第41話 兄の冒険記
わざわざ助けてくれた師匠とは、別の道を歩むことを望んだ僕達は、再び大倉庫に来ていた。
今回、大倉庫に来たのは素材を売るためではなく、冒険者として依頼を受けられるようにするためである。
このことばかりは師匠を頼れないので、自分の実力と運で何とかするしかない。
不安気にこちらを見上げてくるキュレーの手を握り、覚悟を決める。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「えと、冒険者登録をしに来ました。」
「それでは、第5取引所までお進み下さい。」
言われるがまま、第5取引所まで歩く。
まるで役所のような対応ぶりから、苦笑いを浮かべそうになるも、大倉庫の職員は公務員だったことを思い出し、笑えなくなった。
「はじめまして!私はヴィーナス・アキダリアと申します。以後お二人の依頼の仲介や、素材の鑑定、値段交渉など。その他様々なことを担当させていただきます!」
師匠の担当であるマーキュリーさんより、ほんの2、3歳ほど若そうなセミロングの女性が、笑顔で握手を求める。
それに笑顔で応じると、キュレーから足を踏まれた。
脱色させたような茶色の髪が時々口に入りながらも、冒険者規約や、依頼についての説明をする。
お世辞にもうまいと言えないそれを聞き流しながら、キュレーの機嫌をどうやって治そうか考えていた。
「では、こちらの書類にお名前と冒険者規約を読んでいただいてサインお願いします。代筆致しますか?」
識字率が決して高くないこの世界では、代筆はよくあることだ。が、師匠にみっちり教えて貰っていたので、自分の名前ぐらいなら自分で書ける。
ちなみに師匠が書けるようになったのは、スキルのおかげらしい。忌々しいことに、アザピースも持っていた『博学スキル』で、覚えたとの事だ。
イヴさんは、魔法使いなので勉強しなくても覚えたらしく、レイさんはもともと、勉強が好きな天才肌なので師匠に教えて貰いながら一緒に勉強していたはずが、教えている師匠以上に天才になっていた。
「えー、カークス・ファルカシスさん。キュレー・ファルカシスさん。ギリギリですが冒険許可年齢を超えているので、ライセンスを発行しておきますね。」
「お願いします。」
今更だが『ファルカシス』とは僕達の姓だ。
「お二人は、兄妹だったんですね?てっきり恋人かと思っちゃいましたよ。」
「あはは…」
「やっぱりそう見えるんだ…♪」
てっきり怒るかと思ったが、キュレーは大人しい。むしろ機嫌が良さげだ。
「それでは、お二人に初の依頼を受注してもらいます。どこか場所の指定はありますか?オススメは『紺鉄の谷』のスライム討伐なんかはどうでしょう?」
「あ、いえ。『End』の依頼はありませんか?」
「『End』ですか…!?えと、その…ない訳では無いんですが…オススメは出来ませんよ?普通のフィールドなら死んでも、蘇生屋にもよく会えるので、危険は小さいですけど、塔に蘇生屋は入りませんからね。とても危険ですよ?」
その事については師匠に一通り教わった。もちろん知っているが、それでも僕はあの人を追いかけるために、塔に入らなくてはならない。
あの人の弟子を名乗るなら、あの塔を冒険し尽くさないといけない。
「別にいいんじゃない。死ぬ気はないんでしょうから。」
「リウス先輩!」
「マーキュリーでいいって言ってるでしょ。低学院からの仲なんだから」
低学院というあまり聞きなれない言葉だが、レイさんが前に教えてくれたおかげで、2人がどれだけ親しいのかなんとなく察しがつく。
その時に師匠が『ゲームでは出なかったな。高校みたいなものか…』と呟いていて、どういう意味なのか未だに分からない。
「ファルカシス君。クエイフさんと一緒に大倉庫に来てましたよね。改めて、冒険者登録おめでとうございます。ご存知の通りあの塔は自殺の名所ではなく、度胸試しで行くような場所でもありませんが、承知の上ですか?」
その言葉の裏には『覚悟』を問われているようでもあり、アキダリアさんに話しかけた時のようなフレンドリーな口調とは変わった、優しい受付嬢としての声で聞かれている分、『凄み』があった。
「妹を守るために、あの人を追いかけるために、『End』を冒険します。その覚悟は、師匠の前でしてきました!」
「キュレーちゃんはどうですか?」
「私は…」
そう、僕がどれだけ覚悟を決めていようと、彼女がイヤだと言えばそれまでだ。
「私は…お兄ちゃんについて行く。」
「本当にそれでいいの。人について行くだけ?」
「違う。私が私の意思で、お兄ちゃんについて行く。それが正しいと思ったから!」
2人の受付嬢は、ふっと目を細め、笑った。
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〈End1階層【アインス洞窟】〉
今回はこの1階層でゴブリンの皮を取りに来た。
ギルドを通しての依頼なので報酬は普通に売るより上乗せされて貰える。
まぁ、報酬で決めた訳ではなく難易度や条件で決めたのだが…。
「お兄ちゃん!スラ2ゴブ1」
「了解!」
師匠の教えその1、後衛職が索敵をする。
前衛は後衛が安心して索敵をできるように、決して自分より後ろに踏み込ませない。
「【崩硬の大剣】!」
全てを切り裂く大剣を抜刀する。
その勢いのままスライムに突進、たった一撃で弾け飛んだスライムを気にせず、剣を振り回す。
もう1匹の方のスライムも魔石を真っ二つに割られ絶命した。
「【フレイム】」
キュレーの魔法によりゴブリンの右半身は燃えてゆく。
師匠達なら、レイさんの『解体スキル』があるのでゴブリンを燃やさないように注意するのかもしれないが、僕達はとにかく殺せば、一定の確率でドロップするので問題ない。
「援軍!ゴブ…4!」
「チッ!もう要らないのに…」
特殊インベントリを操作し装備を変える。
「【デュアルアントナイフ】!」
キュレーからは多少離れるが、接近するゴブリンに近づいて腹を切り裂く。
傷は浅く致命傷には至らない攻撃だが、その傷口を狙って蹴りつける。痛みに悶えているゴブリンを放っておき、キュレーの方へ走るゴブリンの首にナイフを押し当て動脈を引きちぎる。
「【ファストスピード】」
キュレーの魔法は、優しく僕を包み込み、身体能力を底上げする。
チョコマカと動くゴブリン相手に大剣だと不利だが、魔法により速度の上がった僕は、短剣と同じスピードで、いや、それ以上の速度で、ゴブリンの元へ走り込む。
「回転!【台風烈断】」
だるま落としのように体を細切れにされていく2匹のゴブリンは、寸前までこちらに爪を向けて威嚇するも、二回転目には完全に死体を斬っている感覚だった。
大剣の血を拭き取り、イヴさんのサンドウィッチを食べているとキュレーは、ちょこんと隣に座り
「お兄ちゃん、一段落したしもう帰ろう?」
と、小首を傾げながらあざとく提案してくる。
断れるはずもなく、そうそうに塔から離脱したのだった。
……To be continued
補足のコーナー
幼稚園や保育園などはなく、5歳になると国の義務教育である低学園(小学校みたいなもの)に入学させられる。
大体2年間ほど通う。
7歳に卒業したあと殆どの生徒が高学園(中学校のようなもの)に進学する。高学園からは義務教育ではない。
高学園では5年ほど勉強するが、出席義務があるのは最初の3年間のみで、それ以降(10歳を超えると)は自由だ。
この10歳が要であり、塔に入れるようになるのも冒険者登録できるようになるのも10歳。
なぜなら、ジョブにつけるようになるのはどれだけ早くても9歳10ヶ月以降のため。
低学院(高校)は、卒業という制度が無く、授業料を払えばいつまでも勉強していられる。
高学院(大学)は、15歳以上で試験に合格すれば入学できる。
前に、低学園を卒業してから一切勉強をしていないのに、試験にまぐれで合格してしまった人がいたらしい。




