第63話 死者の山登りて生者は笑い聖者は狂う
目に飛びついてくるのは、腐肉と白骨と植物と幽霊の塊ばかりで、今この空間に確定で生者と呼べるのはたったの3人だった。
「イヴ、レイ、この状況じゃ武器を振り回すのは得策じゃない。ま、モンクだと多数相手は厳しいけどな。」
苦笑いを浮かべながら、俺の首筋を食おうとするゾンビに裏拳をかまし、鳩尾に肘をめり込ませる。ミキミキと肋骨にヒビの入るがしてゾンビはよろめいた。
「End流掌底術其の一【翡翠掌底】」
付近のゾンビごとまとめて吹き飛んでゆくが、まだ倒せてはいないようで(死体に対しておかしな表現だが)、ゾンビ特有の体力の多さが目立つ。
「ああ、偉大なる御方よ。生きとし生けるもの全てに死の平等を。生きることがどれだけ愚かなことか。生き物はみな死ぬために生まれてきているのだ。生まれることが悪であり死ぬ事以外の全てがあの方にとっては最悪なのだ。ああ、劣悪な命たちよ。賢き死者たちよ、死を与えたまえ。」
謎の神官は既に敵であることは確定しており、チラリと目を配ると、赤黒い聖典を広げて大きな声で死を呼び寄せていた。
それに呼応するように亡き命達は、未だ温かさを残す心臓を求めて闊歩する。
「End流蹴撃術其の一【孔雀石穿】」
不容易に近づいてきたゾンビの魔石を撃ち抜き、肉塊を手にした死人を殺す。人のような体に穴を開けた気分は、賊を殺すよりも胸糞を害し、吐き気を催す。
「…必ず殺すから必殺………。敵が多すぎて無理!」
「どの敵を優先すべきか考える余裕もないですね…。」
イヴとレイもここまで大多数の敵は相手にした経験がないため、攻撃を躊躇っているようだ。
「イヴ、纏めて燃やせ。プラントガールは単体では弱い。なにかに寄生される前にやってくれ!」
「わかりました!」
「レイ、ゾンビは体力が多い。一撃必殺が使えない以上そいつらの相手は不利だ。」
「…了解。なら、スケルトンを潰す。」
『爆裂鉄甲』を装備して、火力を底上げする。
肘まで覆い隠すように設計された装備は、腕を曲げると火打石がぶつかり合い火種に引火する。出力場所は折り曲げた肘から後ろ。
「その顎を打ち砕いてやる!End流爆裂殴打術其の一【爆裂金剛殴打】」
ゾンビの下顎に打ち付けられた拳は、その衝撃をトリガーとして威力を増していき燃え盛るように中で爆発を起こし、その全てを後ろへと解き放つ。
未だ直角に折れ曲がった肘から火が吹きでて、宇宙ロケットのように火力が跳ね上がっていき、ゾンビの顔面を破壊し尽くす。頭が弾け飛び、残された体はあまりに大きなダメージに耐えきれず、魔石の魔力を散らしてしまう。完全に機能停止に陥ったそれは、体を維持することが出来ずに元の腐敗した死体へと成り下がる。
背中からの衝撃が連鎖的に起り、驚きながら背後を探ると4,5体ほどのゾンビに群がられていた。中には既に寄生されてしまったゾンビもいるようで、さらにパワーが増している。
「End流肘鉄術【緋鉄ノ鎌】」
先程の爆破の熱を残したまま、半円を描くように肘をぶつける。ほんの少しだけ引き剥がすことに成功し、すぐに蹴り飛ばして体勢を整える。
「…クエイフ、跳ぶ?」
レイに呼ばれて、ふと上を見るとキラキラと光る超極細の肉糸に彼女はぶら下がっていた。そのまま、勢いをつけて落下すると、スケルトンをたたきつぶし短刀で魔石を打ち砕いている。
「サンキュ、使わせてもらう。」
その場で跳躍すると、すくい上げるように糸が降りてきて上へと連れ去ってしまう。
下に向かうと同時に、鉄甲を付け替えて感覚を確かめる。
モンクの装備は新しくしていないが、久方ぶりの装備であり手に馴染みにくい。
「それもこれも、意識が足りなかったんだろうなッ!」
拳骨により脳天を砕き、フラフラとするゾンビを台にして動きを意識する。ゲームのそれをトレースするように、自分の体を意識的に動かして放った攻撃は、前よりは鋭く決まっており、ジョブに対する認識を少しは変えられたのではないかと自画自賛をする。
ゾンビから降りるついでに頚椎への手刀をキメて、鳩尾に膝蹴りを食らわせる。
「End流掌底術其の三【三段翡翠】」
次から次へとやってくるゾンビ達に辟易しながら謎の声と会議をする。ゴーストの大群がいるが、奴らの特性を考えるとモンクでは太刀打ちできない。となれば、出来ればソードマンにジョブチェンジがしたいが…。
〔しかしあなたは、加速させた思考の中で不可能であるという結論を出す。〕
「イヴ、悪いがゴーストの相手も頼む!」
「わかりました。レイ、範囲魔法を使うから、手伝って!」
「…キビシーかも。やるだけやってみる」
杖を持たないイヴが詠唱を口ずさむ。空間全体を包み込むような聖域的な雰囲気を塗りつぶすように、魔力が充たされ上書きされていく。
「【フラッシュスコール】」
上空に打ち出された光の球体が、急速に膨張し始めピリピリと焼けるような明かりが教会を照らす。耐えきれずに雲から落とされる雷のように降り注ぐのは『光』そのものであり暗闇に蠢く亡霊にとっての弱点だった。
銀を混ぜた武器か魔法によってしか傷つけること出来ない体に大量の光線が降り注いではその肉体を焼き切る。
「…イヴ姉、魔法粗すぎ!」
頓珍漢な方向へ放たれた光線は糸によって逸らされ、ゴーストの肉体を貫く。壁にぶつかり魔力が霧散しそうになるが、どの光線もぶつかる寸前で糸によって捕縛され誘導される。
数十体目のゾンビの魔石を拳で貫いたあたりで横槍が入る。
馬乗りになってきた植物群は、俺の口をこじ開け口内からの侵入を試みる。
「あッ!がァッ!オエェッ!」
ジョブチェンジをしようにも、一瞬でも思考を逸らせば意識が乗っ取られてしまいそうな感覚になり、謎の声も慌てふためいているようだ。
「…クエイフは、私のモノ!【紅炎の死神】」
真紅に染まった短刀が、口の中に突っ込まれプラントガールの魔石に触れる。喉の辺りで砕けた魔石が体の中に入り、原因である彼女に不快感を露わにすると、レイは「助けたんだからいいでしょ。そのくらい我慢して」とでも言わんばかりの表情を浮かべた。
「ゲホゲホッ!……イヴ、プラントは俺が相手をする。チェンジだ!」
「わかりました!気をつけてくださいね!」
アイツらはヘイトを稼ぐまでもなく俺を狙うんだから、最初から向き合っていた方がいいだろう。
そう考え直し、蟻影刀を構える。
多少数がへった為空間にゆとりが出来て、刀を振り回しても余裕がある。
茨を切り裂き、魔石を突き技で砕く。ピキリとひび割れたそれは、あまりにも小さいため一瞬で魔力を失い植物として生態を失っていく。
こちらの射程を読んできたのか、さらに蔦を伸ばすと口や目や耳など侵入しやすい部分を狙ってくる。
「レイ!」
「……はぁ、皆して人使い粗すぎ。」
足元にはいよってきたレイの肉体を踏みつけ、3次元的な動きによって茨を切り刻む。
そのついでに黒い刀身を延伸させて、遠くの魔石に切っ先を当て、レイの糸が足場として槍のように突進する。
急に射程の変わった攻撃に動揺しながら、的確に距離を取ってくるが、そうやって逃がすほど俺は優しくない。
「モンクじゃないが、出来るかな!End流蹴撃術其の四雀孔坂逆」
少しでも距離を伸ばすために、手を支えとして足を伸ばす。
間一髪の所で、茨の先端を踏みつけ側転をする。
すぐさま起き上がり、円を描くように両断し次の獲物を目指する。
三十本はあるであろう茨の群れに、ここで使うことになるとは思わなかった奥の手を見せる。
「End流奥義【神の目】」
急激に血が巡っていき、全身の感覚が失われる。唯一残った視覚は、見えないはずの空気の流れを捉え、そこから茨の軌道を読んでは捌いていく。
突如、俺の動きが変化したことに驚愕しながら、攻撃の手を止めることなく茨が降り注ぐ。
だが、それらを全て切り刻み機能停止に追いやり、短く突き技を決めると、追加の茨が無くなる。
残り3,4体という所で付近のゾンビに取り付き、少し面倒なことになる。
「イヴ、こいつら貰うぞ!」
と余裕ぶって言ってみたが、ゾンビの身体能力は元々高い上に、寄生によってリミッターの外れたパワーが相手ではさすがの俺も分が悪い。
「先にゾンビを狙うか…いや、追撃のことを考えると…」
そして、謎の声との協議の結果ひとつの答えに辿り着く。
鞘を持って一ノ字型に武器を納刀する。
「End流抜刀術其の三【散開】」
一瞬で走り出し植物たちの背後を取る。
納刀したまま刀を動かさなかったように見えたのだろうか、表情があれば吹き出しているような仕草をする茨たちが急激にズレていく。
「アジの開きならぬ、イバラの開きって所かな」
3枚に降ろされた蔦が、断末魔的な荒ぶりを見せる。当然、その行動に意味があるはずもなく、砕かれた魔石と共に崩れ落ちて行った。
「…クエイフ、さっきの奴居ない!逃げられた!」
「大丈夫だ!いずれ追い詰める。」
プラントガールを一通り沈めたあと、残念なことに神官には逃げられてしまったようだった。それは同時にモンスターの追加はおさまりを見せるという事だった。
だか、置き土産のつもりかガーゴイルが2体登場する。
「2人は左の方を片付けろ!」
チカチカと揺らぐ視界の中でもう少しだけ【神の目】が続くように願う。
「レイ、あなたに合わせるわ。」
「…わかった。飛べる?」
「ええ。大丈夫よ。」
2人の少女は偽物の翼と魔法の翼を創り出し、風を掴んで飛行する。自分だけの専売特許だと思っていたガーゴイルは羽ばたく彼女たちに驚きながら剣を構える。
「飛びながら剣を振るう感覚はどう?私は最高の気分!」
テンションが高まり、いつもよりハキハキとした口調でレイが叫ぶ。
構える武器は『影利ノ短刀』クエイフと同じく影の素材を用いたオンブライト合金によって作られており、彼女のものには自身の肉体が埋め込まれており、彼女の血を浴びせることで形状が自由自在に変化する。
「血がなくても、金属の特性上伸びるけどね!」
高速で飛行するさなか、刀身の長さが変わっていく。その長さわずか10cm。
イヴの魔法がガーゴイルの後ろから切迫し、大きな隙を見せる。その僅かな瞬間を死神はニマニマといやらしい笑みを浮かべて命を刈りとる。
だが、あと数ミリという所で、そのナイフは空を斬る。
「チッ!外した!」
「レイ、フラッシュを使うから合図をしたら目をつぶって。」
「なるほどね。分かったよお姉ちゃん」
お互いに頷きあい、作戦を立てる。
ミサイルのような光がイヴの背後から生み出され、ガーゴイルに向かって飛んでいく。
剣で相殺し、羽を使って躱し、魔法によって打ち消す。
だが、それらは囮であり超至近距離にイヴが飛んでくる。
「【フル·フラッシュ】!!目を潰されるのと、どちらが痛いですかね?」
爆発のように眩い光は、ガーゴイルとイヴ自身の視界を奪い去る。チカチカとする景色の中、真紅の死神は逃した命をもう一度取り返すように突進する。心臓部分にナイフが突き立てられ、魔石ギリギリへと到達する。
「今度こそ!必ず殺すから必殺【不条理な一撃】」
再び首筋に当てられたナイフを勘で躱す。
しかし、2度も同じ敵を逃すほど死神はボケてはいない。
「伸びろ、死神の鎌よ!」
彼女の叫びに呼応するように、黒い刀身はその面積を増やしていく。数cm離れた首元からの距離は伸びた刀によって埋められてしまい、その硬い延髄が削ぎ落とされる。
「これも食らっておきなさい。【エンチャントボム】」
胸元に刺さった使い捨てのナイフは、魔石共々爆発する。
空中で魔力を失ったガーゴイルは全身から煙を吹き出しながら落下していく。
ふとクエイフの方を見てみると、ガーゴイルの口の中に蟻影刀が刺さっており、魔石を貫通しているようだった。
「イヴ、ヒールくれ……」
左腕からダラダラと血を流した彼にヒールを飛ばし、今度こそ休息を取るのであった。
……To be continued?
神聖な雰囲気とはうって変わり、3階層を思わせるほど真っ黒な部屋で神父は聖典を読んでいた。
女神の像の目元から赤い液体が零れており、血の涙を流しているようにも見える。
「クソ!死者共は再び死んだか…。だが、女神様の復活の時は近い。あのクソ博士を利用すれば、あるいはあの方の直系の血筋を探し出せば…」
ブツブツと呟きながら、赤黒い聖典が暗闇の中で怪しく光っていた。
アザピースの研究、××××の宗教儀式、クエイフの塔の攻略
果たして三者の思惑はどこへ向かうのだろうか。
……To be continued




