第64話 騒がしき奈落
〈???【魔王の私室】〉
不自然に生まれた空間に4人の男女が思い思いに過ごしていた。色香と情欲を誘うような服装の美女はファッション雑誌を薄く微笑みながら読んでおり、たくましい体つきの青年は何もせずに虚空を見つめ、影のように薄黒いナニカは複数枚の新聞を机に広げ、全てを狂気に歪めたような凄惨な笑みを浮かべる少女は、ハサミを片手に影が読み終わった新聞を切り抜いていた。
「おい魔王、アイツら4階層に到達したらしいな。手を出さなくていいのか?」
「ヒヒッ、はやいねぇ。私の予想ではもう少し引きずるかと思ったのに…。」
新聞に写ったクエイフの写真を別なノートに貼り付ける。どうやら、『1階層突破 人類の希望』と題された新聞からずっと貼り付けられており、恐らくクエイフの全ての写真を集めているのだろう。
ちなみに、アバドンとアスモデウスもそれぞれイヴの切り抜きとレイの切り抜きを持っている。
「おい、シャドモルス。新聞は最低でも3部ずつ買って来いって言ったろ?というか、私たちは切り抜くんだから店にある新聞は全部買って来てくれよ。」
「ふざけるな、そんな金は無いし、同じ新聞を買うと『こちら同じものですがよろしいですか』とか聞かれるんだぞ?」
「なら少し稼いでくるか…。おいシャドモルス、ちょっと付き合え。」
ぶつくさと文句を言いながらその黒いナニカは魔王の影へと入り込み沈んでいく。
「ゲームでは4階層にはどんなヤツがいるんだ?」
「たしか……」
そう言って2人は異質な空間から出て行き、塔へと向かう。
残された2人は、バラバラになった新聞をじっと見つめたり、女子小学生用のファッション雑誌をニヤニヤしながら読んでいた。
それから5分ほどが経っただろうか、突然アバドンが驚きボソボソと何かを話す。もしかしたらアスモデウスに話しかけているのかもしれないが、アバドンの途切れ途切れの話し方を嫌う彼女は、あえて無視を決め込む。
どうやら、それは独り言だったようでクローゼットの外套を着ると足早に部屋を出ていく。
「アスモデウス、奈落で少し問題が起きた。今日は帰らないかもしれないから魔王様たちに伝えておいて。」
「んー」
アバドンの話を聞いているのかいないのか、適当な返事を返すと彼はどこかへ出掛ける。
「え…?ねぇねぇ、アイツ今普通に喋った?てか、どこ行くって言ってた?」
やっとファッション雑誌から顔を上げて驚愕の声を上げる。だが、既に誰もいなくなった空間でその答えを知るものはいなかった。
〈奈落〉
「アバドン様!大変です。奈落の亡者共が一斉に逃げ出しました!」
「何が原因だ!逃げ出した数は?下10層からは逃げていないだろうな!」
死者は生前の罪の重さにより天国行きか奈落行きが決まる。そして、奈落行きが決まったものはさらに、下1層から下10層に分けられる。
ちなみに、下5層までの亡者はある程度罰を受けると天国へと行けるのである。
「天国からも数千名、下1層から下5層の亡者は数万単位、下6層から下9層も同じく数万単位、下10層からも数百名逃げ出しました。」
「原因は奈落各地に開いた穴から逃げ出したと思われます。天国にもいくつか開いております。」
重ねられた報告がさらにアバドンをイラつかせる。自分が奈落の王になった途端にこの反乱。宣戦布告以外にどう受け取れというのか。
「アバドン様、閻魔棟にて亡者共が戻ってきました!そのため閻魔棟が亡者で溢れかえっております。」
「脱走者は全員奈落に落とせ!天国の住人は下2層に、下1層からは二段階さらに下に落とす。10層以下に落ちるものは9層に止めろ。10層の住人は11層に落として構わん!穴の場所は何処だ!急いで塞ぎに行く!獄中生命体を出せ。これ以上亡者を逃がすな。全て捕らえろ」
奈落に亡者の声がひびきアバドンの激怒で辺りがさらに燃え上がる。どうやら現世に戻った亡者は再び誰かに殺されたようで数分おきに奈落に亡者が増加していく。
奈落に開いた穴は、周りから不自然に浮き上がっており、チカチカと光を放っている。
「これが原因か…。なんなんだこれは?」
「周囲の獄兵によりますと、白く大きな手が空間に穴を開けたと言っております。まるで女神の腕のように綺麗だったとか…」
アバドンの逞しい体からは燃え上がるように真っ赤なバッタが飛び出ては穴へと入っていく。2時間以上かけて全ての穴を塞ぎ、その総数は250個以上あったという。
「はぁ、逃げ出した者の正確な数は?」
「3万とんで628人だそうです。」
「大変です、アバドン様!下10層の脱走者の中に、××××が居ました!さらに、下11層から1人だけ逃げていました。あの女です。」
「なん…だと、アイツがか!?やつが逃げたのか!?ふざけるな……ふざける!!未だに我々を馬鹿にするのか!アイツは!死してなお死を冒涜するのか!どれだけ命を貶めれば気が済む!一体、世界が何をしたというのか!『ショフィーク』!お前は何がしたいんだ!」
果たして、ショフィークとはどんな人物なのか。
この脱走劇を引き起こしたのが彼女なのか。
そして、脱走者に紛れて消えた神官の目的とは。
全てを知るのは奈落の更に上で余裕綽々で笑みを浮かべている絶対神のみであった…。
〈End【4階層死教会】〉
「おい魔王、ゾンビ達多くないか!モンスターハウスかここは!?」
「くそ、違うはずだ!なんでこんなことに!」
魔王と影に死体が群がる。魔王の圧倒的な魔力量や、シャドモルスが生物学上男になる為、大量のモンスターが押し寄せていた。さすがの魔王もこの状況で凄惨な笑みを浮かべる余裕は無さそうだが、そこはゲーム攻略者、すぐに冷静に状況を分析し作戦を立案する。
「こい!影剣【シャドモルス】全員ぶち殺してやる」
「血がつくから嫌なんだがな……。」
影が形を変えて、真っ黒の剣へと変化する。
鋸の刃のような剣が屍肉を切り刻み、骨を粉々にする。
さらに、茨を食い破り魔石を捉えては噛み砕く。
「ゴーストか…影杖【シャドモルス】」
数種類同時に展開された魔法は、薄く透過した体を撃ち抜き霧散させては奈落へ引きずり戻す。
「おい、魔石を砕くな!金にならない」
「お前こそ、いつもの笑顔はどうした?さすがにそんな余裕はないか魔王サマ?」
「お前ごと殺してやろうか!」
「左からプラント!」
喧嘩をしながら周囲をモンスターを切り刻み打ち消し、吹き飛ばす。
久しぶりの塔の感覚に、喜び打ち震えながら絶頂を繰り返す歪んだ性癖の魔王を連れて影は沈み、あたりは荘厳な空気を取り戻す。死者の肉体を闇市で売りさばく算段を整えながら彼らはどこかへ消え去って行った。
……To be continued?
「あれアスモデウス、アバドンはどうした?」
「おかえり〜。アイツならどっかに行くってよ。」
「チッ。俺が迎えに行こう。どこに行った?」
アスモデウスはファッション雑誌から目を離すことなく知らないと答える。シャドモルスにイライラが募る頃、はるか上空にある奈落にもイライラを募らせる王がいた。
……To be continued




