第65話 奴隷日記前編
神官から差し向けられた亡者の大群を退け、傷ついた体を癒し終える。付近で唸り声が聞こえることから、何体かのゾンビ達は神官に操られることなくどこかへ逃げていったらしい。
「なるほどね、ゲームでは神官なんて出てこなかったが、アイツが原因でここがゾンビ達にまみれてんのかね?」
〔貴方はその答えを知るには神官を問いつめるか、塔の頂上へと登らなくてはならないことに気づき、決意をみなぎらせる。〕
心中を汲み取る謎の声に、塔内転移を指示して家へと帰る。あんなにも連続で戦う想定はしていなかったので、装備の消耗やアイテムの消費が大きすぎる。
元々の予定では2,3回戦って、出現モンスターの解説程度にとどめるつもりだったので色々と足りないものが多い。もちろん、どんな不足な事態が起きても対処できるようにはしていたが、それはあくまで解決してすぐに逃げることを想定しての事だ。
「つーわけで、明日はアイテムの補充とついでにヘーパイストスの店に行って鎧とかのサイズを合わせに行くぞ。」
〈クエイフ家【イヴとレイの部屋】〉
時刻は午後8時。2人が風呂に入ろうかと言う頃だった。
イヴは耳に付けている装飾を外し、机の上の小さな引き出しの中に大切そうにしまい込む。レイはそんな姉の様子を見て不審な点に気づく。
「…イヴ姉、ピアスなんて付けてたっけ?」
姉の耳事情を事細かに覚えている訳では無いが、ピアッサーを買っているところは見たところはないし、穴を開けている所も見たことが無い。さらに言えば、身支度を整えている時にピアスを付けている様子も見た覚えがない。(これについてはレイが起きるのが遅いだけだが。)
「ああ、これ?2週間前ぐらいに塔の中で見つけたの。たしか、ゴブリンだったかしら。多分誰かの持ち物を死体と一緒に食べたんじゃない?勿論、モンスターの胃から出てきたものだからきちんと洗ったわよ?」
「…よくそんなもの平気で付けられるね?」
「えー。でもこれを付けてると魔力が少し上がるのよ?」
それはどう考えても呪いである。という言葉はレイの心の中にのみ留めておき、今度一緒に買い物に行かないかと提案する。
「フフ、私達は元奴隷よ。アクセサリーが欲しいだなんておこがましいでしょ?落ちていた物でも可愛いからいいのよ」
あっさりと断られてしまったが、どう考えてもそのピアスは可愛くなかった。人骨で作られたピアスを可愛いと思う感性は、塔の事しか考えていないクエイフでも持ち合わせていはいないだろう。
「……その髪飾りは可愛いよ。でも、そのピアスはマジでやめた方がいい。」
寝支度を整えるために外した髪飾りを指さし、ピアスを否定する目的があるとはいえ素直に褒める。
「そう?ありがと。クエイフ様が選んでくれたの」
やはり褒めなければよかったと後悔しつつ、たしかに女性が選ぶようなものでは無いなと気づく。勿論、ピアスについてもそうであるが。
「…私は髪も短いし素早く動くことを求められるからアクセなんて付けないけど、一応女としての常識は持ってるから敢えて言うけど。イヴ姉、女として最悪。てか、イヴ姉の大きさだったら、ナイトブラとか付けないと形崩れるよ?」
「な、何それ?普通のと違うの?」
「………はぁ、明日買い物、確定ね」
5ヶ月ほど新しい服を買っていなかった為か、ヨレヨレシワシワになった下着を指さしながら小首を傾げる。
溜息をつきながら、明日のための準備をしようと財布に手を伸ばすと、レイの財布には1000G紙幣が3枚のみ入っていた。
「ごめんイヴ姉、お金貸してくんない?」
「私財布持ってないわよ?いつも持って行っているのはクエイフ様のものだし。」
イヴの長きに渡る奴隷生活は『財布を持つ』『下着を買う』『アクセサリーのセンス』等、人間として当たり前のことを失わせていた。
「…クエイフに頼るのは嫌だしな。今から2人で塔に行って少し稼ごうか。お風呂入る前でよかったね。」
「私、なくても困らないわよ?ピアスも付けるなって言うなら付けないし。」
わざとイヴの声を無視して装備を整えるが、アイテムは殆ど持ち合わせていないので、時間がかかることを度外視して2階層へ行くことにする。
もちろん、クエイフを頼らないと決めた以上彼に嘘をつき誤魔化すことになるが…。
〈End【2階層アザピース研究所】〉
「お金ってどのくらい必要なの?」
「…うーん。下着とアクセとヘアゴムもいるだろうし…部屋着と普段着も必要だから、5万くらい?」
久々に踏むリノリウムの床の感触は、2人の足音しか聞こえないことから、夜であるということを実感させられる。
だが、塔の中に住むモンスターにとって昼夜や天候というのは関係なかった。
「スライム2!」
モンスターを探して歩いているとグチュグチュという水音が聞こえた。そして現れたそいつは深く濃い藍色であることから、2体とも『Lv2』であることが伺える。
「…私スライム苦手なんだけど」
「私も魔石を壊せないとなると苦手です」
金を稼ぐという目的がある以上、魔石を壊すのは論外であるし、出来ることなら肉体を傷つけることもしない方が望ましい。レイの解体技術であれば倒した敵の必要な部分のみ削ぎ落とすことなんて造作もない。
しかし、スライムが相手ではそうはいかない。
肉体をどれだけ傷つけてもほとんど無効であり、魔石を砕けば価値は下落する。
「…まぁでも、綺麗に両断すれば多少は足しになるでしょ」
鋭く伸ばされた黒い短刀は、その藍色の液体の中に入り込み紫色の魔石に切迫する。だが、もう一体のスライムが彼女に向けて体をぶつけてきたため、剣筋が外れて完全に断ち切るには至らない。
即座に周囲へ肉の糸を伸ばして追撃を防ぐと同時に後ろから飛んできた火炎球を誘導する。
「レイ、ゴブリンのパーティ!」
シーフゴブリンをメインとした斥候部隊のようで首に笛をぶら下げた怪物たちがやってきた。レイはクエイフの教えを忠実に守り、すぐさま標的を変えてシーフの首にナイフを走らせる。
アーチャーの弓とメイジの水の刃を魔法の盾が防ぎ、レイが姉に目配せをすると彼女の短刀に黒い靄がかかった。そして、それを待ちわびていたかのように複数の糸がレイの軽い体を持ち上げ空中に吹っ飛ばす。
「【フリーズ】地獄だけに死神がいるとは思わないでね」
「…ありがと、イヴ姉。」
急激に冷やされた魔力はゴブリンたちの足下を凍りつかせ固定する。
「…あの世にたたき落としてあげる【天空の死神】」
天空にはられた糸を、トランポリンのように弾ませ重力に速度をつける。隕石のように落ちてきたレイは、氷漬けのスライムを2体とも粉砕し辺りに結晶を散らす。さらに着地と同時に体を捻り優雅な回転をしてから、メイジの首に飛びつきその緑の肉体に綺麗な赤い線を作り中身を零す。
「クギァ!アグァ!アグァ!」
獣のような唸り声を上げたあと、1人残されたゴブリンが懐から笛を取り出す。
「しまった!!」
イヴが杖を構えずに魔法を唱えるが僅かに遅い。
レイも後ろに居たゴブリンメイジを相手にしていた為にその笛を鳴らすことを阻止することは出来なかった。
ピィィィィィィィ!!!
けたたましく鳴らされたその笛は【ゴブリンの警笛】
ゴブリンの一部の部隊のみが持っているレアアイテムであり、周囲のゴブリンを呼び出すことが出来る。
それは、二人しかいないこの状況では、最悪であった。
すぐに叫び声が返され、ドタドタという騒々しい足音が向かってくる。四方八方からの物量に対し、逃げるという選択肢は潰されているようで、仕方ないと言わんばかりに2人は武器を構える。
「レイ、飛べる?」
「…当たり前でしょ。イヴ姉こそ、ついてこれる?」
先程よりも多く精密に貼られた糸は、彼女たちに驚異的な速度を与える。溢れかえるような緑に対して、レイは短刀一本で突っ込んでいく。
ゴブリンたちの隙間を縫うように通された糸は、死神の通り道であり付近に死が広がっていく。
彼女が通れない道にはイヴの魔法が走り抜け、大量の魔力が動き回っていた。
「レイ、これ!」
空中に投げ出された球体を、微かになった糸を必死に掴んでレイは受け取る。口に含む瞬間に苦味が広がっていき、不快感をあらわにしながら飲み込むと、栄養を即座に吸収した彼女の体はさらに糸を噴出させる。
「…相変わらず苦い!」
メイジからの火炎魔法を偽の左腕で受け止め即座に切り離す。2度目の魔法を短刀で捌いて下顎に回し蹴りを喰らわせると、怯んだ瞬間に首元に黒い刀身を突き立て掻っ捌く。
無造作に放たれた光線は、緑の肉体に穴を開けていくが、そのどれもが器用に魔石を外しており、どんどん死体を積み重ねていく。
かれこれ2時間は経っただろうか、大量の赤と緑が辺りに溢れ、白いリノリウムの床は黒く塗りつぶされており、そこかしこに様々な足跡が残る。
糸の出し過ぎで右手の肉がボロボロになっている少女は、苦い薬を飲み込みながらため息を着く。
自爆でもしたかのようなズタズタの少女は己と妹に回復魔法をかけながら、アザだらけの体を隠すように座り込む。
「わざわざ来てくれるとは有難いなぁ、イヴ!」
コツコツと独特の靴音を響かせながら、白衣の男はやってきた。真新しい眼鏡の奥から覗かせる目は藍色に輝いており、その瞳にはモルモットしか写していない。
「イヴ、ああ、イヴ!!まさか、お前が完成しているとは思わなかった。そして『アヴ·ホース』はお前によって完成する!お前の器と魔力によって奴を超えることが出来る!ああ、待っていたよ。」
「貴方は…アザピース!!確かにカークス君が殺したハズなのにどうして!?」
自分の作った魔法生物、ケルベロスのケルちゃん6号に食われ一体化してしまったマッドサイエンティスト、アザピース。あの時確実にカークスの大剣によって犬ごと首を断ち切ったはずだったが、何故か今ここに立っていた。
「イヴ姉に近づくな!」
「お前は後で別なことで使ってやるから安心しろ。」
短刀を振り上げ、糸を巧みに使ってその首元に切迫するも、その腕を片手で掴まれてしまい白い床へと叩きつけられる。
「そして、イヴ、お前は私の研究室へと連れていく。」
イヴの足下のリノリウムの床が剥がれ、真っ黒な穴が広がる。その闇から逃げ出そうとしてもゆっくりと沈みゆく体では、逃れることが出来ない。
(クソ!気づかなかった!思い返せば床のマス目が前に来た時よりも歪だった!きっとクエイフなら気づいたはずなのに!私じゃイヴ姉を守れない!どうして!私はクエイフじゃないんだ!どんな時でも助けてくれるクエイフだったなら!きっと!!)
今更気づいても遅い事に遅れながら気づいた少女は己の無力を嘆き英雄を待つことしか出来ない。
彼女が叩きつけられた床にも罠が仕掛けられており、機械によって拘束されている。
「それは魔封じの首輪、つけている間は魔法は使えんよ」
姉の首に無骨な首輪が着けられるのを黙ってみることしか出来ない無価値な少女は、血が吹きでるほどに唇を噛み続ける。そして、イヴの足元のワープ装置の稼働をを加速させるために2人から背を向ける。
この徹底的な油断が、クエイフに塔のイロハを叩き込まれた彼女達との違いであった。
「悔やむことなら誰でも出来る。英雄になりたければ、行動を!!!」
全てのエネルギーを注ぎ込んだ極大の糸がアザピースの背中を襲う。追い打ちをかけるように、黒い沼の中から闇魔法の詰まった瓶が投げかけられた。
「このクソ女!ふざけやがって!!」
不意打ちを食らい周りの景色を奪われたアザピースは、よろめいた際に間違ってワープ装置のボタンを押してしまったようで、イヴのワープが誤作動を起こす。
「ブチ切れろォォォ!!!」
特別に作られた糸がレイを押さえつける器具を引きちぎる。姉の指先が真っ黒の沼に沈みきる寸前にその滑らかな指を掴むことに成功する。が、即座に2人とも飲み込まれていき、どこかへ落ちていってしまう。
ただ一人残された博士は、苛立ちを隠そうともせずに2人の転移先を調べて追いかける。
果たして彼女たちはどこへ行ったというのだろうか。
……To be continued




