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怪異を拾う  作者: エゾバフンウニ
3/22

ブランコを揺らす手 【3】 終

公園の入り口で、修一は急に足を止めた。

日も完全に落ちた闇の中、

頼りなく立つ外灯の下でそのまま動こうとしないので、

かすみはいぶかしげに振り返った。


「どうした、修一」

「いや、ほら、立ち入り禁止って書いてあるから」


あまりそちらを見ずに、プレートの文字を指さす。


「お前、変なところで律儀だな」

「うん、でも姉さんは無視して入っちゃってるね」

「お、本当だ」


奥の方の、もはやブランコできないブランコの前で、

しゃがみ込んでいる白い影が見える。

公園のライトに照らされて、それが小百合の後ろ姿であることが分かった。


「おーーい! 小百合ーー!」


かすみが手を振りながら声を張り上げると、

小百合は振り返って立ち上がり、

遠目にもわかりやすく驚いたポーズをとって見せた。


「あはは、お前に気づいたみたいだな」

「うん、後でお説教しないと」


二人に向けて、ひとしきりごめんごめんと手を合わせて

謝るジェスチャーを繰り返すと、今度はこっちに来い来いと手招きしている。


「しょうがねえなあ」


応じてロープをまたぎ越えようとしたかすみの腕を、修一が掴んだ。

振り向くかすみに首を振って、修一は姉に聞こえるように大声を出した。


「姉さん! ここは立ち入り禁止だよ! 姉さんの方がこっちに来なさい!」

『はいっ!』

「なんか犬のしつけみたいだな」

「僕だってこんな言い方したくないよ。まったく」


雷に打たれたように直立した小百合が、慌てて鞄を拾うと、

ブランコに向けて二度ほど手を振ってから、ボールを咥えた犬のように走ってくる。


「……おい、今あいつ何に手を振ったんだ。もしかして、もうなんか居るのか」

「うん、居る。女の子と男の子みたいだ」


少女の隣の男の子は首が完全に90度右に折れていたが、

修一はそこまで説明をしなかった。

かすみが腕を組んで、見えないものを見ようと目を凝らしている中、

えへへとばつが悪そうに笑いながら小百合が駆けつけた。


「いやあ、どうもどうも、修ちゃん、ご機嫌あんまり麗しくない感じで。

もー、かすみってば何チクってるのよ、かすみのバカ。バカ筋肉」

「アタシは警告したぞ。修一にいいつけるぞって」

「かすみって本当に融通が利かないアホマッスル」

「やめなよ姉さん。そもそも姉さんが悪いんだから。

バカマッスルだなんて筋違いだよ」

「おい、混ざってんぞ」


よっこいしょと姉がロープをくぐるところまで見届けてから、

修一は再びブランコの方に目を向けた。

男の子と女の子が手をつないで、こちらを向いている。

かすみは目をこすったり、首を前後にゆらしたりして頑張っているが、

やはり無機物以外何も見えない。


「それで姉さん、あの子と何話したの?」

「え? あ、うん、あのね、あの女の子の方がジュンコちゃんで、

男の子の方がケンイチくんって言うんだけど」

「うん」

「ジュンコちゃんは、いつもこの公園にひとりぼっちで居たらしいのね」

「うん」

「でもなんか、最近よく遊びに来るケンイチくんのこと気に入っちゃったみたいで、

思いっきりブランコを揺らしてあげたんだって」

「うん」

「そしたら、思ったより揺れちゃって、ケンイチくん落っこちちゃったって」

「うん」

「でも、今は二人ともおばけだから、仲良くできてうれしいって」

「うん」

「おいおい、勝手な話だなあ。ボウズもボウズの母ちゃんも可哀想だろ」


やるせないようにぼやくかすみに、小百合も苦笑いで頷いた。


「うん、でも悪いことしたって分かったみたいだから、もう絶対にしないって」

「そっか。……あのさ、姉さん」

「なに、修ちゃん? って、あら」


修一は姉の話に相槌をうちながら、ブランコの方から一度も目を逸らさなかった。

厳密にいうとブランコの方からゆらゆらと不自然に蛇行しながら、

こちらに歩いてくる女の子から目を離さなかった。

小百合もジュンコちゃんが近づいてくるのに気が付いた。


「どうしたのかな、何か言い忘れたことでもあるのかな」

「姉さん」

「え、あ、ごめんね修ちゃん。それで、何?」

「姉さんには女の子と、男の子が見えてるんだよね」

「うん。可愛いジュンコちゃんと、ちょっと首が曲がっちゃってるケンイチくん」


ケンイチ君の惨状を聞いて、かすみが傷んだ牛乳を口に含んだような顔をした。

修一は念を押した。


「可愛いジュンコちゃんと、首が曲がったケンイチくん。だけだよね」

「え?」

「あのね、姉さん。さっき姉さんがジュンコちゃんから聞いた話なんだけど」


修一がそこで少し躊躇った。


「おい、修一。まさか……」

「うん。全部嘘みたいだ」


十人や二十人ではなかった。

立ち入り禁止のロープの向こうに、

首が折れたり、めり込んだり、頭のどこかがへこんでいたり、割れていたり、

生きている筈が無い外傷を負った子供たちが、ぎっしりとひしめいている。

修一だけに見える景色のなかで、

女の子はその間を縫うようにして少しずつこちらに近づいてくる。


「彼女、ケンイチくんだけじゃないし、きっとこの公園だけじゃない。

何十人も、もしかしたら何百人もいろんなところで子供を殺してる」


小百合は『ジュンコちゃん』を可愛い女の子と称したが、

修一の視界の中ではそれはおぞましい化け物だった。

確かに整った顔立ちをして、華奢な体をしているが、その右腕はドラム缶より大きく肥大化していて、

シオマネキのようにアンバランスだ。

あれでブランコを揺らすんだなと、修一は眉をひそめた。


「ねえ、あの子、修ちゃんの方見つめてない?」

「うん、きっとばれたんだ。僕が姉さんより見えるって」

「ここで見逃したら危ないよね」

「きっと、やめないと思う。もっともっと、人を殺すよ」

「じゃあ仕方ないよね」


姉弟の間で何かが決まって、小百合の笑顔が少し曖昧になった。


「じゃあ、悪いけどかすみ。修ちゃん持って行っちゃって」

「やれやれ、やっぱこうなるのかよ」


蚊帳の外にいたかすみは、

何の断りもなく修一を米俵のように担ぎ上げると一目散に坂を駆け下り始めた。

強靭な脚力を活かした止まる時のことを考えない猛ダッシュに、修一はたまらず悲鳴を上げた。


「ぎゃーーーっ! 姉さん、右腕に気を付けてよーーーっ!」


それでも姉にエールを送ることを忘れない修一に、

姉弟愛っていいもんだなあとかすみは鼻を一啜りすると、再び疾風と化した。





残された小百合は、ジュンコちゃんとロープ越しに見つめ合っていた。

ジュンコちゃんは不思議そうな顔で、小百合を見上げている。

どうして黙ってるの、お姉ちゃん。と、頭の中に言葉の意味だけが伝わってきた。


「駄目だよ、もう。そんなかわいい顔したって、分かっちゃってるんだから」


微笑む小百合の声は、どこまでも穏やかだった。


「ねえ、なんで嘘ついたのかな。最初から言ってくれたらさ」


小百合の言葉を遮るように、突然ジュンコちゃんが右手を振るった。

小百合の目には、ただ空気に手刀を入れたような、

おまじないめいた動作にしか映らなかったが、

ジュンコちゃんは巨大な右手を打ち下ろしたに違いなかった。

パアンと破裂音がして、はじけた。


「最初からそうやって、隠し事しなかったらさ」


はじけたのはジュンコちゃんの右腕の方だった。

よろめいて後ずさる少女の方から目を離して、小百合は無防備にロープをくぐる。


「そしたら、もっと早くこうしてたのに。修ちゃんにも嫌な物見せなくてすんだのに」


ジュンコちゃんはブランコの方に踵を返したが、小百合の方がずっと速かった。

うっすらと光る右手で、ジュンコちゃんの長い髪の毛を掴み引き戻すと、

聞き分けの悪い子にするように振り向かせて、

最初出会った時と同じ、腰をかがめる動作で目線を合わせた。

小百合は笑顔だった。


「でも、ありがとう。お姉ちゃんね、これからはちゃんと気を付けるようにする。

だって、あなたたちみたいなのって、放っておいたらみんな修ちゃんのこと狙うんだもの。

一つも逃がせないよ」


両肩を拘束していた小百合の光る両手が、ジュンコちゃんのほっそりとした首に回った。

接触したところからジクジクと音を立てて、うすく煙が上がる。

小百合はなんとなく、今日の放課後、陸上部を少しだけ手伝ったことを思い出していた。

小石を拾いながら、陸上部の人たちが言っていた。


踏むと危ないからね。こういうのはちゃんと取り除かないと。


ぐっぐっと指が食い込んで両手の輪っかが段々小さくなる。

圧縮されつくした柔らかい肉の奥にあるごつごつしたものが

左右にスライドするようにゴキンと折れた。

手を離すとジュンコちゃんは力なく崩れ落ちて、それから薄れて消えていく。


「でも、やっぱりこれは、修ちゃんに見られたくないかなあ」


もう何も残らない地面を見下ろす。

小百合の顔に浮かぶのは、

グラウンドに転がる小さな石を拾った時と同じ笑顔だった。









近藤家の夕食の席。

ライスが隠れるカレーと綺麗に盛り付けられた瑞々しいサラダを前にして、

小百合が絶望に身を震わせた。


「なんで甘口しかないのよー!」


エプロンを外しながらキッチンから出てきたかすみが、どさっと来客用の席に着いた。


「修一がそうしろってさ」

「おしおきだよ、姉さん」

「ひどい、あんまりだわ。かすみの激辛カレー、ずっと楽しみにしてたのに」


小百合は椅子から泣き崩れると、

そのままスムースに気を付けの姿勢で床にうつぶせになって、動かなくなった。

修一とかすみは座ったまま無言で見下ろしている。


「これ、徹底抗議の構えだから。無敵だから」

「あのね、姉さん」


小百合渾身の拒絶のボディランゲージを、無情にも無視して修一は説教を始めた。


「オカルト好きなのは分かるけど、本当にほどほどにしないと」

「おとうとが わたしのしゅみに けちつける」

「なんで五七五で言うのさ」


二十三点だな、とかすみが余計なことを言った。


「姉さん」

「・・・・・・・」

「ねえ、姉さんってば」

「・・・・・・」


とうとう受け答えすらしなくなったので、

修一はしぶしぶトラの敷物のようになった姉の横に正座した。


「本当に心配なんだよ、姉さんがいつか怪我するんじゃないかって」

「だよなあ、小百合はバケモンだから多分怪我しないけど、

危ないのには近づかない方がいいわ」

「なによ、かすみったら、いっつも修ちゃんの味方して! 点数稼いでいやらしい女!」

「あはは、小さいこと言うなよ、お姉ちゃん」

「お姉ちゃんって言うな! いやらしい女!」

「はいはい」


確実に話がこじれはじめたので、修一は両手を一つパンと打ち合わせて仕切り直した。

かすみがサラダのキュウリを指でつまんで、一枚口に放り込む。


「でも、冗談抜きで、一人で行くのはもうやめたほうがいいんじゃねえの。

今回だって騙されそうになったんだろ?」

「うん、だから次からは修ちゃんつれていく。勿論かすみ、貴様もだ」


ギラリと小百合の眼が鋭い光を放ったが、うつぶせなのでよくわからない。


「せいぜい、その発達しきった筋肉で修ちゃんの盾となるがいい」

「言われなくても、アタシはそのために鍛えてるんだって」

「ほらー! やっぱりまた点数稼ぎしてるー! このエロ! エロマッスル!」

「あはは、女々しい女々しい」

「私女なんですけど! かすみよりずっと女の子なんですけど!」


結局、小百合は怪異ウォッチングをやめる気など毛頭ないらしい。

ただ、少なくとももう、一人で危ない場所に近寄ることはしないという。

修一は、犬のように唸り声をあげる無様な姿の姉の後頭部を見ながら、

少しだけ安堵していた。



ブランコを揺らす手 終

はじめまして。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。

感謝の極みでございます。


このエピソードはこれで終了ですが

今後も短編連作のような形で、細々とお話を追加していければと思っています。


ちなみにテーマにブランコを選んだのは、登場人物のブラコンとかけたわけですが

ダジャレの説明をするとこんなにも惨めで恥ずかしい気持ちになるものかと辛くて苦しくて、、

それが少しよくなってきました。


明日、実家の母に相談してみます。

                               uni

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