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怪異を拾う  作者: エゾバフンウニ
5/22

晴れときどき人 【2】

あまり広くはないが木目調で統一された瀟洒な店内に、

穏やかなクラシックが上品なムードを添えている。

三人は丸い天板をしたいつものテーブルに、

いつものように等間隔の三角形で座っていた。


「修一ちゃんったら、今日も美人のお姉ちゃん二人もはべらせて。

 ジゴロねえ」


ほっそりとした腰回りに黒いエプロンを結ぶ店長が、

修一を茶化しながら目の前に緑色のスムージーを置いた。


「ジゴロって、モテる男の人のことですよね」

「そうよ。女を誘蛾灯みたいに引き寄せる罪な男の事よ」


修一はストローを口に含むと、左斜め前に視線を送る。

目が合った小百合はミルクティーの入ったカップを

音もなくソーサーに置き直して、ウフフと高貴に笑った。

喫茶店の空気に酔ってすっかり貴婦人気取りだが、

さっき入り口で「たのもう!」とか言っちゃったので、

それはもう無理だよと修一は胸を痛めていた。


「今からこんななら、修一ちゃんはきっと女泣かせになるわねえ」

「でもあの貴婦人の方は、実の姉ですよ」

「あら、今時そんなのナンセンスよ」

「そうよ、修ちゃん。ウフフ」

「愛ってね、いろんな形があるの。

 大人になると分かったり、分からなくなっちゃったりするのよ」

「ウーフフフ」

「小百合お前、感極まってドラえもんみたいになってるぞ。もぐもぐ」


夕食前だというのに、

かすみはチーズのたっぷり入ったホットサンドをがっついている。

小百合はかすみのことを、

もはや貴様とは住むステージが違うのだとでも言うように黙殺して、

優雅に店長へ微笑みかけた。


「店長さんは素敵なことを仰るのね。

 ミルクティマシマシで追加注文してさしあげてもよくってよ」

「あら、ありがとう小百合ちゃん。

 でも、残念だわあ。私ももうちょっと若かったら、

 修一ちゃんみたいな可愛い子、放っておかないのに」


修一はかすみから一口分提供されたホットサンドを味わっていたが、

驚いて無理やり飲み込んだ。


「そんなこと言ったって、店長さん男じゃないですか」


ダンディなカイゼル髭を器用に動かして、

店長はバチンとウィンクする。


「だ・か・ら。愛にはいろんな形があるのよ」

「あるのよ、修ちゃん。ウフフ」


たまたまカウンターに居合わせた文学少女が、

手元の単行本からすっと顔を上げた。

何かを噛みしめるようにしばし目をつぶり、その後本を鞄にしまうと、

玉将の一マス前に金を打つように、

ぱちんと五百円玉を空のカップの横に置いた。

店長が少し慌てて、その音に振り向いた。


「ごちそうさまでした」

「あら、ごめんなさい。騒がしくしちゃって」

「いえ、いいお店でした。また来ます。必ず」

「そう? ありがとうございます。お待ちしてますからね」

「はい、必ず」


何か天から使命を与えられたような引き締まった顔をして、

カウベルの音も高らかに、颯爽と外の世界へ旅立つ文学少女。

店長は頬に掌を当てて見送ったが、はっとして両手を合わせた。


「ミルクティーおかわりだったわね、

 小百合ちゃん。ちょっと待ってて」

「ええ、ナミナミスレスレまで注いでよくってよ」


いそいそとカウンターの中に戻る店長に、

貴婦人はかなりあつかましい注文をした。


「小百合、いい加減その気持ち悪いキャラやめろって」


修一がそろそろ言おうかどうしようか迷っていたことを、

かすみがズバリ口にした。

小百合はおもちゃを取り上げられた瞬間の赤子のように、

少し目を丸くした。


「気持ち悪い?」

「ほら、みてみろよ。

 お前が気色悪い真似するから鳥肌立ってるだろ」

「きしょくわるいトリハダ?」


かすみは自分の筋肉質な腕を突き出して、指さして見せる。

はじめぽかんとしてそれを眺めていた小百合の顔色が、

意味を理解して次第に赤みを帯び始めた。


「ぐっ、ぐぬぬぬぬ」

「なんかアホな成金みたいだったぞ」


かすみは思ったことを正直に言い過ぎた。

デリカシーの無い追い打ちを受けて、

俯く小百合の中で心の物差しが大きく反り返り、

ぷるぷると位置エネルギーを溜めている。

修一はここでタオルを投げ込もうとしたが、

かすみの右ストレートの方が速かった。


「小百合にゃ、

 茶碗でどぶろく啜ってる方がしっくりくるって」


修一があっと口を開きかけた時、

物差しはビィンと音を立てて解き放たれた。


「勘弁ならん!」


勢いよく立ち上がり、

小百合は鉄槌を下すべくかすみに飛び掛かって、

赤子の手を捻るように床へと取り押さえられた。


「あふん」

「そうそう、こういうのの方が小百合らしいわ」

「二人とも駄目だよ、お店の中なのに。

店長さん、ごめんなさい。すぐやめさせますから」

「いいのよ修一ちゃん。

 他にお客様もいないし、

 若いうちは滾る情熱をドンドンぶつけ合わないと」


オネエ特有の寛容さを見せながら、

表面張力で水面が浮いているミルクティーを店長が運んでくる。

一滴もこぼさずにそれをテーブルに乗せると、

夕方のニュースを垂れ流すテレビを見て、顔をしかめた。


「あら、また飛び降りたの?」

「そうみたいですね」

「おら、どうだ、参ったか小百合。参ったか」

「ノー! ノー!」


滾る情熱をぶつけ合う若者達の声がうるさいので、

店長はリモコンでテレビの音声ボリュームを上げた。


ーーしかし、この町で一体何が起こっているというのでしょうか。

  ここ数日の間に九人もの方々が、

  まったく同じ方法を用いて、

  自ら命を絶ってしまっているわけです。


アナウンサーが沈痛な面持ちで、一連の事件の異常性を報じている。

映像が切り替わると、九人目に亡くなった男性の職場の同僚が、

目を離した一瞬の間に窓の外に消えていましたとか、

今日は飲みに行く約束をしてたのにとか、インタビューに答えている。

画面はスタジオに戻った。


「うちの町も、こんな話題で全国区になってもねえ」

「……はい」


修一は店長のぼやきに、呆けたような声で応じた。

その目は、アナウンサーとゲストのやり取りに釘付けになっている。


ーー亡くなった方々の間には、

  今のところ関係性が認められないということですが、

  つまり示し合わせて行われた、

  いわゆる集団自殺のようなものとは違う、という事でしょうか。

ーーええ、ただね、今はこれだけのネット社会ですから。

  なんらかの方法、例えば普通の検索サイトではひっかからないような

  闇掲示板みたいなものを使ってですね、

  計画することは可能だと思いますよ。

ーー闇掲示板ですか。強そうですね。

ーー強くはありません。


「いつも思うんだけど、このアナウンサー。よく降ろされないわよね」

「……はい」


ーーそして、もうひとつ大きな共通点ですが、

  皆建物の四階から飛び降りていますよね。

ーーはい、私はね、そこに何か、

  彼らの統制された意志みたいなものを感じるんですよ。


「これ、不思議よねえ。

 四階から飛び降り教みたいな教団でもあるのかしら」

「……はい」


ーーそもそも四階っていうのはね、

  自殺者がこぞって選ぶには少し足りてないんですよ。

ーーと、言いますと?

ーー確実に死ぬには高さが不十分なんです。

  死亡率も、一説では五割程度だと言われていますね。

ーー意外と助かるものなんですね。


「へえ、人間って丈夫ねえ」

「……はい」


ーー今回、九人飛んで九人即死でしょう。

  四人とは言わないが、

  一人くらい命があっても不思議じゃないんですよ。

ーーむしろ、そちらの方が自然に思えますね。

ーーだからね、公式に発表はされていませんが、

  おそらくほとんど、

  もしかしたら全員が頭から落ちていると思いますよ。

  ただね、かなりの覚悟がいりますよ、頭から落ちるっていうのは。

  本能が最も守ろうとする部分ですから。

ーーやはり先生もご経験が。

ーーあるわけないでしょう。


「今のはちょっと面白かったわね」

「……はい」


ーー私が、彼らが別々の意志を持って自殺を図ったわけではない

  と考える大きな理由はそこなんです。

  全員息を合わせて、わざわざ確実には命を絶てない場所から、

  確実に命を絶つために行動している。

  実にアンバランスな話です。

ーーなるほど。ありがとうございました。


「ああ辛気臭い、やだやだ。ねえ、修一ちゃん」


店長は風呂上りに北風を浴びたような動作で二の腕を摩り、

修一の方へと振り向いたが、彼はもうテレビを見ていなかった。

テーブルの真ん中を注視したまま、黙ってスムージーを吸っている。


「修一ちゃん?」

「あ、いえ、なんか気持ち悪い話で怖くなっちゃって」

「あら、ごめんなさい。

 そうよねえ、修一ちゃんまだ中学生だものねえ」


ようやく降参して解放された小百合が、

乱れきった髪を抑えながら戻ってきた。

よたよたと椅子に腰かけて、

目の前に置かれているミルクティーの驚異的な水量を見ると、

自分で頼んだくせに悲鳴を上げた。



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