第67話 甘ったるい日常
それは少女たちがアザピースの魔の手から逃れた次の日のことだった。
「さて、言い訳を聞こうか?」
「……」
「……」
正座をしている彼女たちは俺の詰問に対して何も答えようとしない。
まさか二人が理由もなく塔に登る自殺志願者だとは思えないし、最初から4階層にいたわけでもないことから強敵と戦いたがる戦闘狂でもないことはわかっている。ありうるとしたら資金稼ぎ、もしくは何かしらのドロップアイテムが必要になった等の理由だろう。
「何かどうしても必要なものがあったんだろ?どうして相談してくれなかったんだ?」
「違うんです。私が悪いんです。私が不甲斐ないばっかりにこんなことになったんです。」
「最初に言い出したのは私じゃん。そうやって何でもかんでも背負わないでよ……」
全く話が進まない。だが何となく読めたぞ。
イヴが何かが欲しいと言い出す。だが彼女はわがままを言えるような性格ではないから口をつぐんだ。しかし、我慢していることに気づいたレイが、俺に相談しようとする。もちろん、立場が云々という話でイヴはそれを止めるだろう。その代案として塔に行ってお金を稼ごうということになったのだろう。
俺の冴えた推理を二人に披露すると二人そろって、ケアレスミスで80点まで落ちた答案を見るような目を向ける。あまりに似ているその表情はまさに姉妹のようであった。
「…えっとね、クエイフ耳貸して。」
「ん?」
「じつは、イヴ姉の服のサイズが合わなくなってきてて、それを買いに行こうかなっていう話になったんだけど、今持ってるお金が微妙に心許ないから塔に行ってきたの。」
……なぜ耳打ちをしたのだろう?服のサイズが合わなくなるなんてまあまあ良くあることだろう。ふと、イヴのほうに目を向けると彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめている。
俺は小さく震える彼女のある一点に目を寄せられてしまう。言わずもがな胸である。
青いローブの下に着ているのはブラウスというのだろうか、とにかくその白い服は、ふっくらとした曲線を描いており明らかに質量の違う2つのそれがしっかりと主張していた。確かによく見れば初めて出会った頃よりも随分ふくよかになってきている。
「あ、あー。はいはい。なるほどね。うん。」
レイに気づかれ睨まれる前に目を逸らし、足を曲げる。
そして、両膝を地面に着けてゆっくりとおしりを下ろし、両手の掌をピッタリと地面に密着させると、思い切り額を床に打ち付けて叫んだ。
「気付かなくてすみませんでしたッ!!!」
その後、土下座している俺の頭をレイが踏みつけたこと以外特に何も無かったので、二人にお金を渡して必要なものを買ってくるように伝える。
「そりゃそうだよなー。俺達みたいにヨレヨレのシャツ着てても気にしないやつとは違うわな。」
「ですよねー。僕もキュレーがあんな風に思ってたなんて気が付きませんでしたよ。はははっ……」
つい先程、2人が出かける際にレイがキュレーに声をかけたところ、喜んで買い物に行くと言っていたことを思い出し男二人は乾いた笑い声を響かせる。
「師匠、僕らも買いに行った方がいいですかね?」
「いやー服なんて3セットあれば着回して行けるだろ。やっぱりダメかな……。」
服装のことより装備の防御力を気にするような奴らが2人集まったところで建設的な意見が出るはずもなく、謎の声の〔しかし、貴方たちは微かな危機感を抱き人類としての尊厳を守るために服を買いに行くことにする〕という半ば強制じみた発言によって大人しく買い物に行くことにする。
「1万あれば買えるかな?」
「さぁ、鎧の相場ならともかく布の相場なんて知りませんよ。」
特に何も考えずに1番近い服屋に向かう。久しく忘れていたが母親に服屋に連れられるとゲームが出来ないからと言って嫌がっていたのを思い出す。
さすがに、服のデザインは全く違うものばかりだが、値段等はあまり変化がないように思える。もっとも、元の世界の服の値段なんて正確に覚えている訳では無いが。
謎の声を頼りにしながらインナーシャツと言うらしいそれに手を伸ばす。シンプルな白色で肌触りも悪くない。3枚で1000Gと割とお得なので1セット買っていこう。
「カークス、お前もどうだ?」
「へぇ、これはいいですね。買っていきます」
しばらく店内をうろつき、何が必要なのか分からず結局店員さんに聞いてみることにした。
「はい、いらっしゃいませ、冒険者の方ですか?」
「ええ、そうです。」
腰に指した黒い刀をみて店員が問いかけてくる。厳密に言えば探索者なのだが、余り変わらないだろう。
「こちらの下着の方が汗などを吸収しやすくなっていますよ。そちらはぜひ普段着などにご利用ください。こちらの商品は鎧の下に着るのにピッタリのものとなっております。よろしければ試着致します?」
「あ、はい。えーと、お願いします。あと、普段着も二着ぐらい見繕ってもらっていいですか?」
「かしこまりました。お客様は背が高いのでこちらなんて宜しいのではないでしょうか。こちらのお客様はこういった服の方がお似合いかと」
俺の方に見せてきたのは薄い橙色の丈の長いズボンと黒い長袖の服であった。どちらも魔力糸(魔法によって品種改良された蚕の作る糸)によって編まれており、綺麗な色をしている。
カークスの方は裾が広く暗い灰色のズボンと水色の半袖の服が手渡される。たしかに、中高生が着てそうなものだ。
ちなみに会計総額は15560Gで、それなりの値段だった。
「フルプレートより安いですね」
カークスの言葉にさすがの俺でもこいつがバカだということは分かった。一瞬、確かにと思ったのは内緒である。
ちなみに、もう1セットずつ普段着を買っているのでそう考えるとフルプレートと比較しなくても安いのかもしれない。
「これで3ヶ月は服を買わずに済むな。」
「そうですね。あ、お昼どこかで食べません?」
「いいね。俺タウロス焼きのいい店知ってる」
「じゃ、そこにしましょう」
タンクタウロスという動物がいるのだが、分かりやすくいえば馬鹿でかい牛のような生き物で、その肉は柔らかい部分としっかりとした歯ごたえのある部位の両方があり肉牛代わりに広く普及している。市場に並ぶの牛肉は大抵がこいつの肉だ。なお、厳密にはモンスターであり牛ではないのでミルクはめちゃくちゃ不味い。
その店は複合型商店街に店を構えており、飲食店が並ぶ中でも一際いい匂いを漂わせている。
そういえば、店に入る直前に斜め向かい側の食品市場で3人を見かけた気がするが気のせいだろうか?
「今イヴ達がいなかったか?」
「ああ、ですよね。キュレーの髪が見えた気がして、服屋は反対側だから人違いかなって思ったんですけど。」
「カークスがキュレーを見間違えるわけないだろうし。うーん。なんでだろうな。また危ないことしてないといいけど。」
ただ単に別な服屋に行ったのかもしれないし、多少遠回りでも夕飯の食材なんかを買いに行った可能性もあるので、あまり気にしないことにする。
俺の元にステーキが届き、カークスの前にはハンバーグが届く。どちらも出来たてだと言わんばかりに湯気を立たせて、肉の香ばしい匂いとソースのまろやかな香りが鼻を刺激する。
Endプレイヤーには【神の鼻】なんていうものは無かったが、もしあったとしたらあまりに暴力的な匂いに気絶していたかもしれない。
そんなふうにどうでもいいことを考えながら口に運ぶとふんわりとした優しい肉の旨みが口に広がる。
「エンテル麦も頼めばよかったですね。」
「ああ、どうせだし頼もうぜ。」
エンテル麦とは農業国家エンテルという国でのみ栽培されている特別な麦で、その国の土でしか育たないという特殊な植物だ。一説によるとモンスターなのではないかと言われており、真実は明らかになっていない。
米よりも大粒でプチプチとした食感が特徴のもので、水と混ぜて焦げない程度にかき混ぜながら焼くことで食感を残しつつ柔らかく食べやすくなる。
「エンテル麦2つください。あ、スパイス付きで」
この麦には、いくつかの野菜を混ぜ合わせて粉末状にした、いわゆるオニオンベースのコンソメスパイスがとてもよく合う。昼間からガッツリとしたものを食べているが、まぁ、普段の昼ごはんは携帯食料かエンテル麦のおにぎり、サンドウィッチばかりなので、たまにはこういうものを食べても許されるだろう。
先程買ったばかりのズボン(店員さんはボトムスと呼んでいた。)のポケットで携帯端末が震える。
これは、ジースという男が作ったもので魔力を電気エネルギーに変換することにより異世界にあるスマートフォンを再現したという逸品だ。
つい2ヶ月ほど前に若き天才発明家として彼の名が有名になったが、その正体はEndプレイヤーで日本大会7位の強者だ。ちなみに、俺は6位でギリギリ勝ってる。
どうして、3人目の攻略者がいるのかは分からないが、ますます面白くなってきたことは言うまでもない。
ああ、それと、魔王についてだがその正体は全くわからない。Endプレイヤーである事は間違いないが、あんな特徴のある笑い方をするやつはいなかったし、日本のTOP10とは全員面識があるが、何人かいた女性プレイヤーに特別好かれていたという訳でも無いため、正体不明のまま放置している。
スマホ(と言っても電話とメールぐらいしか出来ないが)のメッセージにはパンケーキの皿を両手で持ちながら写真を撮られているイヴがいた。
どうやら撮ったのはレイのようで、画面の端にキュレーがパンケーキの上に乗っている生クリームを美味しそうに食べていた。
「師匠、その写真僕に送ってくれません?」
まだ慣れていないのか、ぎこちない様子でスマホを操作する彼に写真を送りつつ、もう既に半分食べ終えたステーキをの写真をレイたちに送り付ける。
『かろりーすこ"そう』
せっかくの便利アイテムも異世界人には通用しないようで、天才の裏側を見透かすと、まるで俺や魔王を探しているようであった。
『くえいふ家にもと"らないて』
『もあすこしどこかいつててて』
慌てたようなメッセージの連投に疑念を浮かべながら、会計を済ませ店を出てカークスに画面を見せる。
「多分家に戻るなって言ってると思うけど、どこ行く?」
「じゃあヘーパイストスさんの所行きません?」
カークスの提案通り彼の店に行くと、げんなりとした様子でチョコレートを口にしているヘーパイストスとウキウキした様子で槌を振るうキュロクスがいた。
「何食べてんだ?」
「コイツから貰ったアレ。さっき喫茶店でカカオパンケーキ食ったばっかだってのにアレされてる。」
とりあえず事情を話すとヘーパイストスは店を雨宿り感覚で使うなと怒られたがキュロクスからは必死に止められた。
「チッ、分かった分かった。2人ともアレしてろ。ついでに鎧の採寸もしてやる。」
「ありがとうございます師匠!」
ちなみに今師匠と言ったのはキュロクスであり、自分かと思ってびっくりしたのだが、3人には気づかれていないようで良かった。
採寸を終わらせふとスマホの画面を見ると1時間ほど前にメッセージが届いていた。帰ってきてもいいとの事だったので、ヘーパイストス達にお礼を言って帰ることにする。
塔の中ではスマホを使う必要もなく基本家に置いてあるので、充電がきちんとされていなかったようで、2人揃って使えなくなってしまった。カークスは壊れてしまったと大騒ぎをしていたが、問題ないと伝えると冷静になったようだ。
こうして改めて塔の外へと目を向けてみると、ジースのおかげなのか街並みは少しずつ変わっていっている。
Endに対抗するかのように鉄塔が建てられており、モンスターから国を守る櫓の役割も果たしているようで、衛兵が街を見下ろしていた。
「ただいまー。」
「「「おかえり」」なさいませ」
玄関の戸を開けるとカークスの元にキュレーが走りよってくる。がっしりと受け止めたカークスが、彼女の抱きしめながら頭を撫でていると、何かプレゼントが渡される。
「お兄ちゃん、これ食べて!」
「なにこれ?おお、ん?チョコ?」
「クエイフ、昨日は勝手なことしてごめん」
「クエイフ様、昨日は大変申し訳ありませんでした。」
そう言ってイヴとレイからも2つの袋を渡される。
綺麗な赤色の袋と、透明で金色のリボンが付けられた袋を開けると、丸い1口サイズのチョコが入っていた。
「きにすんな、気づけなかった俺が悪いんだから。」
「うん。……所でどっちの方が美味しかった?」
赤い袋に入っていたのはただただ甘かった。何かを入れ間違えたかのように甘く味付けされたチョコは、何ともとろけるような美味しさであり、金色リボンの方はカカオのしっかりとしたコクが出されており、チョコらしくない苦味がその美味しさを際立たせていた。
「……どっちも美味しかったじゃ、ダメですかね?」
2人は困ったような顔をして同時に笑う。
「「ダメ」です」
何よりも愛おしいその顔は、何度でも守りたいと思うような綺麗な笑顔だった。
……To be continued?
隠された部屋の中で少女が己の影に何かを放り投げる。
「なんだこれ…チョコか、どうしてまた?」
「ヒヒッ、クエイフに媚薬入りであげようと思ったけど、よく考えてみれば食べさせられないからね。代わりにお前にくれてやるよ。安心しろ、媚薬は買ってくるのが面倒で入れてない。」
魔王の話を半ば興味なさげに聞き、シャドモルスはチョコを口に運んだ。破壊神に造られた時から大して活躍することの無い味覚が、適当で杜撰な仕事をする。
「まぁまぁ、美味い。」
「あ、そういえば、媚薬は入れてないが髪の毛は入れたんだった。クエイフに食べさせたくて。」
影が思い切りそれを吐き捨てると、2人は喧嘩を始める。余ったそれは全てアバドンが食べたのだった。
……To be continued




