第76話 屍獣の養豚場
前回までの『4階層 死教会』のボスはゾンビオークという、オークがゾンビ化したものだった。
だが、アザピースの言う人造モンスター『アヴ・ホース』かもしれないし、神官そのものかもしれない。
イレギュラーに次ぐイレギュラーの連続は、改めてこれが31作目なのだという重みになっているし、たとえどんな状況でも対応しなくてはならないEndらしさともいえる。
中央の女神像から二手に分かれ、俺が左の扉、イヴとレイが右の扉へと向かう。
しかしここは今までと同じく、扉の向こう側もつながっていた。
お互いを認識しきれずに警戒し合うが、すぐに武器を下げて前の扉を見据える。
「…あの扉の向こう側に」
「ああ、そうだろうな」
レイの覚悟に満ちた声におなじく覚悟で返す。
盾を構えながら扉を開けるとそこにはだれもいなかった。
教会内の大理石ではなく血が固まったかのような黒い床に、限りなく黒に近い染料を用いて魔法陣が描かれていて、白い壁に飛び散っているのは、紺色の羽や汚らしい獣の爪、曲がっている黒い牙、踏みつぶされたようなスライムたちであった。
無人でありながらも惨憺たる現場に疑念と仮定が交錯するが、謎の声ですら全く予想がつかない。
あらかじめ言っておくが前作では普通の大理石の床で綺麗なままの白壁だった。
しかし扉の開閉音に気づいたのか、さらにその奥からナニカがあらわれる。
「アザピース、また私に何かしたのか、頭が痛い……うぅ……」
青白い顔つきで頭を押さえながらその男は現れた。
「××××!お前がここのボスなのか?」
「ああ、貴様ら!まさかここまで来るとはな…。あの方も嘆いていることだろうよ。だが、復活の時は近い。それまで遊んでやろうじゃないか」
俺の問いかけに白杖をもって答えると、そこに横やりが飛んでくる。
「酷いなぁ、何でもかんでも私のせいにするなよ、二日酔いじゃないのか?だとすれば、そんな体で戦えないよな?こいつを貸してやるから、さっさとトンズラしたほうがいいだろ。」
さらにもう一人奥から出てきた白衣の男は、壁際に手をつき魔力を流し込むと、天井に仕掛けられていた転移装置が動き始め、オークがおとされる。
棍棒を振り回しこちらに襲い掛かる獣の相手をしていると、神官に肩を貸したアザピースはさらに奥へと引っ込んでいってしまう。
「クソ、あいつら逃げてばかりか!どうやら戦う気はないらしいな」
相手取った敵は、強化もなにもされていないらしく大した苦にはならないが、もともとでかい図体と豊富な体力を生かし彼らを逃がすのには十分な時間稼ぎとなった。
レイが胴体に糸を巻き付け、一瞬動きを阻害したタイミングを見計らい背中から魔石を狙った一撃を食らわせる。
分厚い脂肪によって防がれてしまうも傷口にイヴの風刃が通り抜けた。
さらに大量の血があふれだすが、その血の中に偽物が混ぜられる。
持ち主不明となった赤い液体は針のような形をとって毛深い皮を貫く。
「End流剣技【US】」
黒い刀を醜い体に打ち付ける。
目的はただ斬ることではなく傷をつけることであり、刀が体の上を走るたびに鮮血が噴き出す。
撫でるだけの斬撃や肉を抉りだすような強い一撃、それらを四方八方から繰り返し続けること708回
体に魔力を送ることができなくなりボロボロの状態で倒れてしまう。
だが、それだけで終わることがないのがEndであり、ここからが真骨頂でもある。
神官にとって復活の儀式は済んでいた。あとはここで誰かが死ぬのを待つだけでいい。
それが俺たちの誰であるかとか、自分である可能性とか、全く無関係の人間もしくはモンスターであろうと、どうでもよかった。
重要なのは、今この場で誰かの命が失われることであり、あわよくばそれが殺されることで出来上がった死体であればいいな程度に考えていた。
「死んだぞ、何かが死んだ!正しい命が失われたんだ!完成だ、あの方が降臨される!!!生命の冒涜者、命の敵、生物にとっての絶対悪。ショフィーク様がいらっしゃる!!!!!」
突然に叫びだした神官を横目に、自分の研究が着々と進められていることがわかり、彼はにやりと笑みを浮かべていた。
いま目の前で倒したはずの、命を奪ったはずのオークがまた立ち上がる。
低いうなり声をあげたまま微動だにせず、一瞬何が起きたのか予想もつかない。
そいつが復活したのだと気づいた瞬間、俺たちは全力で回避行動をとっていた。
「クエイフ!なにこれ、どういうこと?」
「わからん……。いや、まさかEndはこれも織り込み済みだったのか?」
信じたくないことだが前作までに登場し続けてきたゾンビオークとはこの状況のことを示唆していたのだろうか?だとするならばEndは最初から分かっていたのだ。こいつが復活することを。見ていたのだ、この惨劇を…。
「おそらくこいつはゾンビオークだ。体力が高く攻撃が重い、死後硬直によって硬質化した皮膚は魔法も通さず、反面速度が致命的に遅い。魔法は使わないがあの棍棒のおかげで射程は広い。結構難しい敵だから注意していくぞ。まずはイヴが牽制及び俺たちの回復、俺がヘイトを取ったらレイは遊撃よろしくな」
俺の指示に対して、彼女たちは返事をすることなく行動を開始した。
未だ呆然としたまま動かないことへの不気味さを感じながらも、確実に距離が縮まっていき盾を構える。
相手のいら立ちを俺に向けさせるが、何ら反応することはなく虚空を見つめている。
不審に思いながら俺とレイが近づき攻撃を仕掛ける。
すると、その瞬間にノーモーションで腕を振り上げた。
余りにも素早いその攻撃はゾンビ化したモンスターの攻撃とは思えず、壁際まで叩きつけられる。
「な…んだいまの?」
「こいつはゾンビオークで間違いないの!?」
レイの問いかけに対し答えることができない。確かに前作ではノロノロとした動きで攻撃を当てるのは容易かったし、相手の攻撃を躱すこともそれほど難しくはなかった。
だが、いまのこいつは全く違う。攻撃のタイミングが全く読めなかった上攻撃を終えた瞬間も見えなかった。イレギュラーと判断するのは時期尚早かとも思うが、ただのゾンビオークではないことは確かだ。
「レイ、糸を貼れ!End流奥義【神の目】」
一切出し惜しみせずに全力で戦わなくては勝てないと判断し、即座に隠し玉を使う。
彼女の糸に乗り上げオークの咆哮を全身に浴びる。肌がビリビリと震え足元がふらつきかけるが、必死にこらえてはそいつのもとへ走っていく。
上から刀を振りおらすが片手で受け止められる。
「だが、見えてたぜ。今の動きはな」
全く動いていないと思ったのだが、周りの空気の流れを見るに体中に魔力を通すため魔石がわずかに震えている。つまり、第三者によって動かされているわけではなく、自分の力をもって生命活動をしているということであり、先ほどの攻撃が別の誰かという可能性もなくなった。
一瞬上に視線を配り、俺を認識してから防御を開始したそいつの動きを見て俺はわずかに勝利の道筋が見える。
棍棒を振りまわすが、その力は弱々しくレイの糸によって方向を逸らす。
足に絡んだ糸が腐った部分を攻め立てぐずぐずと崩れては、イヴの魔法によって焼き焦がされる。
しかし素早い動きで魔法をしっかりと当てることができずに、次第に彼女のほうが翻弄されつつあった。
「レイ、魔法の隙を作るぞ、意外と効いてる!!」
本来ならば魔法ごときでは動じないはずだが、運よくこいつは魔法への耐性が低いようで、イヴが杖をふるうたびにうめき声をあげている。
レイが短刀を走らせるとしおれた毛が赤く染まる。
だが、そこである違和感に気づく。
即座に謎の声をフル稼働させ頭の片隅で思考を加速させる。
神の目によりゾンビオークの動きは手に取るように見えている。多少無茶な攻撃でも躱されることはあっても反撃を食らうことは無い。
ガーディアンからソードマンへとチェンジをして背中から斬りつける。黒い刀身が獣の肉へと入り込みドロドロとした液体が溢れた。
「やっぱりな…。パズルはもう埋まりかけだ。最後の一欠片さえあれば……」
レイの仕掛けた【血濡れの罠】により体のバランスを崩し、アキレス腱が断裂する音が響く。
間一髪持ち直すが空中からレイが追撃を食らわせる。
当然、神の目を使っていない彼女はゴムボールのごとく吹き飛ばされて、また壁際へと追いやられる。
寸前で貼った糸のおかげで致命傷は免れたようだ。
「レイ、答えが知りたい!空中じゃなく下に糸を貼ってくれ。出来ればもう一度体勢を崩せるような貼り方をしてくれ!」
「…おっけ、クエイフが言うならなんか分かったんでしょうから、やってあげる。」
再び足に絡まった糸がオークの膝を崩し、頭から地面に激突する。
「レイ!糸の硬質化!早く!!」
「……?なんなのもう!」
張り巡らせた糸に血液を流し込み結晶化させる。
偽物のタンパク質は硬いワイヤーのようになりゾンビオークの肉へとくい込んでいく。
〔ギチギチと締め付けられる脂肪を見て、貴方は仮定を答えとして結論を導き出す。そう、ゾンビオークの正体へと迫った。〕
「イヴ、大技を狙わなくていい!どんどん魔法を打ち込め。レイ、こいつの攻撃は多少食らっても効かない、必殺の用意を!」
4階層のセオリーとは真逆の作戦を伝える。
なぜなら、コイツは逆転したゾンビオークだからだ。
まずおかしいと思ったのがあの機敏な動き、あの図体でよくあの速さを実現したものだ。
何かしら足りない部分があるはずだと予想した。
そして事実防御が薄い。
硬い毛皮と分厚い脂肪によって刀で斬ることなんて出来ないはずなのに可能であり、レイの細く脆い糸によって肉体を傷つけられる。
それはまるで防御力を素早さに傾けたようだと思った。
しかし、おかしな点はもう1つある。
壁にたたきつけられるほど勢いよく殴られているのにあまりダメージがない事だ。
普通に考えて吹っ飛ばされるような攻撃をくらえば、骨の一つや二つ折れて当たり前だ。いくら受身を取っていても大きな隙を作ってしまうはずなのに、一切それらが無い。
それはつまり、攻撃力もないということ。
そして最後に『命の冒涜者』の存在
あの神官があれ程までに願っていた女神の正体まではつかんでいないが、その能力が今の生物としての特性を否定するようなものである可能性は十分にある。
「つまりこいつはかなり脆い!速度にさえ気をつけていれば与しやすい相手であることに間違いない。」
2人にあらましを伝え、数歩後ろに下がってから刀を納める。
一気に足を進めるとゾンビオークが棍棒を振り回す。
いくら速くてもその攻撃に力は入っておらず、俺の結論が証明されていくのみであった。
「End流抜刀術其の一【一閃】」
まるでバターのように首を両断し、簡単に骨まで断ち切る。
ごとりと音を立てて落ちた頭は、まだ完全に死んではおらずこちらを睨み続けていた。
「殺すのは死神の仕事。End流暗殺術【死神の握手】」
斬り裂いた首に手を突っ込み怯える様子もなく中の魔石を砕き割る。
血塗れになった右腕は音を立てながら皮が剥けていき、元通りの綺麗な腕へと戻る。
「レイ、女の子なんだからそういう事しないの。クエイフ様に嫌われますよ?」
「……つい最近まで1人でブラつけれなかったイヴ姉に言われたくない」
4階層死教会攻略完了……To be End
5階層イッツアスモールワールド攻略開始……To be continued?
「アザピース……私に何をした!?」
両手で頭を抑え必死に痛みをこらえる神官に対し、彼は死にかけのモルモットを見るような冷徹な目で見ていた。
「知っているぞ、気づいていたぞ。お前が私の儀式の最中に出入りしていたことは分かっていた。だが、私に何をしたんだ?」
遡ること1週間前
くだらない用事のために4階層を訪れると、必死に祈りを捧げている××××が居た。
ちょいとしたイタズラを仕掛けても気づかない彼に対しマッドサイエンティストはいい玩具を見つけたと思い、実験を繰り返した。
祈っている時に踏み台にして天井に転移装置を取り付けても、彼はなんの反応も示さず更に過激な実験を行い始めた。
そして、最後に一つの実験をしたのだ。
だが、彼は敢えて教えない。今ここで覚醒されても面白くない。もっと派手にEndが認めるようなモンスターに仕上げるためには、ネタバラシをするにはまだ早い。
「私は何もしていない。全く知らないな。儀式の副作用なんじゃないか?」
果たしてそれは、5階層で披露することがあるのだろうか…
……To be continued




