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『吸血鬼の憂鬱記』  作者: 坂田クロキ
15/15

〜Vampire’s Annui13〜



「今日はわたしが料理作るからね!!」


「………おう………」


明菜の声高な『料理作ります!』宣言に、その後の惨状を予想して、カイルの瞳が遥か彼方の銀河を見据えた……。クリスマスイブの昼下がりであるーー…。




吸血鬼の憂鬱記13




土曜日は結局、明菜の同僚たちは来なかったようだ。明菜は今日のために買い物を済ませ、レシピをサイトで見漁っていた。無論、アニメを見ることも忘れない。カイルが夜出かけている間は、買い溜めしていた漫画本の類いもまとめ読みしていたらしい。最近は“ヴァンパイア・ジャンプ”に加えて、“ブラッディ・フラッシュ”という漫画にもハマっている。この度めでたくアニメ化が発表されたとのこと。どちらも吸血鬼モノだ。なぜ吸血鬼である自分の側にいる人間が好むものが吸血鬼モノに偏っているのか、カイルの悩みの種の一つである。いつ自分の正体に気づかれまいかとヒヤヒヤするのだ。


「カイルくんはゆっくりしてていいからね!まだ夜まで時間あるから〜できたら呼ぶからね〜」


「…分かった……無理しないようにな…火傷には気をつけろよ…」


「りょーかい〜!!」


元気いっぱいな明菜の返事とは裏腹に、カイルの胸は不安になる。


(…明日は一日、後片付けだな……)


キッチンへ引っ込んだ明菜の背中を見送って、苦笑を零した。カイルはとりあえず一眠りしようと自室へ戻る。カイルが帰って来た明け方近くまで漫画を読んでいた明菜は、午前中は睡眠に費やしていた。カイルは、帰ってからしばらくは目が冴えてしまって、シャワーを浴びたり、コーヒーを飲んだりしてリビングで過ごした。


(明菜も全く料理ができないわけじゃないんだよな……)


ベッドに体を預けながら思考する。普段食べる分には中々美味しい料理を……というか、食材を混ぜたモノを時々食べさせてくれる。しかし、今日今から作ろうとしているのは、レシピを見ての“ちゃんとした”料理、しかもパーティーメニューだろう。明菜が一番苦手とする分野だ。なぜよりによって、苦手なものを今日作ろうと思い立ったのか。


「……今日はクリスマスイブだもんな………」


心地の良い寝具に身を委ねて、カイルは頰を緩める。世間一般では恋人なり家族なり独りなり、モミの木を模したツリーを飾り、クリスマスケーキとやらを食べて、チキンにも舌鼓をうちつつ、仲間と、またはぼっちで楽しくやる日―……。だが、カイルにとって今日という日、十二月二十四日には、二重三重の意味があった………。


「……明菜は覚えているんだろうか………」


一年前のあの日のことをーー……。






「………ん……今…何時だ………」


知らず、ぐっすり眠っていた。帰って来た時は気が昂ぶっていたが、ここに帰るとリラックス出来る。自分はそれほどまでにこの場所を気に入っているらしい。いや、明菜という存在に心を許しているのか。カイルはそのことに驚くと同時に喜びも感じる。それと共に、いつこの幸福な毎日が終わる日が来るのか、という恐怖に、常に怯えている。自分は『吸血鬼』、明菜は『人間』、身体の造りも違えば寿命も違う。それどころか、種族さえ違うのだーー…。そのことが明菜に、また明菜の周りの人間に知られれば、もう一緒にはいられないだろう。まさに綱渡り、一瞬でもバランスを崩すと深い谷底へ真っ逆さま……。自分は今、そんな状態にあるのだーー……。


「…チッ……アイツのせいで嫌な思考パターンになっちまったじゃねえか………」


カイルは昨日会った人物を思い浮かべて、悪態をついた。棚の時計に目をやり、ベッドから抜け出す。軽く身支度を整えて、リビングへと向かった…。ドアを開けなくても隙間から良い匂いがした。この匂いで目が覚めたのかもしれない。


「…うお…スゲーな……良い匂いだ……」


目の前の光景に自然と感嘆の声が出た。いつも二人で食事を取るテーブルには、所狭しとご馳走が並べられている。大きなチキン料理がドン、と真ん中に置かれ、その周りに何品か彩りのある副菜が囲むように置かれている。パエリアと、アボカドを使ったサラダも美味しそうだ。


「ちょうど良かった〜!呼びに行こうと思ってたんだよ〜。シチュー注ぐね〜」


「おう…サンキュ……」


大人しく席につく。改めて眺めてもすごい光景だった。何がってだって、あの明菜がこんなに綺麗でマトモな料理を作れるなんて。感動して、若干涙腺が緩むレベル。キッチンの向こうの、この世の終わり的な光景は、今は見ないことにした。これで味が良ければパーフェクト。


「はい!どーぞ〜!」


「…ありがとう……このシチューも本当美味そうだ……」


「ふっふ〜!!さ、食べよ食べよ〜!!」


明菜が自分のもよそって、席につく。カイルはまず、前菜的なものから手をつけた。


「どう?どう?」


「…お、これはなかなか……」


「おいしい〜?」


「ああ、美味しい」


「良かった〜!!」


正直驚いた。見た目だけじゃなく、味もマトモだ。口にした前菜は、生ハムとチーズ、それに淡白な味の野菜が巻かれている。かかっているソースも絶妙な塩加減だ。海鮮のパエリアもダシがよく効いている。シチューは白いシチューだった。


「クリスマスと言えばビーフシチュー!と思ったんだけどね〜なんかホワイトシチューが食べたくなっちゃったんだよー」


カイルはよくこの日にはビーフシチューを食べていた。でも明菜と出会ってから、このホワイトシチューも好きになった。


「…ん……美味い……温まるな……」


トロリとしたスープを口に運ぶたびに、身体の芯から温まる気がする。そしてメインのローストチキン。


「…む…これ、本当美味いな……野菜と鶏のダシが出てる…」


「やった〜!!頑張って作ったかいがあるよ〜!!」


明菜の作ったローストチキンは、チキンに野菜と香草を詰めて一緒に蒸し焼きにしたもので、甘い味付けが少し苦手なカイルにはぴったりの味付けであった。


「はあ…本当、どれも美味しい……ありがとな…明菜……」


「うふふ〜どういたしまして〜カイルくんいっつも美味しい料理毎日作ってくれてるもんね、そのお返しだよ〜って言っても全然足りないけどね〜」


申し訳なさそうに明菜が笑う。


「…そんなことはない……それに俺、そんな大したもん作ってないだろ……」


「いやいや、ほんとわたしゃ助かってるよ〜!!」


綻ぶような笑顔に、昨日のことでカイルの強張っていた心が溶けていく……。明菜はその笑みのまま言った。


「それにね〜今日は『二人が出会って一周年』だよ!!」


カイルの胸がドクン、と鳴った。シチューで温まった身体が更に熱くなる。


「……覚えてたのか………」


「もちろん!!えへへ〜だから記念に作りたくなったんだよね〜」


少し照れくさそうに言う明菜にカイルまでが照れてくる。きっと明菜より自分のほうが顔が赤いに違いない。彼女の心のこもった手作りの料理と、裏表の無い温かな笑顔に、心も体も満ち足りた気持ちになる。


「…明菜……俺は明菜に出会えて本当に良かった……ありがとう……」


「えへへ、わたしもカイルくんに会えて良かったよ〜!!これからもよろしくね〜!!」


「……ああ、よろしくな………」


二人の出会いを祝して、お互い笑い合ったーー……。







「…はあ…明日これを片付けるのは中々骨が折れそうだな……」


あの後、『デザートもほんとは作りたかったんだけどね〜さすがにケーキまでは作れなかったんだ〜』と言う彼女の用意したクリスマスケーキを少し食べて、プレゼント交換をし、二人でテレビを見てお開きとなった。明菜は明日仕事なので、彼女を起こさないため、彼女の破壊的創作活動ならぬ料理の後片付けは、朝の時間帯にしようと決めた。『お風呂入るのめんどくさい〜』という明菜を風呂場に突っ込んで強制的に行水させる。今彼女は自分の部屋で眠っているはずだ。布団の中でスマホをいじって、アニメ情報を見ていなければ、だが。カイルはリビングでもう一度コーヒーを淹れた。


「……明菜と出会って一年、か………」


熱いコーヒーを一口飲む。カップをローテーブルに一旦置き、ソファーにもたれた。


「…もうそんなになるのか……早いもんだな……」


一年はあっという間だ。人間にとってもそうなら、吸血鬼にとってはなおさら刹那のような時間だろう。それでも充実して感じられるのは………。


「彼女に出会えたおかげで俺は……」


『命を救われた』――……。カイルはそう思っている。一年前の今日、カイルと明菜は出会った。かたや『吸血鬼』、かたや『人間』、全く種族の違う者としてーー…。


「…不思議なこともあるもんだ……」


出会った時カイルは、こんなにも長く明菜と一緒に住むとは思っていなかった。当時、ひどい人間不信に陥り、特に人間の女性など見るのも聞くのも嫌だというくらい、毛嫌いしていたというのに。


「あのままだと俺は、人間(ヒト)に恨みを抱いたまま、冷酷な吸血鬼の本性を抑えることもせず、今頃こうして生きてることもなかったかもな……」


いくら吸血鬼が強いと言えど、死なないわけじゃないし、好き勝手できるわけでもない。当然ルールはあり、人間を本能のまま襲ったり、最悪殺してしまったりと、悪に染まった吸血鬼は“狩られる”。この前、明菜を襲った吸血鬼も、もう処分が下っているだろう。余罪がたくさんあれば、“処刑”は免れられない……。カイルは瞳を瞑って深く息を吐いた…。


「…本当に明菜のおかげだ………」


人間を嫌いになって、それ以上に自分も嫌になって、何もかもに嫌気が差して、もう自分なんか、吸血鬼という自分の存在なんかどうでもいいと思っていたその時――…。


『――どうしたの〜?ここ、寒いよ〜?一緒に行こう〜!――……』


明菜が現れた。寒さなど吹き飛ばす満面の笑みで、カイルの心も暖かく照らして。泣きたくなるような鮮やかな灯りに引き寄せられ、思わずその温かさに触れたいと手を伸ばしてしまったのが始まり。


「…いつか離れよう、今日こそは出て行こうって思っていたのにな……」


自暴自棄になっていた時期を過ぎ、明菜と共に過ごす時間が長くなるにつれ、別の心配が出てきた。自分と明菜の種族としての違いである。吸血鬼ということがバレれば、今まで通りには絶対にいかない。明菜が自分を受け入れてくれるかどうかに関わりなく、――まあ、一番それが大きな問題だがーー色々な問題が湧いてくる。同じ吸血鬼同士、人間同士の付き合いなら起こらないような面倒ごとが、発生してしまうのだ…。


「ズルズルと明菜に甘えちまった……」


頭では何とかしなければ、と思ってはいても、あまりにもその灯火の周りが居心地が良くて、自分の苦手な太陽の光のようで、それでもその暖かさを手放したくはなくて、気づいたら一年が経っていた。


「……一年、か…………」


カイルはマグカップに手を伸ばす。湯気が微かに立っているが、温度はだいぶ落ち着いたようだ…。カップに満たされた黒いコーヒーを見ていると、ふいに昨日のあの男の声が思い出されたー……。


『…カイル様、貴方のお父上も、お母上も、またご兄弟も……一同、あの日貴方が家を出て行かれた日からずっと、カイル様が帰って来られるのをお待ちしておりました……』


しかし、と男は続ける。


『いつまで経っても貴方は戻っては来られない……それどころか、“人間”の女性と暮らしているというではありませんか……このことを知られたお父上は、さすがに放っておくことは出来ないと考えられました……』


目の前の、執事然とした男はひざまずきながらも、しっかりとした声でカイルの耳を捉え、申し渡しを告げる。


『よって、“一年”、来年のクリスマスイブ、貴方様の“誕生日”の日までに、ご自身の身の振り方をどのようになさるかお決め頂きたいとのことですーー……』


カイルはカップに口をつけた。冷めてしまったそれは、不快な温さを伴ってカイルの口の中を蹂躙する。


「………後、“一年”――…………」


飲み干した空のカップをローテーブルの上に置く。急き立てられるように切られた期限、もやもやとして、明瞭な形を描けぬ将来………。灰色がかった茶色の瞳が、霧がかった一年後のクリスマスイブを見ようとして、物憂げに揺れる。


「……俺は…どうすればいいんだ………」


冷えたコーヒーはやけに苦く、口の中に居座る。それに似たカイルの苦悩と悲痛を含んだ呟き声も、深夜の静かなリビングの空間にじわりと溶けていくのであったーー……。





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