〜Vampire’s Annui12〜
「……『同棲』……明菜が男と同棲………」
「莉乃香ちゃんどーしたの〜?」
「……同棲………」
「…春川先パイがダメージから立ち直れていない……」
会社から最寄りの駅まで歩いている途中、莉乃香の目の焦点は定まっていない。それもそのはず、明菜がカイルという外国人の男と一緒に住んでいる所まで聞き出して、莉乃香はもう放心状態だ……。それはイブの予定を尋ねていた後のことー……。
『はあぁ……とりあえずよく話を聞きたいから、明日明菜の家に行っていい?』
『いーよ〜。あ、でもカイルくんに聞いてみるね〜』
『え?どうして聞くのよ?』
『や〜、やっぱり人が来るの言っといたほうがいいかな〜って〜』
『…何で言う必要あるのよ……?』
『…え……?』
『……え………?』
話が噛み合わない二人。莉乃香が認めたくない事実が自身の頭をよぎる。
『……ま、まさか…明菜、アンタ、そのカイルとかいう男と一緒に住んでるって言うんじゃないでしょうね……?』
『え、住んでるよ?』
『……――!!――………』
莉乃香が白眼を剥いてフリーズした。大丈夫、前髪で他の人には見えてない。
「……明菜が……ど、同棲………」
「ほんと莉乃香ちゃんどうしちゃったんだろー…」
「…はは、あ、俺、帰るほう一緒なんで春川先パイ送って行きますね……」
「ありがと〜山本くんー」
笑顔で手を振る明菜に、引きつった笑みを浮かべ、山本は足元のおぼつかない莉乃香を支えて駅構内へと消えて行った…。莉乃香が復旧したのは電車を降りて、自分の部屋へ戻ってからだった。
「…はっ…こうしちゃいられないわ!明菜にラインライン!!」
着替えもそこそこに、スマホに手を伸ばす。
『さっきは取り乱して悪かったわね。明日その、カイルくんとやらが都合良かったら行ってもいい?』
「……ふう……見るかしらね…あの子……」
簡潔な文を送信する。明菜は見ない時はトコトン携帯を見ないが、まだ今日の晩から明日にかけて時間の余裕はある。返信を待つことにした。
「…そうだ……」
莉乃香は再度スマホを手に取り、山本に電話をする。数回の呼び出しの後繋がった。
『もしもし?どうかしたんスか、春川先パイ』
「さっきは送ってくれてありがとう。迷惑かけたわね…」
『いや、そんなの大丈夫っスよ……』
山本も、あののほほんとしてオタクで恋愛にとことん疎そうな明菜が、男と、しかも外国人のイケメンと同棲しているらしいことに、かなり驚いている。友人の莉乃香が驚くのも無理はないと思う。知らなかったのならなおさらだ。
「今、ちょっといい?」
『大丈夫っス』
「…すごくあなたにとったら他人事で申し訳ないのだけど、明日もし都合が良ければ、明菜のアパートに一緒に付いてきて欲しいの……」
『それはいいっスけど……』
「明菜の彼氏がどんな人なのか見極めたい。もしも、ヤバそうな男だったらわたしだけでは太刀打ち出来ないかな、って思って」
『…なるほど、用心棒ってわけですね……いいですよ、漢(オトコ)山本、春川先パイのためならどこへだって行きますよ!!』
「……もう、そういうのやめて頂戴……」
大げさな山本に、莉乃香が少し照れながら言う。彼の好意を利用しているみたいで、罪悪感が芽生えるのだが、他に頼れそうな人もすぐに思い浮かばない。何だかんだで、莉乃香も山本のことを信頼してはいるのだ……。
「まだ明菜から返事が無いからどうなるかは分からないのだけど……また連絡するわね」
『了解っス〜』
「…ありがとう……」
『いえいえ〜春川先パイとお出かけできる口実ができて嬉しいっス!!』
「…もう……じゃあね…」
『お疲れ様でーす!』
「……お疲れ様……」
ピコン、と通話終了画面になる。莉乃香は長い溜め息をついた……。
「……明菜のお父様、お母様……わたくしどうやら明菜の貞操を守れなかったようです………」
疲れた顔で莉乃香は呟いて、のろのろと動き出すのであった………。
――風呂上がり後――……。
「いやっ!まだ分からないわ!!一緒に住んでるからって、明菜の貞操が奪われたとは限らないし!!イケメンのくせに超草食かもしれないし!」
ヤケになって、イケメンに対する偏見のような発言をする莉乃香さん。そこに明菜からの返信が入る。
『明日来てもいいよ〜!カイルくんはお出かけするって〜』
「…!……く…っ……この場合どうしたら……!!」
明菜からの返信に莉乃香は更に悩む。明菜に彼氏とやらの話を聞くには別にいなくてもいいのだが、直接彼氏を見て、見極めることはできなくなる。もう『同棲』までいっているのだ。何度も言うが、『同棲』だ。二人で一緒に住むこと。そこまで深い仲になっている彼氏の顔も知らないではもう済まされない。必ずや、早いうちに明菜の彼氏とやらの顔を、人となりを知らなければならない。これは莉乃香にとっての現時点での最重要事項だ。たった今認定された。
「……そもそも、何で彼氏は出かけるの……?気を遣って?逃げているの?明菜の友人に会いたくない?だとしたらどうして……まさか本当にヤバい人だったりして……」
友を気遣う莉乃香の中に、“最初から用事があって”という文字はない。
「…うーん……どうしよう……」
濡れた髪をタオルドライしながら、莉乃香はチェアに座った…。
「……『彼氏は何時に帰ってくるのよ?』…と……」
しばらくして返事が来る。
『彼氏じゃないよ〜カイルくんだよー!夕方から夜にかけて出かけて、遅くなったら次の日の朝方近くに帰ってくるって〜』
「え、何ソレ、怖い。もう、聞くのが怖いじゃないの……!!」
スマホの画面から流れてくる文字は、莉乃香を戦々恐々とさせる。携帯を持つ手が震えた。
「彼氏じゃないって何?彼氏じゃないのに一緒に住んでるの…?え?夕方出かけて朝帰りって、ホスト?ナニソレ…オイシイの……?」
あまりに明菜からかけ離れた怒涛のイメージに、段々と正常に考えられなくなる。震える手で、返事を返した…。
「…『昼間はいるの?良かったら、一回会ってみたいんだけど……』……もう疲れてきたわ……」
率直に会いたい、ツラ見せろ、と送った莉乃香。疲労困憊である。メッセージが送られてくる。見たいようで見たくない。そろそろと手に取り、恐る恐る中身を確かめる。
「……明菜のメッセージ見るのがこんなに怖い日が来るとは思ってなかったわ………」
えいやっ、と勢いをつけて画面を覗き込んだ。そこにはーー…。
『そうだね〜家にいるのはいるんだけど〜昼間はずっと寝てるんだ〜。カイルくん夜型なんだよ〜。出かける直前とかだったら会えるかもだけど聞いてみようか〜?』
「ダメ!!これダメな男(ヤツ)だわ!!」
思わず莉乃香は叫んでいた。
「昼間寝て、夜起きて活動するイケメンって、何ソレ?ホストよ、絶対!!じゃなくても絶対ロクな男じゃない気がする。むしろダメ男だわ!!いっそ、アニメのキャラクターだったほうが良かったわよ!!ああー明菜〜…!!」
ひとしきりギャーギャー言って落ち着いた莉乃香は、少し冷静になった。明菜のことはすごく心配している。だが、明菜ももう大人だ。幾ら無垢で無知で馬鹿でオタクだったとしても、自分のことくらい分かっている、はず。その男に貢いで、お金をせしめられていないか、暴力とか、嫌な行為を強要されてないかとか、心配になって、問い質したいことはいくつもある。だけどーー……。
「『カイルくん』について話す明菜、楽しそうだったものね……」
DVとか、彼氏に支配されていたら、表面化しにくく分かりづらい分、それだけが気がかりではあるが、莉乃香はもう少し様子を見てみることにした。
「……明菜は嘘、つけないからーー……」
明菜いわく、“彼氏じゃない『カイルくん』”――…。依然として、調査すべき最重要人物には変わりない。でも、明菜の様子からすると、それ程急を要して血祭りに上げねばならぬほど危険人物ではないのかもしれない。
「……『いいわ。ごめんね、なんだかバタバタさせちゃって……またゆっくりした時に遊びに行くわ。その時に“カイルくん”とやらを紹介してね』………これでいいかしら……」
送信を押して、ふう、と息をつく。風呂とメッセージのやり取りで火照った頭も冷めてきた。
「…今年のクリスマスイブは、明菜は男と一緒かー……先越されちゃったわね………」
口に出すとまた更に物悲しさが増した。それでもなぜか清々しい。友人の変化が嬉しいのかもしれない。
「じゃあ、わたしはクリぼっちとやらを楽しみましょうかね…」
莉乃香は、小さく笑んで週末の予定に思いを馳せたーー……。
(…あ……その前に山本くんに連絡しないと……面倒くさいわね……)
冷静になったらクールな莉乃香さんーー…。




