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怪異を拾う  作者: エゾバフンウニ
13/22

魔女裁判 【1】

主要登場人物

●近藤修一……男。中学二年生。

       近藤小百合の弟で非科学的なものがよく見える。

●近藤小百合……女。高校二年生。

        近藤修一の姉で非科学的なものがやや見える。

        生きていないものに大体勝てる。

●神宮かすみ……女。高校二年生。

        近藤姉弟の幼馴染で非科学的なものが見えない。

        生きているものに大体勝てる。

もはや言うまでもなく、今日も放課後の教室で、

寝起きのような顔をした近藤修一は、高橋省吾を相手に、

かけがえの無い中学校生活のひと欠片を、

ミキサーにかけて粉砕していた。

半ば崩れるように椅子に腰かけた高橋は、

海藻のように垂らした前髪を、チャラチャラといじっている。

修一は困惑しきった表情で、それを見守っていた。


「やっぱり流石ですよ。修一先生は」


甲高い声で修一に送られる賛辞は、負のオーラに満ちていた。

高橋は、ボタンを全て外した学ランをマントのように肩に羽織り、

カッターシャツを左のすそだけズボンからはみ出させていて、

一分の隙も無くだらしない。

修一は高橋の凋落ぶりに戸惑うばかりだった。


「高橋……」

「へっ、へっ、へっ」


肺に病を患った犬のような笑い方をして、

高橋はコカコーラをあおった。

机の上には空と未開封の赤い缶が一応分別されて、綺麗に並んでいる。


「やっぱ分かんねえんだろうなあ。

 下々のやつらの悩みなんか、ご立派な修一先生にはよお」

「もうその辺にしときなよ」

「うるせえ! これが飲まずにいられるか!」


高橋が四本目のコーラに手を伸ばしたので、

すかさず修一はそれを取り上げた。


「これ以上は、体によくないよ」

「はあ、ご立派ご立派。

 大先生はこんな虫けらの体の事まで

 気遣って下さる。ご立派!」


高橋は修一の手から缶をもぎ取ると、プルトップを開け、

ごくごくと飲み干して甘い香りのゲップを吐いた。

残っていた数人の女子が、心底嫌そうな顔をした。


「どうしちゃったのさ。今日は一日、機嫌よかったのに」


今や見る影もないが、確かに高橋は朝からやけに浮かれた様子で、

随時に奇妙な行動が見受けられた。

いくつか羅列すると


・休み時間のたびにトイレに出かけては、前髪の形を変えて戻ってくる。


・やたら修一と肩を組んでは、

 「俺が大人の階段を上っても修一とは親友だからな」と

 わけの分からない言動を繰り返す。


・何もない空間を時折見上げては、

 一人でにやけたり身をくねらせたりする。


等々、症例に事欠かない。

いい加減目に余った修一が尋ねてみると、

高橋は人目をはばかる仕草で、一枚の封筒を取り出して見せた。


「こいつがさあ、下駄箱に入ってたのさあ。何だかわかるか修一」

「督促状?」

「そう! ついに俺も、安易なリボ払いのおかげでブラックリスト入りって

 違うよバカ。ラブレターだよら・ぶ・れ・た・あ」


高橋がふるふると封筒を振る。

修一の目も、それを追うように揺れる。


「すごい。僕、ラブレターって初めて見た」

「俺もだ。これは額縁に入れて、

 今後高橋家の神棚に飾る予定だ」

「神々しいね。誰から? なんて書いてあるの?」

「野暮はよせよ修一。いたいけな女子が勇気を出して、書いた手紙だ。

 親友のお前が相手だとしても、それは明かせないぜ」

「高橋は筋の通った男だなあ」


修一は自分の事のように高橋の幸福を喜び、

ホームルームを終えて颯爽と校舎裏に出陣する彼の背中を見送った。

だがしばらくして帰ってきたのは、コーラに溺れる飲んだくれだった。


「高橋、それ以上は尿に糖が混ざっちゃうよ」

「うるせえうるせえ」


机に突っ伏す高橋の肩に修一は手を乗せるが、すげなく払われた。

その勢いでコーラの空き缶が散乱し、一枚の紙がひらりと床に落ちる。

修一は何気なくそれを拾って、何気なく書かれた字面を読んだ。


【高橋省吾 君

 放課後、校舎裏にて待つ】


本文はそれだけだった。

事務的で、ラブどころかライクの情すら読み取れない。

それどころか見ようによっては、果たし状でも成立する。

修一は驚愕して、おそるおそる高橋に聞いた。


「あの、高橋。もしかしてラブレターって、これなの?」

「ええ? ラブレター? なんだよ、ラブレターって

 そんなのありましたっけ、ええ?」

「いや、多分最初から無かったと思うよ。ラブレター」


何故これを読んで高橋がハッピーな未来に捕らわれたのか。

修一は理解に苦しんだが、手紙の右端に小さく書かれた差出人の名前を見て

なんとなく合点がいった。


【志倉澄子】


素敵だ美人だ可愛くて知的だと、

以前から高橋がアイドル視していた三年生だった。

高橋は何の因果かその高嶺の花に呼び出され、

天高く舞い上がってしまったらしかった。

ちなみに修一は、一度も口をきいたことは無いが

個人的な理由でこの先輩が苦手だった。


「高橋。志倉先輩に、校舎裏で何言われたの?」

「はあ? 聞きたいですか、近藤先生。モテ男の近藤大せんせ」

「ねえ、ちょっと」


高橋の巻こうとするクダを、

いつの間にか隣に立っていたクラス一、美白の山田が遮った。

修一と高橋は何かを察して、勢いよく同時に窓から校門を見下ろしたが

そこには平常どおり、楽しげに下校する生徒の姿しかなかった。

ほっと安堵する修一に、言いにくそうに山田が教室の入り口を指さした。


「近藤君に、お客さん、ですって」


それは、どう見ても招かれざる客だった。

目の部分にだけ穴の開いた、黒い三角形の布袋を被る怪しげな三人組が、

廊下から教室の中を覗き込んでいる。

残っているクラス中の生徒がざわめいた。


「オカルト部だ!」

「オカルト部だわ!」


顔は隠れているが、その制服から二人が女子で

一人が男子であることは判別できる。

だが、隠蔽された風貌から性別以上の情報を得ることはできない。

そしてそれだけが、この中学校の生徒が知る、オカルト部の全てだった。

中の人の氏名、年齢、生年月日、好きな食べ物、全てが謎に包まれている。

彼らは怪しすぎるが特に実害がないので、

教師達からも放置されている闇の非公認団体だった。

真ん中のおそらく女子が、修一に向けてゆっくりと手招きをした。


「見ろよ! オカルト部の連中、近藤をご指名だぜ!」

「きっと生贄に使うのよ! 逃げて近藤君!」

「サバトだ! 近藤の血を持ってサバトが始まるんだ!」


教室は興奮のるつぼと化していた。

娯楽と刺激に飢えた中学生には、格好のイベントだった。

山田は落ちている空き缶を拾い集めながら、修一に訊いた。


「近藤君、何しでかしたの?」

「なんでお前、あんなのに目つけられてんだよ」


高橋もすっかりコーラ酔いがさめた様子で、

修一のことを心配している。


「いや、身に覚えはないんだけど、取り敢えず行ってくるね」


「高橋はもうそれ以上コーラ飲んじゃだめだよ。体を大事にね」

と言い残して、修一は大人しく三つの黒い影に囲まれ、

連れ去られていった。







暗幕で窓を覆われた漆黒の空き教室、

修一はぽつねんと真中に置かれた椅子に座らされていた。

暗闇の中、オカルト部の三人はそれぞれアルコールランプを手に持ち、

無言で立っている。

話がすすまないので、修一が口火を切った。


「あの、なんでこの部屋こんなに暗いんですか」

「人は闇を恐れるあまり光を求める。無理もない事でしょう」


真ん中の三角頭巾(女子)がそう言うと、

右に立つ三角頭巾(女子)が気を利かせて修一の顔の近くに火を寄せた。


「熱い! 危ない! 熱い!」


火と顔の距離が近すぎて、修一が悲鳴を上げた。

真ん中が、「J、程よく調節しなさい」と命令すると、

ジェイと呼ばれた女生徒は、ランプを少し修一の顔から遠ざけた。


「Jが失礼をしました、これでどうですか。近藤修一君」

「そうじゃなくて、電気つけませんか。志倉先輩」

「!」


頭巾の中で、三人が息をのむのが分かった。

特に身をのけぞらせた真ん中は、

闇の中でほの白く照らし出された修一の顔を

暫く絶句して見下ろしていたが、やがて大きく頷いた。


「やはり、君は油断ならない人物のようですね。近藤修一君」


真ん中は慎重にアルコールランプに蓋をして、教卓に置くと

あっけなく頭巾を脱いだ。

同時に男子頭巾が、教室の入り口にあるスイッチを押した。

二度三度、光明が瞬き、

冷たくも見える理知的な目つきをした女生徒の顔が、

蛍光灯の下に曝される。

長らく被っていた布袋のせいでショートボブの黒髪が乱れ、

一筋頬に張り付いている。


「近藤修一君。ようこそ、オカルト研究部へ」


それを自ら指でつまみ剥がすのは、

今回高橋が落ちぶれた原因になったであろう、志倉澄子その人だった。

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