〜Vampire’s Annui8〜
「いらっしゃいませー!二名様ですか?こちらへどうぞー!」
ビルの一角にあるカフェの中に入ると窓際の外の景色が見える席へと案内された。良い具合に緑があって、歩行者からは覗かれにくくなっている。しかし、陽の光が入ってくるその席では入った意味がないので、言って席を替えてもらった。隅のほうの少し落とした照明の光しか入って来ないテーブルで、ようやくカイルは一息ついた。
「お決まりになりましたらお呼びください!」
「は〜い!」
店員から渡されたメニューを見て、明菜が何にしよっかな〜と悩んでいる。昼ご飯と兼ねてオムライスやサンドなど、腹に溜まるものでも良い。しかし期間限定パフェも捨てがたい。カイルは本来寝ている時間で食欲がなかったので、コーヒーを頼むことにした。明菜はふわとろのオムライスを頼むようだ。店員に注文して待っている間にカイルの身体も元気になってくる。
「…気遣わせてすまない……おかげでだいぶ楽になった……」
「いいよいいよ!カイルくん夜行性だもんね〜。昼間暑い時間帯に連れ出して、こっちこそごめんね」
カイルの謝意に明菜が笑ったかと思うと、申し訳なさそうな表情になる。
「それは構わない…気にするな……」
(…この、コロコロ変わる表情を見るのも好きなんだよな……)
明菜の顔を見ながら、カイルは胸が何だかほっこりと温かくなるのを感じた……。
(……それにしても明菜はこんな俺のことどう思ってるんだろうな………)
カイルは明菜が『ヴァンパイア・ジャンプのカイン様もね〜…』と話し始めたのを右から左へ聞き流しながら、ぼんやりと自身の思考の波に身を委ねる。
約一年前色々あって、明菜と出会って一緒に住むことになった。昼間は寝ていて夜活動する。明菜が仕事をして働いてくれる代わりに、自分が家事をする。お金は一定量毎月入れている。明菜は『カイルくんは家のことしてくれてるからいいよ〜』と言ってくれるのだが、さすがにそれはプライドが許さなかった。そして外国人。今日みたいに天気の良い日に昼間出歩くと、ぐったりする。そんな男……。
「……本当に…色々どうなんだろうな……」
外国人はともかく、仕事せず昼間は家にいて寝ていて、女性が働いて養ってる風で、太陽に当たると体調悪くなるひ弱な男って……。
(…あ、何か自分で言ってて辛くなってきた……)
これ、ダメな男(ヤツ)だ……と、カイルは内心でそっと涙を流すのであった……。
「……こんなでも、一応身体は頑丈だからな……?」
「…うん?カイルくん何か言った〜?」
ダンプカーに轢かれても死なないくらいには。思考が一段落した所で店員が注文したものを持ってきた。
「お待たせしましたー!オムライスと、アイスコーヒーになりまーす!」
「わ〜い!!すっごく美味しそうだねえ〜!」
自分の前に置かれたつやつやのオムライスを見て、明菜が歓声を上げた。カイルのほうにもふわとろの卵とデミグラスソースの混ざった匂いが漂ってきて、半ば強制的にお腹の虫が刺激される。
「……美味そうだな……」
何気なく言ったカイルの言葉に明菜が皿をずいっと、カイルのほうに差し出す。
「カイルくんも食べる〜?スプーン二個あるから、取って良いよ〜」
「………ありがとう………」
明菜の笑顔に押されて、しばし逡巡したカイルだったがスプーンを取って皿のオムライスを一口掬った。
「…ん…美味いな……」
「ね〜!お〜いし〜!!」
ひとしきりオムライスを楽しんだ後、明菜は物足りなさそうにメニューを見つめる。
「…パフェ食べたいんじゃないのか……?」
「う〜ん〜、どうしようかな〜このパフェすごく美味しそうなんだけど、量が多そうなんだよね〜」
明菜がメニューとにらめっこする。そこには女子の好きそうなモンブランが上にのったマロンクリームのパフェが、秋限定と書かれて写真に写っていた。カイルはフッ、と笑って彼女に言う。
「頼めば良い…余ったら俺が食ってやるから」
「いいのー?じゃあ注文します!」
そう言って明菜は呼び出しボタンを早押しのように押した。パフェを待ってる間、カイルは周りを見回す。コーヒー片手に一人でスマホをいじる女性。休日も関係ないのか、ネクタイ締めたビジネスマン二人。子どもは預けたのか、いきいきした表情でおしゃべりに夢中なママ友たちが四人。そしてデートなのか、終始甘い雰囲気のカップル数組――…。
(……ん……?……)
カイルは改めて自分の今の状況を考えてみた。場所は照明や内装が落ち着いた雰囲気のお洒落なカフェ。時間は昼過ぎ、ティータイムにいい時間だ。目の前には『パフェパフェ〜』と歌うオタク女、もといセミロングの派手過ぎない茶髪が可愛いふんわりとした女性。自分は吸血鬼、じゃなくて外から見たらただの背の高い外国人の男。オムライスを分け合って食べた。そして今日は日曜日――……。普段仕事で会えない恋人たちがデートして一休みするのに最適な場所に時間帯だったー……。
(…他の人たちの目には“俺たち”がどう映ってるんだろうな……)
そう思いながらカイルは前方の一組のカップルを眺める。二人はまさに今、パフェを二人で分け合いながら仲睦まじげに談笑していた。言うまでもなく、自分たちも彼らと同じように他者には見られているのだろう。付き合っている恋人同士として………。
「お待たせしました!スプーンは二つご入り用ですか?」
「は〜い、ありがとうございます〜」
店員がパフェを持って来た。明菜の瞳がキラッキラに輝く。
「うわあ〜!おいしそー!!」
輝く瞳をパフェに向け、いそいそとスプーンを手に取る。
「はい、カイルくんも!早く食べよ〜!」
「ああ…」
マロンクリームをひとくち口に入れた明菜が『おいっし〜!!』と幸福そうな顔をする。カイルも明菜から手渡されたスプーンで一口掬って食べてみる。
「…そんなに甘くないな…」
クリームも上にのったモンブランケーキも当たり前だがスイーツなのでそれなりに甘いのだが、控えめな甘さでくどくない。これならば甘さが苦手な男性でも食べられるであろう。
(…俺たちが、あのカップルと決定的に違うのは……)
明菜とパフェをつつきながらカイルは考えの波に揺られる。誰がどう見ても“付き合っている”と見られるだろう自分たち二人の姿――…。二人の関係を知れば皆が驚き信じられないであろう、カイルと明菜は同棲していながらも“付き合っていない”のだー……。
「美味しかったねー!!また来たいね、ここ〜」
「…そうだな…」
絶妙な甘さのパフェをあっという間に二人で平らげて、明菜は満足そうにお腹をなでる。カイルは自身の身体が回復し切ったことを実感した。
「…もう大丈夫だ…そろそろ行くか…」
「りょうかい〜!!」
もたもたすると、『ここはお姉さまが払っておくよ〜!』とか明菜が言い出すので、サッと伝票を取ってレジに行く。
「お会計は二千百六十円になります〜」
「…これで……」
「ありがとうございました〜!またお越しください!!」
店員に見送られカフェの扉を開けた。
「カイルくん、ありがとー!ごちそうさま〜」
「…ああ…美味かったな……また来よう。夜はバーになるらしいからな…夜来るのでもいいかもしれない……」
「へえ〜!楽しみだねえ〜!」
そう言って明菜が笑ったのを見てカイルは、はた、と思った。明菜はあんまり酒に強くない、弱いほうだ。この前の飲み会の後を見てもそれは言える。酔い癖もどんなものか分からない。自分は酒に酔っ払ってしまうことはないが、吸血鬼とは言え、アルコールが多少なり心と身体に影響することは有り得る…。
(……明菜と酒飲んで、大丈夫なのか…?…俺は……)
果たして“理性”を保てるのかーー…?カイルに新たな悩みが加わってしまったーー……。




