第52話 元・骸骨騎士の練習場
俺たち3人は塔内転移で家に帰る。
ちょっとしたレベリングのつもりが、まさか一度奈落に落ちて戻ってくることになるとは思わなかった。
「なんてゆうか、運が悪かったな…。」
2人は賛同するも、その声は蚊の鳴き声よりも小さく、隣にいなければ聞こえないほどだった。
「その…私のせいで…すみませんでした!」
リビングのドアを開けると、イヴはすぐに謝り始める。
「どうか…罰を受けるのは私だけにしてください。奴隷の分際で差し出がましいことを言っているのは重々承知の上です。それでも、レイをご主人様のお側に置いてください。」
「お姉ちゃん…。」
彼女達が『奴隷』という立場だったことを今更ながら思い出し、懐かしく思いながら鼻で笑う。
「俺はさ、まだ答えは出せないけど、二人とも同じぐらい愛してるんだ。じゃなかったら命かけてまで守らないよ。きちんと答えが出るまで3人で一緒に居たっていいじゃないか。二人にとってみれば恋敵がすぐ目の前に居るってのは嫌かもしれないけど、俺は二人とも大切にしていたい。」
両方を選べないというのなら、どちらかを選べるまでは手元に置いておきたい。そのくらいは許されて然るべきだ。
「さて、この話は終わり。イヴを家から追い出すとかはないし、それ以外のペナルティもない。レイも必要以上に責めたりするなよ。それと、俺の装備が整って俺とイヴの体調が落ち着いたらボスフロアに行くから準備しといてね。」
2人が頷いたのを確認してから部屋に戻る。
明日は、ヘーパイストスの所で鎧と盾の新調をしなくてはいけない。その前に大倉庫でアイテムをうるのが先決だろうか。
どちらにせよ、明日は塔に潜ることはないだろうな。
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翌日─
「これは…派手にアレしたな。塔ってのは、そんなに過酷なのか?」
「まぁな。」
「これじゃアレできるか分からんぞ…。」
ヘーパイストスは、困ったように鎧を見ながら頬を掻く。
「どうせなら、新しくする。」
「だろうな。そっちの方が確実にアレだと思うぞ。」
ふむ、作り直すのは確定として、どんな素材で作ろうか…?
「それについてはあてがある。新しい金属が開発されたんだ。モンスターの素材によく馴染むらしい。運良くお前が前にアレした素材が大量に残ってるから、材料費については考えなくていい。」
そう言って実際に見せてもらった金属は、塔の壁と同じような色をしているが、塔の壁特有の魅力や惹き付けられるような魔力はない。
「これ、なんてやつ?」
ゲームでは、いくつかの金属の話は彼自身から聞いている。
鉄や銅のような身近な金属はもちろん、オリハルコンやミスリルなどのファンタジー系の金属についてもそれなりに知識は持っているつもりだ。
「モンスタンド合金と呼ばれてるもので、そっちのバケツに入った液状のものは、スライムと混ぜたモンスタンド合金です。混ぜているモンスターの素材によって材質が変わる特殊な金属なんですよ。ちなみに、スライムと混ぜたものはスライタンド合金って呼ぶんですよ。」
店の奥から煤まみれのキュロクスが現れる。
「この金属のおかげで毎日忙しいんです。でも、金属としての『打ちがい』みたいなものがすごくあるんでやりがいがあるんです。」
彼は嬉しそうに説明するが、俺は別のことを考えていた。
(ゲームでは登場しなかった初めて聞く金属だな。というか、最近ゲームとは全然違うぞ。キュロクスといい、マーキュリー、イヴとレイ。他にもゲームに登場してない奴が多くいる。三階層にあんなイベントはなかったはずだ。)
ふと目に入ったバケツの中には、どろどろのスライタンド合金が怪しく発光しており、ターコイズのような特徴的な青色をしていた。
「アントルとかと混ぜたものもあるのか?」
「当たり前だ。」
ヘーパイストスが刀を打ちながら答える。
「できる限り堅くて斬撃耐性があるもの。それと、雷耐性も。」
「雷?雲の中にでも突っ込むのか?」
「まぁ、似たような所だ。」
三階層のボスは、スケルトンナイトというスケルトンの上位互換である。斬撃攻撃により高いダメージを与えてくる上、光属性の魔法以外ほとんど効かない。
言うまでもなく厄介な敵だ。
そのフィールドに間違いなく突っ込んでくるであろう『テンキクズシ』。もしかしたら交戦するかもしれないアバドンと魔王。
「とりあえず、任せとけ。完璧にアレしといてやる。」
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〈End三階層【ネザートロワーム▪元骸骨騎士の練習場】〉
何度か野良のモンスターと戦闘し、鎧の着心地を試す。
割と軽い上、防御力も高く基本的に文句はない。
先に進み、練習場のドアをノックする。
まぁ、別に返事が来るとは思ってないが……
「どうぞ?」
女の声だ。
なぜ?おかしい。罠だ。
心の中で大音量の警鐘が鳴る。
後ろの2人をちらりと見たあと頷き合うと、ドアを開けて転がり込むように中に入る。
「【マジックエンチャント:ボム】!」
「【ハイ・ファストアロー】!」
盾で2人をかばいながらすぐさま攻撃を開始する。
爆発魔法を付与された高速の矢は、返事をした女めがけて放たれる。
「おいおい、ニンゲンには『ドアを開けたら転がり込んで攻撃する』というマナーでもあるのかい?」
余裕ぶった表情で安楽椅子に腰掛け、何やら分厚い本を読んでいた少女は、本を閉じると片手を自分めがけて飛んでくる矢に向けてかざす。
「【曇天の盾】」
レイの矢は灰色の雲に包まれると、ボフッ!というぬいぐるみを殴ったかのような柔らかい音とともに失速して、地面に落とされる。
「【雲は形が変わる】」
モコモコとした羊毛のような雲が少女の足を包み込むと、彼女は落ちた矢を踏みつける。
当然ながら爆発魔法を付与した矢であるので、鈍い衝撃音が鳴り響き魔法による火薬の匂いは部屋中に充満する。さらに、発生した煙は彼女だけでなく俺たち3人も包み込む………ように思われたが、そこには爆発した形跡すらなく、爆発の衝撃を、足を包み込んでいた雲で押さえ込んだ少女であった。
「ふぅー。案外強力な魔法じゃないか…。一瞬抑えきれないかと焦ったよ。」
「お前、人間じゃないな?ここにいるはずのスケルトンナイトはどうした?そもそも、お前は一体何者だ?」
彼女は余裕の表情を一切崩すことなく、やれやれとばかりに首を振る。
わざわざ手を肩の横にもって来るオーバーリアクションぶりが余計に腹立たしい。
「質問は一つずつにしてもらいたいな。伝記で読んだが、アインシュタインも同じように重ねて質問をしたらしいぞ。いや、エジソンだったかな?」
「……!?その知識、どこで手に入れた!」
「さぁねぇ?知りたかったら拷問でもして吐かせてごらんよ?」
Endの世界に相対性理論なんてないし、魔道具はともかく電球なんてものも存在しない。
つまり、それらを作った俺の世界における偉人というのは存在しないはずである。
「私が人間かどうか?ふぅむ。本音を言えば分からないけれど、君たちとおなじ種族じゃないことは確かだよ。」
「スケルトンナイト?そんなもの最初からいなかった。ここに来たのはオークだけだったよ。」
「私が何者か?それは、私が1番知りたいことだよ。そのためにありとあらゆる知識を手に入れようとしているんだからね。」
少女はこちらに手をかざすと、指を1本ずつ折り曲げてゆき握り拳を作り始める。口の端を歪めるように笑い、こちらに向けてかざしていた手を自分の方へ引き寄せた。
それになんの意味があるのか分からず、思考を重ねていると後ろから少女のうめき声が聞こえる。
「レイ!?」
振り返ろうとする途中で、彼女の小さな体が吹っ飛んでゆくのが目に入る。
「【雲は形が変わる】…。私に勝ちたければ…この先に進みたれけば、油断しないことだ。」
「お前が俺たちを攻撃するメリットはなんだ?欲しい情報ならくれてやるぞ?」
余裕の表情に、不敵な笑みを加えて彼女は首を振る。
「知識は当然私の正体を知るために必要だ。だが、知識を得るには対立が発生する。そしてそれには力が必要だ。そして…」
そこで彼女は言葉を切り、仰々しい動きとともに俺たちを指さす。
「君たちを殺して、力の証明をする。」
シンプルな殺人予告。そして彼女は間違いなくそれを実行するだろう。
「なら、無理やり押し通る!」
「やれるものならやってみろ!」
〔意志を確認:【ジョブチェンジ〈ガーディアン→ソードマン〉】〕
特殊インベントリに盾を収納し、ロングソードを取り出す。
少女へ向けて横凪に払うと、雲に包まれた右手によって抑えられてしまう。
「力は少ない。角度も浅い。ついさっきは盾を持っていたことから、『ソードマン』は本職じゃないだろう。」
「だからなんだ……?」
「いや、相手が本職じゃなければ、こういうことも出来るんだよ。」
ロングソードを掴む力は少女のものとは思えないほどの力強さで、振り払うことが出来ない。
剣を掴まれたまま足をすくわれると、俺の体は空中に浮いてしまう。背中に衝撃が伝わると思い身構えていると、少女は片足を上げ始める。
俺の腹に少女の踵落としが直撃する。腹部と背中、両方に伝わった痛みは、俺を悶絶させるには十分すぎるほどであった。
「弱いな。呆気ない。」
「ふざ…けんなッ!」
仰向けの状態から、瞬間的に立ち上がると傍らで見下してくる少女にロングソードで斬り付ける。
油断していたのか、彼女に浅く傷をつけ血を滲ませる。
涙のように垂れるちの雫を拭うことなく、彼女は突進をしてくる。腰を低く落としながら、前傾姿勢で走ってくる姿はサイやバッファローなどの動物を連想させる。
「クエイフ様は1人じゃありません!【ファイア】」
イヴの放った魔法は、少女に直撃し体勢を崩すことに成功する。
イヴのヒールを受けて回復したであろうレイは、片手にナイフを持って跳躍とともに接近する。
少女は魔法が直撃して体制を崩しているにも関わらず、跳躍により空中から攻撃してくるレイに左フックを当てる。
レイはそれを予想していたのか、肉体変形によりいなされる。
「【雷雲纏】」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチッッッッ……
しかし、少女の方が一歩上をいっていた。
左フックをいなすために触れたその瞬間で、体に纏わせていた雲から電撃を放つ。
レイはその一撃で意識を失い気絶する。幸い呼吸こそしているも、あのままでは確実に死ぬだろう。
少女は、気絶したレイを肩に担ぐと片手で持ち上げパフォーマンスのように遠くへ投げる。
「レイ!」
投げられた彼女を必死でキャッチし、壁に叩きつけられることは免れた。
イヴにヒールを任せ、ロングソードを構え直す。
「まだやるか?お前らでは私に勝てないぞ?」
「いや、間違いなく勝てるね。」
ボス部屋の端から中央へ向けて走り出すと、彼女も合わせて走り出す。
ロングソードの剣先が地面につくのではと言うほどまで下ろし、彼女が近づく寸前で振り上げる。当然、そんな単調な動きは彼女の雲に包まれた手によって阻まれる。
「【ジョブチェンジ〈ソードマン→モンク〉】」
剣を手放し回し蹴りを喰らわせる。
その足も掴まれるも、小さく跳躍し彼女の手の中の足ごと、体を回転させる。
至近距離からの頭突きをすると、少女は掴んでいた俺の剣を離す。そのまま少女の首に足を絡めいつでも絞められるようにする。
今までは、剣を掴まれていたので、ロングソードをインベントリに収納できない状況で、手元に戻せずにいたが、自分以外の誰も触れていなければ、特殊インベントリに収納することが出来る。
そのゲーム的システムを利用して、すぐさまソードマンにチェンジし、特殊インベントリに収納され直したロングソードを首元に向ける。
それを利用して
たとえ剣を弾かれても、交差した俺の足が彼女の細い首を絞める。後ろでは回復したレイが矢を引き絞っており、イヴの方も詠唱は完了してあるようだ。
「ハハハッ。ジョブが変わるのか…。それは目では追いつけないはずだ。だが、最終的な詰めは甘い!」
最後の最後まで余裕ぶった不敵な笑みを崩すとこなく、少女はこちらを見つめる。
「【暴風爆発】ッッッッ!!!!!」
……To be continued




