〜Vampire’s Annui5.5〜
「ほういえば、ふぁいふふん(カイルくん)、昨日ほうしてわたひのひばひょ(居場所)が分かっらの〜?」
朝食を食べている最中に明菜がそう尋ねてきた。もっきゅもっきゅと、バターロールを頬張りながら。
「…とりあえず、パンを飲み込め……」
明菜の行儀をたしなめながら、カイルは頭を思い巡らせる。
昨夜十一時前――…。
「……もうすぐ十一時か……ちょっと遅いな…」
カイルはリビングの時計を見て本を読む手を止める。明菜を送り出した後、一眠りして夕方五時頃起きて買い出しに行って、料理の下ごしらえをしたり雑用を済ませたりして彼女の帰りを待っていた。明菜は迎えに来なくていいと言っていたが、あまり遅くなると不安が過ぎる。と、どこからか低い振動音が聞こえてくる。
「……何だ……?…」
音は明菜の部屋から聞こえてくるようだ…。カイルはソファから立ち上がり明菜の部屋のドアを開けた。振動音が大きく聞こえる。足元に散らばった服を避けながら、音の元、ローテーブルへと近づく。そこで音は途切れた……。カイルはローテーブルの上に積み重なっている漫画を退けて、一番下から明菜のスマホを発見した…。
「……あいつ…携帯忘れたのか……」
呆れと共にカイルの胸に不安が更に広がる。手帳型ケースに入れられたスマホはロックがかかっている。でも、ロック画面でも誰からかかってきたかは分かる。見ると女性の名前が表示されていた。手に持っている間に新着メールが一通来る。電話の主と同じようだ。どうやら明菜と至急連絡を取りたいらしい。
「…まさか…携帯を忘れてる…ということは…」
カイルは嫌な予感がした。明菜は時々、スマホを家に忘れることがあった。それは“財布類”も然り。財布や定期が無いということは、明菜は今どうやって家に帰って来ようとしているのだろうか…?カイルはバッと、玄関から外に飛び出した……。
「…どこだ……?」
聴覚と嗅覚を研ぎ澄ませて明菜の気配と匂いをたどる。
「…!!……」
唐突に鉄臭い、しかし吸血鬼にとっては芳しく甘い血の香りが漂ってくる。そしてカイルにとっては悪いことに、明菜の気配が同じ方向から感じられた……。
「…チッ……!」
舌打ちをして大きく跳躍し、屋根に跳び上がる。重力を感じさせないそれは、まさに人間離れした業であった…。
(……明菜に何かあったら……)
ギリ、と歯を噛み締め、風を切り、匂いのしたほうに全速力で移動する。
「…――…カイルくん……っ…――…」
「…!……見つけた……!!」
明菜のか細いささやくような声を、しかしカイルは逃さなかったーー…。路地裏に見つけたその姿は、ちょうど男が明菜の上に乗ってナイフを振り上げている所であった。それを見た瞬間カイルの頭に血が集まった。
「っ…ヤロ…っ…!!」
カイルは咄嗟に“力”を使って男を吹き飛ばし、明菜から剥がした。ストリ、と軽い音を立て明菜たちの手前で屋根から降りる。
「…明菜、大丈夫か……?」
呆然と地面に横たわる明菜。その瞳は恐怖でか、涙に濡れている。
「……カイル…くん………」
膝をかがめて肩をさすってやると、徐々に安心した表情になった。だが首元を見て、思わず顔をしかめる。そうこうしていたら男が再び立ち上がる。気を失わなかったらしい。何事かのたまう男の声に、ビクッとした明菜の肩をカイルは見逃さなかった……。
「…オマエ……もしかして、ヴァ……」
男が言いかけた言葉を最後まで言わせることはしなかった。させたくなかった…。
「…もう一言もしゃべるな…俺たちの周りから消えろ……」
そう自分でも意外な程低い声で冷たく忠告してから意識を落とす。腕と脚もしばらく治癒しないように折っておいた。
「……怖いもん見せたな…すまない………」
さっき、一瞬交錯した明菜の瞳が忘れられない。怯えこそ無かったが、呆然と自分を見つめる丸い瞳。その瞳に、自分はどう映ったのだろうか……。冷酷な本性を隠す“獣”の姿はーー…。
「ーー……カイルく〜ん?どうしたの〜?」
バターロールを食べ終わった明菜がフルーツに手を付けていた。また瞳を覆いかけた手を髪をかき上げることによってごまかした。そしてぽつりと言う。
「……明菜が呼んだから……」
本当にその声で最終的には居場所が分かったのだが、色々端折った感満載だ…。それにさすがにそれは信じられるか?と、カイルは自分でも言ってからしまった、と思った。しかし明菜は、
「へ〜そうなんだ〜!カイルくん、耳良いね〜!わたしなんか最近聴力の衰えも感じるよ〜。例えばさ〜……」
一片の疑いもなくカイルの話を飲み込んで、自分の話へと繋げていくオタク女、楓明菜。能天気な笑顔を浮かべる明菜にカイルは脱力する。
(……信じた……信じたよ…こいつ……)
『ヴァンパイア・ジャンプのカイン様が呼ぶ声がするんだけど、いなくてね〜』と話す明菜に、カイルはホッと胸を撫で下ろすのであったー……。
「…それは幻聴だ…病院に行け…」
「あ、言ったね!?ひどいよー!」
(……俺には本当に聞こえたからな……俺を呼ぶ声が……)
君が俺の名を呼んだことが嬉しくてーー……。




