第50話 天国からの雷撃
雷撃はイヴの杖に引き込まれるかのように、彼女の寸前まで降りてくる。
俺は全力で跳躍し彼女を抱きしめると、そのまま転がるように雷を避けた。
しかし、無駄だと嘲笑うかのようにもう1発の雷撃が雲の中で鳴っている。背中がチリチリと暑い。
地面に押し倒した状態のイヴは、瞳が濡れており俺に避ける意志がないことを悟っているようだ。
レイの声が遠い。あんなにも、心は近づいたにも関わらず。
イヴの声が聞こえない。こんなにも間近で触れているというのに。
〔意志を確認:【ジョブチェンジ〈ソードマン→ガーディアン〉】〕
「【身代わり】」
1発限りではあるが、パーティが受けるダメージを全て引き受ける。ガーディアンの特別な技だ。
「イヴ、レイに愛してるって言っといてくれ。」
パチパチパチ……
雲の中の雷撃はチャージが終わったのか、光を出して外に出ようと暴れている。
雲はその暴走に耐えきれずに、雷を離してしまう。
抑えるものがなくなった雷は、先程からの異常気象を操るものの思惑通りに俺に降り注ぐ。
「イヴ、愛してる…
ドズゥゥゥゥゥーーン!!!!!!!!!!!!!!ガラガラガラガラガラッ……
それは、雷撃などと生易しいものではなく、正しく神の顕現というものであった。
「クエイフ様?クエイフ様!」
「クエイフ!」
背中は、皮膚なのか装備なのかわからないほどに焼け焦げて、グシャグシャに混ざり合っていた。
体中を高電圧が巡ったためか、白目の状態であり半開きの口がその痛みを伝える。
全身から匂ってくる死の匂いと、皮膚が瞬間的に焼け焦げ、短い時間で内蔵の腐った匂いが、鼻にダメージを与える。
「【フル・ヒール】……【フル・ヒール】!【フル・ヒール】……」
どうして彼が息を吹き返さないのか、言うまでもなく、その命が尽きたからである。
「クエイフ様はまだ生きています!」
「イヴ姉、魔石なら沢山ある!」
レイはインベントリに入っている魔石を全て取り出す。
コロコロと地面に転がってゆき、そのいくつかをイヴは手に取る。
魔石をひとつでも持っていれば周りの魔石も同時に反応する。
彼女は杖を構え祈るように詠唱を始める。
「冥府に落ちし魂よ。
世の理を捨て去れ。
我が魔力により、死を超越せよ!
【リバイブ】」
反応はなく、クエイフは目覚める気配を全く見せない。
「冥府に落ちし魂よ。
世の理を捨て去れ。
我が魔力により、死を超越せよ!
【リバイブ】」
失敗したのではない。魔力が足りないのである。
ゴブリンやスライム程度の魔石と、チートがあるとはいえ、ステータスはウィザード程度。
上級魔法の『リバイブ』を使えるはずもない。
「どけ。」
いつの間にか、3人の後ろには青年が立っていた。
モンクなのか、武器らしい武器も持たずにモンスターハウスをソロで歩いている。
かなり高レベルの探索者であることが伺える。
しかし、くすんだような青い髪の毛がその表情を隠しており、淡々とした口調と相まって怒っているのかと思わせる。
「そいつ。しぬ。だめ。まだ。」
奇っ怪な暗号のような話し方にイヴは戸惑う。
ふとレイの方を見ると、何故か理解出来ているようで、普通の答え方をする。
「…どういうこと?どうしてクエイフはまだ死んじゃダメなの?何があるの?」
「待って、レイはなんでこの人の言ってることがわかるの?」
レイは少し考えて首を傾げると、鮮やかな赤髪が彼女の濁った左目を隠す。
「わかんない。でも、『そいつはまだ死んではいけない。』って言ったのは分かった。」
イヴは全くわからなかったと呟き、我に返ったようにクエイフの蘇生を始める。
「魔力。ない。必要。むだ。もっと。」
「魔力が足りてない。それ以上やっても無駄だろう。もっと魔石が必要だ。って言ってる。」
イヴは唇を噛みながら目を潤ませる。
「分からないじゃないですか!運良く、蘇生できるかもしれないじゃないですか!私が犠牲になったとしても!クエイフ様は……!レイのために!蘇生しないと!」
「君。生きる。誰。」
「イヴ姉が生きているのは誰のため?そいつの身代わりになるため?私の姉になるため?こいつの嫁になるため…は?」
「君。生きる。君。」
「イヴ姉がイヴ姉のために生きることをこいつは応援してるって…」
すると、彼の首筋から1匹のバッタが飛び出してくる。
そのバッタは、クエイフの背中に潜り込むと体の中で動き出す。
青年はだんだんと人間ではない姿へ変化し始める。
怪物という名のふさわしい、口が大きく広がり手足はカエルのように退化してゆく。口内は、そのまま奈落に繋がっているのではと言うほどの黒に覆われており、皮膚は灰色と紫の中間のような色であった。
イヴとレイ、どちらかが悲鳴を漏らす。いや、両方かもしれない。
「蘇生可能時間はとっくに過ぎた。ここからは俺の仕事だ。」
そして、青年は普通に話し始める。
生きとし生けるものは、死んでしまえばただの灰になる。
だが、魂は風化せずに奈落へと引きずり込まれる。
青年─奈落の王アバドンは、クエイフの魂を、この世から消滅し奈落へと落ちた魂を現世に引き上げる。
たった1匹のバッタにより……
ここはどこだ?
死んだのか…
それの目には必死に誰かを蘇生する少女が目に映る。
叫んで泣いて喚いて、誰かを蘇らせようと必死に詠唱を重ねる。
俺は知っていた。あの少女の蘇らせようとする誰かはもう蘇らないことを。
なぜ知っていた?
分からない。
誰だあの男は…?
少女と傍らにいたもう一人の少女は警戒心を顕にしながら、突如として現れた青年を見つめる。
すこし3人が俺には聞こえない生きた会話をしていると、俺の足元に1匹のバッタが現れる。
「初めまして、クエイフ。俺はアバドン。お前が今いる奈落の王にして、魔王直属の兵士だ。」
クエイフ…誰だ?俺のことか?
話そうにも話せない。口の中は焼け焦げ、灰が詰まっているかのように全く開かない。
「無理に話そうとするな。奈落の空気を吸うと戻れなくなるぞ?さぁ、バッタに掴まれ。」
掴まれと言われても身動きが取れない。しかし、それを伝えることも出来ない。
俺が思案していると、バッタは俺の足元を器用に飛び跳ね手元に来る。
「お前は『テンキクズシ』ごときで死ぬべきじゃない。魔王の元で嘲笑われながら、すべてを悔いて死ね。」
「アバドン様!そいつは蘇生を受けておりません。20秒経ちましたので奈落に落とすところでございます!」
「変更だ。こいつは俺が連れてゆく。」
「左様でございますか…。では、そう申請させていただきます。」
姿の見えない何かが、俺の上で話している。
奈落というのに、上にあるのか。
「ふふふ、滑稽だろう?魔王様にもアスモデウスにも言われたさ。だが、好きな女を連れてくる時は、高いところから見下ろす方が喜ばれるからな。」
バッタは俺の手を引きどんとん下に降りてゆく。
そうか、俺はクエイフというのか。
あの少女はイヴとレイ。二人とも可愛らしい子だ。
「クエイフ様!」
金髪が顔にかかったまま話しかけられるが、答えようとすれば、その綺麗な髪を食べてしまうことだろう。
やんわりと髪を払いのけ起き上がる。
「ゴホッゴホッ!……アバドン。」
「なに。」
「礼は言わない。だが、感謝はしている。どうして俺を助けたのかは知らない。さらに言えば魔王に殺される気もない。」
「そうか。」
グシャグシャになった鎧により、背中にジリジリとした痛みが伝わる。
それ以上に2人を悲しませてしまったことが辛い。
既に人間の形を放棄し異形となっていたアバドンは、徐々に手足が戻ってゆく。
変色した皮膚は人間らしい肌色に戻り、口は小さく縮小していく。
「シャドモルス。【コール】」
すると、影のように黒いナニカが、アバドンを包み込み地面に押しつぶす。
トプンッという独特の音を立てて、アバドンと影は消え去る。
「家に、帰ろう。」
……To be continued?
「アバドン、おかえり。ついでにそのまま報告しろ」
魔王はいつになく真剣な顔で、凄惨な笑みを浮かべることなくアバドンに命令する。
「テンキクズシは、間違いなく暴走してる。『バグ』の可能性が高い。おそらく自我を持っているのが原因だと思う。クエイフが一度奈落に行ったけど、奈落の王として現世に戻したから大丈夫。」
平静を取り繕っていたが、魔王の顔は怒髪天を衝くような表情に変わってゆく。
「絶対に許さない。あのふざけた小娘を殺しに行く!着いてくるのはアバドン、お前だけでいい。」
「イヴにあんな思いをさせたやつを許さない。間違いなく奈落に落とす。」
いつになく殺気立った魔王とアバドンを、シャドモルスとアスモデウスは呆れたような顔で見ていた。
……To be continued




