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『吸血鬼の憂鬱記』  作者: 坂田クロキ
11/15

〜Vampire’s Annui10〜



「カイルくん、ホント〜にだいじょうぶ〜?」


街から離れて自宅のある住宅地を歩いている途中も、何度も明菜はカイルの足の心配をする。


「ホントーに、大丈夫だ。心配するな……」


「…でも……」


明菜は不服そうに口を尖らせた。その顔もまた可愛い、と思ってしまう自分は何の親バカか。アパートに着き、傘をたたみ、靴を脱いで玄関に入る。晩秋近く、部屋の中はもう薄暗い。電気をつけて、上着を脱いでソファーに腰掛けると、やっと一息ついた。


「スキあり!!」


「うわっ…!何だよ!!」


同じように上着を脱いでいたと思っていた明菜が、いつの間にか接近していて、突然カイルの靴下を脱がして来た。


「カイルくん!足見せて!!」


「……ハァ……しょうがねえな………」


口でどれだけ大丈夫だ、と説明しても分かってくれそうになかったため、カイルも実際に見せたほうが良いか、と思った。あまり嫌がって暴れて明菜を傷付けたらいけないし……。そう思っていると、明菜がカイルの足に触れてきた。


「……むむ…、外傷はなし……動かしてみても…大丈夫そう……ほんとに痛みはない……?」


「ああ、全くない」


「……三百六十度回してみても?」


「ハハ、さすがにそれは無理じゃないか?」


明菜の顔の前で右足首を回してみる。


「……むう………」


「…心配し過ぎだ……大丈夫だって、これで納得したろ…?」


まだカイルの足首を持って満足いかなさそうな顔をする明菜。彼女の指先から、自分より高い体温が伝わってくる。それが思ったより心地良くて、カイルは何だか、むず痒い気持ちになった。


(…よく考えたら凄い状況だな、これは……)


自分の目の前に女性が膝をついて自分の足を持ち上げているーー。


「……明菜、そろそろ晩ご飯にしよう………」


「あ、そうだねー!あ〜、今日買い出ししてないからレトルトしかないけど、わたし作るよ!」


「…それは作るとは言わないだろ……」


明菜がカイルの足を離して、力強くレトルトを温める宣言をした。それに苦笑しつつ、内心ホッとする。


(…ヤバかった……あの態勢に状況は非常にまずい……)


カイルは熱を帯びかけた自身の身体を、“欲”を、抑え振り払おうと息を大きく吸って吐いた………。雨の音が外で鳴っているのが耳に届く。カイルの足首には、明菜の指先の感触がまだ残っている。彼女の残した体温が、足首から上に上がって来て、カイルの身体全体を侵食してしまいそうになった……。


(………最低だな……俺は………)


その熱は脳に到達して、正常な思考さえ支配する。『明菜の血が欲しい、彼女の全てをぐちゃぐちゃにして、貪り尽くしたい』とーーー……。


(………俺は残酷な化け物、モンスターだ………)


カイルは自嘲に満ちた灰茶の瞳を力無く細めた。性欲も吸血欲も征服欲も、出来ることなら無くなれば良い。自分はただただ、明菜を守りたいだけなのに………。


「カイルくん〜カレーライスできたよ〜!」


チン、という音がして、台所からカレーの良い匂いが漂ってくる。明菜がせっせと、食卓の準備をしていた。


「…久しぶりだな…カレーも……」


「ね〜。ここんところ、ずっとカイルくんが料理してくれてたからね〜」


二人分のカレーライスと、恐らく残っていたカット野菜を盛り付けたのであろうサラダと、水を入れたグラスをテーブルに並べて、明菜が席につく。


「いっただっきま〜す〜!!」


盛大な掛け声と共にスプーンをカレーに突っ込む。カイルもひとくち、口に入れた。


「うん、美味い……」


「安定のレトルト〜!!」


明菜が笑顔で頬張る。それを見て、暗くなっていたカイルの心が少し癒された……。


(……考え過ぎるのは俺の悪いクセだな……明菜のこと言えないか……)


男、そして吸血鬼である以上、性欲や吸血欲を無くすことは出来ない。それは、本来あるのが自然なことなのだ…。問題は如何にコントロールするか、ということ。側にいられるのは嬉しいが、正直、今の生殺し状態の同居生活は苦しい。何の拷問かと思ってしまう。それでもーー…。


「……明日は雨、やむと良いな………」


「そうだね〜。天気予報見てみよっか〜」


明菜がカレーを掬う手を止めて、スマホに手を伸ばした。


「あ〜、明日は晴れるって〜。良かった〜!傘持って行くのめんどくさいんだよねえ〜」


「…そうか……じゃあ、明日は買い出しに行っとくかな……」


「おー、ありがとう〜!」


明日の天気のような明菜の笑顔が、カイルの心を明るく照らすのだったー……。







「あ〜、お天気、明日やっぱり雨だって〜」


「…え……?」





ーー君の笑顔に照らされてーー……。








「……それにしても………」


深夜、明菜も寝静まり、カイルは一人リビングで本を読む手を止め、あることを思い出す。


「……街中で感じたあの気配………」


カイルたちがあの場を離れる直前、感じた何者かの気配。こちらに向けられているような。


「…あれは確かに『同族』の気配だったーー……」


カイルの胸に再び、得も言われぬ不安が燻るーー…。




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