第37話 装備の進化
鉄の溶ける匂い、金属を打つ音、熱に晒され赤く光るアントルの甲殻、全身から吹き出る水滴と、肌の焼けるような熱量、キュロクスが、アントルの殻を叩く度に、口の中に独特の苦味が広がる。
俺達が殺した命は、形を変え、また別の命を殺すことになる。そのこと考えると、苦味はより一層強くなる。
「キュロクス、武器に使う金属ってのはな、その武器が壊れないように打つんじゃねぇだよ。敵を壊せるように、打つんだ。」
「はい」
響く男の声。届かない巨人の声。
「キュロクス!壊れない武器に、価値はない。壊れたその瞬間に、武器の価値ってのは1番高まるんだよ。」
「はい!」
怒鳴るような鍛冶師の声。叫ぶような見習いの声。
「キュロクス!!最後の一打ちまで、武器のことだけを考えろ。打ち終わったら、今度は使い手のことだけを考えろ。」
「はい!!」
吠えるような誰かの声。喚くような何かの声。
熱く焼ける鉄は、彼には、見えていない。
赤く燃える剣は、彼には、見えている。
「お前が、それを剣と認識するその時まで、打て!叩け!燃やせ!それが、お前の作る武器だ。」
「はいッ!!」
俺は、圧倒されすぎて、『すごい』とも言えなかった。
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〈End二階層【アザピース研究所・正門】〉
一階層の洞窟らしいゴツゴツとした土の地面とは一転、研究所らしい不気味なリノリウムの床に変わる。
薄く錆びて汚れたその床に目を落とすと、条件反射のようにカークスの顔は引き締まる。
どこからどう見ても不機嫌そうなしかめっ面で、わざとらしく靴音を高らかに鳴らしながら、剥がれかけた床を蹴り飛ばす。
アザピースはよほど嫌われているらしい。
「カークス、アントル2。ゴブメイ1、ゴブ…1?」
「珍しいですね。ゴブリンとメイジが二人きりなんて…」
アントルとゴブリンは、とにかく単独行動や、少数で動くことを嫌う。
最低でも三体。多いと無制限に湧いてくる奴らが、これだけ少ないのは気になる。
「メイジ行きます!」
カークスは、短剣を二本引き抜くと、姿勢を低くし、ゴブリンメイジに近づいていく。
顔が床についてしまうのではと言うほどスレスレを走り抜け、メイジに魔法を打たせるスキも与えず、左手をアッパー気味に振り上げる。
持っていた短剣は、ゴブリンメイジの腹を切り裂く。
しかし、モーションが大げさすぎたために近くのアントルが、すぐにカークスへ牙を向ける。
「…ッ!!ウワッ!!」
運がいいのか、すぐに気付いて、アントルの口の中にもうひとつ持った短剣を自分の右手ごと押し込む。
「カークス、体勢を崩すくらいなら、大剣を使え!」
「すいませんッ!」
アントルと違って、本当に至近距離にいたゴブリンは、やっとのこと状況を理解したようで、持っていた小さな棍棒をカークスに振り下ろし始める。
当然ながら、体勢を崩し、背を地面に着けているカークスにそれを避けきれるとは思えない。
今にもその棍棒を振り下ろそうと、叫び声をあげるも、それを黙って見ているようなら、この塔の、この階層に、立っていられるわけが無い。
「振り下ろすにも遅すぎるぞ?【点破砕槍】ッ!!」
我ながら流れるような速さで一瞬の状況を判断し、瞬間的にゴブリンの頭を吹っ飛ばす。
ヘーパイストスの新たな武器。
これは、アントルの硬い殻ですらぶち破る。間違いなく二階層までなら最強の槍だ。
「尻拭い、ありがとうございます!」
「おお、あとは、存分に振れ。」
唯一、微妙に遠い位置にいたアントルへ向かい、カークスは走り抜ける。
特殊インベントリを操作し、速度を維持したまま、大剣を引きずる。
ほんの少しだけ大剣を浮かせ、地面と並行するように持つと、アントルの隣を走り抜ける。
彼の、あの大剣での攻撃は、たったそれだけで十分だ。
「砕断ッ!【崩硬の大剣】!」
硬いものを崩す。
ただその為だけに作られた特別製の大剣なのだから、アントルの甲殻なんぞ、バター感覚でぶった斬れるだろう。
当たり前のように真っ二つに切り裂いたアントルの死体から、魔石を取り出し、先に進むことにする。
当然ながら、新しくなった装備品はアントルの硬い甲殻を貫けるように作られている。
まさか、あんな簡単に切れるとは思わなかったが…。
「そういえば師匠、師匠はレイさんとイヴさんの、どっちが好きなんですか?」
「は?」
「お付き合いとか、してないんですか?ほら、レイさんとは相思相愛みたいな感じですけど…?」
「いや、べつに…?友達みたいな感じだろ。つか、そんな色恋気分で浮かれたまま、塔に入るのか?自殺にしては風情がないぞ?」
「でも、守るべきものがある人の方が強いってよく言うじゃないですか?」
それは一理ある。
一理あるかもしれないが、〈End〉は、そんな理屈が通用する場所ではない。
そんな、なまっちょろいような塔ではない。
ゲームの中で、何度この二人を見殺しにしただろう。
何度メルクを裏切っただろう。
さよならも言えないまま、ヘーパイストスの店を訪れなくなったことが、何万回あっただろう。
いままで、ゲームキャラだからと割り切って、簡単に捨ててきた命は、この現実の〈End〉で誰かが生きるための命だ。
「誰かを守る前に、自分を守れなきゃ、この塔に入る資格はない。そういう場所なんだよ。ここは…。」
「それでも…」
今にも泣きそうな顔で、苦しそうな顔で、絶望を知り尽くして、なお立ち上がろうとする覚悟に満ちた顔で、カークスは反論する。
「たとえ、守れなくても、誰も大事にできないのは、逃げてるだけですよ。ここに立つには、この床を踏み鳴らすには、たしかに死ぬ覚悟を決めなきゃいけない。でも、決して、生きる希望を捨てていい理由にはならない。大切な人と、明日も笑っていたいと、願わなくてもいい理由にはならない!」
「もっと真剣に、人を愛してください。たとえ、簡単にあっけなく死んでしまうとしても、誰かのために生きてください!誰かの生きる理由になってください!」
彼は、熱く語る。
人を愛すか…
「わかったよ。これからはもっと真剣に、それこそ、この塔に向き合うように、お前達に接するよ。」
……To be continued
次回予告
恥ずかしい宣言をしたクエイフだ。
次回はいよいよ三階層。
え?カークス別行動なの?いや、いいけど…。
次回
カークスの決意と三階層
アンドゥートロワ!




