第74話 女神の仕事
スケルトンのサーベルを大剣が砕き、後ろから黒い短刀が突きつけられる。
魔石が割れた瞬間の叫び声が、命を求める死者を呼び覚ます。
この階層のゾンビたちは神官に召喚されたモンスターであり、新しく召喚しない限り限界を迎えるのだが、このイレギュラーを楽しむように塔が彼らを作り出していた。
おそらく、ここにはプラントガールとゴブリン、アントル、たまにゴーストが出る程度だったのだろうが、あの神官によって塔が作りかえられてしまったのだ。
実に2度目の出来事である。
眼球を採取している暇なんてあるわけが無いので、ゾンビの頭を潰すが、首から血を吹き出したまま歩いてくる。
さすがに 回復もできず魔力を失い絶命するが、その最後の一瞬に最悪の恐怖を植え付けられてしまう。
カークスの依頼を受けたのにはもう一つ理由があり、彼の技を盗み見ることだ。
Endという場でははるかに俺の方が先輩であり塔内での実力は言うまでもなく俺の方が上だ。
そんな背景もあり、彼が俺を師匠と慕っているのは理解している。だが、それ以上に彼の剣の腕は認めている。
何度も甘いと止められてきた剣技に少しでも磨きをかけるために、彼の動きを注意深く観察していた。
そして、一つわかったことがある。
それは彼が『ソードマン』の動きをしていないのだ。
当たり前の事だが、今までとは違いモンスターの動きに自由度が増している。そして、行動ルーチンが全くわからない敵が沢山いる。俺が甘いと言われた敵は全てそういう敵だ。
魔王、テンキクズシ、Lv2モンスター、××××、どれもこれもゲームにはいない敵だった。
そんな奴らに対して、ゲームの技が通用するわけが無い。
カークスの動きは『ソードマン』としての動きと言うよりは、より人間的な動きである。
技のタイミングもハメ技やコンボを繋げやすいような攻撃ではなく、今の自分が使いやすい技を選んでおりゲームではダメージの低さや効率の悪さから使っていない技もあえて選んでいる。
つまり、現実的な動きなのである。
それはゲームに囚われた俺では考えられない戦い方だった。
そして俺は、常に彼の師匠であり続けられる。たとえ剣の腕前が劣っていても、総合的な戦闘力は俺の方が強い。
勿論、ゲームのステータス的な話ではない。
俺は全てのジョブになることが出来るのだ。もっと上手く他のジョブの動きを組み合わせられれば、おそらく誰にも負けないだろう。
目の前にいるプラントガールを切り刻むと、背後への回し蹴りを炸裂させる。
腕がクッションになったのか大きなダメージにはならず、ゾンビの体をよろめかせるだけに留まった。
すぐに体勢を整え、逆の足で腹を貫こうと蹴りを入れる。
さすがに貫通はしなかったようだが、グラグラと魔石がよろめき後ろにいたレイに短刀を突き付けられた。
「…ちょっと、こっちに吹き飛ばさないでよ。」
「悪いね」
彼女に睨まれたものの、スケルトンの攻撃を再び倒れた死体によって防いでいたので、あまり怒っていないと信じる。
天井から伸ばされた植物の茨を刀で逸らしてゴブリンゾンビの突進を躱す。
足の速さと狙ってきた場所からシーフゴブリンであると予想し、【警笛】を使われまいと身構えるが、死した体で笛を吹けるはずもなく、もう一度腰のバックを狙った攻撃をひらりとかわす。
盗人という名に恥じぬ手癖の悪さだが、直進的な動きに変わりはない。
それは死体となり召喚されたことにより単調さに磨きをかけていた。
だが、のちに神官は独白する。誰も知ることのない死者の秘密を。
「私はゾンビを作り出したわけではない。あの世の扉を開き死んだ誰かの魂をそれが抜け落ちた体に入れなおしたんだ。冥界から持ってきた魂は適当だからな、体に適合することは少ない。まあ、元の体になることはないが、運が良ければ体と魂がなじむこともあるだろうな。最も戦う相手から見れば運が悪いだろうな。」
次いで現れたゾンビアントルの槍を逸らそうと刀を向けると、突然に槍のスピードが変わる。
肩に直撃した槍が肉を抉り骨を削ってくる。
急に加速する槍に驚きを隠せずにいると、昆虫の顔が愉悦に歪む。
それはまるで、お前にはない技術を俺は持っているとでも言わんばかりだ。
「いいぜ、その挑戦受けて立とうじゃねえか!!」
〔反抗的意思を確認:【リベンジランサー】アンロック、ジョブチェンジ完了〕
『獣破砕槍』を構えてそいつを正面にとらえる。
右肩から流れる血が大理石を濡らすのも知らん顔をしながら顔面に一撃を向けた。
しかし、最小の動きで躱され槍の腹でこめかみを殴られる。
頭蓋を震わせる痛みを殺しながら、蟻の顎を蹴り上げがら空きになった胴体に槍を突進させるが、手足を必死に動かし右によけられた。
すかさず、槍を打ち付け骨がきしみ魔石の震える音が聞こえる。
だが、次の瞬間に腹への鋭い一撃を食らっていた。
殺意のない攻撃。それもそのはず奴は槍の後ろ側、石突の部分で付いてきたのだ。
俺たちが向き合ったその時から、こいつにとっては殺し合いではなく純粋な勝負のつもりだったのだろう。
死してなお好敵手に出会えた愉悦の顔であり、挑戦に対する対抗心で戦っているのだ。
「そういうことかよ、いいぜ、いくらでも付き合ってやるよ。」
全身にじわじわと広がる痛みを無視しながら打ち出した槍は、アントルの牙を打ち砕く。
交差するように頬を抉る槍が血でぬれた。
そうかよ、そんなに楽しそうな顔をされると俺もいい気になってくる。
「これがEndか……もっとやり合おうじゃねえか!」
闘争心が駆り立てられ、肋骨を打ち震わせる槍が食い込もうと、全く気にならない。
前足というのかは知らないが、地についているそれの関節を貫き体勢を崩しても槍の軸はぶれずに振り回してくる。
片眼をつぶし、右肩を貫かれ、胴体に穴をあけ、あばらをへし折られようとも勝負を止めることはない。
硬い甲殻に阻まれ、固い鎧で阻んだ二つの槍がズタズタになろうとも、戦士のプライドをかけた殺意のない殺し合いは続けられる。
「End流反逆槍術其の二【無謀の英雄】」
「Муравьиное копье!!!」
〔翻訳:蟻槍術【小さな大穴】〕
お互いに繰り出す最後の一撃、お互いの急所を狙った、最初で最後の殺意を含んだ攻撃は、わずかにアントルのほうが早かった。
「そう、それでいい…。それがいいんだ。」
負けたという思いが、敗北に対する悔しさが、脳に痛みを伝えるよりも早く全身に駆け巡る。
その反抗心が、俺をあと一歩踏み出させてくれる。
甲殻の中に入り込んだ槍の先端が、さらに奥深くの魔石へと導かれる。
何度負けても戦いをやめなかった、愚かな英雄のように。
心臓から血があふれるよりも、悔し涙のほうが早くこぼれてくる。
パキリと魔石の砕ける音が響き、決着がついた俺にキュレーのヒールが飛んでくる。
「師匠…危ない橋渡らないで!」
全身から流れた血が乾く感触に気持ち悪さを覚えながら、聖女の魔力によって傷口が回復していくのがわかる。
イヴの方も痣こそ残っているが、魔力は回復したようでレイに補助魔法を飛ばしている。
さらに現れたスケルトンとゴブリンゾンビのパーティーに辟易しながらまた刀を構えて戦闘を開始する。
罠であると断言もできない程度の魔物の狂乱はあやふやなまま唐突に終わりを迎えることとなった。
「もう、来ないのか?」
「はい、援軍は見られません、これで最後かと…」
スケルトンの肋骨を砕いたところでイヴに確認すると、レイが今解体しているゾンビを最後にモンスターが来ていないと報告する。
「カークス君、眼球とれたよ。落とさないでね。」
「はい、ありがとうございます!」
塔内転移で家に戻り、大倉庫まで歩いていく。
「あ!カークスさん、キュレーさん、クエイフさん達も!おかえりなさい!!」
俺たちが戻ると、受付にいた男性職員が驚いた声を上げる。見覚えがあるなと思えば見送りをしてくれた職員であり、にこやかに握手をする。
「眼球、とれたんですか!では、依頼者の方が直接受け取りに来るそうなので、少々お待ちください。」
「鑑定は通さなくていいのか?」
普通の依頼なら専門スキルを持っている職員による鑑定を通すはずなのに、それすらもないまま待合室へと案内される。
「はい、依頼者の意向で鑑定は無しです」
『鑑定スキル』は取得難易度が高く、スキルのランクを上げるのも難しいはずだが、その点でいえば国家公務員である大倉庫鑑定員の精度はかなり高い。
それを通さないということはどういうことなのだろうか。
しばらく待っていると、フードをかぶり顔を隠した背の高い男が現れる。
どことなく誰かに雰囲気の似ている痩せた男は、洗濯したばかりのような白衣を着ており、直接フードを縫い付けているようだ。
「アザピースか…?」
「うぇ!?い、いや…誰だそいつは。私は…そ、そう、ファクアリルトというものだ。以来の品を渡してもらおうか…」
俺のつぶやきに反応し、カークスが腰の護身用ナイフに手をかけるが、彼が名乗ったことにより緊張を解く。未だに、塔に閉じ込められた傷はいえていないらしい。
「はい、これがゾンビの眼球です。鑑定を通してませんが本当にいいんですか?」
「ふっ、そんな下らん嘘をつく子だとは思ってないさ。」
なんだか二人のことを知っているような口ぶりだが、何者なんだろうか。
「では、報酬の25万Gと仲介手数料の2万5000Gだ。確認してくれたまえ」
渡された封筒の中身を確認すると、職員は一礼をして領収書のようなものを渡す。
あまり必要としていないのか、苦笑いを浮かべながら受け取り大倉庫から出ていく。
「……父さん、育ててくれてありがとう」
「ばいばい、パパ!」
余りにも疑わしい嘘に気づいた二人が、アザピースと思われる男に別れの挨拶を告げると、彼は振り返らずに立ち去っていく。
だが、帰る最後の瞬間に「カークス、キュレー、大きくなったな」とつぶやいたのを、俺は見て見ぬふりをした。
俺たちの頬にこぼれる液体は、決して涙なんかではなく、次に出会ったとき攻撃を仕掛けてくるのなら、容赦はしないだろう。
それがEndだから…
……To be continued?
〔End4階層【神官執務室】〕
ここは、クエイフ達が決して立ち入ることの出来ない秘密の部屋。この塔に住む者のプライベートルームであり塔外の人間は入れないのである。
「おい、アザピース。お前良くもぬけぬけとここに来れたな?私を嵌めたよな?それともあれは幻か?」
白衣の男に憤慨しながらも紅茶を用意して自分だけの部屋に客として通している以上、あまり怒っていないことは明白だが、それを差し引いても狂科学者の表情はおかしなものだった。
クエイフ達がみたらどんな悪巧みをしているのかと邪推したくなるような笑顔で、出された紅茶と菓子を実に美味そうに飲食している。
「久しぶりに子供たちにあったんだが、立派に成長してくれていたよ。別にゾンビの眼球なんぞ、自分で死体から剥ぎ取ってもよかったし、君に頼むことだって出来た。だがあえてそれをしなかったんだ。なんせ息子と娘の晴れ舞台だぜ?野暮にも程があるじゃないか。」
「親バカの子供自慢に来たのなら帰れ。私は儀式の準備に忙しいんだ。」
と言いつつ紅茶のおかわりを淹れてやり、茶菓子の補充をする当たり、多少話を聞いてやろうと気が伺えた。
「カークスの背がかなり伸びてたよ。170近いんじゃないか?キュレーも可愛らしい女性になっていたしな。」
「え、お前2人も育ててたのか?」
彼の育てた子供がまともに育っているという時点で奇跡に近いが××××はそれを指摘しない。
出された紅茶に口を付けながら、彼らを拾った日のことを思い出す。
彼は2階層を研究室として使っているが、殆どそこで寝食をしている。それでも一応家を持っており、たまには自分の家に帰っている。
ファクアリルトを超えるような発明のアイディアを練ろうと、暇潰しに1階層を歩いていた時のことだった。
手を繋いで捨てられている2人を見つけ、キュレーの持つ魔力を利用しようと享楽混じりに彼らを保護したのだ。
カークスが自分の作った発明品に夢中になって風呂に入りたくないと騒いだこともあった。
キュレーが自分の目付きが怖いと夜通し泣き続けたこともある。
結局自分は研究に失敗し彼らを手放さざるを得なくなってしまったが、最後に呪いを掛けた。
キュレーが喜ぶからと言って兎のアップリケの付いたエプロンをしていようとも、彼はこの階層のボスである。
彼らが心を落ち着かせようとしている時にモンスターを出現させないということは容易かった。
そして、願わくば塔の外で辛い思いをしないようにと閉じ込めておいたのだ。
「はぁ、子供は親の手から離れた方がよく育つのかもな」
「それでもお前は立派な親だよ。アザピース」
結局、教祖の出す飲み物が紅茶から酒に変わった後も彼らの秘密の話は続いた。
……To be continued




