第73話 戦士の任務
それは、ガーゴイルのLv2というイレギュラーから解放され、自分の弱さを改めて実感した日の夜であった。基本的に体力や精神的な問題からだいたい9時頃にはEndから出て家で食事をとることにしている。
カークスとキュレーもまだ収入が安定していないため俺たちと暮らしている以上、予定がない限り同じ食卓であり、他愛のない雑談に花を咲かせることがほとんどだ。
「師匠、お願いがあるんですが……」
「え?」
だからこそ、こんなにも深刻な表情で頼みごとをされるとは思っていなかった。
イヴがエンテル麦を調理する傍らで、彼の妹であるキュレーがイヴに見守られながら一生懸命エンテル産キャロットの皮をむいている。
ふとレイのほうを見ていると俺が渡したゲームのモンスターレポートを読み込んでおり、その解体手順を体に染みつけさせていた。
俺とカークスはイヴに言われた食器を出し終え、どちらが風呂掃除をするかコイントスで決めようとしていて、彼が今日の風呂掃除をすることに決定し、5連勝をかみしめていたところで急に相談を持ち掛けられたのだ。
「まあ、弟子の頼みだし聞いてやるが塔以外のことはほとんど知らんぞ?」
さすがにまずいと思いこの世界の新聞や常識的な歴史は勉強してあるが、大きな事件や災害、戦争のことしか学びきれていない。あとはこの国のことと近隣国との関係概要ぐらい。
「僕たちを4階層に連れて行ってほしいんです。いちおう、3階層でも十分戦えてますから、お願いします!」
そう言ってカークスは頭を下げるが、連れていくことなら誰でも出来る。それこそ、二人でも十分だろう。あくまで戦わなければ。
「実は、僕たちに直々の依頼が来まして、塔を中心に活動しているのが僕たちだけなのでしょうがないんですが、ゾンビの眼球が欲しいと言っている方がいまして、匿名の依頼で少し怪しい部分もあるんですが、報酬が結構高くてですね。もちろん配分は師匠に任せますから手伝ってくれませんか?」
ゾンビの眼球を匿名で破格の報酬か……。
詰められる怪しさをすべて盛り付けました、というような怪しさいっぱいの依頼だが大倉庫側としても相当な金額の仲介手数料に目が眩み、危険を承知で頼み込んできているらしい。
「うーん、冒険者は解体スキルを磨くやつはいないし、事実お前も最低限しかできないのは知っている。そして、レイならゾンビの顔に傷でもついていない限り完璧に採取できるだろうな。だが、それでも眼球は難しいぞ、いくら解体していいものが取れても運搬の過程でダメになる可能性もある、大倉庫の職員だってモンスターの眼球を一切の傷をつけずに鑑定するなんて芸当できる奴がいな……。いや、一人いたな。メルクだ、あいつなら可能だ!!」
そして大倉庫の上層部からの圧力があれば塔の外での商売を嫌う彼でも、上へと引きずり出せる。
日頃からあいつにはマーキュリーを通して買いたたかれているから仕返し代わりになるだろう。
「よし、正直罠のにおいがするが明日はお前の依頼に付き合おう。」
「ほんとですか!ありがとうございます。これでキュレーに新しいドレスを買ってあげられます!」
あれ、こいつらが家から出ていかないのってこれが原因じゃね?
次の日の朝、俺たちは大倉庫に依頼を受ける旨を伝え、殆ど塔にいるメルクにアポを取るために、わざわざ早起きをして朝食をとっていた。
「昨日の夜も言った通り、カークスたちに来た依頼を手伝うため4階層でゾンビ狩りをする。狙っているアイテムは眼球だから長期戦になるだろう。レイの負担が一番大きいかもしれんが、頑張ってほしい。」
「…眼球?どうしてそんなものを欲しがってるの。」
革や爪、体液といったものなら製品生産に使うのだろうと予想できるが、眼球が必要になるような製品に心当たりはないし、魔物金属を作る気なら特性魔力の少ない眼球は必要ないだろう。
報酬の高さも彼女の不信感を高める要因となっていた。そういえば報酬の分け方だが、俺たちの取り分が三割である。
丸いパンとクリームスープという、この世界では一般的な朝食を食べ終えて、装備を整えてから大倉庫へと向かう。
カークスの担当者であるアキダリアに依頼を受けることを伝えると万歳をするほど喜びはじめ、小声で「これでおいしいお肉が食べられる!」などと言っていた。
かくいう俺たちも少し高いバイキングかレストランに行く算段を整えていたので、あまり強くは言えない。それに、大倉庫の職員にはいつも世話になっている部分がある。探索者や冒険者に対して緘口令を引いてもらっているし、それ以外にもメディアの対応やマネジメント的な部分も彼らに任せてしまっている。
…次来たときはマーキュリーに少し安く買い取られそうになっても手加減しようかな。
どんな重役からの依頼だったのか妙に差し迫った表情で激励と見送りをしてもらいながら、Endへと向かう。まるで、俺たちが塔に入るのを確認するように流れで付いてきたため、転移する瞬間を逃したまま塔まで来てしまう。
「えと、じゃあここからは転移で行くんで…」
「はい、ぜひとも頑張ってください!」
受付に立っていた男性職員に見送られながら転移を開始する。一瞬で切り替わった視界の端に見覚えのある白衣が見え、嫌な予感をたぎらせながらすでに手遅れであることを悟った。
「こ、これでいいのか…」
「ああ、十分だよ。約束通り国の外壁に待機させていた塔内生物の群れは撤退さよう。安心したまえ。」
「さてと…あのキ〇×イ(差別用語であるため伏字)女が作り出し、イカレ神官が呼び出した狂気の魔物、研究したいにはしたいが4階層にあいつがいる以上簡単に手出しは出来ないからな。まあ、たとえくたばってもあの女の死体だけ回収すればいい話さ。」
上等な白衣を身にまとった男は職員に向けていた凶器をしまうと、彼に帰るように命じる。
そう、これらすべては国家に対する脅迫を仕掛けていた、アザピースの策略であり、最悪にして最高の罠であった。
そして彼は、忘れていた最後の仕事を大倉庫に残る職員に伝えると、人ならざる超常でEndへと帰宅する。
「すまない、私だ。最後に伝え忘れていたんだが、万が一アイテムを持ち帰ってきたら、私を大倉庫まで呼び出してほしい。前金は払ってあるが手数料と報酬の支払いが済んでないからな、直接渡すことにする。では失礼するよ。ああ、それともし回収し忘れたモンスターがいたら処分するからきちんと見回りと報告を頼むよ。」
変に律儀な男であった。
〈End3階層【ネザートロワーム】〉
二人の実力と戦い方を合わせるために3階層で腕試しに来る。当然、Endの中であるため危険やリスクは伴うし、それなりに消耗戦でもある。それでもここに来たのは腕だけでなく、運も試したかったからである。
愚直に攻撃をするアントルの槍を、刀で逸らし回し蹴りを食らわせると小さな叫び声を上げた。
仲間を呼ぼうとする声に即座に反応して飛ばされたカークスの小刀が、蟻の腹を突きさし透明の液体を吹き出させる。
ナイスなタイミングで隙を作り出したのをみて、レイへと目を配ると既に糸を使って天井に張り付いていた。
生物のテストが70点台の俺には、それが蟻の血のようなものだということは知らないが真上から飛び乗る死神を見て、こいつの命の終わりを予感した。
硬い甲殻をバターのように切り裂き、さらに大量の液体が飛び出す。とめどなくあふれるそれは、知識のない俺にも大切な液体であることを察し、魔石の力が失われていくのがわかる。
ここまで華麗に決まるとなれば、相当運がいいはずだ。
「うん、俺たち前衛に不安はないが二人がどうするかだな。イヴはチートの特性上万能魔法職なのは間違いないんだが…」
「じゃあ、私はメインヒーラーとアシストをやって、イヴお姉ちゃんは攻撃特化魔法職になったら?」
たしかにバランス的には一番いいんだが、パーティプレイのセオリーがわからないので何とも言えない。
「とすると、盾職をこなせる俺はどっちを優先すればいいんだ?ヒーラーか?」
あまりMMOをやらないのでそういったところがわからない。
「……いくら師匠といえどキュレーを任せるのは、いやでもここはEndだし、でも……」
「だったらヒーラーやりたいな…」
カークスとイヴが超絶私的理由で頭を悩ませているので、レイがため息をつきながら解決策を提示する。
「……はぁ。クエイフがイヴ姉の盾で、カークス君はメインアタッカー兼ヒーラーガードマン、私が斥候。これで文句ないね!」
「俺、ソロしかやった事ないからわかんないんだけどそれでいいのか?」
このパーティには複数人で明確に役割分担をしなくてはならないような戦闘の経験のある者が居ない。Endの事ならともかく、経験のないことにとやかく言うことは出来ないためレイに小声で聞いてみる。
「…わかんないけど、クエイフなら何とかしてくれるでしょ?どうせここじゃそんなものの意味ないんだし」
確かに言われてみれば俺はジョブを変更出来るが故に、俺の役割を固定することはむしろ悪手とも言えるし、イヴは全属性の魔法が使えるので、攻撃に特化する必要は全くない。
あくまで目安程度に留めておけばいいのだろう。
オークとマルシェのペアを容易くしりぞけ、無意味に何度も上り下りしている階段を踏みしめる。
「ここが…4階層!?」
「何ここ?ハリボテみたい」
カークスは突然雰囲気が変わったことに驚き、キュレーは可愛らしく首を傾げている。
そんな彼らの元に洗礼の如く3体のゴーストが向かってくる。
「うわ、浄化しなきゃ。神を敬愛せし迷い子よ、聖なる光を持って清浄せよ。【キュアパージ】」
しかし、少女の祈りの声により白いモヤは掻き消され道すがらで消え失せてしまう。
何をしたのかと聞く前に、女神のような声に導かれるように数体のゾンビが現れ、天井から落下してきた蔦がその魔石へと潜り込む。
「カークス、右2体は近づくな。寄生されるぞ」
「レイさん、お願いしていいですか?」
「…それよりスケルトン来てる」
「おっけ、それは俺が行く」
前衛同士で誰がどの敵のターゲットを取るかを素早く話し合い、後衛の索敵報告を待つ。
どうやら、左後ろの扉からゴーストがとび出てきたようだが、キュレーが相手をするらしい。
「私はクエイフ様とレイの補助をします。キュレーちゃんはそっちが終わったらカークス君に補助魔法をかけてください」
彼女の返事は聞こえなかったが、おそらく大丈夫だろう。
プラントガールから伸ばされる茨をカークスの大剣で防ぎ、一気に詰め寄る。
壁によって阻まれても、それを伝って指へと張り付いた茨を力技で剥がし、大剣を振りかぶった。
地面をえぐるような牽制の一撃は、大理石の床を思い切り破壊して、瓦礫がゾンビたちへと飛んでいく。
それに乗じてレイは柱の陰に隠れ、その間に糸を貼り巡らせる。
彼女の肉体で作られたトラップが、ゾンビたちの足を搦めとり死神が動き出す。
だが、その殺戮を邪魔するように魔法が飛んでくる。
「衝撃吸収の盾」
ゾンビの殺戮が3体目に差し掛かかり、黒い短刀を振りかぶった瞬間、彼女の後ろから迫ってくる魔法を盾によって打ち消す。
ギリギリ間に合ったが、その魔法の正体は寄生されたプラントゴブリンであった。
杖を構えていることから元々はメイジだったのだろう。
「こんな所にゴブリンメイジがいるなんて…」
Lv2ならともかく、通常のゴブリンは単独行動をしない。
それはつまり、アイツ以外にも複数体のゴブリン系が隠れていることを意味していた。
「あんまり、良しと出来る状況じゃねぇな」
3階層では絶好調だった運も、ここに来てガタ落ちしたのか面倒な状況が続く。
連続で展開される魔法が教会の空気に当てられ煌々と光っている。
「クエイフ様、下がって!!」
カークスが大剣を盾替わりにしていたので、レイの前に立ちイヴを後ろにつけるようにして防御の姿勢を取っていると、その横を彼女がすり抜けていく。
「曲芸混じりに16時間連続で魔法を打ち続けるよりは、いくらか楽勝ですね!【同時展開対抗魔法】」
俺の盾よりも大きな魔法陣の中に大量の魔力が流され、昨日回復させたばかりの痣がもう一度浮かび上がる。
血涙を流し爪がパキリと割れながらも魔法の展開を辞めることなく、むしろ対抗を反撃にしようとさらに多くの魔法を作り出す。
「イヴ、やりすぎでしょ!まだまだ戦うんだから…」
イタズラをする妹を叱るように、レイが魔法の布を自分とレイに被せる。
ハンターの奥義とも言える【カモフラージュ】が2人を包み込み隔離された世界へと成る。
僅かに反撃が遅れた魔法が降り注ぎ、凍りついた焼け野原に眩いほどの闇が覆いかぶさり、爆発的な水流が突風を巻き起こす。
魔力が切れたのか攻撃が止み、その瞬間に2つのナイフを構えた少年は走り出す。
彼の白い刃は整列していたゴブリン達の身体中に傷をつけていった。
だが、それでも終わらないモンスターラッシュは永久に等しい時間に及ぶ。
……To be continued




