第61話 死教会の住人
〈End【三階層ネザートロワーム】〉
薄暗く淀んだ空気が地面を蠢く。
鍾乳石の先端から真っ黒の雫が零れ落ちると、それは影へと姿を変えて、次第に薄い海苔のような見た目に腕が伸びていく。
「マルシェ、さらに追加出現しました!」
「レイ、オーク2頼む!イヴ、それは俺が行く!」
「…了解、左スケルトン瀕死」
「分かりました、【凍てつく茨】!ボム3撃破です」
久しぶりに3人で塔に登った俺達を歓迎するかのように、複数のモンスターが襲いかかる。
目の前の影は自分の爪を暗闇の中に光らせながら、俺を睨みつける。
それに対し新武器である『獣破砕槍』を構えて影を睨む。
この武器は、オークの武器を粉々に砕き元々持っていた『点破砕槍』と混ぜ合わせ、強度と威力を増強させたものであり、今までよりも俺の腕にのしかかる。
新武器はその特徴を活かして、一撃で影を貫きこちらに向けられた爪を砕いた。
「クソ!魔石を狙ったつもりだったが…」
前作までより自由度が高まり、より難易度の上がったゲームに苛立ちと興奮を覚えながら、槍を引っこ抜く。
跳ね上がった強度は思い切り薙ぎ払い、歩く影に叩きつけようともビクともせず、むしろ影の腕を潰すことに成功する。
「さすが、いい武器作るなぁ!」
流れに身を任せず、はっきりと自分の意思で、そいつの頭を見る。普段から練習しているとはいえ、場合が場合。イヴの道を照らす光の光量を上げていても、距離があるため薄暗さは目立つ。暗闇の中にいるはずの無い影を狙うなんて無理難題にも程がある。
「【突撃】!」
槍が重い。それもそうだ、槍術の名家という訳でもない俺が、まともに扱えている時点でありがたいのだ。
技を綺麗に決めるなんて夢のまた夢。
それでも、貫く。
吹き飛んだ影を見送り次の敵を見据える。
「クエイフ様!雫が垂れます!」
イヴの叫声と怪物が生まれる音が暗闇に響く。
鍾乳石から黒がこぼれ落ちると同時に、別な鍾乳石が割れる。地面に落ちたそれは先程のように影へと形を変え、いやらしい笑み浮かべていた。さらに割れた石の中からは2体のコウモリが羽ばたいていき、キキキと嗤う。
レイの方に目を配ると、2体のオークを相手に必殺を決めきれずにいる。イヴの方は幾ばくが余裕がありそうだが、背後にスケルトンが出現し、援護は頼めそうも無い。
「全く、影に愛されてんなぁ!」
フライバットの突進を躱し、さすがに多勢に槍は分が悪いと判断。ジョブチェンジをして新武器である『蟻影刀』を構える。
「正真正銘本物の抜刀術見せてやるよ!」
真っ黒の鞘に刀を納め、右手を柄に添える。影達は俺の間合いに入らないようにとその場に留まり、蝙蝠は空を飛んでいる自分に攻撃が当たるはずもないとタカをくくっていた。
「想定外こそ、この塔の醍醐味だろ?」
ゲームの技ではない。本物の技能。人並みに漫画の主人公に憧れた俺が木の棒片手に一生懸命練習していた技。
「これだけはアシスト無しでもきっちり決められるぜ!」
ただただ、格好つける為だけに公園の陰や部屋の中で2年にわたり練習し続けた剣技。
最後にやったのは小学四年生の頃、何となく飽きてきたのを理由にやめてしまったが、体は覚えていたようで、右手を思い切り振り抜く。しかし、その手に刀は握られておらず、影が失敗を嘲笑う。そしてその口元を左手の刀で両断する。
「人呼んでフェイク抜刀。右は嘘だよ。本命は左」
右手の間合いをあえて小さくすることにより左腕の可動域へと誘導する。踏み出した一歩は地面に足跡を残し、直線的な動きの拡張が成される。
これは漫画だったか映画だったかで見た技に、俺はとても憧れた。Endのような予想外さと格好良さ、なんとも子供らしい憧憬だったが、真面目に練習したかいがあった。いや、思い直せばそこまで真剣にやっていた訳では無かった。
「予想外はもうひとつお届けできるぜ?」
我ながら惚れ惚れするほど華麗な足さばきでクルリと回転すると、その刀を振るう動作に合わせて真っ黒の刀身が伸びていく。
1m程度だった刀が30cmは伸びており、捉える間合いは単純計算で直径1m分増えたことになる。
「想定を、想像を、空想を、妄想を、予想を、覆してこそこの塔に登る資格がある!End流剣技【月】」
真っ直ぐに打たれた刀は、フライバットの眉間へと直撃し、蝙蝠の翼の間に刀を生やす。
伸びた刀身は、刀を振るうと元の大きさに縮んでいき、今までよりも小さくなり、70cmにも満たない小刀に変化すると、それを背中のさやに収納する。
さて、イヴとレイはどうなっただろうか。
クエイフがちょうど歩く影を両断した頃、短剣を構えた少女は2体のオーク相手に器用に立ち回っていた。
誰も見ることが叶わない不可視の糸が、彼女の右手から無数に伸びており、それらはオークの動きに合わせて千切れてはまた伸びてを繰り返していた。
「…さすがに2体相手には動かせないか」
肉体変形、それはあくまで自分の肉体のみであり、千切れて離れていった肉の糸を操作することは出来ない。
自分から離れた段階で、それらは自分のモノではなくなるからだ。
しかし、血液は別だ。血というものは生物にとって欠かせないものであり、たとえ偽物であり過剰に作り出したものであっても手放したくはない。
つまり、ギリギリまで自分の肉体として判断され、肉体変形の有効時間が長い。
「……その分コストはかかるけどね」
自分に蓄積されたエネルギーを消費して、細胞を複製されるという性質上、多量の食料摂取が求められる。
だが、彼女にも限界がある。そう、食べる量の限界が。
「…インベントリ空けようと思って、持ってくる薬の量を減らしたのは間違いだったかも」
あたりに飛び散った血液は、トゲのような形で固定され、闇の中に光り輝く。
「…偽技【血濡れの罠】うっかり踏まないようにね?」
しかし、先程よりも太さの増した糸は、オークの足に絡みつく。何の気なしに彼らが動き始めた途端、切れる寸前に彼女の手の動きに合わせて糸が引かれる。
「グガッ!」
「…見えない糸に気を取られて、【寄生する肉片】には気づけないでしょ?」
太くなり強度を増したと言っても、所詮はただの糸であり100kgを超える巨体の体勢を崩させるほどのものでは無い。
しかしそれは、あくまで自分の体を自分の意思で動かせる場合の話である。
たとえば、巻きついた糸が離れることなくこびりついていたとしたら?それらの糸が千切られても別な場所で繋がっていたら?それは自分の肉体ではないのと同じではないだろうか。
「…やっと決定的な一撃をたたき込める」
紅髪の死神は命を刈り取るこの瞬間を待ちわびていたように、狂気的な笑顔を浮かべながら短剣を振るう。
「…必ず殺すから必殺【不条理な一撃】」
突きつけられたナイフは、血のトゲによって拘束されたオークたちの首を両断し、頭を落とす。
2体を相手に決められなかった一撃必殺も、捕らえたオーク相手に外す訳もなく、一瞬にして両者を屠った。
「…さてと、クエイフとイヴ姉はどうしたかな」
杖に流れる魔力を氷へと変換する。その過程に茨を思い浮かべて、形を作り出す。【凍てつく茨】が、膨張寸前のボムマン三体に触れたちまち凍りつく。
「ボムマン三体撃破です!」
凍ったボムマンの氷像が砕け散ると同時に、骸骨が闇の中から姿を現す。
はっきり言って魔法使いとスケルトンは相性が悪い。
サーベルを用いて近接攻撃を主とし、魔法に対する耐性が高い。破壊的な魔法─例えば爆発魔法や激流魔法のような─であれば、まだ通用するのだが、猛スピードで近づかれる以上自爆する可能性のあるそれらの魔法は使いにくい。
「まぁ、私には関係ありませんが…」
申し訳程度の魔法のプロテクトをかけて、近づく骸骨を迎え撃つ。杖に流れる魔力が段々と変化して行き、レイピアの形をとる。
「穿て、魔法の剣よ!」
本来隙間だらけのスケルトンにレイピアというのは分が悪い。だが、サーベルを持つ右手に的確に攻撃を当てていく。
だが、黙ってやられるほど愚かではないようで、イヴの綺麗な頬に血が滴る。かすったようなダメージではあるが、彼女は顔をゆがめ、血を拭う。
「大丈夫、あの時に比べれば、全然痛くない!」
思い起こすのは過去の屈辱。人としての尊厳を与えられず呪われた血だと蔑まれてきた負の記憶。
スケルトンの肋骨の中に不自然に浮遊する魔石目掛けて、レイピアを突進させる。しかし、あまりに単調な動きは骸骨の得物によって弾かれ、杖を手放してしまう。
「なんてね。10年以上杖無しで魔法を使わされてきたんです。いまさら、魔力の制御ができませんなんて泣きごと、私が言うはずないでしょう!【不発の爆発音】」
イヴの武器を弾き、ここぞとばかりに剣を振り上げたスケルトンの肋骨に触れながら、自分自身に魔力を巡らせる。
せいぜい、1mにも満たない範囲での爆発音。だが、その範囲内で増幅され続け破裂した音の塊は、白く腐敗した骨をふるわせる。
「あがッ!こんなもの…あの時、腕を折られた少女の悲鳴に比べれば、見世物として対峙した猛獣の唸り声に比べれば、なんて事ない!」
長きに渡った奴隷生活、その中で受け続けた痛みに比べれば1度の回復で治る痛みなど、痛みにすらならない。
その魔法の爆発音に耐えきれなくなった骨格は、ビキビキと崩れていき、ついには魔石にも傷がつく。そこから溢れ出てきた魔力は骸骨の体を維持することが出来ないようで、塵のように風化してしまう。
「ふぅ、クエイフ様とレイは終わったのでしょうか?」
3人とも戦闘が終わり、2人の方へ目を向けると、タイミングよく視線が絡み合う。
「「「…お疲れ」」様でした」
1秒ほど無音の時間が続き3人同時に口を開いては互いを労う。先へと続く階段へと足をかけ、いよいよ、4階層へと登りつめる。
……To be continued?
〈End推定4階層?【???の間】〉
荘厳な空気の中、一心不乱に祈りを捧げる人物がいた。
聖職者と思しき男は、丁寧に切りそろえられた髪型をしており、宗教道具なのか、黒い髪飾りをつけている。
首に下げられた護符は骨を繋げて作られておりカラカラと揺れている。
「天に召します主よ、どうか迷える子羊をお導き下さい。貴方様が創りしこの塔を攻略しようという、愚かな悪魔達に鉄槌を……」
「この世に神はいない!塔を創ったのも神ではない。私が証明して見せようか?」
歪な十字架を握りしめ、祈りの言葉を口にする神官にたいし、後ろから声が掛かる。新たに現れた男は泥だらけの白衣に身を包み、割れた眼鏡掛け直しながら、神聖な空気をぶち壊すように怒鳴る。
「アザピース、貴様が甦れたのは神の御業だぞ?それを愚弄するのか?」
「いいや、私が蘇ったのは私の科学力によってだ。ケルちゃんは戻せなかったがな。だが、あんな犬コロどうでもいい!お前も協力しろ。私の理論が正しければ、こんなチンケな塔にこだわらなくても良くなる。ついに私は奴を超えられるのだ!」
「研究者仲間の…なんといったかな?ナンタラ博士だったか?」
神官が首を傾げながら尋ねると、アザピースは仲間ではないと強く否定する。もちろん、名前も間違っていると。
「この塔を創り出した大バカ野郎さ、数百年、私は奴に勝つことを考えてきた。そのために塔創りも協力したのだ。神の力なんぞじゃない。」
「いいや、塔を創ったのはもう1人、三人で創り出したのだろう?私が敬っているのはあの御方だよ。」
その言葉にアザピースは驚愕する。この神官とは既に50年以上の付き合いになるが、ずっと本物の神を信仰しているものだと思っていた。
「あのイカレ女の宗教だとは思わなかったぞ…」
「人類種の中で唯一、不老不死、死者蘇生、人体錬成、命を冒涜し、侮辱し続けた女神様だ!あの御方をイカレだと?恥を知れ!」
「狂った女を好きになるのはキチガイということかな…。恋は狂信。まさしくそうなのだろうな、生命への反逆者にして死の教祖『××××』」
それは、口にすることも許されないカルト宗教団体の教祖の名前であり、この世界から250年も前に廃れ、消え去った宗教の名前でもあった。
……To be continued
今回から登場する教祖の名前ですが、宗教に対する批判や昨今の世界情勢を鑑みて具体的な名前を登場させることを控えさせて頂きます。
この教祖或いは宗教団体の活動及び行動は、実際の事件事故団体とは一切関係の無いことを改めて申し上げておきます。
さらに、他の宗派や団体に対する侮辱的な発言や生死に関わる非倫理的な考え方を肯定するわけでなく、フィクションの物語の一環である事をご理解頂けると幸いです。
重い話になってしまいましたが、作者がキャラクターの名前を考えるのを面倒に思ったから伏せ字なんだとでも捉えてください。少しはそういった側面があるので…。




