第19話 守られたものの気持ち
ホブゴブリンを倒したことによりレベルが上がったことを確認して、塔を出る。
〔探索者による、スキルを獲得しました。〕
〔【塔内転移】…攻略済みの階層であれば、転移が出来ます。〕
〔現在、転移可能なのは、〈End正門〉〈小鬼獣の小部屋〉のみとなっております。〕
どうやら、二階層に行けるようになったことにより、新しく探索者のスキルを取得したらしい。
と言っても、これはゲームにもあったので、さほど驚くことは無い。
まぁ、そんなことは置いといて、一度家に帰って休憩をとりたい。
「ただいまー」
つい、いつもの癖でただいまと言ってしまうが、誰もいないので、返事は聞こえない。
「……おかえり。」
…聞こえないと思ったのだが、後ろにいるレイから返事が返ってきた。
その後、イヴに無理を言って、少し贅沢な夕食を作ってもらい、一階層攻略祝いとした。
……レイが半分寝ながら食べるという凄技?を披露したのは、どうでもいい話なので割愛する。
翌日の早朝、家のチャイムがなる音で目を覚ます。
「はいはーい?今開けます。」
玄関のドアを開いて、来客を出迎える。
そこに立っていたのは、俺の母親ぐらいの年齢の中年のおばさんであった。
「……朝早くにすみません。クエイフさんのお宅ですか?」
「…ええ。私がクエイフですけど…?」
おばさんは、物悲しげな表情で、
「〈End〉の第一階を攻略したと聞きました。それで…息子を…息子を見ませんでしたか…?」
と、痛々しく弱く儚げで切なげな声で聞く。
俺は、たったその一言で理解してしまった。
塔の、残酷さを改めて、知ってしまった。
おばさんの嗚咽混じりの話を聞くと、息子さんは2年ほど前に塔の中で探索者をしていたそうだ。
そこそこ、実力があったらしく、後日聞いてみると大倉庫でも、知っている人は多かった。その実力のおかげか、はたまた運か…なんにせよホブゴブリンと戦うことになったらしい。
「息子は…前日に『絶対倒すんだ!』って言って…何度も装備を確認したり、念入りに準備をしたり…小さい頃は、すぐに泣き出すような泣き虫だったのに…あんなに、大きく育ってくれて…。」
彼女は、泣き腫らした目をさらに真っ赤に染め、何度も目をこする。
「お願いです!生きてるとは思っていません。ですが、あの子が死んでしまったという実感を…せめてあの子におかえりを…言わせてください。」
家の可愛い2人はまだ寝ている。起こす事は無いだろう。
これは、俺のエゴだ。だが、ゲームの主人公ならではの、エゴだ。助けることは出来なくとも、救うことは出来る。
なら、俺は…
「分かりました。」
俺は、強く頷き小鬼獣の小部屋への転移を開始する。
転移する寸前に、少し気になったことを聞いておく。
「…そういえば、どうして俺が第一階層を攻略したことを知ったんですか?」
「…テレビで見ました。新聞にも載ってますよ?」
びしょびしょのハンカチを握りしめたまま、彼女は答える。
この反応を見るに、どうやら、騙し討ちの可能性は無さそうだ。
〈第一階層 アインス洞窟〉
転移した先では、なおも焦げ臭い匂いが漂っていた。
辺りを見回すと、ホブゴブリンと戦った時には見落としていた、亡骸や錆びきった装備、他にもわけのありそうなアイテムがそこらに転がっていた。
一つ一つ手に持って、それっぽいものを探していく。
1時間後、ありふれたような、世界でたった一つのお守りを発見する。その裏には、息子の名前が書いてあった。
また、転移してきて家に戻る。
「すみません、遅くなりました。このお守り……息子さんに渡したものですよね?」
「……分かってたつもりでした。2年も帰ってこない段階で、もう二度と帰ってこなかったことは、知ってました。でも…どこかで信じたかった…!まだ、生きてるって…!」
おばさんは、お守りを握りしめ…すすり泣く。
塔は…どこまでも残酷で、非情だ。
「どうして…貴方なんですか!どうしてうちの子じゃ無いんですか!何がいけなかったんですか!?息子は弱かったですか!?」
「…貴方の息子さんは、強いですよ。」
「あなたに何がわかるんですか!」
「分かりますよ!!!」
突如、イヴの声が響く。
「クエイフ様は知っています。あの塔の中で死んでしまった人が誰一人として弱くなかったことを…。クエイフ様はそういう物を見るたびに、『死んだ人間は、実力が足りなかったわけじゃない。運が悪かったんだ』って、おっしゃいます。」
「…じゃあ、息子は運が悪いから死んだんですか!貴方達は運がいいから生きてるんですか!?…そんなの許されない!」
「いや、許されるよ…。あれはそういう塔だ。」
先ほどの叫ぶような声とはうってかわり、子供を諭すような優しい口調でイヴは言う。
「貴方が死んだ息子さんに出来るのは、私たちを責めることではありません。息子さんに、温かいご飯を作って、お帰りということです。それが…なによりもの弔いになります。」
しばらく、誰も話さなくなる。無音だけが部屋を守っていた。
「…お守り。ありがとうございます。…私はもう帰ります。」
そう言って、彼女は家を出ていく。
しかし、ステータスの高い俺には、外に出た彼女の声が聞こえていた。
「……おかえりなさい。…今日のご飯は…アンタの好きな肉じゃがだからね…。」
本当に、あの塔は残酷だ。
……To be continued
次回予告!
クエイフだ。
というか、今回の話イチャラブの欠片もなかったな。
だが、塔の残酷性はよく伝わってきた。
そんなわけで、次回は
眠たげデート
やっぱりデートはするのか…。