第69話 狂気と正気の死生学
〈End2階層【生物調査室】〉
整理整頓の行き届いた明るい部屋に、青い培養液で満たされたタンクの前に狂科学者が立っていた。
彼が使うのは電気によって動く機械ではなく、魔力を流すことで変化を起こす、どちらかといえば魔術に近い装置である。
魔力の流し方と、その量や変換の質などを調整することにより動くタンクは、彼の流す魔力に呼応してコポコポと大きな泡が発生しタンク内の生物が苦しそうにもがき始める。
黒い翼、青灰色の体、ギョロギョロと辺りを見渡す目、鳥のように尖ったくちばしを持つ、その生き物の名はガーゴイル。ゲームでは主に4階層以降から登場する低級悪魔であり、1度魔王によって生み出されては2階層にてクエイフ達との交戦経験があるモンスターだ。
そして、今度の登場ではさらに進化することとなる。
そう、Lv2だ。
この強化技術は本来アザピースの独壇場であり、彼の専攻分野は生物学であった。
人類に仇なすモンスターの強化など、なんの目的があるのかは不明だが、とにかくLv2を生み出すことが出来るのは、彼と彼の秘密の研究室に侵入し、彼の技術を盗んでいった魔王のみである。
「むぅ、スライムとは種族が違うからな…。変化種とは完全に別のプロセスが必要か…?」
スライムは変化種で体の作りが単調であり、魔王が作ったゴブリンは亜人種ということで、人間のレベルアップに似た部分があるため、技術を盗んだだけの魔王でも作り出せた。(もちろん、魔王としての力も使っているが)
しかし、混合種であるガーゴイルはスライムのように簡単にはいかないようで、強化されていないガーゴイルを解体しては、その体のつくりを熱心に調べていた。
「ああ、見れば見るほど憎たらしい。これほどまでの生き物を作り出すこの塔は一体何だというのだろうか…。どれもこれもが生き物の形こそしているが、そこに意味は存在していない。なぜこんなものを生み出せる?あのイカレ女が命への冒涜を犯したというのなら、あいつはそれ以外のすべてを侮辱している。そのくせ、その存在を完全にかき消している。まったくもって不愉快だ。」
悪魔の翼を綺麗にはがし、牙や爪を一つ一つ取り除く、魔法を詠唱するための発声器官を切り取り、眼球を抉ってはホルマリン溶液に漬けておくと、皮膚を溶解液でやわらかくして剥いてから、筋肉と骨を分離させる。最後に至高の宝石を扱うような手つきと、数百年前からの仇敵に向けるような表情で、相反しながらも魔石を砕かぬように取り除く。
「スライムよりも大きなもの、内包する魔力は闇か…。腕の筋肉は頻繁に使用されている跡があるが、足の筋肉は全く使われていないな。はぁ、思いついたぞ。こいつの強化方法が。忌々しくもファクアリルトの後ろをついて回るようだがな」
「だが、それもアヴホースが完成するまでの話だ」
彼は、そう続けるとすぐに自分の研究室にこもっていく。果たして完成品はどういうものなのか。
それを語るのは、また別な日の話になるだろう……。
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遡ること三か月前、新聞には大きな文字で『クエイフ一行 二階層攻略!!』と書かれている。記事の内容は昨日の16時頃にクエイフ、イヴ、レイ、カークス、キュレーの五人が二階層のボス、アザピースを倒し二階層は完全攻略したと発表したとのことだった。
人類の希望と銘打ったその新聞はある青年が目を輝かせながら読んでいた。
青年の名はレイヴン・シード、クエイフが一階層突破したことを機に探索者になった新人だ。もちろん、彼以外にもEnd一階層が人類未到達区域から解除された事をきっかけに探索者になったものはたくさんいる。
「カール、見てくれよ。クエイフさん達が二階層突破だって!さすがだなぁ…」
新聞を片手に幼馴染の少女カール・エディットに声をかける。
「へぇ~、あの人たち二階層も攻略しちゃったの?これじゃ、一階層でもろくに戦えない私たちがクエイフさん達のパーティに入る前に完全攻略しちゃうんじゃない?」
「そんなことないさ、もっと強くなってあの人たちと一緒に塔の謎を解き明かすんだ!!」
少女の軽口に対しレイヴンが怒ったような声を上げると、カールはおざなりに謝りながら腰の短剣を撫でた。先月の自分の誕生日に、このナイフを持った青年が一緒に塔に登ろうと誘ってきたのだ。プレゼントとしては最悪だが、五歳のころに彼がくれたダンゴムシよりはマシだったし、なにより二人でお揃いということも彼女をその気にさせた。
一か月遅れで塔に登った彼女を支えるように戦う彼は、きっと別なパーティにいれば二階層まで行けるほどの実力はあった。だが、彼はあえてそれを望んではいない。そのことに対する罪悪感が少女の恐怖を塗りつぶし、強くなろうとする要因であった。
そして時は戻り、クエイフが三階層を突破して数週間が経った頃、彼らもまた本日より四階層に足を踏み入れることになる。クエイフ達がイレギュラーにあったことを除いても、彼らの成長速度は十分に早いと言えるし、それだけ運に恵まれていた。
「聞いてくれカール!さっきヘーパイストス武具店でクエイフさんに会っちゃった!!!サインももらったよ!やっぱりあの人クラスになるとオーダーメイドなのかな?お店で見たことない黒い刀を腰に下げてたよ!それにね、今日から四階層に行くって言ったら、魔法瓶もらっちゃったよ!これは絶対使えないな―。俺たちの家宝にしようよ」
「俺たちって……フフフ。うん」
ある種のプロポーズのような誘いに顔をほころばせながら、少女がうなずくが、レイヴンは気づいていないようで、クエイフからもらったものを恍惚の表情で眺めている。
ちなみに、渡されたものについてだが、バランスタイプのソードマンであるレイヴンと、斥候を兼ねるトラッパーのカール達は回復力が足りない。基本的にはポーションや回復魔法の込められている瓶を使っているが、その分金はかかる。彼の話を聞いたクエイフは、断片的な情報(青年が鎧を購入しようとしていたこと、相方にナイフをプレゼントしたという話)から魔法職が欠けていると判断し、最重要魔法であるフル・ヒールの込められた瓶を餞別代りに渡していた。
「よし、準備もできたし行こうか。」
ジーニアス商会と書かれたバッグを背負い、彼らは地獄へと挑戦する。
〈End三階層【ネザートロワーム】〉
すでに誰もいなくなったボス部屋に二人が訪れる。つい先ほどまで、Lv2のスライムやオークと戦っていたため、レイヴンの持つ剣は血にまみれていた。黒くなりつつあるそれを丁寧に拭き取りながらカールにトラップの確認をする。
「ゴーストは強い怨念が実体化した変化種のモンスターで、恨みとかの強い感情のおかげで見えてはいるけど、実体そのものはないから攻撃はあてられない。向こうも直接触ってはこないけど、近づかれたりたりすり抜けられたりすると、悪寒、痙攣、精神異常、飢餓感、失神、それ以外にもいろんなデバフをしてくるらしい。ところで、聖水は高くて買えないから、液体銀の入った瓶のトラップもってるよね?」
レイヴンがこの階層に出てくるモンスターの解説をし始めると、彼女は何度も聞いて聞き飽きた言わんばかりの顔をする。これらの情報はクエイフが確定していて公開可能だと判断したものを発表しているのだ。もちろん大半の情報が過去の作品からきているのだが、31作目ということで今までとは違う部分や、いくつかのイレギュラーのいくつかは人命優先のため器用にごまかしている。テンキクズシの存在然り、自分たちの目で確かめていない階層についてもだ。
「銀で作られた武器なら怨念を弱められるんでしょ?あとは今日は持ってきてない聖水ね。大丈夫暗記してあるから」
だが、クエイフ達の情報をまとめたハンドブック(国営の出版社から国の金で出している本)によると、聖水は高いうえに戦うための物ではないのでお勧めできないと書かれているので、持ってきていない。
「クエイフさん曰く、1%以上銀を含んでいる武器は有効で、それ以下は威力が下がる、防具は銀を含んだ物を着けていてもほぼ効果がないので、どの宗派のものでもいいから、神聖な道具を持ち歩けって書いてある。四階層で一番危ないのはゴーストらしいから。」
通常のデバフと違い、強い感情による精神汚染型のデバフは携帯できるアイテムでは治せない。こればかりは本職の祈りしか回復できないのだ。
そして、ジーニアス商会の発明品『魔電力ランプ』を消して四階層へと登っていく。
ここで、二人の四階層での初戦闘を描く前に、すこし語り部を変えることにする。
説明しよう!魔電力ランプとはジースさんが作った携帯電灯であり、腕や頭、体のさまざまな場所に取り付けることのできる優れもので、別売りの『電池』および、魔石によって動かせるぞ。
先ほど解説を入れ忘れたが、彼らの持っているバッグは多少制限は多いが魔法によって縮小化して持ち運びやすいようにできる特殊なバッグだ。もちろん、繊維も丈夫なので多少乱雑に扱ってももんだいないぞ。
では、本題のほうにお返しさせていただきます。
〈End四階層【死教会】〉
本当にゴーストが出るのか疑わしくなるほど聖域的な空間の中、霊安室から飛び出してきたようなゾンビたちが二人を襲う。しかし、彼らにとってそいつらは比較的与しやすい相手であった。
その単調な動きを予測すればトラップにかけることは容易であるし、体力が多いことも剣術の練習と思えば利点である。はっきり言えばゾンビに対してはクエイフ達よりも強いだろう。
カールは腰のポーチからロープと鉄球を取り出し、突起した輪の部分に結び付けるとボーラを作り出す。指先で弄びながら機をうかがうとゾンビが一歩足を踏み出した瞬間にそれを投げた。
回転しながら近づいていくそれは、ゾンビの右足に絡みつき鉄球が地面に触れる。その瞬間球体が釘のように変形して地面に突き刺さった。
バランスを崩して倒れこむが、頭が地面につく頃には首がレイヴンによって両断されており、回復を試みようとするも、急速に魔力が抜け落ちていくだけであった。
もちろん、この塔がたかが一体のゾンビで許してくれるはずもなく戦闘は続けられる。
「レイヴン左!」
「わかってる。【スラッシュ】」
二体目の存在に気づいてはいたものの、一体の敵に集中しすぎたために接近を許してしまう。その腐りかけの死体に一瞬動揺するが、そこでやすやす攻撃を受けるようであれば、ここには相応しくない。
即座に体を旋回させ、無造作に剣をふるう。小さなころからかっこいいヒーローにあこがれ、ジョブに就いてからずっと剣術を磨き続けてきた。
「一度当てた刃は決して逸らさない!!」
実家が酪農家であったために生き物の斬り方は心得ているので、乳牛として使えなくなった牛を殺処分するときに父から教えられたことを思い出しながら、相手を苦しませないように躊躇いもなく剣を振りぬく。
運悪く、その雑な攻撃は魔石より大きく下を通り半ばで止まってしまう。だが、風を切る音と共に少女の構えたクロスボウから、普通の狩りなどで使われる物よりも鋭く尖った特殊な矢が放たれ、ゾンビの眉間に深々と刺さる。
ゾンビにとって脳というのは単なる飾りだ。記憶も思考も必要としない死体たちは、神官の赴くままに女神が願うままに、命を嘲笑し侮辱し冒涜し奪い去らうためだけに動いている。
そのために必要なのは、魔石の魔石と獣のような感覚のみである。ならば、そこに意味はない。
頭に刺さった矢に対して臆することなく突進してくるが、記憶を持たないことが仇となり胸中央の魔石めがけて今までの物よりも二回りほど小さな半剣が突き立てられる。
体内の魔石を砕かれ、奈落の理を無視し続けられなくなった体は、急速に瓦解していき元の空っぽの死体の戻る。二カ所に刺さった剣を抜き取りながら血を拭う。魔力を通すために利用されていた液体は、まだ死に切れていない魔力が薄く光り続けてはいるがゆえに薄く不気味さを残している。
先ほどまでの緊迫感とは変わり突然拍手が鳴り響く。
「いやはや、命を侮辱し続けた女神様が侮辱を受ける日が来るとは、夢にも思わなかったよ…。で、そいつらを殺して満足できそうかい、攻略者?」
そいつは、本来会えるはずもない者。世界最悪にして最恐の殺人鬼に次ぐ大罪人。
このEndの存在する世界では、いくつかの禁忌が存在する。最初にして原始にして開始の正体不明の魔女マレフィ、全世界の犯罪を網羅し今までの世界の生命の約35%を殺した殺人鬼シキルリル、命を冒涜し続けた女を振興する最悪の宗教団体及びその教祖××××。
「そんな、ばかな……」
「何百年も昔のことのはずじゃ……」
腕に漬けられたブレスレットを揺らしながら、未だに拍手を続けるその男こそが世界最悪の教祖、背信と狂信を掲げるそのスタンスこそが世界最悪の宗教。
「どうした幽霊にでもであったか?祓ってやろうか?お前たちをな……」
後ろに控えるおびただしいほどの死体は、奈落から逃げ出した全てであり、何としてでもこの階層より上へと行かせないという意思であった。
……To be continued




