第42話 妹の英雄譚
【塔内転移】で、塔の外にでる。
そのまま、キュレーの手を繋ぎながら大倉庫に向かう。
「お兄ちゃん、これが終わったらデートしたいな!」
可愛らしい笑みを浮かべ、上目遣いでこちらを見てくる妹に若干ときめきながら、喜んで了承する。
大倉庫にむかうと、午後2時という中途半端な時間のためか人は殆どいなかった。
見間違いでなければ、師匠とレイさんのような人がいた気がする。まさか、あの二人がこんな早くから塔を出てているわけもないので、そっくりさんだろう。
アキダリアさんに、ゴブリンの皮と、依頼には関係ないドロップアイテムの買取をお願いする。
「ゴブリンの皮、確かに受け取りました。こちら、報酬の3000Gと、それ以外のドロップアイテムの650Gになります。」
スライムの体液しかドロップしなかったので大した金額にはならなかったが、それでもデート資金ぐらいにはなるだろう。
「お兄ちゃん、私アイスが食べたいな♡」
握っている手をほんの少し強めに握られ、可愛くおねだりされてしまえば、断ることは出来ない。
「もちろんいいよ!何味のアイスがいい?」
「んー。みかん!」
妹の季節外れな果物に、苦笑いを浮かべ、みかん味のアイスが売ってそうな場所を探す。
とりあえず、商店街を歩けば彼女の興味が別なものに移るかもしれないので、その辺をフラフラとうろついてみることにしよう。
「お兄ちゃん、あのお洋服欲しい!」
キュレーが指さしているのは、まさしく彼女が着るのに相応しいようなピンク色でおびただしいほどフリルのついた子供用のドレスだった。
値段を見てみると8000G。
財布を見てみると4622G。
キュレーにはお金を持たせていないので、僕達の全財産はこれだけになる。
しょうがない。可愛くて愛らしい妹のためだ。かっこいいところを見せなくてはな。
「キュレー、お兄ちゃんはあの服を買いに行くからちょっとだけ離れてるからな。1時間…いや、30分だけあそこの喫茶店で待っててくれる?」
「えぇー…じゃあ、あのお洋服いらないから、お兄ちゃんと離れたくない。」
キュレーの可愛い頭を撫でて一言謝る。
「ごめんな、キュレー。貧乏なお兄ちゃんを許してくれ。すぐ戻るから。あそこでパフェでも食べて待っててね。」
それでも彼女は、口を尖らせて僕の服の袖を離さない。
出来れば僕も無茶はしたくない。だが、それ以上にあのドレスを着たキュレーを見てみたい。
「すいません、デラックスパフェ1つ。あと、持ち帰り用のアイスティー1つください。」
店の中に入り、席に着く前に注文を済ませる。
キュレーだけを席に案内してもらい、アイスティーのカップ片手に店を出る。窓際から妹の姿が見え、その表情は目の前のパフェで誤魔化そうとしているが、寂しさが滲み出ていた。
「全く、キュレーにそんな顔させるなんて、お兄ちゃん失格だな。」
【塔内転移】で、一気に二階層まで転移する。
師匠には怒られるだろうが、妹のためだ致し方ない。
〈End二階層【アザピース研究所・狂科学者の研究室】〉
転移場所は、二階層のボス部屋。つまり、敵も普通より強い。
だが、そんなことは大したことじゃない。
特殊インベントリの【崩硬の大剣】を取り出し、無作為に振るう。
たったその一振りでアントルの首を切り落とす。
大剣の腹を盾にして、アーチャーゴブリンの弓矢を防ぎ、腰に差した護身用の短剣を投げつける。
運悪く短剣は外してしまうが、無茶な体勢で避けようとしたゴブリンの体は、突き出した大剣に吸い込まれるように、深く刺さってゆく。
大剣を戻し、ロングソードを代わりに取り出す。
先程のアーチャーゴブリンにトドメをさし、近くのアントルの心臓にロングソードを突き刺す。そのまま、横薙ぎに振るい回転する。
大剣より威力は格段に低いが十分にダメージを与えられるようだ。
「ьщфщы!」
なんと言っているのかは分からないが、ゴブリンメイジの魔法が飛んでくる。
ほのかに熱量がある所から、【ファイア】だと思われる。
「カウンターウォーターソードッ!」
師匠の話によると、魔法職は属性魔法であれば【カウンターマジック】で、反射できるらしい。
というわけで、自分もそれを剣でやってみようと思ったのだが、なかなか上手くいかない。
ウォーターソードそのものは発動したのだが、敵の魔法の威力を殺すだけで、相手に反撃できた様子はない。
「【ソードブラスター】」
出来ないとわかったので、即座に敵を仕留める。
こうした、ちょっとした戦闘の合間にも、敵は少しずつ増えている。
キュレーとの約束の時間は、もう半分もない。
運が悪いのか、未だにドロップアイテムは無く、この程度の魔石ではせいぜい6000G程度までしかいかないだろう。
「しま…ッ!!」
ちょっとした慢心から、魔石の計算なんてのやっていると、アントルの牙は顔のすぐそばまで迫っていた。
「あぶねッ!」
一瞬早く気づいたおかげで、ギリギリで剣を持っていない左手を顔の前に出し、致命傷は免れた。
しかし、まだ左手にはアントルの牙が刺さっているため、動かそうにも動かせない。
無事な右手のロングソードを敵の脳天に横からぶち込み、牙を引き抜く。
左手は、激痛で使い物にならない。
アントルを蹴り飛ばすのと同時にスライムが飛んでくる。
どうやら、【スラ・ストライク】の威力のようだ。
「寸前で避けても、100以上はダメージを食らうだろうな…」
すれ違うようにスライムを殺し、魔石を傷つけないよう慎重に取り出す。
また【塔内転移】で、外に出ると、そのまま駆け足で大倉庫へ向かう。
「アキダリアさん!今回だけこの素材たちを8000Gで売らせてください!」
「どうしました!?」
ある程度かいつまで事情を説明すると、スライムの魔石が綺麗だったから、総額1万Gで買い取ってくれるらしい。
こんど、飲み物でも買って埋め合わせをしてあげよう。
急いで先の服屋へ向かい、ドレスを買って包装してもらう。
女性服売り場に息を切らせながら女児用のフリフリのドレスを購入する青年…。
傍から見れば、完全に捕まるだろうが、誰も何も言わなかった。(不審者すぎるから)
「おまたせ、キュレー!ハァハァ…あと、水をください。」
どうやらアイスティーは、戦闘中に落としてきたらしい。まだ、一口か二口しか飲んでないのに、もったいない。
「お兄ちゃん!1分遅刻、許さな…え!?怪我してる!」
キュレーに詠唱付きで【ハイ・ヒール】を掛けてもらい、左手の怪我を治す。
しかし、それで誤魔化されるような彼女ではないため、また、怒ったような仕草をする。それがまた可愛いのだが…
「ごめんよキュレー。お詫びにこれあげるから。」
僕が彼女に差し出したのは、オレンジ色の冷たい球体─つまりはみかんアイスである。
「わぁー!お兄ちゃん大好き♡」
驚くような手のひら返しだが、それ以上に、今日1番可愛い笑顔でこちらに抱きついてくる女神に思わず頬を綻ばせることしか出来なかった。
……To be continued?
「ただ今帰りましたー」
「シィー。クエイフ様とレイが寝てるんです。」
レイさんはともかく、師匠まで寝ているとは珍しい。
キュレーもそう思ったのか、杖を構えながら
「敵の魔法?」
と聞いている。
寝ている2人に配慮したのか遠慮がちなイヴさんは小さな声で
「いえ、ちょっとイチャついているだけです。」
と寂しそうに言った。
……To be continued
補足のコーナー
塔内転移の取得条件、
End一階層【小鬼獣の小部屋】を踏破すると、探索者として認められ、『塔内転移』が使えるようになる。
以降、ボス部屋を超えると、その場所が転移先として登録される。つまり、ボスと戦ってなくても問題ない。
あくまで、転移先はボス部屋のみ。
例外として、塔の外に一つだけ転移先が設定できる。




