第45話 鍛冶神話
カンカンッと、鉄を叩く音が響く。
「はい、こちらの武器のメンテナンスですね。えーと、明日の夕方には完了していると思います。」
少し甲高い受付嬢の声が裏の鍛冶場の音と混ざり店内に響く。
「いや、受付嬢って…。『嬢』じゃないんですけど。」
受付嬢─キュロクスは、開いていた手帳に今受け取った武器の詳細を書き込む。
「師匠、ククリタイプでグリップの巻き直しと刃磨きです。」
「キュロクス、やってみろ。」
「分かりました!」
師匠─ヘーパイストスは振り返らずに右手の鎚をロングソードに叩きつける。
キュロクスはククリナイフのグリップを外し、ゴミ箱に捨てる。新しいグリップを巻き直し、気に入らないのかまた外す。
「どうしても曲がるな。ゆっくりやるか…」
3回ほど、巻いては外しを繰り返し満足したのか、自分で握っては「よしっ」とうなづく。
床に固定された縦型の研磨グライダーの前に座るとスイッチを入れる。魔石にのこる魔力によって動いている魔導グライダーは、キュロクス専用のもので師匠のヘーパイストスですら触れることは無い。
ククリナイフを色々な方向から見て、刃こぼれしている部分を探す。
「この人、柄に近い部分で切る癖がある…。先端は…硬いものに打ち付けた後…。もっとナイフを丁寧に扱わないと…」
グライダーの前でブツブツと呟きながらナイフを当てると、ギャリギャリと刃の削れる音が部屋に反響する。
少し削っては刃先を確認するため、研ぎ音は響いたり音が止んだりと、ひとつの歌のように奏でられる。
「ちょっと打ち直ししよう!」
ククリナイフと同じ素材を用意し、キュロクス用の鎚をもつ。
キュロクスの使う鎚はヘーパイストスのものよりも軽い。
巨人族ではあるが、ステータスが特別強いという訳でもないので、サイズが大きい分、軽い素材を使っている。
「うん。見える!いい感じ…」
「何がアレだって?」
「あ、師匠!」
師匠に、たった今打ち直したククリナイフを見てもらう。
「おいキュロクス!ナイフをなんだと思ってる!」
「え…?」
「これはククリナイフで、斧に近い形状だろう。」
「そうですね。」
刃が分厚く、刀身は短い。さらに、ブーメランのように曲がった形状が特徴の武器だ。
「なら、何でこんなに刀身が薄いんだ!」
「いや、結構分厚いですよ!」
「このタイプのナイフはもっと分厚くして、大きくするんだよ!」
「そんなんじゃ、使いにくいじゃないですか!」
「元から上級者用の武器だからな。」
「じゃあ、どうなるのか見せてください。」
ヘーパイストスは、先程キュロクスが使った素材の3倍ほどの量を用意し、ククリナイフを加工し始める。
その様子を熱心に見つめては、メモを取る。
最終的に出来た武器は、キュロクスの作ったものより2倍ほど分厚く、さらに、大きく生まれ変わっていた。
「これで、敵を倒せるんですか…?使いにくそうですけど。」
「そう見えるんならまだまだ見習いのままだな。」
返事の声は体に似つかず小さく、落ち込んでいるためか項垂れている。
「おい、シャワー浴びてこい。出かけるぞ。」
「え?店は?」
「アレしとけ。」
きっかり1時間後─
「随分なげぇな?アレだけだろ?」
「えぇ、まぁ…。」
「女の風呂は、たとえシャワーでも長いよな。」
「へ?あぁ、お母さんとか超長いですよね。僕には30分で上がりなさいって言うのに、自分は1時間も入ってますもんね。」
2人は、故郷と母のことを思い出しつつ、吹き出す。
「さて、パフェでも食いに行くか。」
「パフェ!?」
急すぎる展開に、キュロクスはついていけない。それでも、師匠の後ろをついて歩くしかないのだが…。
『どなたでも歓迎!マイノリ喫茶店』
「ここはな、俺の知り合いがやってる店なんだけどよ。そいつ、普通の人じゃねぇんだよ。」
「…?」
「呪い子」
「…!」
人々から虐げられる呪い子。
そんな人が店主をやっている少数派のための喫茶店。
「いらっしゃいませ?あ、ヘーパイストス?来てくれたんだ?お隣の子は?」
「アレのアレだ。」
「ヘーパイストス武具店の見習い鍛冶師をやらせてもらってるキュロクス・トロです。えっと、師匠、この女性は?」
ウエイトレス姿の女性は、白いエプロンをフワリと浮かせながらクルリと一回転する。
「ヘーパイストスのお友達のウィチル・マーティンです?『滅国の魔女』って名乗った方がいい?」
滅国の魔女─その名前は、一部の国では口にすることすら許されないほどの名前であった。
今から200年前、とある小国が一夜にして壊滅した。
とある魔女の『呪い』によって。
「私はその一族よ?」
「えと…その…何があったんですか?」
「……私のひぃひぃおばあちゃんはね?体が石になる病気だったの?常にってわけじゃない?緊張したり?気持ちが高ぶると体の一部が石になる?でも?ある日魔女によってその呪いを解かれた?代わりに別の呪いをかけられてね?」
彼女の祖先は石になる呪いは解けたが、代わりに共有する呪いをかけられた。
「初代魔女はね?呪いが解けたと思って嬉しくて?新しい足でベットをはね回ったの?そしたらね?みんな嬉しくなっちゃったのを共有してね?」
麻薬のように喜びを共有させられた国の人々は、狂ったように喜んだ。やっと呪いから解放されたとばかりに、国民は大騒ぎ。祭りのように囃し立てた。
しかし、それに気づいた彼女は悲しんだ。
私の感情が私だけのものじゃなくなる。
そのことに恐怖した。
国は、全てが怖くなった。
それでも、彼女を殺そうという意思は生まれなかった。
その国の国民に感情は無くなってしまったから。
彼女が驚けば国は傾く。
彼女が恋に落ちれば、その男は国中に追い回される。
呪いを与えた原初の魔女は、彼女に子供を産ませた。可愛い娘だった。その娘にも、娘を産ませた。その娘にも、そのまた娘にも…
「その末裔が私?」
「話し方は変だが良い奴だ。仲良くしろよ。」
「ああ?魔女の呪いは?ほとんど無力化されてるから安心して?触れているものとしか共有出来ないから?呪いは健在だけどね?」
一応言っておけば、話し方がおかしいのは、呪いとは関係ない。
「えと、僕は見ての通り巨人族です。まぁ、呪い子であることは見ての通りです。」
彼の呪いの話はまた別の機会に……
「ウィチル、暗黒パフェと純白パンケーキ。あと、夢のようなコーヒー2つ。」
「そんな趣味の悪い商品名付けてないわよ?普通にパフェとパンケーキとコーヒー2つって言いなさい?」
空気を読まないヘーパイストスは、しんみりとした空気を打ち破るかのようにウィチルに注文をする。
しばらくすると、注文したものが運ばれてくる。
「わぁー。美味しそう!」
「店主はふざけた面だが、なかなかアレだろ?」
「ふざけた面で悪かったわね?」
ヘーパイストスの頭をメニューで叩き、伝票を置いてゆく。
キュロクスが何気にその伝票に目を通すと、
『友達料金で安くしてあげる♡1万Gでいいわよ。』
と書かれていた。
師匠にそれを見せると、苦笑いを浮かべながら
「あのバカ、相変わらずアレなことをしやがる。そいつの冗談だ。ほっとけ。」
キュロクスが食べたパフェは、これまでにないほど甘く、美味しかった。
「甘いけどしつこくない味で、アイスの部分も少し溶けているのが、また、味を引き立てて………
「キュロクス、分かったから。うるせぇ」
「お会計1万Gになります?」
「ほい」
彼が出したのは100G金貨1枚。
「チッ面白くないわね?1000Gよ?」
すると、ヘーパイストスは、さらに9枚の100G金貨を出した。
「全部小銭でよこすんじゃないわよ!?」
……To be continued




