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怪異を拾う  作者: エゾバフンウニ
14/22

魔男裁判 【2】



「君をこの部屋にご招待したのは、他でもありません。

 近藤君。……近藤修一君?」

「あ、はい、ちゃんと聞いてます」


口では丁寧に応じながら、修一の首は完全にそっぽを向いていた。

志倉は一つ咳払いをして、さりげなく修一の視界の中に回りこむ。

すると修一は、その逆の方に顔を逸らした。

志倉がため息を吐いた。


「君の怒りももっともです。

 あのような形で連行してしまったことを謝罪します」


志倉の両脇に黒頭巾たちが並び、三人揃って頭を下げた。

その所作は厳かだが、三人のうち二人が覆面姿なので、

まるで炎上したユーチューバーだった。

修一はそちらを直視せずに、慌てて手を振った。


「あ、違うんです。

 怒ってないし、別に無理やり連れて来られたとも思ってませんから。

 気にせず話を続けてください」

「ですが……」

「ええと、……あ、そうだ。

 実は僕、病的な人見知りで、

 慣れない人と目を合わせると口が利けなくなるんです」

「そうでしたか。それは失礼をしました。

 人には様々な事情があるものです」


志倉はうんうんと頷くと、ではこれを御覧なさい。と、

黒板に手のひらをかざした。

修一は廊下の方を向いたまま、特に反応しない。

暫しの思案の後、ああ、と察して三人が窓際へスライドすると、

修一も同じスピードで顔を正面に向けた。

黒板には大きく『魔女裁判』と書かれていた。

修一が眉をひそめた。


「魔女ってもしかして僕の事ですか?」


志倉は頷いたが、

見てもらえないので「そうです」とわざわざ口に出した。


「君には魔女の疑いがあります。

 オカルト研究部としては、捨て置けません」

「でも魔女って。僕、男ですよ」

「言われて見ればそうですね。K」


ケイと呼ばれた男頭巾は、一つ頷くと

黒板の『女』の部分を『男』に書き換えた。


「まおとこさいばん」


修一は声に出して読んでから、悲しそうな顔をした。


「何か僕、不倫相手からクローゼットに隠されそうですね」

「形式的なものです。我慢してください」


志倉はどこぞから牛革の手帳を取り出すと、

パラパラとそれをめくりだした。


「我々独自の調査によると、

 君が使い魔を従えて登下校している姿が

 数多くの人間に目撃されています」

「使い魔ってもしかして、黒猫のことですか?」

「そうです。あと、虎殺しのビーストも」


かすみのことを言っているらしかった。

ビーストなどと失敬な表現に、修一が少し気色ばんだ。


「そっちは一応普通の人間です。

 誰ですか、そんな失礼な事言ったの」

「情報源を明かすことは出来ません。

 それは君の平穏な学校生活のためでもあります」

「つまり僕の知り合いなんですね」

「黙秘します」


志倉は明言を避けたが、

修一の頭の中でようやくパズルのピースが一つはまった。

ソースは高橋だ。

おそらく高橋は、校舎裏で思い人から、

修一の事を根掘り葉掘り聞かれて、

何かよからぬ勘違いをしたに違いなかった。

かつてない修一に対するあの当たりの強さにも、納得がいく。

まるで事故に巻き込まれたような話だが、修一は頭を切り替えた。


「あと、黒猫ですけど。

 僕は別に飼ってるわけじゃないし、

 それにもう何処か余所に行っちゃいましたよ」

「それは嘘ですね」


志倉は断言した。


「実は先日、JとKに君の事を尾行してもらいました」

「そんな、酷い」


さらっと恐ろしいことを言われて、修一は傷ついた。


「君は、先週の火曜日の放課後、

 商店街の入口にあるコンビニエンスストアで

 ツナ缶を一つだけ購入しましたね」

「ええ、まあ」

「使い魔に捧げるためではないのですか」

「あの猫にあげるために買ったのは事実ですけど、

 でも本当に随分と姿を見てないんです。

 ツナ缶は昨日の夜、サラダにして姉に与えました」


修一は助けて貰ったお礼に、今度あの黒猫が現れたら

金のツナを振舞うつもりで買ったのである。

しかし、それから約一週間が過ぎた今もなお、

再会は果たされていない。

ちなみに金のツナは高いやつなので、

小百合には大変美味であると好評だった。


「実は君を尾行して二日目。

 JとKは、あの黒猫に遭遇したのです」

「え、本当ですか」


修一は思わず志倉の方に顔を向けかけて、慌てて元に戻した。


「君の使い魔は任務を遂行する二人の前に、

 立ち塞がったそうです」


修一が横目で見ると、

何か恐ろしいことを思い出したのかJとKの頭巾の先っぽが

スライムのようにぷるぷると震えている。

飼っているわけではないので管理義務はない筈だが、

修一はさすがに心配になった。


「あの、もしかして、お二人に何か危害を……」

「黒猫はただJとKの進路上に、黙って座っていただけです。

 先ほどは立ち塞がったと言いましたが、

 座り塞がっていたわけです」


その辺のニュアンスは別にどうでもよかったが、

修一はそれを聞いて訝しんだ。


「……それ、本当にあの猫だったんですか? 

 たまたまその辺の黒猫が、道に座ってただけなんじゃ」

「ですが、JとKは動けなくなったのです」

「は?」


修一の視界の隅で、より激しく黒い影がぷるぷると揺れる。


「その黒猫に見据えられた途端、何か大きな力に阻まれるように

 足を踏み出すことが出来なくなったそうです。

 白昼堂々の金縛りです。

 ただただ恐ろしかったと、

 今も二人はこうしてぷるぷると震えています」

「それはお気の毒に……」


この二人はオカルト部むいてないんじゃないかなと、修一は思ったが

気を使って慰藉の言葉を述べるにとどめた。

一応沈痛な面持ちのまま、修一は顎に手を当てて床を見つめた。

人を動けなくする力を持った黒猫などそうそう居るはずが無い。


「確かに、それならあの猫で間違いなさそうですね」


ぼんやりとした修一の呟きを聴いて、志倉が怜悧な瞳をギラつかせた。


「近藤君。語るに落ちましたね」

「あ」


修一は彼女の言葉を聞いて、自分のうかつを悟った。

うっかり、黒猫が普通の猫とは違うことを認め、

しかもそれを知っていると明かしてしまった。


「君は我々の尾行を知り、使い魔に妨害を命じたのでしょう」

「ちがいます、誤解です。本当に僕はあの猫と関係ないんです」

「この期に及んでまだ、自分がまおとこではないと言い張るのですね」

「はい、僕はまおとこではありません」


間抜けな会話に聞こえるが、二人は真剣だった。


「結構です。ならば君がまおとこで無いことを、

 今ここで証明してもらいたいのです」

「その前に、せめてその、まおとこって言うのやめませんか」


修一は人としてのランクが二つほど落ちたような惨めさを感じていた。

形式的な事ですからと言いながら、志倉は手帳をめくった。


「古来より、人はありとあらゆる方法を用いて、

 隣人が魔女であることを暴いてきました」

「ありとあらゆる方法?」

「具体的に言うと、魔女の疑いのある人間を拘束し川に放り込んで

 浮かんでくるか試したり、刃物で刺して痛がるか確かめたりしたのです」


淡々と述べられる惨劇に、修一が震え上がった。

志倉の両脇の黒頭巾も、震えている。


「まさかそれ、僕に試したりしませんよね」

「勿論です。そんなことをされれば苦しいし痛いでしょうから。

 そもそもこれらは、好ましくない人間を魔女にでっちあげ、

 大義名分を持って処刑するための悪しき慣習であったというのが

 真実だとされています」

「だったら……」

「ですが、それはそういう事例もあったという話です。

 我々はオカルト研究部ですから、

 魔女の存在全てを否定するわけではありません。

 この世に怪異があるという大きな前提から出発して、究明に挑むのです」


志倉は手帳をどこぞに仕舞い、修一に向けてヒタヒタと歩き出した。

視界に入らないように気を使って死角を選んでくれているらしいが、

ゴム底の上履きが床からはがれる音が近づく度、修一の不安は爆発的に高まっていく。


「近藤修一君。私は君との対話で確信に近いものを得ました」


ぽんと修一の左肩に手を置いて、

志倉は彼の耳に、ゆっくりと顔を近づけた。


「君はどこか普通の人間とは違うようです」


背後から直接生暖かい息を感じて、修一はひぃと短く悲鳴を上げた。


「ぼ、僕をどうするつもりですか」

「安心してください。

 君を五体満足に保ったまま、

 まおとこであるのか判別する方法を用意してあります」

「ち、近い。顔が近いです先輩」


JとKが、思わず布袋の覗き穴を自ら両手で覆った。

何故か漂うアダルティックな空気の中、まおとこ裁判が始まろうとしていた。






「はっ!」


同時刻。

自分の教室で静かに窓の外を眺めていた高橋が、突如身を震わせた。

少し離れたところで雑談していた女子グループは、

またよくない発作が始まったのかと期待したが、高橋は冷静だった。

眉間に皺をよせ、重く呟く。


「今……今何か、修一が羨ましい目にあっている感じがした……」


オレンジ色に染まる空を、二羽のカラスが飛び去って行く。

その行く末を、高橋は知る由もなかった。




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