第36話 塔での幕間
体が軽い。
今までにない感覚!
速い!異常なまでに!速すぎる!
「Lv2スライム4、ゴブリン6。ゴブメイ2。」
右手に持った小刀で、アントルの首に浅く傷をつける。
師匠のジョブ【エンチャンター】により、毒の付与されていた小刀は、一瞬遅れながらアントルに膝をつかせる。
倒れた敵の頭を踏み潰しながら、リノリウムの床を駆け抜ける。
ここは2階層
あの研究者の顔がチラつく度に、ナイフを振り回しては、頭の中からかき消す。
特殊インベントリに設定してある壊れかけの大剣に持ち替え、近くのゴブリンを両断する。
もっと!速く!あの人のように!
「カークス伏せろ!」
前傾姿勢のまま、駆け抜けていると、ふいにあの人の声が聞こえる。
少し足に力を入れるだけで、前転の要領で転がってゆく。
体勢を整え、両肩を床に打ち付けながら3回転ほどすると、その上をスライムが通りすぎる。
「【ファイアボール】」
空中を先の自分と同じようなスピードで飛んでゆくスライムを、寸分違わずに狙撃する師匠。
僕は起き上がることなく、じっとしている。
当然ながら、ゴブリンたちは、僕を取り囲もうと、群がってくる。
「【八方剣山】ッ!!」
予想通りに僕の仕掛けた罠に嵌ったゴブリン共は、腹や頭、足に腰、その他様々な箇所にナイフが刺さったまま、叫び出す。
愛用のロングソードを取り出し、生きている奴らにトドメを刺すと、師匠の方も終わったらしい。
いや、すぐに追加の敵が来たようだ。
それもそのはず、今僕達がいるのは、ボス部屋の一歩手前である。
「運が悪いな。」
「師匠、『酔い』の方は大丈夫ですか?」
【ウォリアー】【エンチャンター】【ウィザード】と、次々にジョブチェンジをしたので、師匠の顔色はかなり悪い。
「大丈夫だろ。まぁ、魔石は全部使っちまうかもな。」
そう言うと、インベントリから魔石を取り出し、足元に転がす。1番大きなものを右手に掴み、左手を接近してくる敵に向ける。
「火よ、暴走せよ。
炎よ、尽き果てろ。
【ボムラ】ッ!」
師匠が詠唱したのは、中級魔法。もちろんレベルが低いので詠唱短略は出来なかったようだけど、やはり、あの人は強い。
足元に転がるいくつもの魔石は、燃えるように赤く輝くと、すぐにその光を失う。
それは、魔石が魔力を肩代わりしたことを示している。
真っ直ぐに打ち出された火炎の球体は、先頭を歩いていたアントルの群れに直撃し、形を変える。
「やべ、近すぎた…。つか、魔力切れで動けねぇ!」
助けに行くにも間に合わない。というか、自分自身すら危うい状況…!
どうしようもないと頭を抱えている間にも、爆発の熱量は、間近に迫ってきている。
「……はぁ、私の好きな人は世話が焼ける。【カモフラージュ】。……カークス君もこっちきた方がいいよ。」
突如、師匠に覆いかぶさるように現れた女性は、僕を手招きすると、透明な布を被せる。
それは、魔法で作られたもののようで、後で師匠に聞くと
『あれは、ハンターの切り札だ。【カモフラージュ】って魔法で、あの布の中にいる間はモンスターからは、見つからないし、よほど強い上位職じゃないと見破れない。それに1度だけありとあらゆる攻撃を無効化する効果がある。』
との事だ。
「レイ!助けに来てくれたのか!サンキュー!」
「…偉い?褒めて…。あと抱いて…」
「いやー、抱いてはやらんが愛してるぞ!」
師匠はレイさんをあしらうように頭を撫でる。
なんとも微笑ましいことだ。
「クエイフ、ここは塔の中、油断しないでね。」
「分かってる。」
「それと、夜ご飯はスパゲティだって。」
なるほど、ならば早めに帰らなきゃいけないな。
「もう少し、素材集めるか…。」
魔力回復ポーションを飲み、師匠は立ち上がる。
さて、先に進むとしよう。
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〈ヘーパイストス武具店〉
レイさんに助けて貰ってから、3回ほどLv2のスライムと交戦し、キリのいいところで、ヘーパイストスさんの武器屋へ向かう。
ドアを開けると、相変わらずの心地いいような鉄の匂いが漂い、へばってしまうような暑さの店内では、巨人族の青年がヘーパイストスさんに迫っていた。
「お邪魔しました…。」
ゆっくりと扉を閉めた。
「師匠。今度はスパゲティじゃなくてカルボナーラが食べたいですねー。」
「ははは、カークス。俺じゃなくてイヴに頼めよ。」
「おいおい!違うぞ!!何か勘違いをしてないか!?」
ヘーパイストスさんが慌てた様子でこちらに向かってくる。
「これはアレだぞ?アレがアレしてアレのやつが……」
「あー、師匠黙っててください!僕が説明します!」
2人の話を聞き終え、要約すると
「つまり、これからもレイの装備はキュロクスが作るんだな?」
「だから、僕はまだ素人です!そんな大役出来ませんよ!」
「お前、俺の弟子になってから何年経ってんだよ。出来の悪い見習いでも、刀の一本や二本、打ってもおかしくないからな。そもそもお前は、アレだろう。優秀な方なんだからもっと早くから炉を貸してやってもよかった!」
つまり、その小さな言い争いから、巨人族のキュロクスさんは、ヘーパイストスさんを押し倒すことになってしまったわけか。
まぁ、さして興味がある訳でもないので、訳の分からない師弟争いに巻き込まれる前に、要件を済ませてしまおうと、師匠は話を進める。
「なぁ、素材持ってきたから、武具を作ってくれよ。」
「ああ、それは任せろ。キュロクス、仕事だ。」
「師匠!1本だけ、打たせてください。カークスさんの大剣。僕が作りたいです。」
「勝手にアレしろ。」
太陽も傾いてきたし、明日は作ってもらった武器を紹介することになりそうだ。
……To be continued
次回予告
どうも、キュロクスです。
レイさんが使う短剣の素材を考えてたら、スライムの体液を沸騰させてました。
師匠、冷蔵庫にモンスターの水液を入れるのやめてください。水道水と間違えて煮沸消毒しようとしちゃったじゃないですか!
次回は、『さす師匠』の話になる予定です!
次回!
装備の進化
…サ○エさんみたいな次回予告してんじゃねぇよ。
師匠、それこそ、口癖でぼかしましょうよ。




