第60話 再戦及び敗戦
前の模擬戦から一週間後、イヴが部屋にやってくる。
「クエイフ様、少しよろしいですか?」
「ああ、どうした?」
「再戦をお願いします。」
たった一週間で、あの量の本を読み終わったのはすごいが、それだけで俺に勝てると思っているのだろうか?
だが、再戦の意思があるというのなら受けて立つのみだ。
「もしかして、レイもか?」
イヴの後ろに赤い髪が見え、なんとなく察する。
「……うん。」
俺は、塔のことだけでなく自分を高めようとがむしゃらな彼女たちにいつかの俺を重ね、にやりと笑みを浮かべる。そして二人の頭に手をかけて「行くぞ……」と声をかける。
家の地下室に、前と同じように並ぶ。
今度はイヴが先だ。
金髪がゆらゆらと揺らめき、ヒュォォと風の鳴る音がうるさく響く。
レイがゆったりと3カウントをし始めるとお互いに構えを取り、0の瞬間に備える。
「……1、……0」
開始と同時に光の矢と槍が発生する。魔法の速さ、鋭さは申し分なし。
だが、甘い!
もっとレベルの高い魔法使いとも渡り合ってきた俺からすれば、カタツムリのような速度でしかない。
だが、俺のほうが甘かった。敗戦を知った人間の強さは、俺が一番知っているはずだったのに。
「がはッ!!!」
見えない攻撃。何かの塊がぶつかってきたような感覚は、鼓膜を震わせ頭がガンガンする。
「音…か?痛てぇ!」
音の魔法は全部思い出せる、だが、どのダメージとも違う。
だとすれば、衝撃、透明、音、この三つを乗せた詠唱だろう。
意識が朦朧とする中、イヴが前傾姿勢で向かってくるのが見える。
思い切り横腹をけられ爆発した。
正確に言えば、蹴りつける瞬間に衝撃増幅の魔法を瞬間的に詠唱したのだろう。
思い切り吹き飛ばされ、壁際まで叩きつけられた体に灼熱が向けられる。
「クエイフ様の奥の手、さすがにもう無いだろうと思い込むことより、まだあるかもしれないと杞憂であるべきでしょう。だから、使われる前に決着をつけます!」
『神の目』は使えなくもないが、訓練という意味ではレイまで取っておきたい。だとするならば……
口の中でジョブチェンジといい、謎の声がそれを受諾する。
魔法には、あえて魔法によって対抗する。
「【対抗する水流】!」
装備も無く経験も浅い『ウィザード』では、イヴの魔法に反撃するには至らず、消失させるのみとなったが、少なくとも通用するということさえ分かればそれで構わない。
炎の後ろに十は超えるであろう光の矢を構え、一気に射出される。
「【対抗する暗矢】」
矢と矢がぶつかり合い爆煙が生まれ、その中をジョブの変わった俺の拳が突き進む。
「言ったはずです。あなたの動きは、後ろでずっと見てきたと!」
完全に捉えたはずの彼女の後頭部は、寸前で振り向かれ彼女の長い杖がこちらに迫ってくる。
「End流蹴撃術其の二【孔雀ノ舞】!!」
攻撃をやめて、足元を蹴り勢いを殺す。同時にバックステップをとり態勢を整えていると、その隙を与えんとせずに追撃が来る。
3種類の魔法をほぼ同時に展開、読み切れないようにタイミングをずらして、偽の詠唱を織り交ぜている。
火炎、水球、風刃、これらの魔法に対して追尾こそ付けられていないが、避けにくいことに変わりはない。
ジョブチェンジをして魔法を打ち消しているような余裕はなさそうであり、早く神の目を使えと言わんばかりだ。
だが、安心しろ。今回はお前にはみせてやらないさ。
同じやつに同じ奥の手が通じると思えるほど、塔はぬるくはない。
「End流蹴撃術其の四【雀孔坂逆】」
本来歩くはずのない手を軸に跳躍し、槍のように蹴りを放つ、火炎と水球には正面から貫き、風刃は横から叩く。
足が一瞬だけ切り刻まれ、血玉を膨らませる。
技を決め終えて立ち上がると、頬を光の矢が掠める。
たらりと雫が溢れるが、拭うことすらせずにイヴへと向かう。
走る最中にジョブチェンジをすると、まだ晴れることの無い煙の中で彼女の持つ杖に魔力が通っていく。
神の目を使わなくても見えるほどの濃い魔力が細剣のように形作り、切っ先をこちらに向ける。
金属の撃ち合う音がなり、俺の攻撃が弾かれる。
方や木剣、方や木の杖、金属の音などするはずもない異常ではあるが、あの塔でこのくらいの以上を引き起こせないでどうするというのだ。
レイピアは刺突武器であり、一撃必殺が少ない。
その分取り回しがよく、軽いため女でも扱いやすい。
一体どれほど練習したのかは分からないが、俺の攻撃を捌くことに特化している。
俺を見ていたというのは伊達じゃないようで、ほぼ全ての攻撃を、その細い鋒で逸らしている。
レイピアに対する有効手段はその軽さを利用すること、こちらの攻撃に少し力を込めれば押し切れてしまうことだ。
だが、彼女のことだ、小さなナイフなんかを隠し持っていそうで恐ろしい。
モンクの技である【孔雀ノ舞】を意識的に行い、バックステップをとる。一瞬で納刀して、即座に構えをとる。
「End流抜刀術其の一【一閃】」
本来、鞘の無い木剣、それも剣で抜刀など出来るはずもない。
ただ手をかけただけのお手軽とも言える構えだが、レイピアの一部を巻き込み、杖を弾き飛ばすことに成功した。
霧散した魔力は一瞬で霧の中に消えていき、彼女が近づいてくる。
「受け止めてください、クエイフ様!」
あまりに近すぎる。とっくに魔法使いの距離ではないし、武器を振るうことすらままならない距離だ。
それは拳でも同じであり、モンクに切り替えることも出来ない。だが、彼女は俺に抱きついてきた。
「勝負を……
「放棄した訳ではありません!【ボム】です!」
彼女が選んだのは簡単な話、自爆であった。
それは、前の俺が言ったイヴにはできないと断じた方法であった。避けられない。当たり前だ。至近距離にも程がある。
「私はお姫様なんかじゃないですよ?」
彼女の魔力が爆発し、俺の体が吹き飛んでいく。
体にまとわりつくような霧も晴れていき、風の音も打ち消される。
だが、俺は最後の最後に彼女がしかけた罠に気づいたのだった。
「あー、負けた!お前もしかしてさー、空飛んでた?」
「……!?気づいてたんですか?」
地下室で戦っているのに風が吹くだなんて有り得なかった。
それはつまり、彼女の魔法によって作られたものであることを示す。さらにいえば、いつまでも晴れない爆煙もおかしかった。
「光の矢と闇の矢がぶつかって爆煙が上がるわけがないんだよな。それに風が吹いているのなら、視界は開けるはずなのに、そうなることも無い。つまり…」
俺が言い終える前に、彼女は笑い、一言
「フフ、大正解です。」
「やっぱりな、じゃ、それを踏まえて反省会だ。まず、魔法の同時展開、これはもっとたくさんの魔法を使えるようにしておけ、爆煙も風も単調すぎる。それと空中戦ももう少し上手くやるといい。レイピアというアイデアは悪くない。それに動きもいい感じだった。今度からは俺以外の動きにも対応できるとより良くなる。」
総評として、かなりいい傾向だ。これからも頑張ってもらいたい。と偉そうに言っている俺は負けたのだが。
「次はレイ、お前だ。」
「…ん、よろしく」
イヴのカウントが始まり、俺は木の剣を構えており、レイは俺の物よりかなり短いナイフを得物としている。
「……1……0!」
「瞬間で、確実に殺す…!!」
猪などの獣を彷彿とさせるような突進は俺の左を通り、すぐさまターンを決める。
あまりの速さに、一瞬出遅れてしまうが、ギリギリ攻撃を阻止することが出来た。
「まだまだ…!必ず殺すから必殺……」
俺が彼女のナイフを防ぐと、その瞬間には俺の後ろに向かっていた。
弾かれた剣を構え直している余裕は与えてくれないようで、躱すことしか出来ない。
だがレイは、何度躱そうと何度攻撃を弾こうとも、また、突進を仕掛けてくる。
「…必ず殺すから必殺【不条理な一撃】!!」
「バカヤロウ、殺しにくるんじゃねぇよ!!」
振り切られたナイフを躱しながら、違和感の真相を探る。
そして、一つの仮定を導き出し、答えを見る
「End流奥義【神の瞬き】」
目に意識を集中させ、血をめぐらせる。燃え上がるほど真っ赤に染まった眼球がドクドクと脈打ち、他の4つの感覚が消え去っていった。
そして、わずか0.02秒のみ【神の目】を使い、代償は約0.1秒の盲目。これを大したことがないと言えるのは、アホかバカだけだろう。
頭を振って、目を冷ます。血が停滞しており、ドロドロと濁った音が鳴る。
「見えたぜ、レイ。糸だな?」
「……早すぎ。でも、だから何?【激痛特攻】!」
ギリギリで躱し、空間を無造作に切る。すると、レイは思い切り壁際まで転がっていき、舌打ちをする。
「種がバレちまえば、目を使わなくとも切れる。だが、いい技だ」
超極細の糸が地下室中に無数に張り巡らされており、彼女はその一本一本をコントロールすることで、超スピードの攻撃を繰り返していた。
その細さは余程視力が良くないと見えないものであり、それこそ、神の目をもってしても、ギリギリ見える程度の細さであった。
バレないようにと、俺の死角に回り込み一瞬だけ糸を太くゴム質に変化させることにより、立体的かつ助速的な動きをしていた。
発想だけで言えば、数段俺より上だろう。
だが、応用力でいえば俺の方がはるかに上だろうし、総合的に見ても、彼女は勝てないだろう。
技がこれだけだとすれば。
「……もう少し、これで戦うつもりだったけど、しょうがないか…。虚技【血管束縛】!」
不可視の糸たちが膨れ上がり血を巡らせる。
パンパンに膨れ上がったそれらは、見慣れているようでもあり、しかしくっきりと見ることは少ない静脈だった。
「…どうして私が血管を使うか分かる?」
「目くらましってとこか?」
「…ハズレ」
俺を腕を拘束しようとした血管を一振で蹴散らすと、両断された傷口から真っ赤な鮮血が舞う。
そして、俺の予想通り、血は視界を塞ぐ…と思ったのだが、
「…斬らない方が良かったんじゃない?虚技【持ち主不明の槍】」
血管から吹き出た血は小さな結晶片に形状を変化させ、その一つ一つが赤く煌めいている。
妖しさと凄惨さを兼ね備えたそれらは、雪のような儚さと、雨のような激しさで降り注ぐ。
「…血は生き物にとって最も重要なもの。出来ることなら手放したくないの。たとえ、簡単に作れるとしてもね」
前言撤回。発想だけでなく、想像力も負けていたようだ。
〔意志を確認【ジョブチェンジ〈ソードマン→ガーディアン〉】〕
瞬間で盾を呼び出し身を守る。盾では守りきれない箇所に槍が刺さり血が吹きでてくる。次第に自分の血なのかレイの血なのかが分からなくなってくる。
「なるほど。そりゃ持ち主不明って訳だ…」
誰に向けてでもなく独り言を呟くと、それが聞こえたのか、レイはニヤリと笑う。
「…クエイフ、私はこんなに想ってるのに、目を逸らすの?酷いね」
血飛沫の槍ばかりを相手していたせいで、彼女はご機嫌ナナメのようで、木のナイフをこちらに向けながら、再び糸を貼り直し、今度はバレてもいいと思っているのか、空中でターンを決めている。
そして……
「…必ず殺すから必殺【不条理な一撃】」
紅髪の死神は、ついに俺の首元に死の宣告をする。
さらに、全身を膜で覆うかのように糸が纏わり付き、一本一本が俺の体を抑えていた。
「マジかよ……。両方に負けるとか、腑抜けにも程があるな……。」
だが言い訳をさせてもらえば、俺が2人に与えた課題は予想より早く攻略され、2人に仕向けた土俵は思い切りひっくり返されてしまった。
そんな状況であれば十分にギリギリ善戦だったと言えなくもない。
「はぁ、最近負ける事が増えた気がするな……。」
「……たまには下の景色も良いもんでしょ?」
……To be continued




