し、背中のセミオートライフルを構える。
少女に肩を支えられながら、数十発の銃弾の雨を食らわせるが、これまた魔力によって強化されている皮膚には通用しないようだった。
「なるほど、改良が必要か…。メイ・カーレン、こいつらを殺せ」
「かしこまりました。お時間は?」
「一体一分」
抑えていた肩を離すと疾風のごとく彼らに切迫する。
固い皮膚に阻まれつぶれた弾丸を踏みつけながら、腰のポケットからフォークを出すと、彼らに向けて投げ放つ。
十分すぎるほどの隙を生み出し、魔石を傷つけないようにと首元に亀裂を入れる。
吹き出した血を一滴も浴びることなく彼のもとに戻ると、彼の体内時計が二分に差し掛かったところだった。
「おつりが出たな」
「お目汚し失礼いたしました。始末はいかがいたしますか?」
「ゴブリンぐらいだったら商会の方で取り扱ってるからいらない。皮と爪だけでいい。」
かしこまりましたと、少女が言うと、給仕服の上に別なエプロンを羽織って解体作業を開始する。
鮮やかな手つきでバラバラにされた残りかすは、道の端へと追いやっておく。
「すこし改良を加える。テントを張ってくれ」
気休めにしかならないが一階層の内壁と同じ色の布を洞穴にかぶせ、自分たちの身を隠す。
残念なことに持ってきた弾薬はすべて普通の金属で作られており、通用しない事がわかった以上それらは使えない。
全ての弾の弾頭と薬莢に魔術を描きこんでいき、弾丸を改造する。
即座に改良を終えてテントを戻し、近くのスライムに狙いを定める。
一瞬で体が弾けて液体が飛び散る。
さらに横からゴブリンが現れるが、もう一つ用意したハンドガンを食らわせる。
二丁の銃を投げ出すと、それらはメイが回収して懐にしまう。
先ほどのゴブリンとパーティであったもう一体のゴブリンに別な拳銃を向け、引き金を引く。
「ふむ、次の課題は連射性か…」
一度撃つと魔術が焼き切れてしまいクールタイムが必要となる、そこに弱点を見出し新たな課題を考えると、メイから拳銃をハンドガンを受け取りホルスターに入れて、塔から出ていく。
「さて、クエイフに会いに行くとするか」
新聞を片手に天才は不敵に微笑んだ。
……To be continued




