第68話 アナザースレイヴダイアリー
65話からのクエイフ視点です。
俺はリビングのソファに座りながら、時計の針が11時を過ぎるのを見ていた。
「遅いな…」
イヴとレイがどうしても食べたいものがあるとかで、近くの店まで行くと言ったのが9時頃、それから二時間も帰ってこないのはどう考えてもおかしい。
第一、俺もついていこうかと聞いたら、「クエイフ先にお風呂入ってきなよ。その間にクエイフの分も買ってくるから」と、レイに突っぱねられてしまったのもおかしい。普段なら外も暗いためついて行くのだが、頑としてついてきて欲しくないようであった。
ガチャリと扉のあく音がして玄関に向かうと、そこには仲良さそうに手をつないでいるカークスとキュレーがいた。明後日までに納品しなくてはならない塔内のアイテム納品依頼があったとかで、今日も夜遅くまで塔の中にいたらしい。
「ただいま帰りました。」
「おお、おかえり。イヴとレイ見なかったか?」
「あ、2人なら塔の中にいると思うよ!さっき帰る時見たもん。」
「え、すれ違ったかな?どこで?」
キュレーの話によると、2人は黒いフードをかぶりながら顔を隠すように塔の中へと入っていったらしい。
カークスとキュレーが、デートに行くために転移を使わずに塔から出ていく際にすれ違ったんだとか。
おそらく彼女達が転移を使わなかったのは俺にバレないようにだろう。
だが何故塔の中に?こんな夜遅くに?何のために?アイテムもないのに?俺に嘘をついた意味は?
様々な疑問を浮かべながら結局答えは見つからない。塔のことであれば一瞬で考え付くのに、乙女心は全く分からなかった。
俺の中の塔のことしか考えない独善的な自分が囁く。
「勝手な行動をする奴らなんて放っておけ、あいつらがいなくても塔には登れるだろ。そうでなくとも代わりはいくらでもいるんだ。こんな危険な夜遅く眠い状況で登れる場所か?二時間も帰ってこないのはすでに死んだに決まっている。やめたほうがいい」
「師匠、変なこと考えてないですよね。」
カークスの一声にハッとする。
当たり前だ。俺はこのゲームをあの二人と一緒にクリアするんだ。見殺しになんかするものか。それにまだ言ってないことがたくさんあるんだ。伝えていない想いが…。
「カークス、少し出かけてくる。戸締り頼んだぞ。飯は冷蔵庫、風呂入ってていいぞ。必ず、三人で帰ってくるから。」
俺は彼の返事を聞く前に装備を整え、転移を開始する。
「師匠、これ持って行ってください。アイツの研究所から盗りました。」
そう言ってカークスから銀色のカギが投げつけられる。それをつかもうと手を伸ばすが、運悪く取り落としてしまった。塔の玄関口に視界が切り替わった瞬間に足元に目を向けると、幸いにも靴から滑り落ちた銀色のカギが土の上で光っていた。
「ぎりぎり、触ってたのかな?運がいいねぇ」
しかしすぐにのんびりしている暇はないと気づき、塔の中に入る。
さすがに一階層のモンスター相手に苦戦することはなく、彼女たちの名前を呼び掛けながらスライムの魔石にひびを入れる。ゴブリンの頭蓋を粉砕して、辺りに耳を澄ませる。
一応、【神の耳】という聴覚拡張技術があるが、俺はそれまでは身に付けることができなかった。
だが、通常の聴覚でもそのかすかな戦闘音を聞き逃すことはなかった。どうやら上でゴブリンの警笛が鳴らされたようで、辺りのゴブリンたちも興奮して襲い掛かる。
「クソッ、邪魔だよ!!」
黒い刀を振り上げながら小鬼獣の小部屋を通っていき、階段を走り抜ける。すでに戦闘音は止まっており、後ろのゴブリンたちもだいぶおとなしくなっていた。
久々の二階層は、あまり来ていなかった為か所々に変化が訪れており、いくつかの研究資料を踏みつけた足跡があることから、ここ数時間で人の出入りがあったことに気がつく。
「この靴跡は、キュレーの靴だな。こっちの紙は破けていてわかりにくいが、カークスが思い切り走ったような靴跡だ。生臭い血の匂い…。ゴブリンと戦ったのか?」
どうやら2人は2階層のドロップアイテムを目当てにしていたようで、1階層には残っていなかった戦闘の痕跡があちこちに残されている。
さらに少し先に進むと、カークスたちの靴跡がなくなり、荒れた書類も少なくなる。
「……おかしいな。何か隠してるのか?」
その書類達はまるで歪なタイルを誤魔化すように捨てられており、偶然ちらばったというよりきちんと計算して置かれたような、不自然なほど自然な捨てられ方をしていた。
そして、何も書かれていないただの白紙を見て、今まで持ち続けていた疑念とひとつの仮説は確信に変わる。
「アザピースの復活、或いは同等の科学者がこの階層にいる。微かに金属の匂い…。誤魔化すように紙を泥につけて散らしているが、リノリウムの匂いまでしないのは異常だ。」
どう作られているのか真上から見下ろすと正方形のリノリウムの床が規則正しく並べられているが、それはあくまで上から見た時のみだ。
地面に顔をつけてみてみれば、それらはマス目状にすらなっていない。金属の匂いもさすがに誤魔化しきれなくなっているようだった。
さらに奥へと歩いていき、とうとう『狂科学者の研究室』に到達する。そこにソイツが立っていた。
真新しくなった白衣は、まだ着て日が浅いようで目立ったシワなどはなく、フレームのない透き通るような白色のメガネがキラキラと光っており、決してペットから姿を現さなかった彼の身長は、俺の想像よりも5cmは高く、黒いズボンが足の長さを引き立てていた。
その白髪と、長袖の白衣からちらりと覗く手の甲に皺が出来ていることから、それなりに老いた体であることが推測できるが、髪を染めていればきっと後ろ姿だけでは判断できなかったほどにきっちりとした立ち姿であった。
「どうして、お前がここにいる!アザピース!!」
「はぁ、あの女を追いかけなくてはならないのに、またゴミクズが湧いて出たか!」
首を断たれたはずの男、アザピースがそこに立っていた。
どうして死者が?あの神官の仕業か?
そういった疑問よりも先に、もう一度殺さなくてはならないという激情に駆られる。
「チッ!あの小娘達よりは戦えるようだが……。まだまだぬるいぞ若造!」
眉間を狙った突き技を、人差し指と中指で止められる。が、その枯れ木のような指はプルプルと震えており、あと少し力を込めれば貫けそうだ。
「何故ここにいる。イヴとレイはどうした!答えろ!」
「イヴは私の実験体なんだよ、いつ返してもらうかなんて私の自由だろう?」
「ふざけんな。イヴはイヴだけの物だろ!お前に弄ばれてたまるかよ!」
1度引いて刀の長さを変えながら、複数の角度からの連撃を繰り出す。器用に避けられ逸らされ受け止められたが、体に小さな傷をつけた。
「そういえば、あのモルモット共の名前は聞いたが、貴様の名前は聞いていないな!なんと言うのだ?」
売り下ろす刀を軽々と避けながら、俺に向けて話しかける。こちらに投げられた火炎魔法の瓶を空中で斬りつけ、小さな爆発を起こす。
「……クエイフだ。」
別段答える必要は無いが、あの二人の居場所を吐かせるためにも逃げられるわけにはいかない。少しでも会話をすることで気を逸らして隙を狙うという作戦だ。
「ふぅむ。家名はないのか?」
「ルートゥだ。クエイフ·ルートゥ。」
家名について考えたことは無かったが、アザピースに聞かれて頭の中にこのフルネームが浮かんだ。
きっと創造神から貰ったものなのだろうと勝手に解釈しそのまま使わせてもらう。
「ほぅ、クエイフ·ルートゥか……。これは因果と言えるのかな。それともアイツの意思なのか。
あの二人なら4階層にいる。追いかけるなら行くといい。信じるかどうかは別だがね。」
「は?どういう事だ…?」
突然、俺の振るった刀を掴み取ると、黒い刀身に血が滴るのも気にせずに大声で笑い出す。
「クエイフ·ルートゥ!今しばらくイヴはお前に預けておいてやろう。必ず取り返し『アヴ·ホース』を完成させる。この塔をぶっ潰すためにな。クハハハハッ!」
そう言って俺の刀を無造作に放り投げ、地面の亀裂に吸い込まれていき、どこかへ消える。
俺が不審がった歪なタイルは、ある種のワープ装置だったらしくおそらく隠し部屋にでも転移したのだろう。
アイツの言葉を信用する訳では無いが、それ以外の情報がないこの状況であれば4階層を目標とした方が現実的だろう。だが、彼女たちのことだ3階層へ向けて移動している可能性も考えると、1階層ずつ探しに行くべきだろう。
「転移が使えない…。原因は分からんがアザピース絡みというのは推測できる。例えばビット、あいつらに追いかけられている可能性もある。」
純粋に4階層のモンスターという説も捨てきれないが、あの二人だけでも全く勝てないという訳でもない。
とにかく、2人がまだ生きているということは確実だ。
〔転移出来ません…〕
もう一度転移を試みるも、謎の声のアナウンスにより阻まれる。原因までは教えてくれないのは、俺自身がなんの予測も立てていないからだろう。
そして、その薄暗い洞窟に登ると、戦闘の痕跡を探す。
自分が戦ってイヴとレイの手掛かりをかき消してしまうのは本末転倒である為、モンスターに隠れ戦闘をなるべく避ける。
「痕跡なし。笛が鳴らされたのは2階層で間違いない。さすがに3階層で鳴らされた警笛が1階層まで届くとも思えないしな。」
だが、手掛かり探しを半分終えたあたりで気が付いたのだが、あまりに痕跡がなさすぎる。
それはつまり、三階層には二人は来ていないということだ。ところどころに戦闘の後はあるが靴の大きさからして男女のペア、二階層で見たカークスとキュレーよりも大きいため、全く無関係の探索者か冒険者なのだろう。だが、死体が適当に放り投げているわけではなく、道の端に寄せてあるか、器用に隠されているところ見ると、素人というわけではなさそうだ。
「魔法の跡もなければ、首や魔石だとかの急所を的確に狙った攻撃は少ない。とすれば、二人はまだ4階層にいるのか。さすがにまずいかもな…」
4階層には二人が苦手とするような敵が多い。特にレイの必殺系の技はほとんど使えないに等しい。魔力の回復アイテムも運悪くストックを切らしてしまっていた、全部持って行ったとしてもイヴにばかり負担がかかっているとすれば、つぶれるのも時間の問題だ。
これ以上3階層にとどまるのは様々な面で得策ではないと結論付けて4階層へと登っていく。
3階層のボス部屋、骸骨騎士の練習場…いやテンキクズシの書庫というのがふさわしいだろう。
書庫の中央に仁王立ちで立っているオークを獣破砕槍で穿ち、速度を緩めることなく階段を駆け上がる。
「レイ!イヴ!どこだァァ!レイィィィ!!イヴゥゥ!!」
4階層の最後の階段を上りきると綺麗な金髪の少女が横をすり抜けていく。だが、次の瞬間正面には必死の形相で短刀を振りかぶっているレイがいた。思わず安堵の表情を浮かべると、俺に気づいた彼女は動揺したのか空中で真っ黒のそれを落としてしまう。
このままではぶつかる、そう思った時にはすでに腕が伸びていた。
「レイ!!無事でよかった。End流抱擁術!!!」
胸に飛び込んできた彼女を受け止め思いきり抱き締めると、レイは茫然としたままでいた。だが、すぐに自分の状況に気が付くと、思いきり抱き締め返してくる。
イヴも俺に気づき涙を流しながら駆け寄ってくる。レイよりも少し背の高い彼女は俺だけでなくレイにも腕を回すと、彼女もそれに気づいたのかイヴを抱きしめる。
「よく頑張ったなレイ、お前は立派に守ったよ。怖かったろイヴ、お前もよく耐えたな。」
二人を慰めながら彼女たちの涙を受け止める。すると、イヴの首にある無骨な首輪に気が付き合点がいく。おそらく転移ができなかったのはアザピースが作ったと思われる首輪のせいだろう。
そして、イヴにのみ嵌められていること、奴が過剰にイヴを欲していたこと、詳細不明の研究、それらから鑑みて魔法を封じるような効果のものだと推測する。
そのさびた銀色の首輪を見ていると、カークスからもらった銀色のカギを思い出す。アザピースのデスクから盗ったというそれを未だ泣き止まない彼女の首元に近づける。
すんなりと鍵穴に入り、かちりと鍵の開く音が響く。どうやら正解だったようだ。
彼女から離れた首輪をそのまま放置していき、今度こそ使えるようになった転移で家に戻る。
玄関を開けるとカークスが、良かったと言うように顔をほころばせた。アザピースについてや、謎の神官についてなど考えなくてはならないことはたくさんあるが、ひとまず休憩にしよう。
……To be continued




