最初のボス戦のおはなし
準備をして安全地帯から5階層へと降りると、そこには大きな扉が存在していた。
「ボス部屋にしては風情がない」
小春は扉の造詣に不満みたいだ。
確かにゲームとかだと、ボスが待ち受けている部屋の扉は神々しかったり、逆に禍々しかったりとそれ相応の見た目をしている。
それに比べると、目の前の扉は質素で飾り気がない。破壊不可能らしいけど、一見するとただの鉄の扉にしか見えない。
「この扉を開けるとぼす部屋です。一度入ったなら戦闘開始から5分経過しないと出ることはかないません。準備はよろしいですか?」
全てのダンジョンには5階、10階、15階と5の倍数の階層に、通常の階層より強いボスモンスターがいるボス部屋が配置されている。このボス部屋は一度戦闘が開始されると、扉が閉まって外部から干渉できなくなる上、一定時間が経過しないと中から開けることもできなくなる。
「はい、大丈夫です。」
「私も」
軽く深呼吸をしてからドアを開く。
そこには洞窟の中を大きく刳り貫いたような、何もない広い空間が広がっていた。かなりの距離があるけど、反対側にも扉が見える。たぶんあそこが次の階層への入り口なんだろう。一般的な階層と違って、ボス部屋はボスモンスターを倒さないと次の階層へと行くことができないから、今はまだ開けられないはずだ。
私達が歩き出すと同時に背後から大きな音が聞こえた。 事前に聞いていた通り自動的に扉が閉まったようだ。
と、言うことは――
「綾姉、あそこ」
小春の声で正面を向くと、ボス部屋のちょうど中央の部位分が光りだしていた。
見たことがない文字や幾何学模様が重なり合って丸く形を作っている。一般的に魔法陣といわれている現象だ。
「さあ、ぼすもんすたぁが出現します。私は手を出しませんが、助力が必要とあらば声をかけてください」
そう言うと千代さんは入り口の扉まで下がって行く。
今回千代さんは、私達が危なくならない限りは手を出さないことになっているので、実質私と小春の2人でボスに挑む。
探索者たちの間では、ボスに挑戦するならその階層の倍のレベルを持つ探索者5人以上のパーティーが最低ラインだと言われているから、それを考えると無謀と思われるかもしれない。
「綾姉、来たよ」
魔法陣の中からモンスターが現れる。巨大な赤い蟷螂だ。
普通の蟷螂より頭身は短く、前足が本物の刃物のように鋭くなっている。
そして、顔の半分以上を占める二つの眼が私達をギョロリと睨みつけた。
「っ!」
その視線から伝わって来るのは完全な殺意。
お前は敵だと、殺してやる、と言う意思。
今までの階層のモンスターに比べて断然強いそれを受けて、スイッチのように意識が切り替わる。
「……久しぶりね」
無意識のうちに小春の前に出る。
「綾姉?」
これならいいよね。
「本気」でやっても問題ないよね。
ボス蟷螂が地面を蹴り低空を飛んで、一直線にこちらへ向かってくる。
小太刀を構える。
相手も鎌のような前足を大きく振り上げている。
――遅い。
振り下ろされる鎌のタイミングをずらすように、瞬間加速してボス蟷螂の懐に飛び込み、そのままお腹を斬り付ける。
私の動きと受けたダメージが予想外だったのか、ボス蟷螂の動きが一瞬止まった。
すぐさま対応しようと私に鎌を突き出してくるが、もう遅い。
私は身を屈めて鎌をかわすと、股下を潜り抜け目の前にあった脚を斬り付ける。
ボス蟷螂は脚を一本失ってバランスを崩しながらも、何とか私を殺そうと鎌を振り回す。
それも予想通りだ。
向かってくる鎌を小太刀で受け流しながら、その力を利用し身体を回転させるように逸らして、そのままの勢いで肘、肩、首の順に斬りつける。
肘を切断した。これで片方の獲物を奪った。
肩を切断した。これでバランスも取り難くなる。
首を切断した。これで――
……あれ?
ボス蟷螂が地面に倒れ込んだ。
起き上がる様子はない。
小春を見る。
「綾姉。やりすぎ」
少し不満そうだ。
千代さんを見る。
へんじがない。ぽか~んとしているようだ。
転がっている蟷螂の首のそばにアイテムボックスが出現している。
あれ?
☆ ☆ ☆
「私も戦いたかった……」
ボス蟷螂の死体を収納しながら、小春がつぶやく。
「本当にごめんね小春。まさかあのくらいで死ぬなんて思ってなくて」
どうやら私はレベルアップしてから本気で戦っていなかった為、千代さんの飴の効果と合わさって、力加減を見誤りボスを倒してしまったらしい。
ナデナデしたり、ハグハグしてあげて機嫌は戻ったけど、私と一緒に強敵に挑む気まんまんだった小春はまだ少し落ち込んでいる。
本当に悪いことしちゃったなぁ……
「すいません千代さん。私のミスで小春にボス戦を経験させることができなかったので、もう一度挑戦させてもらってもいいですか?」
「え? は、はい。どうぞ……」
ボスモンスターは一度ボス部屋から出て、入り口から入り直すとまた出現する。
同じメンバーでの連続挑戦にはとある危険があるけど、2~3回なら大丈夫なはずだ。
少しぼーっとしていたけど、千代さんからも一応許可もらったから、今度は小春の主動でもう一度挑戦させてもらおう。
出口ではなく入り口の扉から出て、もう一度ボス部屋へ入ると、先ほどと同様に扉が閉まり部屋の中央にボス蟷螂が姿を現した。
「綾姉も一人で倒したし、私も一人で倒す」
小春がやる気だ。
私が一人で倒しことに刺激されて、自分も挑戦しようと思たんだろう。
「小春ならできるよ。頑張ってね」
「んっ」
小春は私にサムズアップするとボス蟷螂に向き直る。
ボス蟷螂は小春を睨みつけると、私の時とは違いその場から動かずに前足の鎌を大きく振り上げる。
事前情報にあったアレがくるのかな。
私たちは戦う前に千代さんからボス蟷螂の攻撃方法や注意点を聞いている。その中で最も気をつけて欲しいといわれたのが、遠距離から斬撃を飛ばしてくる攻撃方法だ。
ボス蟷螂が鎌を振るうと鎌の刃の形をした赤いオーラーが、小春に向けて放たれる。
対する小春は――
「オープン」
『無限収納』から切り札を取り出す。
ズンッ!と地面が揺れた。
小春は一歩も動いていない。
目の前に出した切り札が障害物になったおかげで無傷だ。
自分の攻撃が防がれたのを理解したボス蟷螂が、翅を広げて小春に斬りかかる。
でも、そんな単調な攻撃が小春に効く筈はない。
小春はボス蟷螂の攻撃に合わせて跳ぶように回避すると、その身軽さを利用して一気にその巨体を駆け上がり、相手の頭上でさらに『無限収納』を開放する。
「2個追加」
ズンッ!ズンッ!とさらに地面が揺れる。
そのまま危なげなく着地した小春が、褒めて欲しそうにこちらへ歩いてくる。
その場には超重量によって潰されたボス蟷螂の肉片と、小春が持ち込んだ3つのテトラポッドしか残されていない。
小春の勝利だ。




