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怪異を拾う  作者: エゾバフンウニ
7/22

ずっと一緒に居たかった 【1】

主要登場人物

●近藤修一……男。中学二年生。

       近藤小百合の弟で非科学的なものがよく見える。

●近藤小百合……女。高校二年生。

        近藤修一の姉で非科学的なものがやや見える。

        生きていないものに大体勝てる。

●神宮かすみ……女。高校二年生。

        近藤姉弟の幼馴染で非科学的なものが見えない。

        生きているものに大体勝てる。

寒さが深まる晩秋の朝、

かすみを先頭に、三人は住宅街を歩いていた。

築年数が古そうな平屋と二階建ての家屋が並ぶ、

静かな小路だった。


「悪いな。何度も付き合わせちまって」

「いいよ別に。私、かすみのお婆ちゃん好きだもん。

かすみと違って優しいし」

「姉さん。かすみさんは優しいよ」

「修ちゃん、いい加減目覚めなさい。

多少見てくれがよくても、かすみはゴリラの化身よ」

「アタシは間違いなくゴリラより強いけどな」


かすみが次元の違う自慢をしながら、

丁度到着した祖母の家の門をくぐった。

すりガラスにアルミの格子がついた横開きの玄関の前で、

ポケットから鍵を取り出す。

古い型なので解錠施錠には少しコツがいる。

かすみは穴に差し込んだ鍵をぐいっと更に押し込んで

そのまま回した。

手ごたえがあったのを確認して引き抜くと、

カラカラと音を立てて扉を横に滑らせる。


「ばーさーん。きたぞー」

「お邪魔します」

「へい、お婆ちゃん! 生きてるかい!」


シャレにならない小百合の冗談に、

奥から「はいはい、元気ですよ」と穏やかな返事が聞こえてきた。

廊下の左手側の部屋から、

オレンジ色のどてらを着た白髪の老婆が、

腰を曲げてよちよちと出てくる。


「よく来たねえ」


靴を脱ぐ三人を見ながら、柔和に笑っている。

小百合も微笑み返した。


「こんにちは、またお掃除しに来ました」

「お休みのたびに家の事見てもらって、悪いねえ」

「いいんですよ。働いた分のお給料は

かすみから、もらってますから。

まあ、物凄く微々たるものですけど」


小百合が天使のような笑顔で邪悪な嘘を吐いた。


「おや、じゃあ私もお小遣いをあげなきゃねえ」

「姉さん、ご老人を騙しちゃ駄目だよ」

「お前、悪魔みたいな女だな」


ゾッとしているかすみを放ったらかして、

小百合は一足先に廊下へと上がる。

靴下越しに板張りの冷たさを感じて、

ひゃあと声を上げた。

修一はつま先立ちで、後に続く。


「お婆ちゃん、私、お茶淹れますね」

「悪いねえ。小百合ちゃんは私より上手だものねえ」

「いいんですよ。お茶くみ代は、

かすみから毎回ちゃんと貰ってますから。

まあ、条例で定められた最低賃金以下なんですけど」

「おや、じゃあ私もなけなしの年金からお給金を」

「それ、もうやめろや」






仏壇に手を合わせるかすみの大きな背中を、

ちゃぶ台に乗ったお茶の湯気越しに、

お婆ちゃんは眺めていた。


「かすみちゃん。京子は元気にしてるのかい」

「京子さんって、かすみのお母さんだよね」

「どこまで知ってんだよ、きもちわりいな」


小百合に尋ねられて、

細い煙を上げる線香を見つめたままかすみが吐き捨てる。

喧嘩が始まると思ったのか、

お婆ちゃんはかすみと小百合の間で

視線をオロオロと往復させている。


「あれ? そういえば、かすみさんって最近実家帰ってるの?」


場をとりなそうと、修一が手のひらを湯飲みで温めながら聞いた。

左右に首を振ってから、正座したままかすみが膝を三人に向けた。


「いいや。でもたまに電話はしてるよ。

まあ、みんな相変わらずだな」

「あらまあ、だったら私のところばっかりじゃなくて、

お家にも顔見せてあげないと駄目よ」

「やーい、怒られてやんの。鉄砲玉娘」

「いいんだよ、うちは放任主義なんだから」


かすみはちゃぶ台の前にあぐらをかくと、

熱いお茶をものともせずにがぶりと飲んで、どんと湯飲みを置いた。

ビックリ人間を見るような近藤姉弟の視線に気づかずに、

お婆ちゃんの方に向き直る。


「それで、婆さん。相変わらず賢三爺ちゃんは?」

「そうねえ、最近も毎晩のように声が聞こえてねえ。

やっぱりあの人も寂しいのかねえ」


お婆ちゃんは萎れた花のようにしゅんとして、壁を見上げる。

姉弟もつられるように、飾られた遺影を仰いだ。

真っ白な髪の毛を七三に分けて丸眼鏡をかけた知的な男性が、

少し緊張気味に、口元を引き締めて写っている。

小百合はしみじみと呟いた。


「イケメンですよねー」

「いけ、なんだい?」

「イケメン。格好いいって意味です」


修一が通訳すると、

お婆ちゃんは元気を取り戻して嬉しそうに破顔した。


「そうでしょう。

若いころはそりゃもうあの人ひっぱりだこでねえ。

私もどれだけ泣かされたことか」

「へえ、真面目そうな人なのに」

「結局、最後は私のところに帰ってきてくれて、

それはね、私もずっと一緒にいたかったから嬉しいのだけど、

でも、死んでしまってまで、一緒に居てもらわなくてもねえ」


言葉とは裏腹にまんざらでもない顔をしたお婆ちゃんは、

もはや恒例となったのろけ話をはじめた。

曰く、声が低くて有名な俳優に似ていたとか、

読書が好きでいつも鞄には本が入っていたとか、

魚の食べ方が誰よりも綺麗だったとか、

賢三爺ちゃんの好きだったところは枚挙に暇がないらしい。

微笑んでひとつひとつ頷いていた修一が、

舟をこぐ姉の鼻ちょうちんに気づくと「さて」と強く両手を叩いた。

びくっとしてはね起きた小百合は、

誰も聞いてないのに「寝てないよ、寝てないよ」と繰り返している。


「じゃあ、掃除始めようか」

「だな、このままだと日が暮れるわな」


かすみが頷きながら、ゆったりと腰を上げる。


「よーし、お婆ちゃんがスッ転んで後頭部強打するくらい

ピカピカにしちゃおうね」


縁起でもないことを言いながら部屋を出る小百合に、修一とかすみも続く。

お婆ちゃんは特に気を悪くした様子もなく、ニコニコしながら、

本当に悪いねえと三人に手を合わせた。





洗面所で、小百合達は声を低くして話し合っていた。


「今日こそ賢三さん、見つけてあげないとね」

「悪いな。爺ちゃんもだけど、婆ちゃんも可哀想でさ」


かすみは雑巾を入れたバケツを洗面台に置き、

蛇口から水が溜まるのを見つめている。

かすみが祖母から受けた相談は、毎晩夢に出てくる賢三が

『出してくれ、助けてくれ』と苦しみ続けているというものだった。

かすみが手加減をして雑巾を絞るのをチラりと見て、

小百合は天井に顔を向けた。


「でも、あらかた探したよねこの家の中。

修ちゃんにも見えないんでしょう?」

「うん、でももう見当はついてるよ。

だから、これから確かめに行こう」


修一は唖然とする二人を残して、

箒を持ったまま、つま先立ちで廊下に出た。



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