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『吸血鬼の憂鬱記』  作者: 坂田クロキ
5/15

〜Vampire’s Annui5〜


次の日、日が高くなりつつある午前八時過ぎ、カイルは明菜の部屋のドアを静かに開ける…。


「……今日はゆっくり寝かせてやるか……」


部屋の主人(あるじ)は布団にくるまって安らかな寝息を立てている。昨日のこともあるし会社も今日は休みだからと、カイルはそっと部屋から離れた。キッチンで朝ご飯の準備をしながら考える。


「…この辺にも“ハグレ”が出るとはな……」


昨晩のことを思い浮かべ、カイルは小さく息をつく。日本は比較的吸血鬼が少ないとは言え、昨今は増えて来てもいるらしい。だが、ヨーロッパやアメリカなどと比べて、吸血鬼関連の情報が入ってくるのが少ない。対策も後手に回っているのが現状のようだ。昨日のヤツは、恐らくどの血族、グループにも属していないか末端の吸血鬼崩れだろう。カイルは昨晩、警察に連絡するフリをして実はそういう人間ではない者を取り扱い処理する所に電話していた…。あんなヤツが自分の周り、いや、明菜の周りをうろついているかと思うと、腹がぐつぐつと煮える感触がする。今も昨日のヤツを思い出してカッと頭が熱くなってきた。


「…ダメだ……こんなんじゃ……」


明菜に嫌われてしまう。そうはなりたくない……。


「……はあ……」


ボウル皿にレタスを盛る手を止め、溜め息をつきながら、鋭さを帯びた灰茶の瞳を隠すように手で押さえた……。


自分は吸血鬼、明菜は人間――。自分たちは違う生き物。種族が異なると言ってもいい。血を欲することも身体の造りも、生きる長ささえも違う。それでも抱いてしまったこの“感情”に、その名前にカイルは既に気づいてもいたーー…。


「……卵…、焼かないと……」


考えを振り払うようにフライパンへと手を伸ばす。油をひいて、ベーコンと卵を二つ入れた…。やがて良い匂いがキッチンに漂う。


「…ふん、ふん……良いにおい〜……」


香ばしい香りに釣られて、明菜がパジャマのまま部屋からふらふらと出て来た。


「…もう大丈夫なのか……?」


「だいじょうびっ!今日は元気だよ〜ん〜!」


屈託のない笑顔でVサインをカイルに突き出す。跳ねた髪がぴょこぴょこ揺れた。カイルはそんな明菜の様子に内心ホッとしたのであった…。


「うわあー!美味しそうだねえ〜カイルくんの作るご飯、いつも美味しいんだよね〜」


明菜が嬉しそうに食卓に並ぶ料理を眺める。料理と言っても、ベーコンエッグに生野菜のサラダ、林檎などのフルーツなのだが。それとパンは日替わりで今日はバターロールだ。軽くトーストされ、温められたバターの良い匂いが立ち込める。


「オレンジジュース飲むか?」


「飲む飲む〜!」


明菜のグラスにジュースを注ぎ、自分は淹れておいたコーヒーをテーブルに置く。明菜はもうすでに椅子に座って、食べる用意万端だ。


「じゃあ、いっただっきまーす!!」


「…ん……」


『おいひ〜!』と言って幸福そうに食べ物を頬張る明菜に、カイルは優しい笑みを浮かべる。


「…今日は一日家にいるのか…?」


朝食を食べながら予定を確認する。


「そうだねえ〜…今日は撮り溜めてた『ヴァンパイア・ジャンプ』のまとめ見する!!」


「……引きこもり決定だな……」


ギラギラ、じゃなかった、キラキラした顔で言い放った明菜にカイルはげんなりした声を出した。そう言いつつも、このやり取りが嫌いなわけではない。


(……今はいい…この日常が続けば、それだけで……)


自分と明菜は吸血鬼と人間、いずれこの日常も崩れ去る時が来るのであろう。そのことを考えるだけでひどく苦しくて憂鬱な気持ちになる……。だが少しでも長く、この何でもない普通の日常が続けばいいと、願ってやまない。


そんな憂鬱と幸福の狭間で揺れ動く日々――……。






吸血鬼の憂鬱記ーー…



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