第70話 嗤う狂信
その神官は何か儀式を執り行うつもりだったのか、クエイフ達と遭遇した時のズケットではなく金色の司教冠を着用しており、手に持っているのも白い表紙の教典だった。
「もうすぐ、女神の復活が訪れる。そうなればこの塔はさらに強力なものになり、モンスターがあふれかえるだろう。そして、正しい命は排除され終焉がもたらされる。」
白い本を開き、聖書の一説を読むように大声をあげる。天に向かって放たれたその咆哮は、レイヴンたちを怯えさせた上に、周りの死者が沸き上がり始めた。
「あの時は、復活のための準備があり用意ができなかったが、今度は確実に終わらせてやろう」
そう呟くと、神官は後ろに控えていたモンスターから杖を受け取ると、彼らに向けて詠唱を開始する。
「カール、イレギュラーだ!」
すぐさま転移を試みるが、当然逃がしてはくれない。横からのスケルトンの攻撃を剣で受け止めると、転移が封じられてしまう。
「お前たちは死者を殺した。いままで生き物を殺し続けた死者を殺すということは、殺したもの殺されたもの、それらすべての怨念を受け入れるということだ。さて、どこまで耐えられる?」
むせかえるような死のにおい。生きていることが悪であると錯覚するような気味の悪い環境のなか、彼らは懸命に抵抗を開始した。スケルトンの不自然に浮き上がる魔石に剣を突き立て、ゾンビの口内に爆弾を詰め込む。這い寄ってくる植物を踏みつけては魔石に向かって直進する。
「【亡霊の陵辱】」
そいつの声に合せるように、恨みのこもった死者の魂が暴れまわり二人のもとに向かっていく。レイヴンが寸前でよけるがボーラを構えて神官に背を向けていた少女は、その感情の塊に気づかない。
「カール!!!」
「あ"あ"…………」
常人なら吐き出してしまうような恨み、どうしよもない世界への怒り、ありとあらゆるものに対する倦怠感、今まで殺された生物からの妬み、何もかもに向けた敵愾心、自分の感情が塗りつぶされ、人に奪われ幽霊に侵される。
彼女の意識は喪失し死者の魂が残りカスを奪い取る。周りの死体が自分を貪るのも構わずにレイヴンがカールへと駆け寄るも、完全に気を失っている彼女はなんのアクションもとらない。
次にカールが目を覚ますと、病院のベットにいた。
自分の体から伸びる細い何かは、彼女に栄養を与え排泄物を取り除いているのだとわかる。
「ここは……」
ビリビリと痛む頭を抑えながら必死に声を絞り出すと、椅子に座りながら自分の腕を枕にして、ベットに寄りかかりながら寝ている彼が目を覚ます。しかし、枕にしていた腕は片腕のみであり、本来あったであろう左腕は二の腕が半分残っているばかりで、そこから先がなかった。
「良かった…目が覚めたんだね!」
「レイヴン、腕…」
彼女が起きたと聞いた医師が診察を始める。
カールに付けられていた管のほとんどを外され、脈拍や手足の動きを確認されると特に大きな問題はなかったようで、念の為の精神チェックを通り、明後日には退院が決まった。
その2日間であの後の状況をレイヴンから聞くことになった。
おおまかにいえば、左腕はゾンビたちに食いちぎられたらしく、その間に意識のない彼女を背負って逃げた。神官は追いかけてくるかと思ったが、自分達を殺すことより儀式を進めることを優先したようだ。
「てことは、レイヴンはもうEndには登れない?」
「そうなるね。でもそれより君が無事でいてくれる方が大切だよ」
「レイヴン……。ねえ、私たち結婚しましょう?その身体じゃ不自由なこともあるだろうし、私がレイヴンの代わりに塔に登るわ」
危険であることはわかっている。だが、それでも彼の代わりに塔を攻略しないと、罪悪感で押しつぶされてしまいそうだった。
「本当かいカール!ありがとう。でもくれぐれも無理はしないでくれ。それだけは約束してくれ」
そして、退院後すぐに彼女は塔へと登った。そして、無事に帰り、一人暮らしだったレイヴンの家に暮らすことになった。
「ただいま、レイヴン。お腹すいたでしょ、ご飯今作るから待ってて」
「おかえり。僕も手伝うよ」
だが、その幸せな生活は翌日に破綻してしまう。
「ただいまレイヴン。」
「おかえり、今日はどうだった?」
「え?普通に2階層で戦って来ただけだけど…?」
昨日と同じように、病み上がりの体調を整え、1人で戦うことに慣れるためにと、2階層でゴブリン達と戦ってきたことを伝えると、レイヴンの目が狂気に染まる。
「オイオイオイオイ、昨日といい今日といいどうして2階層に留まってるんだ!?早く4階層に行ってくれよ!そうじゃないと他の誰かに攻略されちゃうだろ?僕の分も頑張ってくれよ!」
「あ、ご、ごめんなさい。来週には4階層でも戦えるぐらいにはするから。もう少し待ってて…」
「はぁ?ふざけんなよ。明日だ。明日には4階層に行け。それと、早くメシ作れ。」
何かに取り憑かれているかのように横柄な態度をとる彼に対し、左腕という大きな代償を背負わせた彼女は、言葉を返すことが出来ない。
「今日は4階層行ったんだろうなー!」
「え、ええ、ちゃんと戦ってきたわよ」
嘘である。トラッパーの彼女1人で4階層に行けるわけもないので彼に対しほんの些細な嘘をついていた。
「……ふーん、ドロップアイテム見せて。魔石あるだろ?見せろ。他に何がドロップした?」
「ゴブリンの爪が4本とゾンビの目。魔石は砕いちゃって無いわ。他のものも大倉庫に売ってきたわ。」
これも嘘だ。ゴブリンの魔石と爪が4本、彼女の隠しポケットに入ったままだった。
「あっそ、メシ」
幸いにもあまり深追いをせずに彼はカールに背を向ける。と思われたが、
「いやいやいやいやいやいやいやいや、カール。君のバトルナイフでしかも女の細腕でゾンビの魔石を砕けるか?難しくないか?ええ?」
「ち、ちがうわ。魔石を砕いたのはナイフではなくトラップよ。」
何度も彼に嘘をつくことの罪悪感と、彼女に向けられる目が狂気のそれであったことが、さらに首を絞めていき狂気の渦に巻き込まれていく。
そして、ついに運命の日が訪れた。
「た、ただいま……」
体中を痣と噛み傷まみれさせながら、少女が帰ってくる。服はボロボロになりほとんど中身のなくなったバックが戦闘の悲惨さを物語っていた。
「カ、カール…その傷は?」
「ご、ごめんなさい。ちょっとドジ踏んじゃった。」
端的に言えば一人で4階層に挑み、モンスターパーティーとまではいかなくとも数体のゾンビやプラントガールに遭遇し、命からがら逃げてきたのであった。
レイヴンは自分の服に血が付くのも構わずに、彼女を強く抱きしめる。
「君が無事なら、それでいいんだよ…。カール君に置いていかれたら僕は…」
ただ婚姻届けを出して同じ家に住んでいるだけである二人は、恋人や夫婦らしいことは何一つしていない。彼女が甘えた声を出してもレイヴンは表情一つ変えなかった。だが今の彼は自分のことで動揺してくれている。自分が死ぬかもしれないということに恐怖を感じている。ある種、狂気と愛情が混ざった何かが向けられ少女は薄気味の悪い笑顔を浮かべる。
「ところで、嘘ついてたんだね?」
だが、レイヴンの一言によりその笑顔が凍り付き、剥がれ落ちる。
「え…?」
「昨日、大倉庫にはゾンビの目の納品はされていないらしいけど、これって何かの間違い?」
「えっと、違うアイテムだったかな…?ゾンビの……
「昨日は、4階層のアイテムすら納品されてないよ」
もう言い逃れはできそうにない。確実に終わりだ。彼女の頭の中で警報が鳴り響くが、茫然としたまま体が動かない。
「どうして?早く4階層を攻略しなきゃいけないのに、こんなくだらない嘘で足踏みをしなきゃならないんだ?ふざけんな!お前のせいで僕は腕を失ったんだ!お前がいなければ!」
気が付いた時には彼女はレイヴンの首を絞めていた。
「おかしくない?レイヴンはこんなこと言わない。あなた偽物でしょ?レイヴンはどこ?本物のレイヴンはどこ?ねえ、あなたは誰なの?」
狂ったように泣き叫びながら首を絞める力を強めていく。
レイヴンの顔が青白く染まっていき、意識がどこかへ行くのが手に伝わる。女の細腕といっても片腕のない彼に負けるほどではなく、先のない二の腕か抵抗しているつもりなのかじたばたと動き回る。
二人は怒鳴り声と叫び声を上げながら絞めている側も絞められている側も意識を失い狂気とまどろみの中に沈んでいく。
次に彼女が目を覚ますと、座り込む自分の前にレイヴンが背を向けて立っていた。自分の目からこぼれた涙と、辺りに散らばる真っ白の魔石からゴースト通り抜けられたことを思い出す。
そして、大量に積み上げられた死体は自分が気を失っている間、彼が戦い続け彼女を守っていたことを意味していた。
「レイヴン…。ごめんなさい!今…」
戦おうと立ち上がるも体が動かない。体が動くことを拒否していた。それほどまでにゴーストの精神攻撃は多いのである。純粋な痛みより、痛烈な感情のほうがこの場において有効だったのだ。
そしてついに、死の教祖の凶刃にして狂刃が彼を穿つ。
スケルトンの魔石を突くためにと踏み出したその一歩が、偶然にもプラントガールの一端を踏みつけてしまい、足にもたれかかりバランスを崩してしまう。そこにすかさず、白杖を構えた神官がレイヴンの喉を突く。あまりに些細な一撃。だが、肉体的ダメージの蓄積や起き上がらないカール、終わらない戦闘、神官の薄気味悪い笑みによる精神的な蓄積が、どうしよもない隙を作り出してしまう。
もちろんその隙は逃されない。立て続けに顔面への横殴りを食らい鳩尾に向けて白杖が振りかぶられる。周りのゾンビも決定的な一打を機に神官の手助けをするように攻撃を強めていく。
くの字に折れ曲がった体に鞭を打つように蔦が放たれ足元をゾンビが食らいつき脳天をスケルトンが切り裂く、着実に死に向かっていく彼を仲間だと思っているのか複数隊のゴーストが心臓を通り抜けていき精神をむしばむ。それでも神官の杖はとどまることを知らずに彼の体を打ち砕く。
とっくの昔に死んでいる。オーバーキルにもほどがある。だが、死者は、神官はそれでも彼の命を冒涜する。まるで世界にそうされてきたかのように恨みと殺意を籠めて彼を壊す。
少女の叫び声も聞こえない。全身から血を流し体力も精神力も奈落に向かっているにもかかわらず、唯一残っていた体もゾンビが三割は食っていた。彼女の悪夢のように腕を失っていたが、あるゾンビの一匹がカールに近づくと、そいつを切り伏せた。
彼の口は動かないが、もし動いたのであれば「カールに触れるな!」とでも言いたげなその顔は、にわかに死人の表情とは思えなかった。
だが、それを許さないからこそ命の冒涜者。わずかに残った彼の体を粉々になるまで杖で砕き、彼の存在していた命の証をぐちゃぐちゃに踏みつける。
そして新たなゴーストが生まれる。
「ああ、レイヴンあなたなのね?愛してる…」
余りにできすぎたタイミングで出現する亡霊に対して、淡く甘い幻想を抱いている彼女に数十体以上のゴーストが心臓を通る。その瞬間に彼女の意識のほとんどが失われ、耐えきれないほどの精神的な苦痛が彼女を襲う。
竦んで動かない足を引きずりながら少しでも彼のもとへと近づいていくと、本当に彼かどうかもわからない白い靄に対して伸ばした腕はプラントガールにつかまれ小枝のようにへし折られる。背中にスケルトンのサーベルが突き立てられ、足のつま先はゾンビに食われている。あれほどまでに愛おしく思った彼のようにグロテスクな体で殺されるのも構わずにゴーストのもとへと向かう。
そんなくだらない愛情劇に興が覚めたのか神官は残りの死者に後始末を任せるとどこかへ立ち去っていく。その後ろ姿に塔の英雄が向かっているとも知らずに……
……To be continued




