第43話 もっと深い地下へ
深いまどろみの中で、いつもと違う感触の枕に違和感を覚えつつ寝返りを打っていると、不意に柔らかいナニカに接触する。
(いい匂いだ。柔らかい。)
少しこちらに引き寄せ、抱きしめる。
小さいが、とても心地いい。この世界に来る前、両親と一緒にフラワーガーデンに行った時のことを思い出す。真っ赤な椿のような、花の匂い。
「母…さん。」
俺の母親も花の匂いがするシャンプーを使ってたな。
「……お母さんじゃないけど、我慢して…。」
今まで抱きしめていたナニカは、モゾモゾと動き出し俺の頭を抱き返す。
さっきよりもダイレクトに花の匂いが感じられ、心地よい波に揺らめいているようだ。そのまま、小さな手つきで頭を撫でられる。
……撫でられる?
無理矢理にでも、俺の頭を抱きしめるナニカを引き剥がそうと手を伸ばす。
「ひゃぁ!」
聞きなれた甲高い声が耳を通り抜け、柔らかいナニカはこちらから離れていく。
「レ…イ?え?俺の部屋で何してんの?」
「…違うけど?ここ、私とイヴ姉の部屋。」
周りを見渡してみると、俺の部屋にはないような女の子らしい装飾で溢れていた。その景色を見ると、だんだんとここに至るまでの経緯を思い出す。
「そうだ、レイと添い寝をしようと思ったんだ。で、寝ちゃってたのか…」
「クエイフ、とうとう…!」
「違う。いや、違くはないけど、まだイヴの答えが出てない。レイにだけ答えるのは平等じゃないし、不誠実だ。もう少し、考えさせてくれ。」
俺が手で制しながら言うと、レイは見たこともないような笑顔で上機嫌に言う。
「答えを出そうと悩んでるってことは、塔を言い訳にするのはやめたんだね。私はクエイフの出した答えなら、どっちを選んでも満足だよ。」
俺は、改めて彼女に惚れていることを自覚した。
それは、塔の事や、彼女のチートのことではなく、レイという一人の女性に対する、真っ当な恋愛感情から来るものだと、その笑顔を見て気付かされた。
リビングに降りると、ソファの上でイヴが寝ていた。
時刻は夜の11時。起きているはずもない。
ベッドは俺とレイが占領してしまっていたので、仕方なくソファで寝たのだろう。
ダイニングテーブルには、夕食と思われる魚のフライがラップをかけられた状態で乗せられていた。
イヴを2階のベットまで運び、フライの乗った皿を魔導レンジにいれ、スイッチを入れる。
この世界にも電化製品は存在していて、電力の代わりに魔力や魔石が使われている。
いわゆる電気代というのは、一般の人は魔力が低いため、魔石を購入し、使っているのだが、その魔石代のことである。
水道料金やガス料金というのも、高い魔力を持っていない人は、殆どが魔石を買って動かしている。
蛇口をひねって水が出るのも、魔石によって水を浄化し、水を運んでいるからできることなのだ。
ジリリリリリリリリリリ!
魔法を使ってレンジを動かしていると、魔力暴発を起こしやすいため、聞き慣れたような「チン!」という音ではなく、うるさい目覚まし時計のような音がするのである。
まぁ、この世界に目覚まし時計は存在しないが。
「レンチンでもイヴ姉の料理は美味しいね。」
「だな。」
イヴをお姫様抱っこで2階まで運んだ時、揺れていた2つの魅力を思い出しつつ、フライを齧っていた。
レイの言葉通り、1度冷めて、レンチンした料理でも味を損なわない料理は、そんな劣情もすぐに打ち消してしまう。
次の日─
「昨日の夜は、クエイフ様のお手を煩わせてしまったようで、すみませんでした。」
「いや、別に気にしなくていいよ。俺はある意味運が良かったから。」
その意味がわらからなかったようで、首を傾げるだけだったが、Endの準備をしてくるように促すと、素直に部屋に戻っていった。
すれ違うように出てきたレイにすねを蹴られ、
「お姉ちゃんに変な事言うと、昨日私のことお母さんって呼んだことバラすよ?」
あれは、夢じゃなかったのか…
そんなふうにナチュラルに脅されたりもしたが、まぁ、いいだろう。
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〈End三階層【モンスターハウス】〉
計算どうり再出現まで、いくらか時間があるようで、ハウス内にはモンスターの気配がない。
しかし、ハウスの向こう側には、こちらを伺うような影があった。
「マルシェがいるな…。イヴ、牽制に1発打ってくれ。」
「分かりました。【フラッシュ】」
イヴの放った光の球体は、部屋の向こう側からこちらをのぞき込む影に直撃する。
間近で光球が破裂したため、敵の視覚は耐えられずに焼き切れたようで、目を抑えては苦しそうに呻いている。
「【ライトアロー】」
目が見えないので敵は先程からフラフラとハウス内を移動しているだけで、反撃できる様子がない。
そのスキを当然のようにレイの矢が貫く。
俺がトドメを指すために前に出ると、影の後ろから爆弾に棒のような手足の生えた奇妙な生物が現れる。
「やべぇ!」
〔意志を確認:【ジョブチェンジ〈ランサー→ガーディアン〉】〕
「熱逃しの盾!」
「【ボム】」
咄嗟に盾を構えるが、2mもないような敵との距離により、その威力はほぼそのままの状態で衝撃が加わる。
まさか、マルシェオンブルの後ろにボムマンが隠れているとは思わず、みすみす自爆を許してしまった。
熱によるダメージは運良く防げたが、爆発魔法の衝撃までは殺せなかったようで、未だに宙を舞っている。
「いってぇ!」
鎧まで付ける余裕は無く、ランサーの防具のまま背中から床に叩きつけられる。
爆発と同じほどの衝撃により、体が麻痺する。
見間違いでなければ、2体目のボムマンがこちらに向かってきているような気がした。
すると、前衛職でもない2人は、背中をさする俺の前に立つと、それぞれ杖と弓矢を構え、ボムマンにそれらを向ける。
「よくも、クエイフ様を…!」
「…絶対許さない」
ボムマンには、自爆攻撃しかないので、俺にダメージを与えたやつとは別の個体なのだろうが、彼女たちはお構い無しに攻撃を仕掛ける。
敵の方も、弱っている俺を見てチャンスと思っているのか、唯一の攻撃を唱え始める。
「【ボ……
「【エンチャントアイスアロー】!!!」
最後まで詠唱をさせてもらえなかったボムマンには、見たこともない大きさの氷の矢が刺さっており、背中を打って動けない俺は、彼女達の息ぴったりな合わせ技に度肝を抜かれていた。
……To be continued




