第71話 救えない英雄に
〈End 3階層【ネザートロワーム】〉
鍾乳洞の氷柱から垂れた雫が蝙蝠に変化すると同時に少女の叫び声が上がる。その悲鳴は奇跡に対する願いであり、通常では考えられない超常を呼び出す魔法の言葉だった。
死をもたらす風の刃がその羽を切り刻み獣のようなうなり声を上げさせる。イヴの元へと突進するフライバットの前に立つと、衝撃を殺す特性を持っている、スライムを材料に作られた藍色の盾が相手の黒い体をはじき返し、即座にレイの一撃が叩き込まれる。
「4階層に行く前に運が悪いな…」
「一体だけでラッキーでしたね。」
魔石に当たらないように致命傷を与えたレイが、未成熟な眼球を取り出してから魔石も回収する。
「…最近知ったんだけど、こいつ一応目を持ってたんだね。」
間違いなく31作目にして初登場のアイテムに心躍らせながら手に取ってみる。
眼球といっても完全な球形ではなく、しぼんだ風船のようだ。薄灰色の瞳は周りとの区別がつかず、後ろに伸びた視神経もあまりに細く、指でつまんだだけでバラバラと崩れていってしまう。
〔フライバットの目:未実装だったアイテム、鑑定額やレアリティについての情報なし。あまり使い道が浮かばないためレアリティは高くとも金銭価値は低いと予想されます。〕
さすがの謎の声も前例がないアイテムであるため情報があやふやだ。
ちなみに俺の直感的な予想だと33000Gぐらいすると思うのだが、謎の声は20000Gもいかないだろうと予想を立てている。
「食えるかどうかの情報も不明か……」
「…逆に食べたいの?」
思わぬところで綺麗な状態の眼球を手に入れたが、本来の目的を思い出し4階層へと足を急がせる。
階段を上り終えるとそこには処理の余裕がなかったかのようなゾンビの死体が転がっており、血の流れ方からつい最近まで戦闘をしていたことが見受けられる。
「これは、まずいな…?」
ふと前を見てみれば大量のゾンビたちが腐った目を向けており、ここにある死体たちが彼らの仲間であったことは明確である。
さらに向こうのほうで這いつくばりながら移動している少女を見て、ジワリと汗がにじむ。
「クエイフ、落ち着いて。まだ間に合う。あなたなら大丈夫。救えるから…」
意味のない責任感と恐ろしい焦燥感に苛まれ、冷静さを欠きかけたところで少女の激励の声により何とか落ち着きを取り戻す。
「ああ、大丈夫。」
戦闘の覚悟を決めるとモンクへジョブチェンジをして構えを取る。近くのスケルトンへの上段蹴りをきっかけに奴らのヘイトが俺へと集まる。
続けて顔面に裏拳をかまし怯んだところに中央の魔石をつかんで粉砕する。魔力を失い倒れこむ骸骨をよそに、後ろからのサーベルによる突きを躱して相手の首元に足を絡ませ、腹筋の力だけで上体を起こし植物群から伸びる蔦を避ける。
頭蓋骨に手をかけて首の骨をへし折り魔力を無意味に使用させ無力化すると、レイからの小言を思い出し苦笑いを浮かべた。
「この状況じゃ、魔石を壊すなってのは無茶な話だ…」
ふとレイのほうを見てみれば糸を巧みに駆使して、致命傷を与えつつも魔石に対してのダメージはほぼないに等しい。あれだけ魔力を残したまま絶命させるほどの火力を出せるのは一撃必殺が得意な彼女だからこそであるだろう。
だが、挑戦するだけやってみよう。何もやらずに無理だというなんて、この塔にふさわしくない。
〔意思を確認 【モンク→ソードマン】〕
真っ黒の刀を呼び出し思いきり振り回す。その動作に合せて刀が縮んでゆき、30㎝もないような短刀へと変化した。
「へい、スカスカ骸骨野郎。チャンバラごっこでもどうだ?」
俺の挑発に対しからからと顎の骨を鳴らすと、横薙ぎの一閃が繰り出され、黒い刀ともども押され気味になってしまう。相手が最高潮のパワーを出した瞬間に剣筋をずらしてはじき返すと、胴体ががら空きになりすかさず横からの蹴り技を放つ。当然、その攻撃はかわされるが、そのまま勢いを殺さずに回転して刀を伸ばしながら振り回す。
「チッ、さすがに避けられるか」
伸ばすタイミングが早かったのか、はたまた運が悪かったのか、あまりに単調で大振りな一撃は華麗なバックステップにより避けられてしまい、あろうことか溜め技の隙を与えてしまう。
急激に接近され後ろに下がる間もなく、連続で繰り出された攻撃を蟻影刀で弾こうと試みるがその威力ゆえに逆にカウンターを食らう。ギリギリのところで直撃を避けたためわき腹や腕など比較的ダメージの少ない部分に斬創が残る。
「あぁ、めんどうだ!魔石を壊さないようにしろって言われても、こっちはお前みたいに器用じゃないんだよ。ためらいなくぶっ潰させてもらうぜ!」
傷は浅いといっても血が流れるほどにはダメージを食らっており、先ほどから可動域を狭めてくるプラントガールに対して疎ましく思っていた頃なので、魔石に傷を付けずに相手を倒すことを諦める。
「End流二振り抜刀術【双刃】」
黒い刀がスケルトンの肋骨と魔石を両断し、白いスペア武器がいたずらを仕掛けてくる植物のツタを切り裂いた。この技の本懐は二本の刀を使っての抜刀術であり、決して一度の抜刀で二振りをするものではない。
そして、俺の攻撃は一度で終わらない。
「End流剣技【アイソンコメット】」
両者に刃を当てるとプラントガールの元へと走り出し、エメラルド色の魔石への一撃を目指す。
惑星の引力によって歪なV字型を描く彗星のように教会を走り抜け、その植物の中心へと入り込み魔石を突く。たったその一撃で小さなそれは粉のようになり、終わりを迎えてしまう。まるで、寿命を迎え燃え尽きた星のように。
「貴様は、貴様らは!この塔を3階も登りつめた愚か者共!あのお方に対する不敬の象徴!また私の邪魔をしに来たのか!」
ヒステリックに叫ぶそいつは言わずと知れた最悪の化身××××。4階層における惨劇の首謀者であり、死者の統括にして最低の教祖。
俺たちの姿が見えたのか、なぎ倒されるゾンビたちに不信感を抱いたのか、とにかくそいつは倒れている少女よりもずっと向こう側に悠然と構えていた。
「お前はまた、命を貪り尽くすのか?どうして、なんの目的があってこの塔を汚す?」
「汚しているのはお前たちだろう。死者のためだけの空間であったのに、それをお前たちが正しい命で塗りつぶした。あの御方の悲願は生涯はもちろん、死してなお潰される。あの人が世界に対して何をしたというのか?」
大袈裟に涙を流しながら俺の問いかけを無視して怒鳴り声を上げる。
こいつの崇拝する人物が誰だかは知らないがこの塔の秘密を握っていることは間違いないようで、ひょっとすればこいつ自身の復活もその女神とやらが絡んでいるのかもしれない。
「イヴ、レイ、俺がアイツの相手をする。なんとしてもここで捕えなきゃ、今後何をしでかすか分からないからな。」
はっきり言って、勝てる気がしない。
そもそも俺はこれまでの過去のゲームの知識を活かした戦い方しかできない。やっとつい最近になって本物の動き方を始めたばかりだというのに、ゲームで登場しなかった敵と戦うなんて無茶にも程がある。
2人の力を借りたいのは山々だが、そうすると周りのゾンビたちの相手をすることが出来ず、圧倒的に不利な状況が続く。××××の強さがわからない以上俺一人というのもリスクは高い。
〔だが、自分は1人ではなく、私がいることを思い出し、思考の全てを丸投げすればギリギリ戦えなくもないと思い直す。〕
そうだ。俺はEndに囚われた大バカ野郎だ、今までの俺ならワクワクしながらこいつの動きを読んで見切って必死に食らいつくはずだ。
「最初から本気で行くぜ!!End流奥義【神の目】」
相手の獲物は白杖、いわゆる魔法武器だ。
しかし、細く長く芯のしっかりしているあの杖は、イヴの持つ杖やキュレーのタクトとは違い普通の魔法に重きを置いていない。どちらかと言えば幻術や催眠、あとは専ら肉弾戦に特化している。
〔服の下からも分かる筋肉質な肉体は、数百年も前の人間とは思えず、老いているという点は見られない。さらに杖の持ち方から察するに魔法より武術を主体としているように見える。それを裏付けるように牽制として魔法を打った際に見えた掌には硬質化したタコが伺える。〕
神の目により得られる情報が多いからか、いつもより饒舌に話す謎の声を聞きつつ、放たれた火炎を避ける。
予想通り魔法は苦手なのか、こちらに向かってくるそれは荒々しく乱雑で低威力なものであった。
奴への接近を許さない植物を切り裂きながら、視界の端にいる骸骨を砕き、刀の動線上にいる死体を穿ちつつ、追いかけてくる亡霊をもう一度殺す。
「そんなに殺していいのかな?【亡霊の陵辱】」
膨れ上がった死者の怨念が道を阻むが意に介した様子もなく通り抜けていく。全身をゴーストに侵されるも精神的なダメージは全く受けていない。
「どんだけ、恨み嫉みを言われてきたと思ってんだ。今更こんなもん効くわけねぇだろ。」
無数の恐怖が襲いかかる度に、どうしようも無い絶望を味わう度に、吐き気を催す邪悪を浴びる度に、感情なんてものは風化して意味がなくなると知った。
彼が立っているEndには、たくさんの死者がいることなんてとっくの昔に知っている。
「それでも登らなきゃいけねぇんだよ!」
一気に近づき蟻影刀を振り下ろす。杖に弾かれ腹へと反撃を食らうが横薙ぎの一撃により相手をひるませる。
寸前で腕により防御され致命傷には至らず、カウンターの魔法を切り伏せて一度距離をとると、抜刀の構えに入った。
「End流抜刀術【一閃】」
神の目を閉ざすことなく、相手の動きを読んだ瞬速の一撃。
だが、それは呆気なく躱される。まるで、闘牛士がバカみたいに突進してくる牛をいなすように。
「お前、言われないか?動きが甘いって」
瞬間、俺の顔は怒りと羞恥で真っ赤に染まる。
まただ、何度も言われる。1番嫌な言葉だ。分かってるんだ。まだ遊び感覚で戦ってるんだ。この塔を舐めている。
何が神の目、本物の技術じゃない紛い物。タダの憧れで、大して意味の無い無駄な技術。小手先だけの偽物。
「でも、憧れだけでこんな酔狂するわけねぇだろ!」
刀を抜いた状態でいる俺の隣で、目の前の失態を嘲笑う教祖に対して追撃をかけるも、それらをいなされさらに侮蔑を強める。
神の目によりかかっている事で相手の攻撃も食らってはいないが、もし目が使えなくなれば、一瞬でも隙を見せれば、その白杖に捉えられ、ボコボコになるまでタコ殴りにされることだろう。
「…どうして、みんなして1人で戦おうとするの?バカじゃない?」
巧みに杖を操り魔法と打撃を組み合わせてくる教祖の後ろを死神が通る。そちらに気を取られ乱された瞬間、彼の首元には真っ黒の刃が近づいていた。
「勝手に行かないで!まぁ、こっちは任せてもらっていいけれど…」
複数体の死体の群れを一気に相手取り確実に魔石を穿つイヴは、こちらを一瞬振り向くとニコリと綺麗な笑みを浮かべる。
「クエイフ、糸に乗って。その目ならついてこれるでしょ?」
教祖を取り囲みながら、切られないようにと激しく動き回る糸だが、よく見てみればしっかりとした規則性があり、それでいてその規則を全く読ませない。
「確かに俺の動きは甘いし単調だろう。だがそれはあくまで平面の動きだ。いくら数百年生きてても空間で飛び跳ねながら攻撃されることは無かっただろ!」
2人がかりでの立体的な攻撃、本来ならば対応することさえ難しいはずなのに、俺たちの攻撃を全て躱しあまつさえ反撃の余裕を残しているが、どんどん周りのゾンビが減っていくのを見て不利だと感じたのか、突然に逃げだし始める。
「逃がすかよ!」
「アザピース、転移を使わせろ!」
彼の逃亡方法、それはあの狂科学者の転移装置であった。4階層にしかけてあったわけではなくあの杖がトリガーであり、システムとは違った無条件の転移によりどこかへ逃げられてしまう。
「またかよ、ふざけやがってッ!!」
いつの間にか死者の群れも一部を残して逃げられており、残されたのはミミズのように地を這う少女と一体のゴーストだった。
「ああ、レイヴン。愛してる」
ゴーストに手を伸ばすが、そこから通り抜けられていき精神を支配され奪われていく。
意識のないまま自分で自分の首を絞め始めるが、今から彼女を救うことは難しい。
「また……間に合わなかった。いつも救えない。どうして…足りないんだ。何が……」
「たす…け…て…」
彼女の涙ながらの最後の一言に、やるせない感情が湧き上がる。イヴの目からは雫が垂れておりレイは俯いたまま唇を噛んでいる。無意味に手を伸ばすが、その手は何も…誰も掴むことは出来ない。
「…クエイフ、大丈夫?」
「何が…?」
「いや、また……」
彼女の言いたいことは察している。
その赤い髪に手をかけて優しく撫でると、小さな独白を漏らす。
「一日にどのくらいがここで死ぬと思う?」
俺の突然の質問に彼女たちは首を傾げて分からないと答えた。
「だいたい2人から3人だ。そしてこのデータはここ半年のものだ。では、半年前は?」
「……1人ぐらい?」
「0だ。年に数人死ぬ程度だった。俺達が1階層を攻略する前はな。」
俺達が、俺が希望を見せてしまったから、絶望を器用に覆い隠してしまったから、この塔での死人は増え続ける。
「俺は英雄なんて謳われてるが、人殺しと、何が違うんだ?……もう、分かんねぇよ。」
見覚えのある男物の装備品を握りながら、使おうとした痕跡のある魔法瓶を見据えながら、止まらない涙を彼女たちに見せたくなくて、その場に座り込んでは弱音と嗚咽を漏らす。
本当にこの塔は最低だ。
誰よりも人を殺している。魔女よりも殺人鬼よりも教祖よりも科学者よりも。
そして、一番タチの悪い人殺しは、紛れもない俺達自身だ。
瓶に映る俺の顔は真っ黒で見えなかった……
……To be continued




